Ep 1/7 闇討ちとクッキー - どしゃしゅごい! -
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「おーー? ねぇねぇ、エドガー、なにしてるのー?」
「ティアッ!? 今はダメだよっ、こっち来ちゃ……あっ!?」
エドガーの知り合いらしき女の子がやってくるなり、外道のツァルトは迷わず動いた。
まだ12歳のティアに襲いかかって、折れた刃をその喉元に突き付けた。もはや貴族の誇りもなにもない……。ムダなその決断力だけは一応は褒められるだろうか……。
介入したい。しかしエドガーが俺にそれをさせてくれなかった。
「おおっ……けん、なんかー、おれてるぞー? どしたの、これー?」
「何をのんきな反応をしているっ、キャーッ助けてエドガーくーんっ! とか言いたまえ!」
「わかったー。きゃー、たすけてー、エドガー、おかしたべたい」
「私をバカにするなーっ、小娘っ! いいかねエドガーくん、この子の命が惜しかったら――と、とにかくこっちに来たまえ!」
エドガーは言葉を返さずに要求に従った。
言われた通りにツァルトの目の前にやってくると、子供を人質にする悪党を睨む。
エドガーは怒っていた。あれだけ温厚なエドガーにも、許せない一線があった。
その憎悪の感情が俺には心地良い。怒りと憎悪はエドガーの裏側で生きる俺に生の実感をくれた。
「次はそこにひざまずけ! それから私に謝罪をするのだ! 大切な家宝と、200万イェンを台無しにしてしまい申し訳ございません、ツァルトさ――」
「ふざけるな……」
エドガーの腕が折れた刀身を握り締める。
たったそれだけで剣が動かなくなり、ツァルトは青ざめた。
エドガーの力によって、さらに短く刃がへし折られると、恐怖のあまりに白目を剥いて、ヤツは剣だった物を右手から落として後ずさった。
ここでティアを手放してしまうところからして、コイツはやはり三流以下の道化だ。
「エ、エエエ、エドガーくんっ……? そ、そんなに怒らないでくれたまえっ、君を脅すために襲っただけで、危害を加えるつもりはなかったんだよ私はっ!? くぅぅ……この怪物め……」
「黙れ。この子はダメだ……。僕には何をしてもいいけど、次にこの子に何かしたら、僕は――お前の腕をこうしてやるっっ!!」
エドガーは破壊した刃を、さらに二つ折りにへし折った。
ツァルトはさらに真っ青に青ざめて、情けない内股で壁へと背中をぶつけた。
「お、おおお、覚えていろおおおーっっ!! こ、ここっ、このままじゃ絶対に済ませんからなぁぁーーっっ!!」
滑って、転んで、何度も立ち上がってはもたつく足に転倒しながら、ツァルトはエドガーとティアの前から逃げ去っていった。
まさかこんなに早く、人格改善の契機が来るとは思わなかったな。ツァルトが期待以上のクズで助かった。
「ごめんね、ティアに迷惑かけちゃったみたいだ……。本当にごめん……僕のこと、受け入れてくれたのに……」
「エドガー……」
あんな目に遭えば当然だろう。ティアはいつになくおとなしかった。
「うん、何? やっぱり怖かったよね……」
「なんでー? それよりエドガー、もしかして、もしかしてだけどなー、エドガー……ティアのこと、あいして、しまったかー?」
ただし俺も見積もりが甘かったようだ。
あそこの宿の人間は、やはり常人とは何かがズレている。ティアはエドガーの顔を見上げて、不思議そうにのぞき込んだ。
「ちょ、ちょっと待って……。それいきなり話飛んでないっ!?」
「このこに、てをだしたら、こうしてやる……ぱきーんっ! はぁ……あいを、かんじた……」
「それは……。だって僕、家族がもういないから……。だからティアたちの幸せを壊そうとしたアイツが、どうしても許せなかったんだよ」
「あ、そうだ! それならー、ティアと、けっこんしよー?」
「へっ?! いやなんでいきなりそうなるの!?」
「そしたら、エドガーも、かぞくだぞー? ママもなー、エドガーなら、いいっていう。……おとーたんは、んー、わからない……」
参ったな。このアルクトゥルスをもってしても、この子は思考回路がまるで読めない……。
困った様子でエドガーが苦笑いを浮かべて、けれども心のどこかで、その誘いに期待を寄せたようだった。
だがさすがに12歳と結婚はできんぞ、エドガーよ。
「へへへ……もてるおんなは、つらいぜ……」
「もうどこから突っ込んだらいいか、わからなくなってきたよ、僕……。ベルートさんに殺されちゃうから、それは遠慮しておくね」
「そうかー? ティア、おかいどくだぞー? エドガーとティア、うまくいく。ティアは、やどやさんで、おかしすき。ほらーっ、ぴったりだ!」
「言われてみれば確かに……じゃなくて! えーと、迷惑かけたおわびに、良かったらクッキーでも作ろうか? 簡単なやつだけど……」
「それっ、ほんとうかっ!? そうかー、エドガー……やっぱり、ティアのこと、すきなんだなー……」
「いやそれ、単にティアがクッキーに釣られてるだけだよ……」
ティアと話していると、全てがティアのペースになるようだ。
エドガーはつい先ほどまで、ツァルトに激しい怒りを向けていたことすらもう忘れていた。
「ざいりょう、なにいる!?」
「あ、そうだね。お店が閉まる前に材料買わないとね」
エドガーとティアは寄り道をして、薄力粉と卵とメープルシロップを買って帰宅した。
それから賑わう厨房の片隅を借りて、薄くてほんのり甘いクッキーを作った。
「あらおいしー♪」
「あまーいっ、あまーいっ、さくさくしてるー! どしゃしゅごい、どしゃ!」
「ラングドシャだよ」
クッキーは酒場宿の来店客にも振る舞われた。
幸せそうに薄いクッキーをかじるティアとクルスの姿に、店主のベルートも微笑みながらその味を確かめた。
「ふむ、これは拾い物かもしれませんね……。エドガーくん、学費や生活費の方は大丈夫ですか?」
「学費は全額免除だって言われました。ただ生活費は、爺ちゃんの残してくれたお金に手を付けるしかないです……」
「ならばうちで働きませんか?」
「い、いいんですかっ!? 実は僕、お菓子屋さんか、宿屋さんになるのが夢で!」
ここで宿屋の仕事を覚えられるなら、エドガーとしても願ったり叶ったりだった。
菓子作りの方は自己流になるだろうが、今回のクッキーは大好評だ。エドガーの胸の中で希望が膨らむのを俺も感じた。
「ダメです、娘はあげません」
「そんなこと言ってませんよっ!?」
「まあですが、先ほど娘を助けて下さった恩もありますね……」
「え……なんで……。ま、まさか、全部見てたんですか……?」
「はい、あなたがティアを庇わなければ、わたしがあのクズを始末していました。あなたを見直しましたよ、エドガーくん」
俺の感知能力は、肉体の主導権を得ていない間は、エドガーの五感と意識に縛られる。
悔しいが全く気づかなかった。この男、飄々としていてつかみ所がないが、間違いなくただ者ではない。
「では、食事を腹に入れたら厨房に回って下さい。若きお菓子屋さんのお手並み拝見といきましょう」
「は、はい! よろしくお願いします!」
ここから先はあまり興味がわかない。
エドガーはクルスの調理補助役として、ほぼほぼ完璧な仕事をこなしたようだ。
何せエドガーは幼い頃から、ほぼ毎日あのジジィの食事を作っていた。
教えがいのある新人に奥さんのクルスが楽しそうに、鼻歌を歌っていたことだけ覚えている。
本日より、投稿ペースを1日一回変更いたします。




