Ep 4/7 唇と嘘と婚約者 - つるるん -
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「エドガー様ッ、わたくしスッとしましたわ! さすがわたくしたちのエドガー様ですの!」
「ぷっぷぷぷっ……この結末は予想外だったわー。よくやってくれたじゃねーか、エドガー!」
「ぇ……?」
あ、あれ……。
ソフィーとキスをする覚悟を決めたのに、知らないうちに時間が飛んでいた……。
ソフィーが僕の二の腕に飛びついて、リョースと一緒にはしゃいでいる……。
騒ぎに駆け付けてきた生徒たちが僕たちを遠巻きに囲んで、それになんでかわからないんだけど、庭が真っ黒に焦げている……。
「凄いな、あの新入生……」
「ああ……。しかしフランクさんも、あれはやり過ぎだったのんびりな」
「そうね……実は私、あの人嫌いだったの。レディに対する態度が差別的だもの……」
「ファイアーボールって……素手で受け止めて、投げ返せるものだったかな……」
「魔法の素養があるならまだしも、平民なんかがどうして……」
え、何、この惨劇……?
フランク先輩の姿がないけど、何が起きたの……?
今度は何をやらかしたんだ、もう一人の僕は……っ!?
「ぁぁ……エドガー様……」
「ソフィー……?」
ソフィーが情熱的な瞳で僕を見つめて、恥じらうように唇を隠しながら僕から視線を外していた。
…………ぇ?
・
その日の夕方、丸白鳥亭のティアは――
「はー、ドシャおいしかったなー、ドシャー。……んー?」
「お、お嬢ちゃん……おぢさんね、落とし物をしちゃったみたいなんだよぉ……。一緒にぃ探してくれるかなぁ……?」
今日は変なおじさんに声をかけられたそうだ。
口が臭かったと言っていた。
「いいよー。なにおとしたのー?」
「こ、これくらいのね、お、お財布を落としちゃってねぇ……大変なんだよぉ、おぢさんさぁ……」
「おさいふかー。それは、ご……ごしゅうぎ、さま?」
「あは、あははぁ……♪ それを言うなら、ご愁傷様だよ、ティアちゃぁん……♪」
「おー、なんでティアのなまえ、しってる?」
「えっ……!? だ、だってティアちゃん、ご、ご町内の人気者だから、へ、へへへ……♪」
ティアから聞く限りでは、100%混じり気無しの不審者としか思えなかった……。
「おお……ティアも、ゆーめーになったもんだなー。よし、ティアに、まかせとけー?」
「ありがとうティアちゃん……。こ、これくらいの財布なんだ……。あ、あっちの、裏の方で落としたかもなぁぁ……?」
疑いもせずに、ティアは怪しいおじさんと一緒に裏通りに入ってしまった。
「ないなー」
「はぁ……おぢさんもう疲れちゃったよ……。ああそうだ、よかったらティアちゃん、おぢさんの家に来るかい? 甘いお菓子があるんだ……」
「それ、エドガーがつくったやつより、おいしーか?」
「うん、お、おお……美味しいお店のお菓子だよぉ……?」
「……んんー、やっぱりいい。エドガーが、つくったやつが、いい」
「そんなこと言わないで、おぢさんの家においでよぉ……? エドガーくんが作ったお菓子より、絶対美味しいよぉ?」
「あ! おーいっ、なにしてるのー!? えーと……つ……つー……つるるん?」
「つるるんではないっ、私の名は、ツァルトだ!」
ティアが言うには、つるるんが裏通りで隠れん坊をしていたそうだ。
きっと僕を待ち伏せしてたんじゃないかと思う……。
「つ……つるる、ん?」
「全然、言えてないではないかねっ!? しかしそれはそうとティアくん……」
「なーにー?」
「そこのいかにも怪しい中年オヤジとは、いったいどういう関係かね?」
「ぁ……ぅ、いや、わ、ワシは……」
「おさいふ、おとしたんだって。さがしてあげてた」
「そ、そうなんですっ。お財布落としちゃって、はははっ、ドジだなぁワシーッ!」
「おおそうだったのかね――悪即成敗ッッ!! フッ……安心したまえ、峰打ちだ……」
つるるんが、くちくさいおじさん、やっつけた。
ティアは後で、そう要領を得ない話を僕にしてくれた。
その謎のおじさんが悪人とは限らないけど、とにかくツァルト先輩が気まぐれで良かった……。
「おじさん、わるいひと?」
「うむ。見た目が怪しいから悪だ。気をつけたまえよ、ティアくん」
「うん! ありがとー、つるるん!」
「だから、私の名はツァルトだと言っているだろう……。まあいい、それはそうとティアくん……」
「なーにー? つるるんも、エドガーまってたかー?」
「そのことなのだがね……。その……先日は済まなかった……次は正々堂々と、今度こそエドガーくんをぶちのめすから、見ていてくれたまえ!」
「わかったー! でもなー、エドガーなー? つるるんには、むりだと、おもーぞー?」
「フフフ……舐めるなティアくんっ、確かにヤツは強敵かもしれない! だが――金の力はもっと強いのだよっ!!」
こうしてツァルト先輩は、僕の闇討ちを果たすべく決意を新たにしたそうだった……。
 




