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Ep 4/7 唇と嘘と婚約者 - 割り込み -

 いくらなんでもこんなのメチャクチャだ。ソフィーが話に乗るわけがない。

 高慢なフランクだってリョースの発言を鼻で笑った。貴族が下民に惚れる訳がないと、彼の世界ではそう決まっているのような顔だった。でも――


「フランク、わたくしはなぜ貴方を様付けで呼ばないのでしょう。そしてわたくしはなぜ、エドガーをエドガー様と呼ぶかご存じですの?」


 リョースのそのデタラメにソフィーが乗ってしまった……。


 僕も馬車の旅でソフィーの性格を把握している。彼女は無礼な相手には様付けをしない。

 それだけこのフランクという男が、ソフィーは大嫌いなんだろう。


「答えを聞くまでもないな、女のつまらん当てつけだ。俺を挑発したいのでしょう、貴女は」

「違いますわ。わたくしは貴方なんてどうでもいいんですの。様を付ける手間さえ惜しみたいから、わたくしは貴方をフランクと呼んでいるんですのよ」


 その言葉は劇薬となって効果を発揮した。

 取り巻きと僕たち下民ごときの前で侮辱されて、フランクが鬼のように赤く怒り狂うのを見てしまった。


 憎悪の目が僕を睨んでいる。

 だというのにソフィーは、僕と肩を揃えて手を結んで見せた。


「ソフィーティア、戯れはそこまでにしろ。なんのつもりだ……」

「リョースの……リョース様の言葉を聞いていませんでしたの、フランク? 付き合っている男女が、ただ手を繋いだだけですのよ」


 ここで僕が動揺したり、制止を求めると疑われてしまう。

 僕もコイツが嫌いだ。一流の冒険者たちは身分の差を乗り越えて、苦難を分かち合ったと爺ちゃんに教わった。


 だったらコイツは三流だ。ソフィーの手を握り返して、彼女に合わせるという意思を伝えた。


「エドガー様……」

「うは、お嬢様に様付けされると、なかなか気持ちいいもんだなぁ、はははーっ!」


 怖いけどソフィーを守りたくてフランクを睨み返した。

 でも付き合っていることにするのは、いくらなんでもやり過ぎなんじゃないかと僕は思う……。


「フランク殿下、どうせこんなもの嘘っぱちですよ。付き合っているなら証拠を見せろと、そう言ってやってはどうしょうか?」

「でしたら、キスがいいのでは?」


 えっっ?! き、キスッ!?


「なかなか名案かと。いくらソフィーティア嬢でも、そこまでは狂言に付き合えないでしょう」


 恐る恐るソフィーの横顔をのぞき見る。

 すぐに視線と視線がぶつかって、僕たちは反発する磁石みたいに目をそらし合った。


「クククク……確かにそれはいい。ソフィーティア、聞いての通りだ。偽の恋人を演じてまで、俺を遠ざけたい気持ちは理解した。だが、これ以上はそこのヘタレと逆毛にも迷惑だろう」

「バカ抜かせっ、エドガーはヘタレじゃねぇ! あんまコイツを舐めると痛い目に遭うぜ、センパイよっ!」


 代わりに怒ってくれるのは嬉しいけど、この状況で挑発するのはハードルを上げることと変わらないよ、リョース……。

 キ、キス……キスなんて出来るわけない。ソフィーだって嫌がるに決まってる。


 だって、ソフィーが好きなのは、僕の中にいるもう一人の僕なんだから……。


「貴方はつくづく悪趣味ですのね……」

「フフ……苦しまぎれの遠吠えにしか聞こえませんな、ソフィーティア」


 なんだろう。そのときソフィーが繋いでいた手を握り返してきた。

 驚いて隣を振り返ると、ソフィーが身体の正面をこっちに向けている……。


「わかりましたの、そこまで言うなら証拠をお見せしますの」

「ソ、ソフィー……!?」


 フランクに向ける嫌悪とは正反対に、ソフィーは慎ましくて恥ずかしがりな女の子に姿を変えて――僕の真正面に回り込んで来た。

 ソフィーの頬が白桃のように色づいている……。人前でキスなんて、普通なら恥ずかしいに決まっている……。


「エドガー様……ごめんなさいですの……」

「ぅっ……いや、悪いのはリョースで……。ソフィーは全然、悪くなんかないよ……」


 ソフィーが顔を寄せて、ささやき声で巻き込んだことを謝罪してくれた。

 やっぱりソフィーはかわいい……。


 出会って間もない僕と唇を重ねてまで、彼女はこの男との関係を破談にさせたいのだろうか……。

 さらにズイズイと、僕の唇に向けてソフィーが顔を寄せて来た。


 道徳に反するけど、この状況で逃げると狂言なのがバレてしまう……。そうなれば彼らは、またソフィーとリョースをあざ笑うだろう……。


「エドガー様、もしかして、初めてですの……?」

「う、うん……」


「ごめんなさい、エドガー様……。でもわたくしは、わたくしの初めてを……貴方に差し上げますの……。どうか許して下さいね……」

「ま、待てソフィーティアッ、やはり止めろ! そんな汚らしい下――なぁぁっっ?!」


 頭が真っ白になってゆく。心臓がおかしくなりそうだった。

 あ、あれ……段々と、意識が、途絶え……て……。



 ・



・●


 見ていられん、まだるっこしい。

 エドガーの頭が真っ白になった隙を突いて、俺は前からツバを付けておいた女を荒々しく抱き寄せると、こちらから女の唇を奪い取った。


「ッッ……?!!」


 ソフィーは目を見開いて驚いていた。

 彼女の知るエドガーらしい行動ではない。ただでさえ加速していた彼女の鼓動が、さらに狂おしく暴れ回るのを感じた。


 こんなに若い女と甘酸っぱい関係を味わえるとはな、転生するのもなかなか悪くない。

 もしODがこの現場を見ていたら、あきれ果てているかもしれんな。


 ソフィーのやわらかな唇を十分に堪能して、彼女を解放するとすっかり陶酔している。

 沈黙と衆目の両方が俺たちを見守っていた。


「エドガーではない。アルクトゥルスと呼べ」

「ぇ……なに、エドガー、様……?」


 こっちは満足した。次はあっけに取られているあっち側を煽るとしよう。

 ソフィーを胸に抱き寄せたまま、リョースの言うところの勘違いストーカー野郎に向けて不敵に笑む。


「悪いな、ボンボン。この女は既に身も心も俺のものだ。他を当たれ」

「へっ……出やがったな」


 リョースの姿を確認すると、現れたなこの野郎と嬉しそうに笑われた。

 エドガーに感情が引っ張られているせいか、コイツのことは嫌いになれそうもない。


「ソフィーティアァァァァァァッッ……?!! 貴様ッ、この薄汚いダニが! 俺のっ、俺の婚約者に何を……ッッ、ぶっ殺してやるっっ!!」


 フランクの叫び声と発狂は実に見苦しく、俺には最高の歌声となった。

 見下し続けてきた下民に、己の婚約者の唇と心の両方を奪われたのだ。さぞや狂おしい苦しみと怒りだろう。


「女癖ワリィなぁ、お前……」

「気に入った女は早めにキープしておく主義だ」


「その馬鹿野郎っぷり、ますます気に入ったぜ」

「そっくりそのまま返す。リョース、お前もまたちょっとした狂犬だ」


 さて、この後の展開はもう決まっている。

 俺がアルクトゥルスと名乗っていた頃もそうだったが、女を奪われて逆上した男は必ず暴力に出る。


「貴様エドガーッ、この俺を、公爵家の嫡男フランク・リーベルトと知っての狼藉だろうな!?」

「結局、最後に頼るのは家柄と権力か? 公爵家が聞いてあきれる」


「んな……だ、だからなんだ! 貴様は今すぐ処刑してやるっ! お前ら前を固めろ!」


 やつは折り畳み式の金属杖を取り出して、魔力の増幅を始めた。

 その正面を、取り巻きの男子生徒2名が剣を抜いて取り囲むと、少なからず集まっていたギャラリーたちの悲鳴が上がった。


「ぁ……。な、何をするつもりですのっ、フランクッ?! 暴力に出るなんて貴方に誇りはないんですのっ!?」

「ソフィーティアッッ、元はといえば、お前のせいだろうが! さっさとその寄生虫から、離れろっ!!」


 ヤツの頭の上に燃えさかる火球が生まれていた。

 血だけは一人前のようだな。俺はリョースに目配せして、ソフィーを頼むと彼女を自分から引き離して見せた。


「エドガー様……!」

「離れていてくれ、やりにくい」


 リョースがソフィーを引きはがすと、彼女は意外と素直に従った。

 こちらの実力は馬車での一件で二人とも知っている。エドガーが負けるはずがないと信じてくれた。


「ソフィーティアを盾にしなかったことだけは誉めてやろう! 全身を焼かれて、悶え苦しみながら死ねっ、このダニめ!!」

「その程度でいいのか?」


「な……なんだとぉ……?」

「その程度の術でいいのか? と聞いている。やるからには全力を尽くせ。相手を舐めて手を抜くと、いつか死ぬぞ」


「思い上がるな! 貴様ごときっ、この程度でっ、十分だっ、肺まで焼けただれて死ね!!」


 ヤツは見切り発車で中級魔法ファイアーボールを放った。

 常人ならば死に至る炎の塊が、ボールでも投げるような鈍い速度で飛んで来たので、俺は難なく受け止めて、ヤツらに向けてゆっくりと投げ返した。


「も、戻っ――う、うわああああああっっ?!!」


 誰のものかもわからん絶叫が上がり、芝生ごとバカどもが炎に巻かれた。

 人が炎の中を転げ回り、やがて自然ではあり得ない早さで炎が消えると、黒こげの制服をまとい、髪の毛がチリチリになった三人組が黒い地べたに残った。


 幸か不幸か、魔法の素養の高い者は耐性を持つので、致命傷とはならなかった。


「わはははっ、なんだよその頭! 澄ました貴族づらが台無しだぜ、てめーらっ!」

「自業自得ですの……」


 言われてフランクが己の頭に手を伸ばす。

 するとチリチリの髪は、黒ずんだ灰となって崩れ去り、頭皮だけがそこに残った。


「俺の……か、髪が……ぅぅっ……」


 あまりのショックにフランクは気絶した。


「公爵家のフランク様に手を出しておいて、無事にいられると思うなよ!」

「クソ……クソ、俺の髪が、髪が……ああっ、彼女になんて言えばいいんだ……っ」


 取り巻きどもはなかなか愉快な遠吠えを吐いてから、フランクの腕を肩に抱えて逃げていった。

 さて、好き放題暴れて、貰うものもいただいた。そろそろ身体をエドガーに返そう。


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