火曜日
茨城県美浦村、美浦トレーニングセンターの娯楽室。真先はそこで詰め寄った。
「やぁね、私じゃないわよ」
堂本猛男は否定した。
「私でもない」
宇賀神花子も首を振り、
「俺も喋ってないっス」
阿佐田輝明も続く。
「じゃあ誰だよ」
真先が言うと、
「さあ、誰かしら」
猛男が考え、
「そもそも、その合コン、参加してたの誰よ?」
花子が尋ねて、
「まず、俺っス」
輝明が答え、
「俺」
真先が続き、
「で、私も」
猛男も言った。
「ウソー? ホントに?」
花子が彼の発言に驚いた。
「マジっスよ」
「猛男、両食いだからな」
「初めてだったけど、結構楽しいわね。合コンて」
「で? あんたたち以外には?」
「芳賀さんと小豆畑が」
「じゃ、どっちかか?」
「芳賀くん? ……じゃ無いわよね」
「芳賀くんは知ってるからね。二人が付き合ってるの」
「小豆畑はどうなんですか? 知ってましたっけ?」
「小豆畑か。……そう言えば、知らないはずだ」
「あ、その八萬、ロン。親ッパネ!」
「ちぇー、満貫手だったのに、私」
「あ、先輩、ハコテンじゃないスか?」
「……うん。今、何時だ? 携帯、家に忘れちまって」
「十一時二十分ス」
「それにしても真先って、つくづく麻雀が下手よね。普通、切らないわよ、それ」
猛男がオホホと笑った時、一人の青年が入ってきた。
「おはようございます」
幼さの残る顔立ちの彼こそ、小豆畑国松くん、その人だ。丁度先週、誕生日を迎えた彼、大手を振って酒が飲めるようになった。めでたい。祝おう。合コンで! という訳で企画されたのが、『古都夜桜長岡京、べっぴん舞妓とよろしおまんなぁ』(合コン名)である。企画の発案、命名、当日の幹事は合コン帝王の芳賀道行だが、問題なのは、一番乗り気だったのが真先だったということだ。
入り口を背にする席に真先は座っていたので、腰をひねって国松を手招きした。
「おう。国ちゃん。コッチおいで、コッチ」
「なんですか?」
「まあ、いいからいいから」
花子はすでに立ち上がって国松に席を譲る。
「国松、先週の合コン楽しかったか?」
「はい、すごく。また誘って下さい」
「芳賀に言ってくれ。それは良いとして、合コンの事を誰かに話したりとかしたか?」
ここから尋問ぽくなってくる。
「え……なにかマズかったんですか?」
国松が青ざめた。
「そういう訳じゃないわよ」
すかさず花子の優しいフォローが入る。その直後に猛男と輝明を呼び寄せて、真先に言った。
「私たちはちょっと、向こうに行ってるわね」
二人とも素直に花子に従う。
「まあ、口止めしてなかった俺も悪いんだけどな……」
「は、はあ」
国松の顔が徐々に強張っていくのに真先は気が付かない。
「その人は『ホースレースファン』ていう競馬雑誌の関係者じゃなかったか? ほら、日の出出版つーとこの」
「そう、ですけど、その人なら――」
「『ザ』が抜けてるわ。真先さん」
「ああ、そうそう! 『ザ・ホースレースファ……ファあああっ!」
驚いて飛退くと、席の真後ろに香苗が腕を組んで立っていた。彼女は、はらわたが煮えくり返っていてもケトルを鳴らすことは無い。ただ静かに、無言の圧力を掛けるのだ。そのピリピリした雰囲気は一キロ先からでも分かる。でも今回は分からなかった。
「どっ! こっ! どうして……」
はっとして花子たちを見やる。彼らは香苗が居ることに気付いて、避難していたのだった。
真先の視線の動きを、自分に向けられたものだと勘違いした国松が言う。
「この人には話しましたけど……お知り合いなんですか?」
ニブイぜ、国ちゃん。
「真先さん。さっき、口止めがどうのって聞こえたんだけど」
目が笑っていない。
「口止め? あー、きっと口取りと間違えたんだなぁははは……は」
下手くそすぎる真先の言い訳に、彼女の片眉がピクリとあがった。だが、再び香苗が口を開くより前に、国松が、
「あ、巧いですね先輩」
のんびりぽんと、手を打った。何か合点がいったらしい。つい、香苗も真先も国松に顔を向ける。
「合コンの口取り式って言ったらつまり、T・O、じゃないですか」
「……は?」
「ティー・オー?」
「帝王? って、そりゃ芳賀さんか」
「なに? T・Oって。何かの略?」
花子たちにも聞こえていたようで、国松以外の刻が止まった。
「あっ! あぁあぁあぁ。ナルホドね。わっ、やーらしー」
最初に気付いたのは花子だ。先月、重賞初勝利が、世界最高賞金額のドバイワールドカップという珍記録をつくった彼女。その後、素晴らしいヒラメキを見せるようになった。
「つまり、テイクアウトの事よ」
彼女の解答に一同は「あー、なぁんだー」てな感じになったが、それは一瞬だけだった。
「国松! お前なんちゅう事言ってんだ!」
真先が叫ぶ。
「先輩! マジッスか? 持ち帰っちゃったんスか?」
「んな訳無えだろ! お前知ってるだろ!」
「やーらしー」
「やーらしー」
「してねえ! やらしー言うな!」
「真先さん!」
「はいっ!」
鶴は周りがどんなにうるさくても、一鳴きでそれを静めるという。なんでも、鶴の声量は、電車通過時の高架下並にある。らしい。
香苗は真先にゆっくりと近寄る。当然彼は怖くて後退さる。隣に居た国松も、なんとなく、そうせざるをえない。ついには花子たちのところまで(つまり壁際)に到着してしまった。
気が付けば、正座する真先を取り囲むように五人が立つ形になっている。まるでイジメの光景だ。
「さっきから、殺気が――いえ、すいません」
真先の発言に、香苗はもう一度鼻でため息を突いて、
「……真先さん」
彼の視線に合わせるように、膝を折った。
「真偽に関わらず、そのあたりのことは、私は真先さんの言い分を信じます」
「いや、真偽も何も――」
「真先さん」
弁明を始めようとする彼の言葉をぴしゃりと止めて、彼女は続けた。
「けれど、しばらく私は、会いたくありません。……調整ルームなり、誰かの部屋にご厄介になるなり、して下さい」
三秒ほどの沈黙ののち、さっと立ち上がり、
「小豆畑さん、取材の続きをお願いします」
国松に微笑んで踵を返すと入り口へと歩き出した。
「えっ? あ、はい」
「あ、ちょっ、香苗? 香苗さぁん?」
振り向きもせずに調整ルームを出て行く香苗と、申し訳なさそうに真先たちに会釈をしてから出る国松。
「……竹内さんて、怒ると……怖いっスね……」
「ホントにね……」
「可哀想……」
花子の呟きは果たして、打ちひしがれる真先に向けられたものか、それとも、事情も分からないまま怖い思いをした国松に向けられたものか。
「国ちゃん」
後者に対してのものだった――。