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プロローグ

 ある日、少年はとあるSNSから送られてきたメッセージを確認する。


 ディスプレイに移るのは、『早まるな』と少年を抑制させる言葉。


 だが、少年はメッセージには返信しなかった。




 彼にメッセージを送った相手は【カトブレパス】と名乗る情報屋。


 その一切が謎に包まれたアンダーグラウンドな人物だが、少年の知り得た情報では、頼まれた依頼は必ず遂行させるらしく、そのスジでは高い信頼を得ている。


 だが、表立っては決して公表出来ない反社会的な依頼も受ける為、一般のネットユーザーではこの情報屋に辿り着く事は出来ない。


 互いに信頼できる人伝で、密かにその情報を入手した少年はこの人物に依頼し、ある女生徒の動向を探らせていた。


 というのも、最近その女生徒のSNSで、何者かにストーカーされていると書き込みがあったからだ。


 女生徒と同じクラスである少年は何とかして彼女を助けたいと思い、陰ながら犯人の行方を追っていたが一切の足取りが掴めず捜査は難航していた。


 そんな時、ネットで知り合った友人から『信頼のおける情報屋を紹介する』と言われ、少年は是非にと、友人に紹介を頼んだのだった。


 そしてようやく今日、犯人の居所が判明したと報告を受ける。


 少年は護身用に催涙スプレーや小型ナイフなどを所持し、今か今かと気を焦らせながら放課後を待った。






 夕方、女生徒が帰り支度を始めたのと同時に少年も席を立った。


 犯人は決まって放課後、女生徒が帰宅するタイミングに合わせて彼女の後をつけるとの事。


「俺が必ず犯人を捕まえてみせる」


 少年は意気込みながら、女生徒の後を追った。


 いつものように、自宅と反対の道を歩き、見つからないように、見失わないように、つかず離れず絶妙な距離を取りながら。


 今日は水曜日。この日彼女は必ずコンビニで生活用品と何かしらのスイーツを買うのだ。


 それを知っていた少年は、いつものように怪しい者がいないか観察し、コンビニの外から彼女を見守る。


 そして予想通りの品を購入した彼女は再び帰路を歩きだした。


 それに合わせて少年も歩を進める。


 そんな時、少年のケータイに着信が入った。


 非通知で相手は分からない。だが、少年は発信者を何となく予想している。


 着信が入る以前から彼のケータイに何通もメッセージが入っていたのだ。


『この件から手を引け』『取返しのつかない事になる』


 そんなメッセージが昼間からずっと送られて来た。


 間違いなく情報屋【カトブレパス】による言葉だ。


「会った事もないただの高校生を心配するなんてな……」

 意外にお人好しなのか、と、少年は微笑を浮かべ、少年は引き続き女生徒の後を追う。





 数分して、少年は不安になった。


 真っ直ぐ続く路地の突き当りを曲がれば彼女の家に着く。


 しかし、一向に犯人とおぼしき人の気配は見当たらない。


 本当に今日現れるのか、もしくは情報屋がガセを送ったか。


 そんな疑念が生まれる中、彼女は路地の突き当りを曲がったのを確認し、少年も続いて突き当りを曲がった。


 と、次の瞬間。


 少年は路地を曲がった先で何者かに頬を殴られ、そのまま地面に倒れた。


「うっ……」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった彼は、ゆっくりと頭上を見上げる。



「お前……久我矢じゃねえか」



 するとそこには、同じクラスの男子生徒、春日井と、今まで追っていた女生徒、浅井が自分の前に立っていた。


 これは一体どういう事なのか、少年は状況整理をしていると、


「まさかお前がストーカーの犯人だったのか?」


 と、春日井は自身に謂れのない罪を着せてきた。


「前々から浅井に相談を受けてたんだ。ストーカー行為を受けているってな。だから今日こそ犯人を取り押さえてやろうと思ってたら、まさか同じクラスにいたとはな」


「久我矢君……どうして私を」


 二人は少年を警戒した様子で見つめ、犯行に及んだ経緯を聞き出そうとしている。


 だが、少年からすればまるで意味の分からない言われようだった。


 自分はただ彼女を守ろうとしただけなのに。


 と、濡れ衣を着せてくる二人を交互に見る。


「久我矢、これは立派な犯罪行為だ。なんで浅井をつけ回したのか言え」


 己の正義を主張してくる男子生徒に、怯えた目で自分を見つめる女生徒。


 何故自分がこんな非難を受けなければいけないのか。


「俺はただ……君を守ろうと……」


 ストーカー騒ぎが起こる前から、ずっと彼女を見守ってきたのに。


 毎日彼女の下校に合わせて、陰ながら怪しい人物がいないか監視していたのに。


 休日も彼女の家の前に張り付いて見回りをしていたのに。


 情報屋を紹介してもらってまで彼女に尽力したのに。


 なのに、何故自分がこんな悪者扱いをされる?


 そんな不満が沸々と湧きあがる。


「守る? そもそもお前が元凶じゃねえか。浅井はな、誰かに見られてる恐怖で夜もまともに寝られないくらい精神を病んだんだよ。お前のせいでな!」


 だが、春日井の言葉を聞いてふと、別の気持ちが込み上げる。


「こいつがどんな思いで毎日を過ごしたか、お前に分かるか?」


 この男がストーカーの犯人なのではないか?

 あたかも彼女を身を挺して守ろうとする姿勢。だがその実は、自分に罪を擦り付ける為の自演なのではないか?


 少年久我矢は、そう思った。


「そうか……お前が」


 気づいてほしい。君をストーカーしていた犯人は今君の隣りにいるのだ。


 久我矢は新たに芽生えた使命感に駆られる。


 突如、少年は鞄から催涙スプレーを取り出すと春日井に向けて噴射した。


「ぐあっ!」


 久我矢の突然の奇襲により春日井は眼球にスプレーの直撃を受け、その場で怯んだ。


「春日井君!」


 心配そうに春日井を見つめる浅井に苛立つが、すべてが終われば自分の誤解も解けるはず。


 そう思った久我矢はポケットからナイフを取り出し春日井に切っ先を向ける。


「久我矢……くん、何する気?」


「大丈夫だよ浅井さん、俺が絶対に守ってあげるからね」


 そう言うと、久我矢は未だ目を押さえ項垂れている春日井の脇腹目掛けて。


「お前さえいなくなれば、お前さえ!」


 思い切り突き刺した。


 隣りにいた浅井は絶句し、血の気が引いた表情を浮かべる。


「あがっ……久我、矢、てめえ」


 強烈な痛みに、春日井はその場で倒れた。


 引き抜いたナイフから滴る血液。


 それを見た浅井はパニックに陥り、叫んだ。


「誰か! 誰か助けて!」


 近隣住民に聞こえるように、周囲に悲鳴を轟かせ。


 その様子を見ながら、彼女を落ち着かせよと、


「浅井さん、これでもう安心だよ。これからも俺が君の為に、ずっと見守っててあげるからね」


 一生彼女を守り抜くと心に誓いながら、優しく声をかける。


 少年が向けるその笑みが、少女の記憶にトラウマとして深く刻まれた。









 時を同じくして、とある女性は苛立ちながらノートパソコンを閉じた。


「くそっ、散々止めたのにシカトしやがって、あのガキ!」


 久我矢少年が犯行に及んだ事を確認した彼女は、デスクから立ち上がり間延びした後、自室のベッドで仰向けになる。


「……自意識の強い人間は、他人の言葉を真に受けない……か」


 そう呟きながら、自己嫌悪に浸っていた。


 最初はストーカーの犯人を捜してほしいと依頼された為、彼女は近くの情報を集めた。


 だが、調べるうちに、依頼主こそがストーカー行為を行っている犯人だと気づいた彼女は彼を説得した。


 何度も何度も、お前が犯人だと訴えた。


 しかしその声は彼には届かず、少年久我矢は、彼女の言葉は他の誰か、架空の犯人に向けて言っているのだと錯覚し、聞き入れなかった。


 結果、彼女は未成年による殺人未遂事件に加担する形となってしまう。


 そして思った。自分は探る力はあっても人を動かす力は全くない。

 つくづく無力だと、痛感した。


(とりあえず彼のケータイ履歴は全て消去したし、証拠は残らないはず。気になるのは私を紹介したとされる彼の友人だけど、仲介人に送ってきた情報は偽物だった。架空のプロフィールを寄越した挙げ句、彼が犯行に及ぶ頃には消息を絶っている。それは彼が事件を起こす事を事前に知っていたから。何にせよ、善良な人間じゃないわね)


 そんな思考を張り巡らせながら、彼女は歯を食いしばる。


「すぐに見つけて、私の邪魔をした事を後悔させてやる」


 そう心に決めて、彼女は目を閉じた。




 歪んだ愛情が起こした事件は翌日、メディアに小さく取り上げられた。



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