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八話 決意を曲げてでも

 山荘で起きた食人種グレゴアの襲撃。


 それから一週間が経ったある日の放課後。


 帰路を歩きながらレオはふと、コトギの身体の具合が気になった。


「コトギさん、肩の調子はどう?」

「まだ完全には治ってないけど、だいぶ痛みは引いたよ」


 コトギは肩を摩りながら言う。


 しかし、削がれた肉は元に戻る事はない。


 少なからず傷跡は残るのだ。


 もう少し自分が早く来ていればとその事にレオは自己嫌悪するが、コトギはレオに叱咤する。


「もう、そんな顔しないでよ! レオ君は女の子のピンチに駆けつけたヒーローだよ? もっと優越感に浸ってなさい」


「それは無理だよ……女の子の身体に一生ものの傷を与えてしまった。僕がもっと早く助けていれば……」


 レオの毎度の罪悪感にコトギは呆れたように息を吐く。


「なら、お嫁に行けなかった時は責任とってよ。それでいいでしょ?」

「えっ? それってどういう……」


 レオが言いかける中、コトギは笑いながら先を歩く。






 人気のない小道を他愛ない会話をしながら進んでいた時、ふと。


「え? 夏美さん、どうしたの?」


 コトギは隣りにいるレオではなく、自分にしか見えない相手と会話をし始めた。


 姿の見えないレオにとっては酷く疎外感が生まれる。


「コトギさん? 夏美さん何だって?」


 と、何気なくコトギに問うと。


「……レオ君、そのまま止まって」


 急に緊迫したような表情を浮かべ、レオはその指示に従った。


「で? 何だって?」


「レオ君……そのまま来た道を戻るの。急いで」


 コトギの見据える先は前方に停車してある一台のワゴン車。


 中に潜むは、悪意と狂気。


『決して近づいてはならない』


 夏美はそう告げていた。


「レオ君、走るよ?」


 そして、二人は合図と共に来た道を逆走した。


 突然の二人の反応に、中にいた運転手は急速転回し、二人を追いかける。


「コトギさん! あれ、何なの?」


「分からない! でも、夏美さんが危険だって!」


 理由はともかくとして、二人は追いかけてくるワゴン車を振り切る為にひたすら小道に入り巻き続ける。


 そしてようやく振り切った二人は、息を切らしながら公園の茂みで休憩を取っていた。


「はあ、はあ……コトギさん、もしかしてだけど、さっきのって事件の関係者だったりするのかな?」


「はあ、はあ……私も、思ってた。考えられるのは七年前の事件か、もしくはこの間の事件現場に現れた……」


 例の、食人種。

 警察の調べで、男が裏で何人もの死体処理を行っている殺人鬼だと、二人の耳にも入っていた。


 しかし、山荘で会ったからという理由で町まで追ってくるとは考え難い。


 とするならば、七年前の関係者の可能性が高く、狙いはおそらくレオ一択。


 レオはそんな事を考え、罪悪感に襲われる。


「コトギさん、もしかすると君を巻き込んでしまったかもしれない」


「そうと決まったわけじゃないでしょ? どうして私達の事を追い回すのか謎だけど、とにかく警察に連絡しましょう」


 コトギはケータイを取り出し、知り合いの警官に一報いれようとした。


 その時。

 不意にコトギの後ろから手が伸び、その手は彼女の口を塞ぎ、ケータイを放り投げた。


「んんん……!」

「コトギさん!」


 突然現れた清掃員のような姿をした男。


 マスクで顔を覆ったその男は力ずくでコトギをさらってゆく。


「この……コトギさんに――」


 コトギを男から引き剝がそうとレオが足を踏み出した瞬間。


 背後から別の男が現れ、あっという間に拘束された。


「――っ!」


 男達の腕力は思いの外強く、高校生の二人では抵抗する事が出来なかった。


 そして、近くに移動させていた先程のワゴン車に連れ込まれる。


 そこには二人の他に、もう一人乗っていた。


 不気味な笑みを浮かべた、自分達の記憶に新しい一人の男。


 髭を剃り、髪型を整え、高そうなスーツを身に纏っているが、二人は忘れない。


「よう坊主、また会ったな~」


 食人鬼、グレゴアがそこにいた。


「坊主を指名してくるお客さんがいたもんでな、ちょいと面貸せ。女のほうはまあ、個人的な理由だ。この間食べ損ねたんでね、ずっとモヤモヤしっぱなしだったんだよ」


「ひっ……!」


 舌なめずりをする男に、コトギは以前のトラウマを思い出す。


 レオの嫌な予感は当たってしまったのだ。



 その後二人は手足を縛られ、そのままワゴン車は走り出した。


 向かう先は、殺人鬼の住むタワーマンション。









 レオとコトギが拉致される少し前、ヤエカとキョウカはとある喫茶店で対談を交わしていた。


「ねえ、どうしてあなたの店じゃないの?」


 キョウカはヤエカに尋ねる。


「また盗聴器仕掛けられたら嫌だから」


「疑り深いな~、もうしないって」


 などと言いながらはぐらかすが、実際いくつか仕掛けようと思い道具を持ってきていた。


 その事も知っていたヤエカは「嘘つくな」とキョウカを一蹴する。


「あなたの鞄、盗聴器や発信機でかさばってるでしょ。数年前から頻繁にその手の通販サイトにアクセスしてるの知ってるから。勿論購入した商品の内容も」


「だからプライバシーの侵害なのよ……」


 相変わらずねちっこいヤエカの行動力に引き気味にツッコむキョウカ。


「私に隠し事はしないほうがいいわよ。これからも作家を続けたいのなら」


「わかったってば……それに、今回は骸惰の話をしに来ただけだし」


 そしてキョウカは本題に入る。


 彼女は七年前の事件から執拗に興味のある人間を観察するようになった。


 それはキョウカが『冷めぬ興奮』を求めるが故の行為であり、誰かを陥れようという悪意はない。


 彼女は当時の事件関係者すべての情報を様々な手段を用いて調べ尽くした。


 ヤエカにせよレオにせよ弥由美にせよ。そして当然骸惰も……。


 七年前、骸惰に監禁されていた過去は彼女にとっては人生経験の一環としか思っていなかった。


 恐怖も怒りも特にない。


 ただあるのは好奇心だった。


 あの男はどういう精神状態で若い人間、それも主に女性を捕らえるのか。


 何故平然と同種族の者を殺める事が出来るのか。


 そして何より、それを絵に描写する事で快感を得ている男の心理が気になった。


 探求心というならヤエカよりも興味が湧く、骸惰という男。


 この人間とは決して相容れない存在ではあるが、同時に共感する部分もあった。


 それは人間の負の感情こそが、脳裏に焼き付く芸術であるという感性。


 人の憎しみ、苦しみ、悲壮感、恐怖に喘ぐ断末魔などは、楽しく愉快な思い出よりもずっと記憶に残り続ける。


『嫌だ、気持ち悪い、最低だ、許せない』


 いくら嫌悪感を抱いていても、人は無意識にその光景を求めてしまう。


 骸惰のやり方はあまりに身勝手で人道的ではないにしろ、人が思い描く悲劇を作品に残す事はなかなかに合理的だと、キョウカは納得していた。


 だからこそ、彼女自身ミステリーやサイコホラーを題材とした小説を書き続けるのだ。


 一線は越えずとも、自分もあの男と同じ穴の狢なのだと自負していた。




 そんなキョウカの自分語りを終えた後、ヤエカは引いた目で呟いた。


「あんたも十分異常だよ……」


 しかしそんなヤエカに、


「と言ってもヤエカ、あなたもこっち側に片足突っ込んでいるわよ」


 ニコニコ笑みを浮かべながら言い返す。


 それにはヤエカも言い返せなかった。


 キョウカは続ける。


「だから私は彼のファンではないけれど、今でも彼を追っているの。そして……最終的に彼自身が凄惨な死を遂げる事でこの物語は終わる」


 実に楽しそうに、行く末を語る。


「この事件を題材にすれば、私史上最高傑作の本が完成するのよ。だからその為に、ヤエカには頑張ってもらいたいの。私の脚本通りの結末を迎えられるようにね」


 それが彼女の夢。ヤエカに協力する理由。


 ヤエカは火をつけた煙草を吸引しながら言う。


「別にあんたの思い通りにしてやる義理はないけど、最後のシナリオは私も賛同してあげる」


 ヤエカ自身、あの男に復讐する事を糧に生きている。


 今更引き返すつもりはない。


 警察なんかに保護されてたまるものか。


 そう、強く思いながら。



 しかし、そんな時だった。


 無意識に過去の事件と共にレオの事を思い出した彼女は、突然脳裏にある情景が映し出された。


「えっ……?」


 ヤエカは持っていた煙草を落としてしまう。


 レオのGPSを脳に記録していたヤエカがふと、彼の行方を探ってみると、急に位置情報が速度を上げて動き出す。


 その事が気になり、彼が直前に立ち寄った場所付近の監視カメラを覗いてみると、公園を一望するカメラの端で、レオとコトギが何者かに連れ去られる場面を目撃したのだ。


「くそっ、あいつまたっ!」


 ヤエカは急いで自分のパソコンを取り出し、胸ポケットに入っているケータイのレンズをディスプレイに合わせる。


「ヤエカ? 急にどうしたの?」


 キョウカの言葉も耳に入らず、ヤエカはひたすらレオのGPSを辿って目的地をあぶり出す。


 そして、予想は立った。


「キョウカ……骸惰が今いる場所は?」


 青ざめた表情でキョウカに問う。


「ん、湯ヶ崎グループが所有するタワーマンションでしょ? ヤエカならとっくに知ってると思ったけど」


 無論知っていた。


 知っていたが、認めたくはなかったのだ。


「風源 レオが拉致られた……」


「え……どういう事?」


「骸惰の所まで連れ去られたんだよ!」


 ヤエカの突然の変化にキョウカは不思議に思う。


「どうして今、急にあのレオ君の居場所が分かったの?」


 しかしヤエカは反応しない。


 彼女にとって、重大な決断をしなければいけなかったからだ。


 七年間追い続けた殺人鬼に積年の恨みを晴らせる時が迫ったタイミングで。


 恐怖を植え付け、家族を殺し、なおも自分の欲の為に他者を平気で殺める快楽主義者を自分の手で殺す事がヤエカの悲願。


 ようやくここまで追い詰めた男を、警察に引き渡すか否か……。


 今男のもとにレオは囚われる。幼い彼に一生消えないトラウマを与えたその男が、再び同じ苦しみを加えようとしている。


 正直、レンズがなければ何も見えない自分が自ら乗り込んだ所で勝ち目はない。


 だからこそ入念に準備を進めて、骸惰のマンションに繋がるセキュリティーを全て無力化し、無防備になったその男を殺害する予定であった。


 しかしこの準備が整っていない状況で、レオは今にも殺害されようとしている。


 今動かなければ確実にレオと連れのコトギを見殺しにする事になるだろう。


 ヤエカは考える。


 自分の意思に反してでも助力を乞うべきなのか。


 ずっと一人で追い続けた犯人を、苦しみを。


 誰かに分け合ってもらわなければいけないのだろうか……と。


「………………くそっ!」


「ヤエカ?」


 心配するキョウカを他所に、ヤエカはケータイ履歴に載っている人物に電話をかける。

 …………。


『立河上さんか。どうした?』


 相手は鉤島だった。


 そしてヤエカは伝える。


「骸惰の事……教える。知ってる事を全部話す」


 次第にヤエカの瞳から涙が零れた。


「だから……だから…………」


 決意を曲げて、ヤエカは助けを求めた。


「お願い! あの子を……風源 レオを助けてっ!」


 悔しくても苦しくても、あの少年を見殺しにするのはもっと辛い。




 この日流れたニュースにより、世間は大きく賑わう事となった。



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