表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/71

Ep 5/7 二人のティアとアーモンドクッキー with カステラ 1/6 - ティアとティア -

・●


 王立学問所では土曜日を自習日と名付けて、土日を連休としている。

 せっかく王都に出てきたのだから、学舎にこもって勉強ばかりしていないで、その足で街へと出て目と身体で学べ。


 特に普通科のガリ勉どもには、息抜きと社会経験が必要だ。

 将来領地へと戻る貴族の子たちもまた同様で、この王都の繁栄をよく見て、そのからくりをしっかりと自分の頭で捉え直してほしい。


 これは俺ではなく、あの学長の言葉だ。

 庭園が黒こげになった一件をエドガーたちが自己報告に行くと、明日は自習日だからと言って、聞いてもいないのこんな話を語られた。


 それだけエドガーたちに期待しているのもあるだろうが、もう半分は俺を相手にした自慢だろう。

 お前の死後に、自分たちはこれだけのシステムを築いたのだと、この年寄りは語りたかったのだ。


「極論を言ってしまえば、当校の在籍者のうち9割が田舎者です。あまり己の出身を気にしないことです。貴方とクリフの故郷モルジアは、辺境ではありますが素晴らしい土地です。特にあの開拓者精神に、私は毎年気骨ある生徒を見出し――」


 フランクが事実をねじ曲げる前に先手を打つはずが、年寄りの茶飲み話に長々と付き合わされたとも言う。

 彼はリョースからすれば憧れの存在だった。


「マジかよっ、すげぇな、お前のオヤジッ!?」

「う、うん……病気になる前は、もうお爺ちゃんなのに、生涯現役の冒険者やってたくらいだから……」


 エドガーの養父が魔王アルクトゥルスにトドメを刺した男だと知ると、リョースはさらに興奮して大声を上げていた。


「通常は30半ばほどで引退を考えるのですが、そういった発想はクリフにはなかったようですな。若手からすれば、さぞ厄介なクソジジィだったことでしょう」

「でも爺ちゃん、みんなに慕われてました。冒険者のみんなは、口を揃えて爺ちゃんをクソジジィって呼んでましたけど……」


 俺を殺した男は老いて故郷へと戻り、己の生き方を貫いて墓に入った。

 英雄の末路は決まって悲惨なものだが、あの老人は栄誉を捨てることでそれを覆し、ある種の理想を体現したとも言える。


 ……機会があれば俺からもリョースに話してやろう。


「素敵なお義父さんだったんですのね。わたくしも一度お会いしたかったですわ……」

「いいえ、クリフは挨拶代わりに女の尻を撫で回すような男です。はぁ……全く、困った男でした……」

「マジかよっ、お前の父ちゃんマジかっけーなっ!?」


 恐らくクリフは死を迎えると同時に、ODの手によって刈り取られて、天井の兵舎で楽しく豪快に人迷惑にやっているだろう。

 そうエドガーにもいつか、邂逅する機会があれば語ってやってもいい。英雄は死後に報われるのだと。



 ・



 長い前置きとなったが、まあそういったわけだ。今日は自習日という名の休日だった。

 慣れない実習の日々に疲れが蓄積していたのか、エドガーが目を覚ました頃にはもう、世界は昼過ぎだったがな。


「あっ、遅刻……ッ! ……あ」


 俺でありながら、あまりに俺らしくないやつ。それがエドガーだ。

 エドガーは昼の日射しに飛び起きて、学校にいかなきゃとベッドから床に足を付けたところで、今日が休みだと思い出した。


「爺ちゃん……」


 故郷やクリフの夢でも見ていたのだろうか。

 エドガーは様変わりした己の環境と、新しい住処である丸白鳥亭の部屋をぼんやりと見回す。

 まだ新しい生活に対する不安が抜け切れていないようだ。


 ところが急に宿の階段が慌ただしく鳴り響き、エドガーは落ち込んでばかりではいられなくなった。

 ガンガンガンと部屋の扉がノックされるのと同時に、興奮したティアの声が扉越しに響いた。


「たいへんだー、たいへんだぞー、エドガー! ティアが、ティアが、ふえたー!」

「なんだティアか……。驚かせないでよ……」


 施錠を解くと、丸白鳥亭のあまりに若すぎる看板娘がエドガーに飛び付いた。

 何かを伝えたいようだが、俺には何を言っているのかわからん……。


「あのなー、ティアがなー、ティアは、ティアだぞー! って、ピンクにいったらなーっ!」

「う、うん……?」


「あらきぐーですのねー? わたくしもー、ティアですのー♪ っていってた!」

「…………うん?」


 エドガーはまだ寝ぼけていたが、俺の方はなんとか解読出来た。

 どうやらソフィーお嬢様が、この宿を訪ねてきたようだな。


「だからなー、エドガーよびにきた! ティアがなー、あいたいって!」

「…………え? まさか、そのティアって……ソフィーティアッ!?」


「もー! だからそういったでしょー!」

「ややっこしいよっ!? えっ、ということは、ソフィーが下にいるの!?」


 ティアはエドガーの返しが不満だったのか、口を少し膨らませて首を縦に振った。

 それを目にして、エドガーが慌てふためきながら支度を始めたのは言うまでもない。


「いっ?!!」


 い……痛い。痛いぞエドガー、もっと自分の身体を大事に扱え……。

 極限の動揺に、エドガーは足の小指でベッドを蹴っていた。


 支配権はないのに、激痛だけを味あわされる俺の身にもなれ、エドガー……。


「それ、いたいやつ……。おーい、へーきかー? よしよし、いたいのいたいの、なおれー、なおれー?」

「うっううっ……ありがとうティア……。悪いけど、今から支度して下に行くから、それまでソフィーの相手、しておいてくれる……?」


「へっ……それはー、さいしょからなー、そのつもりだぜ……。エドガー、ティアとティア、まってるからなー?」


 ベッドにうずくまるエドガーに無垢な笑顔を向けて、ティアは部屋を元気に立ち去っていった。

 やがて激痛が鈍り、冷静になったエドガーは肌着のまま立ち尽くす。どうやら今度は動揺し始めたようだ。


「ど、どうしよう……。昨日、あんなことがあったのに……ど、どうすれば……」


 先日、学長に報告した際に、ソフィーとリョースは一部始終を偽りなく報告した。

『わたくし、人前でエドガー様と情熱的なキスをしてしまったんですの』と、ソフィーの言葉を聞いてエドガーは酷く驚いていた。


 美味しいところを持って行った俺に、かなり怒ってもいたな。

 だが俺はお前だ。俺がお前を好きにして何が悪い。


 エドガーは田舎者丸出しの私服ではなく、制服の方に袖を通した。

 とにかく失望されないようにしよう。そう心の声が聞こえてきた。


 彼は小さな水瓶に直接その手を入れて、1杯飲んでからそれを寝癖に当てた。

 映りの悪い鏡の前に移動して、必死の形相で髪を整えている。それはまるで、初デート前の男の子を見ているかのようだった。


 だいぶ髪が湿ってベチャベチャになったようだが、ようやく満足したようだ。

 まだ14歳の青年は、水瓶を抱えて宿2階の廊下へと出た。


 知っての通りここは酒場宿だ。中央の酒場施設を取り囲むように、U字に客間が配置されている。

 2階の踊り場に出れば目下が広い酒場で、手すりの向こう側を眺めるとソフィーとティアが同じラウンドテーブルを囲んでいた。


「ソフィ、かみのけ、ぴんく! いいなぁいいなぁ、かわいい!」

「ふふ、ティアちゃんにそう言っていただけて光栄ですの。ティアちゃんの髪も、キラキラして羨ましいですの」


「そうかなー? ピンクのほうが、うらやましいけどなー。おお、さらさらー♪」

「ふふ、ありがとうですの。でもティアちゃんの方が、もっともっともっとさらさらで、癖になってしまう触り心地ですの♪」


 二人はテーブルの上で前のめりになって、互いの髪に触れてニコニコとしていた。


「でへへ……ティアも、そっくりそのまんま、おかえしするぞー。ソフィ、かわいいなー!」

「それはわたくしのセリフですの……。はぁ……なんて愛らしいんですの……」


 全く壁を感じさせないやり取りだった。

 初対面にしては妙に仲が良い。若干行き過ぎているほどにだ。


「あ、エドガーだ! おそいぞーっ、はやくはやくー!」

「おはようございますの、エドガー様。急に訪ねてしまってすみません……」

「いや、その、そんなことはないよっ、ソフィー!」


 土曜だが時刻もあって他に客はいない。

 普段足音すらひかえめなエドガーが、大きな音を立てて階段を駆け下りた。

 同じテーブルにかけると、目の前に二人の笑顔と、干し芋が並んでいた。


「あのねーあのねー、ソフィな、ほしいも、はじめてなんだってー! ママのつくったほしいも、おいしいって!」

「あら嬉しい♪」


 今日もクルスさんは犬並みに耳がいい。厨房からこちらに遠い声が届いた。

 しかし育ちの良い貴族令嬢に干し芋か。繊維質でやや噛み切りにくいそれと、ソフィーが格闘する姿はなかなかの見物だ。


「んん……上品に食べるのが、難しい食べ物ですのね……」

「エドガーも、ほしいも、たべるかー?」


「じゃあちょっとだけ……」


 久しぶりの干し芋は美味いことは美味かったが、やはりお嬢様と面と向かって食べるような物ではなかった。

 ほどなくして厨房からクルスさんが現れて、麦を煎った茶を入れてくれた。


 詰まりかけていた喉を茶で流すと、ようやくエドガーは根本的な疑問に気づいたようだ。


「ねぇ、なんでこの場所知ってるの……?」

「はい、実はわたくし、あの後、あることが気になってしまって……。学長先生に相談してみたら、ここを教えて下さったんですの」


「そうなんだ……。そういえば、学長さんは前からここを知ってるみたいな素振りだったな……。ティアは学長さんのこと知ってる?」

「とり……?」


 ソフィーもエドガーも、もちろん俺も最初は意味がわからなかった。


「あ。もしかしてだけど、ガクという名前の、鳥のことだと思ってる……?」

「ああっ、そういうことですのっ!?」

「ちがったかー。んー、むつかしいなー……ことば」


 エドガーはそれ以上聞くのを諦めたようだ。何も言おうとしなかった。


「わたくし、エドガーにお詫びしに来たんですの」

「え……。あのことならもういいよっ、悪いのはフランクだよ!」


「今回はそっちのことではありませんの。わたくしは――」


 ソフィーは意を決して来訪の理由を伝えようとした。


「あ! そうだ、エドガー!」


 だがティアはまだ12歳、空気を読めるほど成熟などしていなかった。


「な、何……?」

「ソフィにドシャ! ドシャつくってあげよーっっ!?」


 突拍子もない思い付きだ。半分は自分が食べたいだけだろう。

 だが悪くない。あの薄くて甘いお菓子をソフィーに食べさせれば、エドガーに対する評価が高まるだろうと俺は踏んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ