Ep 5/5 おめでとー、エドガー! ぱちぱちぱち!
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荷物を部屋に置くと、僕はティアに案内されて付近の店を回った。
どこで何が買えるのか。そんなもの当たり前の情報だけれど、おのぼりさんの僕にはとても助かった。
「ぶきや! おじさん、あたまつるつる、かおこわい。でも、やさしいんだぞー」
「お嬢ちゃん、そういうの止めてくれよ、照れくせぇ……! エドガーだったな、よろしくな!」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いしますっ。あと、ティアがすみません……」
「いいんだいいんだ、このお嬢ちゃんは商店街のアイドルだ」
「へへへー……ティアはー、としうえに、もてるほうだからなー。じょしりょく、たかめ?」
人の庇護欲を誘うところがあるだけで、女子力は関係ないと思う……。
それから鍛冶屋を出て、商店街をさらに歩くと屋台が立ち並んでいた。
スコーン屋さんの前にやってくると、ほんのりと甘い匂いが香った。
「ジュルリ……。エドガー、あれ、おいしそう……」
「スコーンか。ティアはスコーンが好きなんだね」
「…………え? なんかいったか、エドガー?」
「スコーンに夢中だね……。よかったら奢ろうか?」
「ほんとうかっ!? ほんとうに、いいのかーっ!?」
「仕事があるのに親切にしてくれたし、これで少しでもお礼になるなら」
スコーン屋さんのおばさんが俺たちのやり取りに笑って、ティアには世話になっていると1割引で売ってくれた。
それをティアに手渡すと、子供みたいに目が輝く。
こんなシンプルなお菓子一つで、こんなに幸せいっぱいになれるなんて、僕たちはこの子を見習うべきなのかもしれない。
「はぐはぐ……あまーいっ! エドガー、いいやつ! ますます、きにいったぞー!」
「僕も食べたかったから。ティアはお菓子が好きなんだね」
「うん! ごはんよりすきだぞー!」
「そう、そういう返しをされたのは初めてかな……。僕はお菓子を作るのも好きだよ」
「おおおおーっ、エドガー、おかし、つくれるのか!? ジュルリ……それは、いいこと、きいた……きいてしまった……」
「大した腕じゃないよ。好きってだけだから……」
ティアが期待の眼差しを僕に向けた。
頭の中が甘い物でいっぱいになっているみたいで、何度もゆるい口からよだれをすすっていた。
「うっふん……エドガー、すてきー。かっこいい、なぁー?」
「な、何、急に……?」
もしかして今のウィンクだったのだろうか。
あまりに唐突な態度に、僕はティアの顔をうかがった。何が目的なのだろう。あ……。
「おかしつくるとこ、みてみたいなぁー? エドガーの、おかし、おいしーだろうなぁー? うっふん」
「そ、そうだね……。ならティアさえ良かったら、今度時間があるときに作ろうか……?」
「いいのかっ!? やったーっ、エドガー、じょしりょくたかい!」
「それはたぶん、褒め言葉じゃないよ……」
「へへへぇ……いってみる、ものだなー。……ん、あれ、エドガー、なんか、よごれてる?」
ティアの目線を追ってみると、袖や膝が黒く汚れてしまっていた。
途端に嫌な気持ちになった。ティアのおかげで明るい気分になれたけど、僕はあんな酷いやつに負けたんだ……。
「しょうがないなー。ここは、ティアが、おせんたくしてあげるぞー」
「え、でも僕、これ以外に服とか持ってないから、遠慮しておくよ……」
服はとても高いものだし、着替えのために貯金を崩す気にはなれなかった。
それに入学すれば制服が支給されるという話だ。
「はだかでいいぞー? ティアは、そういうの、きにしない」
「僕は気にするんだってば……」
その後はしょっぱい揚げ菓子を買って、僕たちはまるで兄妹のように笑い合ってしろぴよ亭へと帰った。
王都の人たちには人情がないと聞いていたけど、後ろ歩きで僕に笑うティアの姿を見ていると、嘘だと言い切れた。
「あっ、おとーたんだーっ!」
宿に戻るとティアが店の奥に飛んでいった。
見ればバーカウンターに痩身白髪の男性が立っていて、ティアがその胸元に飛び込んでいた。
厨房の方から肉と脂の焼ける匂いがする……。お腹がすいてきた。
「あっ、エドガーこっちこっち! これなー、ティアのなー、おとーたん!」
「は、初めまして、エドガーです……」
「ええ、話は妻から聞いていますよ。わたしの名はベルート、この酒場宿の酒場側の主人にして、ティアの父親です」
ベルートさんはとても上品な人だった。
やさしそうに僕へと微笑んで、それ以上にティアに温かい目を向けていた。
「おとーたん、おしごと、おつかれさまー。おみやげ、なーにー?」
「もちろん買ってきてありますよ。ですが今はお客様の前です、あまり恥ずかしいところを見せるのは、どうかと思いますが」
その光景は爺ちゃんを失った僕には、羨ましくてたまらないものだった。
「そうだった! あのなー、エドガー、おとーたんは、さいきょーだ。しゅっごいつよい、ぼーけんしゃ、なんだぞー。まほーも、けんも、カシャカシャも、ぜんぶできる」
「カシャカシャ……?」
「これのことですね」
ベルートさんは巧みに銀製の容器を振ると、使い込まれて曇ったグラスに、青い液体を注いで僕の前に差し出してくれた。
なんだろう。お酒かな、初めて見る飲み物だった。
「ティアは、それ、あんまり、すきじゃないなー」
「大人向けですからね。どうぞエドガーくん、酒気は含まれていないので、これはあなたでも飲めますよ」
「でも凄い色……。い、いただきます」
ほのかに光っているような気がしたけど、ひと思いに口にしてみた。
苦甘い。まるで酒気の抜けたラム酒に砂糖を入れたみたいな、不思議な味だった。
「ティアちゃーんっ、こっち手伝ってー♪」
「エドガー、ママよんでるから、いってくるなー。おとーたん、エドガーよろしくなー?」
クルスさんはやっぱり厨房だったみたいだ。
ティアがパタパタと軽い足取りで駆けだして、僕とベルートさんだけが残った。
そのベルートさんが、座れと言わんばかりにカウンターを指さしたので、僕は素直に従った。
「ようこそ、しろぴよ亭へ。入学シーズンは若手冒険者たちを王立学問所に取られてしまう時期でしてね、正直に申しますと、うちに泊まっていただけて助かります」
「い、いえ、学生街の方で宿が見つからなかったので……」
なんだか友達のお父さんと話しているみたいな感覚だ。少し緊張する。
「夜は騒がしくなりますから、きっと勉強には不向きな宿でしょう」
「そうかもしれませんね。でも僕、そういうのは嫌いじゃないです。育ててくれた爺ちゃんが、冒険者だったから、むしろそれが落ち着くというか……」
爺ちゃん、こんなに早く死んじゃうなんて考えてもいなかったよ……。
僕はティアが羨ましい。あんなふうに無条件で愛してくれる人なんて、僕はもう二度と得られない。
「その爺ちゃんも死んじゃったんですけど……」
「そうでしたか。となると、他に血縁の方は?」
「最初からいません。僕、捨て子だったみたいです。初めは教会が預かってくれたらしいんですけど、凄く小さい頃に、爺ちゃんが引き取ってくれて……」
「そうですか。それはさぞ大変だったでしょうね」
爺ちゃんと一緒に暮らしていた頃は考えもしなかったけど、もしかしたら僕、とても不幸な身の上なんじゃないだろうか。
これからはどんなに頑張っても、僕を手放しで褒めてくれる人なんていない。ティアくらいしか……。
「しかし困りましたね……。ティアに色目を使ったら、ただではすまさないと軽く脅すつもりだったのですが。ほら、かわいいでしょう、うちの娘は」
「え? ああ、えっと……確かにかわいいですけど……。けどまだこんなに小さいですよ? 二つも年下ですし、そんなふうにはとても……」
「ええ、不思議なもので、わたしがこう言うと、皆が皆、あなたと同じような返事をしますね」
「み、みんなに言ってるんですか……? やり過ぎじゃ……」
妹に欲しいと思ったのは事実だ。
でもあまりに無垢過ぎて、どうこうしようだなんて発想が出てこない。
「こういう商売をしていますからね。わたしは己の宝を守ろうとしているだけです。そしていいですか、エドガー。あなたの立場には深く同情しますが、ティアに手を出して、ただで済んだ者はいませんので、そこはどうかご了承を……」
「あ、はい。ベルートさんって、親ばかですね……」
クールでひょうきんな雰囲気の人だけど、ティアの話のときだけは目が笑っていなかった。
僕はティアが大切にされていると知れば知るほど、やっぱり羨ましくてしょうがない。
天涯孤独になって、一人で王都に上って、あんな嫌なヤツにボコボコにされて、弱気になっているんだ、きっと。
「おまたせー、エドガー!」
厨房からティアとクルスさんがやってきた。
「もうダメですよ、お父さん。エドガーくんが、本気であなたに引き始めていますよ?」
「おや、そうでしたか。すみません、娘のことになるとわたし、正気ではなくなるようでして」
クルスさんがやさしくたしなめると、彼は妻に向けてやさしく笑った。
奥さん……奥さんか。お嫁さんを作れば、僕もこんなふうに笑えるのかな……。
「ドーンッ! おまちどーっ!」
「えっ……?」
夫婦に目を奪われていると、ティアが僕の座るカウンター席に肉料理を置いた。
凄いボリュームだ。
「当店自慢のミックスグリル全部盛りセットよ~♪ 召し上がれ~♪」
ハンバーグとミニステーキ、鶏の唐揚げとグリル、それに揚げ芋が山のように積み重なっている。
それはあまりに巨大な肉と芋の塊だった。
「え、まだ僕、注文してないよ……?」
「うーうん。これはー、ティアたちからの、おごりだぞー。がくもんしょー、にゅうがく、おめでとー、エドガー! ぱちぱちぱち!」
「おめでとうございます、エドガーくん♪」
「裏口でも入学は入学ですからね。おや、すみません、これでわたしも結構な地獄耳でして」
天涯孤独になった僕を、しろぴよ亭の一家が歓迎してくれた。
爺ちゃんが死んで、僕が失ったものがそこにあった。
急に目頭が熱くなって、年下のティアの前だというのに我慢できなくなっていた。
「あれー、なんで、ないてるの、エドガー?」
「な……泣いてなんか、いないよ……。僕は、ただ、ぅ……ぅぅっ……。爺ちゃん……僕は……」
卒業出来るかすらわからないけど、これからはここでやれることをがんばろう。
まだ14歳の子供に過ぎない僕には、おすそ分けだろうとも、家族の温かみが必要だった。
「うふふ……なんだか、私まで泣けて来ちゃった……。エドガーくん、私のこと、ママって呼んでもいいのよー?」
「え、ええ……っ? というより、今までの全部聞いてたんですか……?」
「はい、その辺りはそういうものと、いっそ諦めて下さい。わたしたちも悪いようにはしませんので」
ただここの人たちってなんか、凄く人間離れしているような……。
「へへへ、エドガー、これからよろしくねー! ティアに、おかし! いっぱい、つくってくれても、いいからなー?」
「うん、もちろんいいよ! 僕の夢はお菓子屋さん、それかお菓子の出る宿屋さんなんだから!」
僕はロリコンじゃないけど、ちょっとだけここの家に婿入りしたいと思った。
涙が止まってから食べるミックスグリル全部盛りセットは美味しくて、でもとてもじゃないけど、全部はお腹に入らなかった……。
最近の子は小食ね~♪ と、クルスさんが言っていたけど、そういう次元の問題じゃないと思う……。
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明日も17時更新の予定です。




