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一話 翡翠の瞳と霊能少女

 ここはとある公立高校。


 先日、当校の男子生徒が同級生を刺した事で世間はそれなりに騒いでいた。


 当然同じ学校に通う生徒達は、その日事件の話で持ちきりである。


「ヤバいよな~」

「B組のあいつがやったんだろ?」


 刺された男子生徒は幸い致命傷には至らず、後遺症がなければすぐに退院出来るとの事。


 しかしその事件でストーカー行為を受けていた女生徒は精神を病み、今も床に伏せているらしい。


 朝礼前の自由時間にそんな話が絶えない。


 と、盛り上がっている中、遅れて一人の男子生徒が教室へ入ってきた。


「あ、風源かざみな、おはよう。ちょっとこっち来いよ」


 本名、風源・レオハルト・アルス・ルドヴィッヒ。


 日本とドイツ両方の血を受けた日独ハーフであり、日本では名前が長い為風源 レオと省略している。


 顔のベースは日系だが、向こうの国特有の綺麗なブロンズ髪と、透き通るような翡翠色をした瞳が特徴的で、中性的な顔立ちの少年である。


レオが入ってくると、その友人は高揚した様子で手招きをする。


「おはよう雄二。どうしたの? 興奮して」


 レオは落ち着いた様子で友人に尋ねた。


「いやいやお前も今朝ニュース見ただろ? ほら、B組の!」


「あ~、久我矢君、捕まったんだってね」


 皆が盛り上がる中、あまり興味が向かないような素振りを見せるレオに友人は不思議に思う。


「お前やけにあっさりしてんな~。ヤバくね? 同じ学校の生徒だぜ?」

「う~ん、それより今朝はもっと気になるニュースがあったから」


 と、久我矢の事件はわりと二の次なレオ。


「え、これ以上の事件って何かあったっけ?」

「女子大生の溺死事件。僕はそっちのほうが気になるね」


 レオの言う事件とは、隣りの県で昨夜、大学生の女性が自宅付近の河川敷で水死体となって発見されたというもの。


 それだけならば事故という線が強いが、亡くなった女性の首元には縛られたような痕がある事から、警察はこれを殺人事件と見て捜査をしている。


「ああ、確かにあったけど……いやでも、この学校で起きた事件のほうが俺達にはホットな話題じゃね? 関係深いし」


「言われてみれば確かにそうだね。久我矢君とは一年の頃クラス一緒だったし」


「だろ~? 俺も浅井と一年一緒だったから色々話聞きたかったんだけど、休んでるから聞けねえんだよな」


 などと他愛ない話をしながらも、内心レオは女大生溺死事件の事を頭に思い浮かべていた。








 その後、突然の全校集会が始まり、例によって昨日の事件の話を聞かされた。

 集会終わりの授業の合間にも教師達がその事件の話を口に出す。


が、やはりレオにとっては重要ではなく、一人別の事で思考を使っていた。

と、そんな時。


授業の最中で突然、軽く息を切らした女子生徒が教室に入ってきた。


「おお、松日奈まつびな、今日は学校に来れたか」


 少女は息を整えると、


「すみません、遅れました」


 と、丁寧に頭を下げ謝罪した。


 松日奈まつびな 言義ことぎ。彼女が学校に来る事はわりとめずらしい。


 コトギの出席率は全体の半分にも満たず、本来であれば留年してもおかしくないのだが、彼女は事情により、高校生でありながら警察と連携して様々な事件に協力している為、授業日数は免除してもらっている。


「いいよいいよ、そっちも大変だろう。さ、席に着いて」


 と、教師は優しくコトギを誘導する。


 ペコリと頭を下げながら彼女は席に着く、その直前。


 ふと、コトギはレオをまじまじと見つめた。


 視線を感じたレオはコトギと目を合わせるが、席に着いた後も凝視し続ける彼女の、その親の仇だとでも言わんばかりの眼力に恐れをなして自分から目を逸らす。


 そんな彼女を不思議に思いながら、コトギの視線を避けるように授業を受けた。







 放課後、未だ事件の話でざわつく校内をかき分けながら、レオは校門を出ようとしていた。

 その時。


「風源君、ちょっといい?」


 ふと、レオの前にコトギが近づく。


 一日中彼女の視線が気になっていたレオは、何となく自分に用があるのだと思っていた為左程驚きもせず、落ち着いた様子で答えた。


「どうしたの? 松日奈さん」

「コトギでいいよ。私も君の事レオ君って呼ぶから」


 距離を詰めるのが早いと思いながらも、それを了承して話を進める。


「それで? 僕に何か?」

「あ~、うん……」


 彼女は若干言い辛そうにしながら、


「七年前の事件の事なんだけど、いい?」


 と、申し訳なさそうに確認をとる。







 七年前に起きた、監禁事件。

 レオはその事件の被害者で、数少ない生存者である。


 それは一人の男によって多くの人間が殺害された凄惨な事件だった。


 動機は定かではないが、男は決まって年齢の若い者をさらい、殺害していたという。


確認されているだけでも九人の若者が人気のない山荘に閉じ込められ、四週間に渡る監禁生活を送る事となる。


そして犯人は、数日毎に誘拐した者を一人ずつ連れ出し、自室にて殺害する。


発見された遺体には無数もの暴行を受けた痕があったという。


また、被害者の一人は犯人に自宅に押し入られ、その家族全員を殺害されている。


その他、近辺で行方不明者が三人出ており、事件との関連性を調べていた。


警察は、当時犯人の元から逃げ出した四人の証言と、現場で見つかった遺体の検査を行い捜査を進めていたが、七年経った今でも犯人の行方は分かっていない。








コトギの言葉にレオは一瞬口ごもるが、軽く頷きながら彼女に返した。


「最近は聞かれる事もなかったんだけどね……」


 レオ自身、この手の話は嫌と言う程尋ねられたし言い慣れていた。


 今更過去を掘り返されるのもいい気分ではないが、彼女が警察に協力しているという事実から、これは仕事として自分に事情聴取を依頼しているのだと納得した。


「その話、誰から聞いたの?」


 何気なく、レオは情報の出どころを尋ねると。


「なんて言えばいいのか……被害者の人、かな?」


 はっきりとしないコトギの反応に首を傾げるも、


「ああ、そういえば僕の他にも保護された人がいたね。その人達から聞いたんだ?」


 何も生存者は自分だけではない。おそらく事件関係者すべての人に聞いているのだろうと思った。


「あ、ううん、その人達にはまだアポイントは取ってないんだ」


「それじゃあ、被害者遺族の人?」


「それも違うんだよね……」


 だが、コトギの煮え切らない態度にますます疑問になる。


 そんなレオの様子を窺いながら、「笑わない?」と、コトギは彼に問う。


 頬を掻きながらレオは了承した。


「あのね、私が聞いたのは間違いなく被害者の人。それも当時犯人の手によって犠牲になった女性の人」


 レオは眉をしかめた。


「……どういう事? 犠牲になった人で生存してる人なんて――」


 と、レオが言いかけると、不意にコトギは彼の、すぐ横を指差し言った。



「だからすでに亡くなっている人。君のとなりにずっといるの」



 コトギの言葉を聞いたレオは咄嗟に振り向くが、そこには誰もいない。


「……コトギさん、何を言ってるの?」


 不穏な事を言う彼女に、引きつった笑いを浮かべるレオ。


「もう、だから笑わないでって……」


 その反応に彼女は不満を漏らした。


「レオ君、どうしてただの高校生である私が、警察の捜査に協力しているか分かる?」

「そりゃ、君の優れた頭脳と冴えわたる勘を高く評価しているからで……」


 コトギは溜息を吐いた。


「言っておくけど私、めちゃくちゃ頭悪いよ。それにとっても鈍感。ただでさえ成績悪いのに授業が追い付かなくなった今となっては学年ワースト争いを余儀なくされてるわけ」


 自虐じみた自己分析を説明し、レオの過大評価を否定する。


「なら、どうして?」


「生まれつきの特性……私は死者の声が聞こえるの」


 レオの問いに、コトギはそう答えた。


「霊能力者や霊媒師とか呼ばれる人がいるでしょ? うちは代々その家系なの」


「霊能力者……?」


「そう。亡くなった人の声を聞く事で、犯人の動機や証拠を解明するのが私の役目。こんな話表沙汰に出来ないから適当に理由を付けて黙ってたの」


 からかわれているのか?


 にわかに信じられない話に、レオは疑るような眼を向ける。


 しかし、もしそうならば、死者から自分の話を聞いたならば、自分が知っていて彼女が知らない話も分かるはず。


 レオは確認の為に彼女に質問した。


「ならコトギさん、君の話が本当だったとして、その、今僕のとなりにいる人の特徴とか分かったりするのかな?」


 試すような言い方をするレオに少し不機嫌になるコトギだが、ならば教えてやろうと、レオの挑発に乗った。


「当時拉致された被害者の中で最年長だった女性、名前は……夏美さん」


 それを聞いたレオは一瞬ビクリと身体を強張らせた。


「……ああ、あの人……いやでも、それだけの情報なら、警察の被害者リストみたいな物に載ってたりするでしょ?」


 動揺が隠せないレオだが、別に調べられない情報でもない。彼女が霊能力者などというオカルト的な超人である理由にはならない。そう自分に言い訳をした。


「そして夏美さんから聞いた話だと、当時最年少だったレオ君は、薬品の匂いがする薄暗い部屋を極度に怖がってたみたいね。すぐに泣き出しちゃうレオ君をいつもなだめてたとか」


 だが、そこまで聞いてレオは徐々に理解した。


 そんな事、誰にも話した事なかったと。


「……他の生存者の人から聞いたのかな? 警察を通じてさ」


 未だに認めようとしないレオに、コトギは最後の一打を加える。


「夏美さん、よくレオ君に言ってたよね? 『大丈夫、怖くないから』って」


 コトギが言った、その言葉でレオは過去の記憶がフラッシュバックした。







『大丈夫、お姉ちゃんがついているからね』


『泣かないで、きっと誰か助けに来てくれるから』


『レオ君、絶対諦めちゃダメだよ』


 そして――


『レオ君、またね』


 それを最後に、彼女は犯人に連れられて部屋から姿を消した。










「うっ……!」

 呼び起された記憶によって、レオは急激な吐き気を催した。


 そこまで言ったコトギはさすがに言い過ぎたと自己嫌悪する。


「ごめんなさい……思い出したくなかったよね」


 嗚咽が治まると、レオは呼吸を整え再びコトギに向き直る。


「いいよ、どのみち色々聞くつもりだったんでしょ?」


 止まらぬ脂汗をそのままに、レオは尋ねた。


「やっぱりその、他の生存者から聞いた話じゃないんだよね?」


「まだ疑うの? たしかにこれ以上証拠を見せる事は出来ないけど……強いて言うなら、被害者の皆が寝静まった時に、一人で寝るのが怖かったレオ君が毎晩夏美さんの布団に潜り込んで一緒に寝かせてもら――」


「あああああ! わかった! わかったから」


 急な赤裸々を暴露されたレオは、コトギの言葉を中断させ、彼女の話を信じる事にした。


 そして、ふと、自分の左右を振り返りながらコトギに言う。


「コトギさん、その……夏美さん、今もいるの?」


「うん、レオ君のそばにずっと」


「……そうか」


 レオは言い辛そうにしながら、


「夏美さん、怒ってる? 僕だけ生き残った事に」


 彼女の怨念が自分に憑りついているかが気になった。


 レオの言葉を聞いたコトギはムスッと顔を膨らましながら、


「なんて事言うの、失礼だよ!」


 彼の真横に視線を向けて「ねえ~?」と同意を求める。


 そして彼女は優しく笑いながら言った。


「ずっとレオ君の事見守って来たんだよ? 死んでもなお、君の身を案じて」

「えっ……」


 レオは不意に、その場にいるであろう女性に顔を向けた。


 当然姿は見えない。


 けれど、コトギの言葉を聞いた瞬間に、彼の頬から涙が伝った。


「なんで……僕なんか……」


 彼女と共通するものは同じ被害者という点だけ。


 それ以前はただの赤の他人だった。


「夏美さん、幼い頃に弟さんを亡くしているの。先天性の病気で。だからレオ君の事、亡くなった弟さんと重ねて見えて、自分が守ってあげなきゃって……そう思ってたみたい」


 レオは無言で立ち尽くす。


 最後まで励ましてくれた、姉のような存在を思いながら。









 しばらくして、コトギは彼に尋ねた。


「ねえレオ君、一つ聞きたいんだけど、今朝のニュース見た?」


「それは、B組の久我矢君が起こした事件の事?」


「ううん、学校中その噂で持ちきりだけど、私が聞きたいのは別の、河川敷で水死体の女性が発見された事件」


 そこでレオもピンときた。


 彼も彼女同様、その事件が気になっていたからである。


「その人、神室かむろ 弥由美やゆみさんって、レオ君と同じ七年前の事件の生存者だよね」


「うん、僕も気になってた。だから君も僕を訪ねて来たんでしょ?」


 七年前の事件で、運良く逃げ出せた四人のうちの一人、神室 弥由美。


 その女性が七年後の今、何者かによって殺害された。


 その事から、今回の事件は七年前と関係があるのではないかと、レオとコトギはお互いに予感していた。


「それでもう一度、犯人の動機について調べたいんだけど、当時の事で何か手がかりになるものってないかな?」


 憶測でしかないが、殺害した犯人は同一人物の可能性が高い。


 未だ犯人が見つかっていない以上、少しでも過去の情報を仕入れたいコトギは、レオに今一度当時の記憶を確かめてほしいと思い彼に声をかけた。


「僕もあの男の動機までは分からなかったけど……ただ……」


 レオは一つだけ気がかりな事があった。


「あの男は、さらった人達の身体、それも特定の部分を執拗に愛でていた」


「特定の部分? それって……」


「手とか足とか、色々。男はそれを見て、綺麗だとか美しいとか……そんな事を言ってた」


 思い出すだけで背筋が凍る、奇人の囁き。


 当時はその恐怖から、警察に事情聴取を受けた際にも口には出さなかった。


 何度も夢に出るその男の記憶を、目を閉じて、耳を塞いで、ずっと忘れようとしていた。


「じゃあ、レオ君の事も?」


 コトギが問うと、青ざめた表情で彼は答えた。


「僕の目、母親譲りなんだけど、日本じゃめずらしいでしょ?」

「うん。澄んだ青緑で、とても綺麗」


 翡翠色に輝く彼の目は、激しく男の琴線に響いたらしい。


「僕の目は、あの男のお気に入りだった」


 震える身体を抑えながら、レオはそう言った。



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