Ep 1/4 ダブルフェイス
「エドガー……よく聞きなさい……。俺はもう、年を越すどころか、明日の朝日を拝めるかもわからない……」
僕を拾ってくれた爺ちゃんは、ちょっと豪快過ぎるところが玉に傷だけど、愛嬌があってやさしい父親だった。
その爺ちゃんが病床に伏せって、もう半年が経っていた。
「爺ちゃん、弱気になったらダメだよ……爺ちゃんは世界一タフな男だろ」
「色々とあったが、いい人生だった……。だが、心残りは、お前だ……」
爺ちゃんはその昔、魔王討伐で名を馳せた英雄だった。
そんな爺ちゃんでも老いには勝てない。日に日に弱ってゆく姿を、僕はただ見守ることしかできなかった。
「僕なら大丈夫だよ、爺ちゃんのおかげでこんなに大きくなった。爺ちゃんみたいに、勇ましくはなれなかったけど……」
「エドガーよ……。この家の売り手はもう、付いている……」
僕にもっと力があったら、爺ちゃんの病気が悪化する前に助けられたのだろうかと、今日まで悩ん――
「へ……?」
それは寝耳に水だった。
一瞬、爺ちゃんの頭がおかしくなったのかと、白内障の目をのぞき込んでしまった。
「俺が逝ったら、王都に行け……。そこで、夢を叶えろ……」
「えっ、ええっ!? ちょっと、ちょっと待ってよ爺ちゃんっ、なんでそんな勝手なことに……そんな話、僕一度も聞いてないよっ!?」
暮らしている家をいきなり売られたら誰だって困る。
確かに僕の夢は、王都の方がずっと実現しやすいけど、なんでこんな強引な話になっているの……!?
「案ずるな……。もう、売却の契約を交わした……」
「ちょぉっっ?!」
「家財道具全てを、買い取ってくれる……」
「えぇぇっっ!?」
そうだった。うちの爺ちゃんは、豪快なのが玉に傷なんだった……。
何もせずにおとなしく死ぬたまじゃない……。
現世にとんでもない爆弾を用意して、死の旅路の準備を進めていた……。
「困るよっ、そういうの困るよっ! まさか僕が大事にしてるフライパンも!?」
「必要な物は、王都で買え……」
僕は爺ちゃんの枕元に膝を突いた。ここまでやるなんて油断していた。
だけど王都、憧れの王都だ。新しい生活に対する不安はあるけど、今日までの苦しい看病生活に身も心も疲れていたせいか、少しずつ胸の中で希望が膨らんでいった。
控えめな僕のために、爺ちゃんが最期に背中を押してくれるという。
これを断ったら男じゃない。僕も爺ちゃんみたいな立派な男になるんだ。
「わかったよ、爺ちゃん……。僕、王都で立派なお菓子屋さんになるよ……っ!」
「違う……そっちじゃない……」
「……へ?」
「俺たちの夢の方を先に叶えろ……。昔のコネを使って、王立学問所の、裏口入学の手続きを、通しておいた……。約束を果たせ、アルクトゥルス……」
「ちょ、裏口って、そんなの勝手に困るよっ、爺ちゃんっ!? え、えぇぇぇ~~っっ?!」
爺ちゃんは時々、僕のことをアルクトゥルスと呼ぶ。
誰だと僕が聞くと、昔のダチだと答えた。もしかしたら僕は、そのアルクトゥルスさんの息子なのかもしれない。
「僕の夢は魔法使いでも冒険者でも官僚でもないよっ!! 僕の夢はお菓子屋さんっ、それか宿屋さんって決めてるのに! 王立学問所だなんて困るよっ、爺ちゃんっっ!!」
「宿屋なら、俺も賛成だ……。俺の息子なら、魔王の一人くらい倒してから、酒の旨い店を……ゲホッゲホッッ……」
「爺ちゃん!」
爺ちゃんの軽い上体を起こして、僕は背中をさすった。
これがかつて魔王を倒した男の肉体だなんて、老いは残酷だった。
「明日の朝になったら、コロリと死んでいるかもしれんなぁ、グハハ……ッ」
「笑えないってそういう冗談……っ!」
「――悪いが先に逝く。エドガーを任せたぞ」
ふいに意識が遠のいていった。
そして麻酔をかけられたみたいに感覚が途絶えると、僕の口が勝手に動き出すのを感じた。
「心配はいらん。お前の息子は、お前が斬った魔王よりも強い。育てたことを後悔して逝け」
僕には悩みがある。時々感覚が途絶えて、自分が思いもしない行動を取る。
その間の記憶はない。誰かに多重人格者と知れたら、まともな生活は送れない。
僕はこの体質を克服して、お菓子屋さんになりたかった。
続きは本日19、20、21、22、23時に投稿する予定です。
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