EX-Ep 震撼の入学式
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かくして10日間が過ぎ去り、ついに王立学問所の大講堂にて入学式が執り行われた。
この学校が事実上の貴族科である魔法科を持つこともあり、何もかもが格式張っていて、いちいち長ったらしかった。
「お前よ、いくらなんでも人が悪いぜ……」
「ごめん、リョースくん……。馬車じゃ言い出すきっかけがつかめなくて……」
「まあアレだけ自慢したら、お人好しのお前がそうなるのも当然か。へへへ……けどこの展開は凄ぇ嬉しいぜ、エドガー」
「ぼ、僕って、そんなにお人好しかな……」
「ああ、おまけに田舎者だ」
それはなんの因果か、彼らは真隣の席に見知った顔を見つけることになった。
同じ英雄科で、同じ時期に王立学問所の門を叩いたのだから、それは偶然ではなく必然だったのかもしれない。
「しかしよ、早速やらかしたらしいな、お前」
「え、なんのこと……?」
リョースはエドガーの不思議そうな顔にあきれていた。
俺と学長で試合の結末をねじ曲げたはずなんだが、どこからか漏れていたようだ。
「お前やっぱ二重人格だろ……」
「ちょ、リョースくん……っ、そのことは、お願い黙ってて……っ。もし人に聞かれたら……」
「おっと、悪い」
誰にだって二面性はある。端から見れば、キレるとヤバいやつ程度にしか映らないだろう。
まあエドガーの性格からして、そういうのを嫌うのだろうが。
「だがよー? お前入学が決まったその日に、貴族様の鼻をへし折ったそうじゃねーか。家宝の宝剣と一緒によ、はははっ、ザマァッだなっ!」
「し、知らないよ、そんな話……」
見に覚えのない話にエドガーは当惑していた。
リョースとの接点は、俺としても望ましく思っている。まだ16とは思えないほどに、彼は面倒見が良かった。
「私語はそこまでにしろ」
その会話を苦々しい顔付きで聞いている者がいた。
神経質な雰囲気のある若い教師だ。
「親交を温めてただけだろー? つか、おっさん誰?」
「お、おっさ……俺はまだ28だっ!」
「は? 嘘だろ、その顔は30後半だろが、いくらなんでもサバ読み過ぎだぜ」
「リョースくん……っ、いつものことだけど、素で失礼だよ……っ」
「入学式早々に、担任の顔に注文を付けるとは良い度胸してるな、お前ら……!」
声を抑えながらも、自称担任は怒りに顔を赤くさせていた。
リョースに悪意はない。事実、俺の目から見ても30後半にしか見えなかった。
「ええっ、僕は何も言ってないよっ!?」
そこに他の先生からの警告が入ってやり取りが中断された。
どうやら学長の挨拶が始まるようだ。エドガーは興味を引かれて壇上を見上げた。
「ようこそ、王立学問所へ。皆様の一人一人の動機はそれぞれでしょうが、私は皆様をここに迎えられることを喜ばしく思っております。当校は新しい時代に対応して行くために、約50年ほど前に新設されました。皆様はもうお忘れでしょうが、それは最果ての魔王アルクトゥルスが討たれてより、翌年のことになります」
リョースは見るからに態度と姿勢を変えて、続く学長の言葉に熱心な眼差しを向けていた。
現役のリョースからすれば、元冒険者の学長は、己の師匠のそのまた師匠みたいなものなのだろうか。
しかし俺の話題を入れてくるとは、いよいよ感づかれているな……。
まあ悪さをしなければ大丈夫だろう。
俺の性格上、自重はあまり得意とは言えんがな。
全てはエドガー次第だ。あまりに頼りないところを見ると、つい手を貸したくなってしまう。
「――我々はたった一人の男を討つのに、10万を超える軍勢を失いました。その日より我々は痛感したのです。再びアルクトゥルスのような存在が現れたとき、同じ失敗を繰り返してはならないと」
それは勝利者の作り出した歴史だ。
実際はアルクトゥルスという異端の存在を、魔王のレッテルを貼り付けて排除しようとしただけだ。
やつらは怖れていたのだ。貴族の血筋でもない者が、魔力を持つ方法を編み出したことに。
平民出身の大賢者がそこに存在しているだけで、世界中の体制を崩壊させかねなかった。
「貴方たちの活躍が我が国の未来を作ります。特に、今年の君たちは粒ぞろいがよろしい。心より期待していますよ。君たちならば、当校に新しい風を作ってくれるはずです。……入学おめでとう、私たち王立学問所は、皆様を祝福いたします。これから共に歩み、学びましょう」
学長の言葉は演説にも等しく、新入生たちの心を高揚させた。
学長を心酔する教師たち一派により拍手が打ち鳴らされ、多くの者がそれに賛同した。リョースとエドガーもだ。
反面、それに従わない教師がちらほら見えたのが気にかかったが……。
その次は生徒代表による宣誓だった。
壇上に選り抜きの新入生たちが上がってゆく。俺もエドガーもあまり興味をそそられなかった。
だが、その中に見覚えのある姿を発見して、エドガーは壇上を二度見していた。
桃色の髪に白い肌、誰よりも気品に満ちた立ち振る舞いをする女がそこにいる。
リョースもそれに気づいて、小さな声を上げた。いや我慢など出来なかったらしいな。
「おい見ろよ、アレってまさか――嘘だろ……!? いてっ?!」
「静かにしろ……」
この担任とリョースは相性最悪のようだな。
まあそんなことはどうでもいい。そこにいた女は、どこからどう見てもあの女だった。
「代表、ベルン侯、息女ソフィーティア。宣誓をお願いします」
「やっぱり、ソフィーだ……!」
ただ者ではないと思っていたが、想像以上の大物だ。
馬車で出会った少女、ソフィーティアは気品に満ちた立ち振る舞いで、よどみなく完璧な宣誓を進めていった。
貴族生徒の父兄が集まるこの場で、百をゆうに超える視線を受けながら、言葉を詰まらせることなく語ることがどれだけ難しいことか。
それを彼女は易々とやってのけた。しかし驚きはそれだけではなかった。
「――王国の未来のために、学科と、身分の枠を越えて、力を合わせて切磋琢磨していきましょう。……そして、ここからは思い付きのアドリブとなりますが、わたくしも学長さんと同意見ですの。古い枠組みに囚われず、階級の垣根を越えて、共に新しい風を起こしましょう。わたくしたちみんなの手で!」
真っ直ぐな女だった。俺がアルクトゥルスだった頃は、何もかもが腐っていた。
魔法の才能を持つ貴族こそが絶対で、民はどんな理不尽にも堪えなければならなかった。
言わばソフィーはあのツァルトの対極だ。
現に貴族階級の者たちは、教師生徒を問わず、警戒の目を壇上の彼女に向けていた。うちの担任もだ。
「あのお嬢様、入学早々やってくれやがったな。はははっ、なんだよ、お前も知らなかったのかよ、エドガー」
『ああ、知らなかった。世話の焼けるお嬢様だ……』
驚きのあまりエドガーが返事すら忘れていたので、代わりに俺が返しておいた。
「違いねーな。こんなのつまんねぇイベントだと思ってたけどよ、こんな引っかき回し方をしてくれるたぁな、俺はあのお嬢様を見直したぜ!」
「だ、大丈夫かな、ソフィー……」
俺たちの入学席はどよめきと共に幕を閉じた。
これからこの学内が荒れることになるだろう。それは想像を働かせるまでもないことだ。
貴族階級から、優れた魔法使いが現れなくなっているという話がもしも信実ならば、それはなおさらのことだ。
「平民と力を合わせるだと!? 笑わせ――グハッッ?!」
近くのバカがソフィーの勇気を冒涜しようとしたので、俺とリョースはそれぞれマジックアローとブーツをソイツにぶち込んだ。
ふとよく見たら、それは上級生代表のツァルト先輩だったようだった。
壇上のソフィーは、己の発言がここまでの動揺を引き起こすとは思ってもいなかったのか、不思議そうに目を丸めて、それから俺たちの姿に気付いたようだった。
自分が最上級の荒れネタに触れてしまったとは、ソフィーお嬢様はまだ理解していないようだ……。
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