Ep 2/4 ダブルフェイス
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俺の名はアルクトゥルス。古くより明星の賢者と名乗っていたが、いつの間にか最果ての魔王と名指しされ、全世界からの袋叩きを受け、それに全力で抵抗した男だ。
やつらは俺の研究成果を邪法と言い放って、これは聖戦だのなんだのとのたまい、最後は俺をぶち殺した。
俺はただ、敵対する相手の魂を奪い取り、己の魂へと加えることで、魔力を高めようとしただけだ。
むしろ次から次へと、俺に襲いかかってくる方が悪いではないか。
俺はもったいない精神で、面倒をかけさせられた手間賃として、倒した相手から魂を奪っていっただけなのに、なぜ責められるのだ……。
そう彼にグチったところ、アホ抜かせこのバカ賢者と言われた。
彼は俺の育て親にして、かつて俺にトドメを刺した男でもある。
そうだ。俺はアルクトゥルスの生まれ変わりのエドガーであり、エドガーを見守る前世人格でもあった。
「はぁ……本当にフライパンまで持って行かれるなんて……。これから僕、どうなるのかな……」
俺の来世は軟弱だ。心やさしく好ましい男ではあったが、ジジィが心残りに思うのも納得の頼りなさだった。
今は安いホロ馬車に揺られて、王都へとの道を進んでいる。ジジィの遺言書を何度も読み返しながらな。
そのジジィは先日、息を引き取った。
せっかく仲良くなれたのに俺も残念だ。
これで俺の正体を知る者が世界から消えた。
それは喜ばしいことだというのに、素直に喜べない俺がいた。
エドガーが大きくなったら、一緒に酒を飲もうとジジィと約束していたのに、とうとう反故にされてしまった。
「痛ぇっ?! 何すんだこの小僧っ!」
「あっ、ご、ごめんなさい……また手が勝手に動いて、あっ、ああっ!?」
もう一度言おう、ジジィが心残りを抱えていたのもよくわかる。
薄汚いスリ野郎がエドガーの荷物を狙っていたので、腕をひねってやった。反省の色がないので、さらに馬車から蹴り落としたとも言うな。
「お客さん困るよ、ケンカするなら下りてくれ」
「ち、違います……。いや、違わないんですけど、つい身体が動いたみたいで……」
「やりやがったな、この小僧ッ! 大人を舐めやがってっ!」
財布を守ってやったはずなんだが、大変なことになってしまったな。
とはいえ、エドガーから肉体の主導権を奪うのは簡単ではない。うたた寝でもしてくれたら、乗っ取りやすいのだがな……。
馬車が止まり、逆上したスリが短剣を抜いた。
そんな雑兵以下の雑魚に、エドガーは戦慄していた。恐怖に身動きが取れなくなっているらしい。繰り返すが、こんな雑魚以下にだ。
「金はもういいから下りてくれ、流血沙汰はゴメンだ」
「で、でも、こ、殺されちゃう……」
「うるせぇ下りてこい小僧!!」
「ひっひぅぅっ!?」
ジジィめ、エドガーを軟弱に育て過ぎたな……。
エドガーは今にも馬車から降ろされそうで、もう情けないなんてものではなかった。俺の来世とはとても思えん……。
「待って下さい、あの、その方は悪くありませんの。そこの方が、勝手に荷物を取ろうとしたみたいで……」
「う、うるせぇ! 口をはさむとテメェも串刺しにすんぞっ!!」
馬車には清潔なローブに身を包んだ女が乗っていた。
誰とも話さず、隅っこに陣取って、うつむいてばかりいた怪しい女だ。
「なんだ、それならそうと言ってくれよ、お客さん」
「え、あ……はい……」
「スリだって? ……あっ、俺の財布がないぞ!?」
「お、俺のもだっ!」
エドガーは自分のことを危険な二重人格者だと思っている。
またやってしまったっと、気落ちしていた。俺が勝手にやったんだがな。
まあともあれだ、立場はこれで逆転だ。
財布を盗まれた客たちがスリ男を取り囲み、同じように護身用のダガーを抜いた。
「クソッ、テメェのせいだっ、死ね小僧ッッ!」
「う、うわぁぁっ?!」
エドガーは悲鳴がよく似合うな。などとどうでもいい感想を抱いている場合ではない。
逆上したスリは、怒り任せに投げナイフを放った。
「……あ、あれ?」
エドガーの頭が真っ白になってくれたので、今回は介入しやすかった。
飛来してきたナイフをつかみ取り――
「あ、あああああーっっ?!」
やられたらやり返すの精神で投げ返した。
眉間を狙ったつもりなのに、ナイフは大腿部に刺さった。エドガーに軌道をそらされたようだ。
一瞬の出来事に誰もが目を疑っていた。
スリの方も流血と激痛を呼ぶ膝を抱えながらも、状況を理解出来ていなかった。
「すごいですの……。飛んでくるナイフを受け止めて、急所を外して投げ返すだなんて……」
「いや、身体が勝手に動いただけで、投げ返すつもりなんて……。ごめんなさい、大丈夫ですか?」
しかしなぜコイツは悪党に謝るんだ……。
甘過ぎる。膝を刃で突き刺した程度では、無力化にはほど遠いぞ。
こちらの生存を脅かしたからには、反撃出来ないところまで追い込むべきだ。
現にスリを心配するのはエドガーと謎のローブ女くらいで、財布を奪われた客は怒り任せに追い打ちの蹴りを入れて、悪党から己の財産を取り返していた。
「ありがとう、君が言ってくれなかったら僕、牢屋に入れられてたかも……」
「いいんですのよ。私もつい口が出ちゃっただけですの」
フードロープから、一瞬だけ女の口元と長い髪がこぼれた。
かわいらしい桃色の毛色に、白く整った顔立ちが現れて、エドガーの胸を高鳴らせた。
善良で気品もある。顔の上半分を見るまでまだわからんが、俺好みのいい女だった。