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エピローグ

 七年に渡る一連の事件が収束してから一週間が経った。


 その主犯、骸惰が捕まったニュースをメディアで報じられてからは、しばらく冷めず絶えず全国で話題となっていた。


 男が捕まった事によってその共犯者も明るみとなり、以前遺体遺棄を行った者達も次々と検挙され、そして中には日本でも有数の財閥系企業、湯ヶ崎グループ会長の子息、その長男も骸惰の犯行に加担していたとして逮捕された。


 数々の残虐行為を行った彼らが刑務所から出る事は二度とない。


 被害者遺族に大きな傷跡を残した事件は、ようやく終幕したのだ。






 ここは県警察本部、その取り調べ室からレオとコトギは出てきた。


 事件の後始末として警察は、当時の犯人の動向や言動、その場にあった証拠品など今一度洗いざらい調べ上げている。


 その為、事件関係者であるレオとコトギは定期的に県警に赴き、当時の内容を説明していた。


 二人が署から出て来ると、鉤島と菜夏が待っていた。


「今から昼食なんだが、君達も一緒にどうだい?」


 鉤島に誘われた二人は了承し、四人で洋食屋に向かった。


 そこでは堅苦しい会話はせず、事件の内容もほとんど交わさなかった。


 ただ一つ、コトギは、鉤島が何故今回の事件を執拗に追っていたのかが気になり、何気なく聞いた。……すると。


「昔、通りすがりの空き巣に家族を殺されたんだ。妻と、まだ幼い息子がいてね、仕事から戻った時には二人はもう冷たくなっていた」


 自分が留守の間に起きた凄惨な事件。


 それまで幸せな家庭を築いていた鉤島宅は、一夜にして全てを失った。


「それで七年前、立河上さんも同じ境遇に遭ったのは知っているだろ? それを自分の過去と重ねてね。……どうしても犯人を捕まえたいと思ったんだ」


 それは無表情な顔からは想像出来ない正義感。


 後に菜夏から聞くと、鉤島は以前、表情豊かで気さくな男だったという。


 家族を殺されたショックから、感情を表に出す事はなくなった。


 だが、それでも彼の優しさは変わらないのだと、彼女は笑いながら話す。


 二人も「知ってます」と笑顔で返した。







 鉤島達と別れた二人は、学校へ遅めの登校をしに向かっていた。


 その道中、コトギはレオに伝えた。


「あのね、レオ君、実は夏美さんの事なんだけど……」


 と、切り出しづらいような素振りを見せる。


 だが、レオには話の内容は何となく知っていた。


「うん、もう……いないんだよね?」


 先に言われた事に驚くコトギ。


「知ってたの?」


「姿は見えなかったけど……夏美さん、この間夢に来てくれたんだ」


 吹っ切れたようにレオは話す。


「その時言っていたんだ。『レオ君、元気でね』って。『今まで楽しかった』って」


「……そっか」


 レオは清々しい笑顔をコトギに向け。


「夏美さんはもう先に行っちゃったから、だから僕も過去に囚われないで前を向いて歩こうと思う。それが、今まで僕を守ってくれた夏美さんへの恩返しだと思うから」


 先ゆく希望に胸を高鳴らせ、彼は過去の自分と決別した。


 その背を追うコトギの脈拍は、いつもより早く鳴り出す。


 彼が普段よりも魅力的に思えて……。


 と、そこまで考えたところでコトギは首を振り必死に煩悩を振り払う。……が。


「そ、そう言えばレオ君。今日の放課後とか……何か予定あったり?」


 話を変えつつも、しかしさり気なくコトギはレオを誘おうと試みるが。


「何でわかったの? 誰にも言ってないのに」


「あっ、そっすか……」


 誘う前に破綻した。


「ちなみに何処へ?」


 レオは照れくさそうに答えた。


「……恩人の店だよ」










 ここはとある喫茶店。


 ネット上で『カトブレパス』と名乗る女性は今、叔父の店で一人店番をしていた。


 今回の件で、『骸惰を殺す』という願いは果たせなかったものの、長年に渡る復讐劇が終わりを迎えた事で一先ずは落ち着いている。


 そして彼女は思い浮かべた。


 出来れば記憶から消したい……あの日の監禁生活。


 そんな中、七年前のある日、レオが眠っている横で夏美が自分に託した言葉を。



『もしあなたより先に私がいなくなったら、この子の事をお願い出来る?』



 よりによって自分にお願いしてきたのだ。


 レオと話をした事はない。


 年下との接し方もイマイチわからない。


 自分の置かれた状況もさる事ながら、それでも他者を思いやる彼女のような包容力も持っていない。


 にもかかわらず彼女は……自分に託したのだ。


 そんな過去を、ヤエカは断片的に思い出す。


「ねえ、夏美さん……約束、守れたかな?」


 誰もいない空間で、ふと、そんな事を漏らした。






 しばらくすると、店内に一人の女性が入店した。


 その女性は相変わらず疑いたくなる程の笑顔を向けヤエカに手を振る。


「こんにちは、ヤエカちゃん」


 そして相変わらず人のいない時間に現れては、いつものように真ん中のカウンターに腰を下ろす。


「ブレンドコーヒー頂ける?」


 もしやこの人の不思議な力で、わざと客足を途絶えさせているのでは?


「かしこまりました」


 そう思いながら、しかしランチは終わっているし別にいいかと思い直し、神出鬼没な魔女にコーヒーを淹れた。


 魔女は出されたコーヒーは静かに啜り、ふと。


「そうそう、遅くなったけど無事事件解決おめでとう」


 と、彼女を祝す魔女だが、ヤエカは複雑な表情を浮かべる。


「やっぱり納得いかないかしら?」


「それはまあ……」


「ずっと一人で追ってたもんね」


 優し気に魔女は見つめる。


「けど私は、あなたが殺人に手を染めなくて良かったと思っているわ」


「……散々人の事煽ったくせに」


「それはあなたが、本音は人を殺める事に後ろめたさを感じていると知っていたからよ。だって、一線を越えてしまったら犯人と同じになってしまうもの」


 見透かされたように語る魔女に反論出来ず、せめてもの抵抗にそっぽを向くヤエカ。


 それを見てクスクスと笑いながら。


「まあ何はともあれ、これであなたの復讐は終わった。もう私がここに来る事もないわね」


 と、急な別れを告げてきた。


「どこかに行っちゃうの?」


「そうね~、また別の……あなたのように力を欲している原石を見つけて、面白い物語を見てみたいわねえ」


「……そうなんだ」


 正直苦手な人ではあったが、彼女のおかげで、彼女と契約を交わしたおかげで事件を終わらせる事が出来た。


 だからこそ、陰ながら支えてくれた恩人がいなくなるというのは何となく寂しい気持ちはある。


「また、会える?」


 自分でもめずらしいと思いながら、魔女に尋ねた。


「どうかしらね。あなたがまた助けを必要とするなら、あるいは……」


 その言葉に、ヤエカは笑顔で返した。


「それはないよ。これからは自分の力で何とかするから」


「そう、残念だわ」


 魔女も、言葉とは裏腹に嬉しそうに返す。


「ところで」とヤエカは最後に尋ねた。


「私のこの『目』。このままでいいの? 私はもうこの力を使う必要はなくなったんだけど。その、返却しなくてもいいのかなって」


 魔女は少し考える素振りを見せ。


「それはあなたが自分の視力を対価に買った物よ。何をどう使うかはあなたの自由。それに、その『目』がないと不便でしょ?」


 一理あった。ここで『電子プロビデンスアイ』を返却したら自分は何も見えなくなってしまう。


 だが、それも覚悟の上で契約したのだから今になって名残惜しい気持ちになるのはわがままではないか。……そう思っていた。


 という気持ちを魔女は察していた為、彼女に向けて助言を与える。


「もしかしたら、他の誰かがあなたの助けを必要とするかもしれない。そういう大義名分があるなら、このまま人外の力を保持する事にも意味があると思わない?」


 魔女が伝える、最後の優しさ。


 その気持ちをたしかに受け取ったヤエカは静かに頷いた。



 と、そんな時、二人だけの店内に入口のベルが鳴り響く。

「あ、あの……お久しぶりです」


 ひょこっと、扉からレオが顔を出した。


 彼を見た魔女は静かに立ち上がり、代金を置いて退出する。


「それじゃあヤエカちゃん、元気でね」


「うん、今までありがとう、魔女さん」


 互いに手を振り、最後の別れを告げた。


 その状況に気まずくなったレオは再びリピートする。


「あの……お久しぶり、です?」


「わかってるよ」


 レオの様子を鼻で笑いながらカウンターへ誘導した。


 席に着く前、レオは突然深々と頭を下げる。


「ヤエカさん。改めてその、助けていただいてありがとうございました」


 そんな彼を、昔を思い出しながらレンズ越しに見つめた。


 そしてふと。


「大きくなったね……私よりずっと」


 泣き虫で甘えん坊だった子供が、いつの間にかたくましく育った。


 夏美と交わした約束は無駄ではなかったと、少し嬉しく思うヤエカだった。


「何飲む? 何でもいいよ」


「えっと、それじゃあ、オレンジフロートで」


「コーヒーじゃないんだ?」


「すみません僕苦いのはちょっと……」


「お子様め」


 などと笑いながら、しばらく二人で語り合った。


 七年前に言えなかった事を全部吐き出すように。


 彼の存在が……ヤエカの凄惨な過去を癒してくれた。


 そんな時、彼女はふとレオに告げる。


「生きててくれて、ありがとう」


 視力を失った瞳で、死線を失った瞳で、彼女は彼を優しく見つめた。









 場所は変わり、とある一室。


 締め切りに追われながら、キョウカは夢中で執筆をしていた。


「なるほどなるほど~『カトブレパス』ってヨーロッパ地方に伝わる怪物なんだね~」


 片手で大まかなプロットを書き綴り、もう片手で参考資料を読み漁る。


「怪物の持つ『目』には魔力が込められており、見たものを即死させる……と。ヤエカ、あんたそれは盛り過ぎでしょう~」


 誰もいない作業部屋で一人ヤエカにツッコみを入れていた。


「あんたの見つめる先は、誰一人として死んでないじゃん」


 おそらくヤエカは骸惰を自分の手で殺すと決め、そのような名前を付けたのだとキョウカは考える。


 しかし実際彼女は誰も傷つける事なく事件は収束した。


「私の想像した結末にはならなかったけど……まあ、いいんじゃない。サイコホラーものを書いても、ハッピーエンドで終わってほしいと願う読者は意外と多いしね」


 独り言を呟き、そしてその場にいないヤエカにフォローを加えるキョウカ。


「よしよし、いい感じにプロット出来たね~。あとは題名をどうするか……」


 そして彼女は、最後に自分の書く物語のタイトルを考えた。


「よし、これでいこう!」


 彼女は命名したタイトルと一緒に、周囲に散乱した原稿用紙をかき集め一つの束に纏める。



 一番上に『カトブレパスの瞳』というタイトルで書かれた原稿用紙を乗せて。








本作を読んで下さった皆様、本当に有難うございます。

次回作は、あまり手を出さなかったファンタジーものを考えております。

もしでしたら、、、お目汚しになっても構わないという強靭なメンタルを携えた方は目薬をご持参の上黙読下さい。

重ね重ね、本当に有難うございました。

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