Ep 3/7 僕たちのソフィー
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「おはよう。さて今日から君たちは、勉学に励みながらその傍らで全科目の実技指導を受けてもらう」
体力テストを終えたその翌朝、教室に担任のレイテ先生がやって来て、やや高圧的にこれからのスケジュールを説明し始めた。
「いいか、身体能力がいくら高くても、戦いのセンスがなければ話にもならない。体力テストの結果に驕るなよ、わかったな? 特にエドガー」
「えっ……」
「おいおいセンコー、そーゆー名指しは品がねぇんじゃねーかー?」
僕はなぜこんなに嫌われているのだろう。
庇ってくれたリョースくんにまで怖い目を向けて、レイテ先生は大きな舌打ちを鳴らす。
ふと気になってケニーくんの方に目を向けると、視線をそらされてしまった。
「ふん……勘違いしてるんじゃないぞ、リョース。お前たちは我々貴族の肉壁だ。我々が術をもって敵を倒すまで、命を賭して前を守るのが仕事だ」
「はっ、そういう勘違い魔法使いは、現場じゃハブられるんだぜ。まさか知らねーのか?」
「なんだと……貴様、教師に口答えする気か!」
「事実を言っただけだろ。強調性のねーやつと一緒に仕事なんて出来るかよ、って話だ。なぁ、ケニー?」
「お、俺を巻き込むな!」
ケニーくんはリョースの言葉を否定しなかった。
「肉壁ごときが偉そうに……。いいか、お前たちの代わりなんていくらでいるんだからな!」
「それはいいけどセンコーよ、そろそろ話進めねーと、他の先生に迷惑とかかかるんじゃねーの?」
「リョース、いつかお前に、教師に逆らう恐ろしさを教えてやるからな……」
「リョ、リョースくん、さすがに相手側が悪いよ……っ」
この先生はあまり敵に回さない方がいいと思う……。
役割よりも感情を優先させるタイプみたいだから、下手に刺激すると何をされるのかわからない……。
「いいかお前たち、実習をサボるなよ。一週間後に魔法科との合同で、下級迷宮での訓練を行う。当然これも採点対象だ。俺のクラスでは、この訓練で貴族子弟にもし怪我をさせたら、問答無用で減点とするぞ」
あまりの横暴に教室がどよめいた。
こんなの僕たちが知る冒険者の姿じゃない。レイテ先生は現場を知らないんだと、僕まで強い反感を覚えた。
「実技指導は朝の1鐘目と、夕の4鐘目以降の合計4時間だ。2鐘目と3鐘目には普通科と同様の授業と、冒険者家業に必要な座学を受けてもらう。では、これからそれぞれ班分けして、言われた通りの教室に向か――」
そこで授業の開始を告げる1鐘目が鳴ってしまった。
リョースくんの言ったとおりだ。レイテ先生は余計な嫌みなんて言っている場合じゃなかった。
「ほら言わんこっちゃない、早くしてくれよ、センコー」
「くっ……言われなくともわかっている! 教師に口答えするな!」
「いいから早くしろって言ってるだけだろー?」
「だからリョースくんっ、先生にケンカ売ったらダメだよ……っ」
教室のみんながリョースくんに親しみの目線を向けていた。
冒険者志望や現役のみんなからすると、僕たちを肉壁呼ばわりするレイテ先生に、共感する人なんてどこにもいるはずがなかった。
あの横柄なケニーくんまで、リョースくんに向けて微笑んでいた。
僕の目線に気づくと、ごまかすように表情を消しちゃったけれど……。
レイテ先生が焦るように僕たちを1~5班に分けると、ようやくこの嫌な時間が終わってくれた。
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初めての実技指導は投擲術という科目だった。
担当教官のお姉さんが言うには不人気科目だそうで、それだけ単位が取りやすいと説明された。
これから一週間、僕たちは班ごとに別々の実技指導を受けていって、自分の適正を確認する。
その後は選択式で、欲しいと思った技術を高めてゆく形式みたいだ。
「君みたいな小柄な子は、うちの授業がオススメよ? だってほら、この学校って割とガチムチ系の学科が多いから……。だったらここでお姉さんと、一緒に勉強しましょー?」
「そ、そうなんですか……?」
「うん、お姉ちゃんの見たところ、エドガーくんは投擲が向いてるの。ガチムチ系の科目よりもね♪」
「ガチムチ系って……。この先どんな授業が待ってるのか、なんか不安になってきました……」
「それにこういうの女の子にモテるのよー? テクニシャンな彼にキュン……としちゃうみたいなー? んふふっ……」
「そ、そういうものなんですか……!?」
「そうよー? じゃ、お試し期間が終わったら、絶対お姉ちゃんを指名してね? お姉ちゃんね、実はエドガーくんが気に入っちゃったの……。こんなかわいい子と、これっきりなんて寂しい……」
「えっ、ええっ……!? で、でもお姉さん、僕よりずっと年上で……っ」
投擲の担当教官のお姉さんは、やさしいけどどことなく危ない匂いがした……。
でも僕に向いているって、本当かな……。
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2鐘目は普通科科目で、田舎ではまず教わらない珍しい計算法を教わった。
極めてゆくと弓の軌道を計算出来ると言われた。けど実践で計算をしている余裕があるかといえば、たぶんないんじゃないかなと思う。
「ぶっちゃけ、これ必須科目じゃないから、アホは無理してついてこなくていいぞー。単位が欲しいやつだけついてこい」
「エドガー……お前、この授業わかるか……?」
「う、うん、辛うじてだけど……」
「マジかよ、天才だなお前……」
単位が貰えるなら頑張ろう。実技に自信のない僕は、黒板へと真摯に目を向けた。
始めてみると楽しい上に、教え方が上手くてわかりやすい。
鐘楼の鐘が鳴り響き、待望の昼休みが訪れるまで僕は夢中になっていた。
「エドガー様!」
普通科の先生が教室を去ると、冒険科の教室にソフィーの甘ったるい声が響いた。
ノートから目を上げれば、僕の前にソフィーの笑顔が飛び込んで来る。否応なく注目を浴びた。
「と、ついでにリョースも久しぶりですの」
「なんだよその態度はよーっ!? 俺にもその甘い声で、リョース様♪ って言ってくれよーっ!?」
「ふふふっ、それだけは口が裂けても、絶対に言いませんの。それよりエドガー様っ、わたくしとお昼をご一緒しませんかっ?」
「あ、あの、ソフィー……」
普通科の先生と入れ替わりで、担任のレイテ先生が教室に来ていた。
僕たちの様子をのぞきに来たのではなく、忘れ物を取りに来たみたいだった。
「大丈夫ですの。一応、リョースの分も作らせましたのよ」
「マジかよっ、そうならそうと言ってくれよ、ソフィー! そうと決まりゃ行こうぜ、エドガー!」
レイテ先生が険しい顔をして、僕たちとソフィーのやり取りを睨んでいた。
彼は僕たちを肉壁と言うような人だ。
「ソフィーティア嬢、そういった行いは感心しないぞ。そうやって貴女が平民となれ合う姿が広まれば、学内の風紀を乱すことになる。自粛しなさい」
「おいおい、センコー。うちのクラスの担任がよー、小者みてーなこと言って士気下げるんじゃねーよ。それよかソフィーのこの、大物っぷりを見習えって!」
「俺のどこが小者だっ!」
「女々しく細けーこと気にするところだろ」
リョースは僕たちの前に立って、レイテ先生の難癖から庇ってくれた。
ソフィーの立場を考えれば、僕たちと付き合うのはよくないのかもしれない。
「細かくなどない! 貴族が平民と馴れ合うな、と言っている! それにソフィーティア嬢っ、君にはもっとふさわしい相手がいるだろう!」
ソフィーが廊下側に下がろうとすると、レイテ先生がその華奢な二の腕を掴んだ。
リョースだけではなく、僕の中に眠る僕が激しい怒りを覚えた。けど、ソフィーもよっぽど嫌悪感を覚えたのか、僕たちが予想もしない反撃をした。
「熱ッッ?!」
ふりほどくようにソフィーの手が先生の手を掴むと、先生のシャツの袖が燃えた。
「その話をエドガー様の前でしたら、わたくしは貴方を許しませんの。お望みなら貴方のお好きな、階級社会のルールを使うのもやむを得ませんわ」
「怖っ。そういうのエドガーが引くぜー」
「そ、そんなことはないけど……」
でも正直に言うと、ソフィーのやさしいイメージからすると凄く意外だ……。
こんなに怒るなんて、よっぽど触られるのがイヤだったんだろうか。
「つか、ギスギスしてたら昼休みが終わっちまうな。こんな肉壁せんせースルーして行こうぜ、エド・ソフ!」
「へ……? いや何それっ、いきなりセットで略さないでよっ!?」
「悪い気がしない反面、なんだか微妙な響きですの……」
今も僕とリョースはレイテ先生に憎悪の目を向けられていた。
いくらなんでもこんなの常軌を逸している。その目から逃げるのもかねて、僕たちは駆け足で庭園を目指すことにした。