二話 カトブレパスと魔女
高校生殺人未遂事件が起きてから二日経ったある日の事。
人知れず事件に関与してしまった女性は、ほとぼりが冷めるまで本業を控える事にした。
そして今は、とある喫茶店で店番を任されている。
「じゃあヤエちゃん、悪いけど店番よろしくね」
娘に引っ張られながら、マスターは申し訳なさそうに彼女に店を託す。
「気にしないで叔父さん。たまには美悠とのんびりしてきなよ」
微笑を浮かべながら手を振る。
「ヤエちゃん、次は絶対ヤエちゃんとデートするからね!」
扉から出る際、店主の娘、美悠に予約を入れられ、
「うん、約束」
そう言いながら、彼女は二人を見送った。
ショートヘアの似合うその女性は、決して愛想は良くないが常連客達からは『ヤエちゃん』の愛称でそれなりに親しまれている。
本名、立河上 八重香。非公式で情報屋を営んでおり、メディアで公表出来ない情報を依頼主に提供する他、探偵の真似事なども請け負い、マルチに暗躍している。
そんな彼女の活動拠点がこの喫茶店であり、今は叔父の店で居候させてもらっていた。
彼女もまた、七年前の監禁事件において、レオと同じく生存した者の一人である。
彼と違うのは、犯人の男に家族を殺された過去を持つ事。
両親と、年の離れた妹を殺害されたヤエカは叔父に引き取られ、店を手伝う傍ら犯人の情報を集めていた。
必ず見つけ出して報復してみせると、強い復讐心を抱きながら。
しばらくして客足が途絶えた頃、ヤエカは煙草に火をつけ一服入れていた。
そして静かに目を閉じる。
すると、彼女の頭の中で、ある情景が浮かび上がった。
「……なんか胸騒ぎがすると思ったら、やっぱりか」
そう呟きながら、脳内に映る視界に溜息を漏らす。
彼女が今見ているものは、店近くに設置してある監視カメラの記録である。
今、一人の人間が店に入ろうとしていた。
これはヤエカの妄想ではなく、実際に映っている映像。
彼女の持つ特殊な能力である。
そして、時を待たずしてその人物は入店した。
「こんにちはヤエカちゃん、元気にしてた?」
笑顔で入ってくる女性に、ヤエカは再び大きな溜息を吐く。
「最近どお? 突然の来訪にびっくりしたかしら?」
「いや、モニターに映ってたから」
ヤエカは女性のノリに苦手意識を持っていた。
「そっかそっか~、ヤエカちゃんにサプライズは通用しなかったわね」
「いらねえサプライズだな……」
ヤエカの素っ気ない態度も気に留めず、その女性はカウンターに座る。
「ブレンドコーヒー頂ける?」
そして、ニコニコと頬杖をつきながら、ヤエカの仕事風景を観察するのだった。
「かしこまりました。……魔女さん」
言いながら、ヤエカは胸ポケットに入れていたケータイを取り出し、動画撮影モードに切り替えた。
魔女と呼ばれた女性は、その様子を観察しながら、嬉しそうに微笑む。
「ずいぶん上手くなったわね」
「何、コーヒーの淹れ方が?」
「それもそうだけど……」
魔女はおもむろにヤエカの胸ポケットに入っているケータイを指差した。
「私があげた『目』、上手く活用してるじゃない」
「こうしないと手元が見えないのよ」
と、淡泊な受け答えをしながら女性にブレンドコーヒーを差し出した。
二年程前、ヤエカは魔女と名乗る女性に出会った。
その時は丁度、七年前の事件を独自に調べていたが、なかなか殺人鬼の足跡がつかず混迷していた。
そんな彼女の前に、大人びた容姿の女性が現れ、彼女に問う。
『あなたが真実を知りたいのなら、私が力を貸してあげる』
そう言って、魔女はヤエカに条件を持ちかけた。
それは、『自身の目』を対価にして、『世界の目』を手に入れるというもの。
自分の眼球に映る視界は失われるが、代わりに電子の波を自在に操る力を得る。
その力を応用すれば、ネット上に広がる、ブロックのかかった強固なページにも侵入、改ざんする力も持ち、また、世界中の様々なセキュリティーで用いられるビデオカメラを脳内に映す事も出来る。
魔女はこれを『電子プロビデンスアイ』と呼んだ。
魔女はヤエカの淹れたコーヒーを啜り。
「あれから進捗状況はいかが?」
彼女のケータイのレンズを覗きながらそう尋ねた。
「おかげ様で、身元は割れたよ」
ヤエカは相変わらずあっさりした態度で魔女に答える。
「それは何よりね。で、どんな人なの?」
「どうせ興味ないくせに……」
魔女はウキウキした様子でヤエカに問うが、魔女は他人に興味がないという事を知っている為、返答を渋った。
「興味はあるわよ。ヤエカちゃんが血眼になって追いかけてる男がどんな人間なのか気になるじゃない」
「以前、人間なんて道端の石ころと同じだとか言ってなかったっけ?」
「お得意様は別よ~。ヤエカちゃんはその辺の有象無象とは違う光る原石。そのヤエカちゃんが自分の身体機能の一部を失ってでも探したいものなら、それは私にとっても有益な情報よ」
何故か自分をひいきにする魔女の得体の知れなさに疑念を抱きながら。
ヤエカは一枚の資料を魔女の前に置いて説明した。
「骸惰 信二、一応プロの画家として活躍してる男。コンセプトが人間の『悲痛』さや『恐怖』を彷彿させる作品ばかりで万人受けはしないけど、そのあまりにもリアルな再現度が注目を浴びて、一部のコアなファンには高い評価を得てるみたい」
魔女はその資料を見ながら何度も頷く。
「そこそこ有名な人なのに今まで捕まらなかったの?」
「元々情報が少なかったし、世界中渡り歩いていたみたいだから。日本の機関だけじゃこの男に追いつけなかったんでしょうね」
男の写真を睨むようにしてケータイのライトを当てる。
「だけど一週間前、どうやら日本に帰って来たみたいでね。国際空港の監視カメラを片っ端から脳内ジャックして見つけたよ」
それを聞いた魔女は少し困ったような顔をした。
「う~ん、ヤエカちゃん、無茶な力の使い方はお姉さん感心しないな。ただでさえ膨大な情報量を脳に与えているのだから、あまり酷使し続けると取り返しのつかない事になるわよ?」
魔女は純粋にヤエカを心配するのだが。
その瞬間、ヤエカは憎しみに溢れた表情に変貌した。
「この男に復讐出来れば後はどうなってもいい!」
憎しみに支配された鬼の形相で、資料に映る男を睨み付ける。
その様子に、魔女は。
「……素敵ね。そう、その感情。抑圧に屈した石ころではこうはならないもの」
光悦した笑みを浮かべ、身を震わせた。
「いいわ~絶頂しそうになっちゃった」
「……変態かよ」
怒りに満ちていたヤエカも、魔女の悦に浸った表情を見てその気持ちは消沈した。
気持ちの萎えたヤエカはおもむろに煙草を取り出し、換気扇の前で一服に興じる。
そんな時、魔女はふと。
「ところでヤエカちゃん。ここまで情報が揃っているなら、警察に情報提供して捜査に協力してもらえばいいんじゃないかしら?」
と、合理性を説くが。
「ダメ、他の奴らには絶対渡さない。あいつは私の手で、今まで殺してきた人間と同じような目に合わせなきゃ気が済まない」
効率よりも感情に重きをおくヤエカは魔女の案を否定する。
「そう。まあ、そのほうが私好みよ」
魔女は再び興奮しながらヤエカを見つめた。
ヤエカは視線を逸らすように換気扇に向かって煙を吐く。
と、その時。
ヤエカの脳内に映る、店近くの監視カメラから二つの人影が見えた。
煙を吸いながらその情景を見ていると、スーツを着た男女がこちらに向かってきているようだった。
(見た感じ、前を歩く男は女の上司で、後ろを歩くのが部下の女。女のほうは分厚いファイルを抱えて強張ったような表情。ただ客としてお茶をするという雰囲気じゃなくこれから誰かと面会をする目的で立ち寄った感じか。可能性としては、取引先との待ち合わせか、あるいは私に用があるか……、後者だとすると二人は警官か、別のお役人。いずれにせよ面倒だ)
ヤエカはそんな考察をしながら。
「……魔女さんが警察を口に出すからホントにそれっぽい奴来ちゃったよ」
魔女に向かってぼそりと呟く。
「あらそうなの? なら、私はそろそろお暇しようかしら」
魔女はそう言うと、静かに席を立ちコーヒー代をその場に置く。
「それじゃあヤエカちゃん、またね。無事を祈っているわ」
そして、彼女は店を出ていった。
「相変わらず慣れないな。あの人」
ヤエカは独りごちながら、これから来るであろう二人を嫌そうに待つのであった。