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短編集

後悔と納得は別物

作者: ルイボス

「待って!その香水、何!?」


 彼と会話したのはそれが初めてだった。


 高校に入学してすぐに彼氏ができた私は浮かれていた。

 学校に指定されていたものとは違うカーディガンを羽織り、スカートの丈も短く、校則違反のピアスやネックレスをつけている目立つ生徒だった。

 それまでは見ているだけの片思いしかしたことの無かった私は、恋人という存在に過剰な憧れを持っていたのだと今では分かる。


 初めてできた彼氏は中学からエスカレーターで上がってきたから、同じように上がってきた人たちから知られていたし、付き合ってすぐに有名カップルになった。

 有名だった理由は私が奔放すぎる性格だった事もあると思う。

 喧嘩して彼氏の教室に押しかけ、馬乗りになって責め立てたことがあったから。


 彼との初対面はその時。

 彼氏の上で馬乗りになっている私を見てニヤニヤしていたのよ。

 彼氏の中学からの友人だった彼と目があった瞬間、ゾワっと全身の血が泡立つような不思議な感覚が襲ってきた。

 私は急に襲ってきた説明できない感覚に不安になってすぐに自分の教室に戻ったわ。

 自分の席に戻った後もずっと心臓がバクバクいってて恐ろしくなった。


 それから数週間後、そんな事があった事も忘れ、廊下ですれ違いざまに漂ってきた香りに足を止め、振り返ってその人の袖を引っ張った。

 あの時の男の子だと気付いた時には声をかけてしまっていたわ。

 彼は驚いた顔をしたけど、すぐに笑いながら私の質問に答えた。


「パルファムのトワーレって香水だよ」


 私は彼の腕を引っ張り、手首に鼻を近づけて嗅いでみた。

 私はその香りをとても気に入ってしまい、自分で買ってぬいぐるみにつけたり、街で同じ香りを嗅ぐと顔が綻ぶ癖がついてしまった。

 それ以後、廊下ですれ違う度に匂いを嗅がせてもらった。


 今考えるとただの不審者よね。

 友達のかなり変な彼女って認識くらいは持たれていたかもしれない。

 浮かれていたとしか言い訳のしようがないわ。

 でもいつすれ違っても彼は1人でフラフラ歩いてたし、嫌がる素振りも全く見せないどころか、途中から私が向こうに気付いてなくても腕を上げて匂いを嗅げるようにしてくれてたから気にしてなかった。


 高校3年生になると彼と同じクラスで隣の席になった。

 その頃には最初の彼とも別れていたけど、私は彼氏が途切れる事は無かった。

 隣の席の彼とは授業中もヒソヒソと話す仲の良い友達になった。

 と言っても、いつも私が一方的に話すのを、うんうんって聞いてもらっていただけな気がするけど。


 私が当時付き合っていた大学生の彼氏に連れられてピアノバーに行った時、私はそのお店が気に入ってどうしてもまた行きたくなって彼についてきてもらった事があった。

 彼氏と行けば良いんだけど、年上の彼にワガママが言いづらかったんだと思う。

 それ以後、彼とは飲み友達になった。


 卒業して私は小さな会社に就職し、彼は大学に進学した。

 彼とは年に数回、近況報告しながら飲むようになり、お互いの恋人の愚痴や相談をし合うようになった。


 20歳を少し超えたある日、いつものように2人で飲んでいると彼が彼女と別れた報告をしてきた。


「俺と付き合わない?」


 酔っているようには見えない彼の言葉に初対面の血が泡立つような感覚が一瞬蘇ったけど、別れて寂しいだけだろうと私は考えた。


「はいはい。そういうんじゃないでしょ?」


 私が軽く睨みながらそういうと、彼は声を上げて笑った。


「そうだよね」


 やっぱり彼女と別れた寂しさから口にする冗談なのかと少し呆れたわ。


「そうだ。もし26歳になってもお互い独身だったら結婚しようか」


 私がなんの気なしに思いついたままそう言うと彼は更に大きい声で笑った。


「……別にいいよ。でもどうして26歳?」


「16の時に出会って10年経ってもこの関係が壊れてないなら運命に思えるじゃない」


 挑発的にそう答えると、彼は少し考え込むようにグラスのお酒を飲んだ。


「オーケー。約束だ」



 ーーーそして私たちは25歳になった。


 私はずっと付き合っていた恋人とやむを得ない理由で別れ、いつものように彼に愚痴を吐いていた。

 その時ふと20歳の時にした冗談の約束を思い出し、そういえばもうすぐ26歳だなと考えていた。


「約束覚えてる?現実味……帯びてきたね」


 彼はそう言って笑った。

 同じ事を考えていたのかと驚いたのをよく覚えている。


 あの時、私は酔っていたのかもしれない。


「ねえ。私たち付き合おうよ」


 気がついたらそう口にしてしまっていた。


 彼は私の顔を覗き込もうとしてきたけど、自分の言葉に驚いた私は顔を背けてしまった。

 焦りで目が泳いでしまう。


「いいよ?断る理由ないし」


 彼の言葉に驚いて彼の顔を見ようと振り向くと、今度は彼が目を背けた。


 私達は恋人になった。


 初デートで彼は小さな花束をプレゼントしてくれた。

 全然彼に似合わないけど嬉しかった。

 私は自分でも恐ろしいと感じるスピードで彼を好きになっていった。


 本当は初対面の時に既に恋に落ちていたのかもしれない。


 私達は順調に付き合いを進めていった。

 でも彼はまだ学生。

 私が約束した結婚の話をすると彼は不機嫌になった。


 時間だけが過ぎていき、デートのドタキャンや遅刻が増えた。

 喧嘩の際に暴言を吐かれる事もあった。

 数ヶ月連絡が途絶える事もあった。

 私は彼を信じられなくなった。


 私が別れ話をすると、彼は自分の事を教えてくれた。


 司法試験を受けるために院に進んで勉強漬けで余裕が無くなっていたと言われた。

 昔はお互いの近況も会うたびに話していたけれど、恋人になって頻繁に会うようになってからそういう話をしなくなっていたことにその時ようやく気が付いたわ。

 どこかでわざわざ言わなくても分かっているだろうと思い込んでいたのかもしれないわね。

 私はその時既に彼を信じられなくなっていたけれど、彼の合格を応援することにした。


 数年後、彼は合格した。

 その報告と同時に、待たせてゴメンと謝り、プロポーズしてくれた。

 地面に膝を着いて、一緒に買い物に行った時に見つけた指輪を差し出しながらね。


 舞い上がるほど嬉しくて、彼を信用し始めた頃、彼の両親に反対されていると聞かされたわ。

 私が高卒なのが気に入らないらしいと言われたわ。


 しばらくは黙っていたのだけど、ある日彼の家で問い詰めた。

 私と本気で結婚する気があるのかと。

 彼はテレビを見ながら、無いと答えた。

 私は黙って彼の家を去り、2度と会わないと誓った。


 それから何度か電話がかかってきた。

 鼻声で別れたくないと言われたり、彼女ができたと言われたり、就職先が決まったという内容だったと思う。

 私は何も答えず、彼が近況報告をしてきた電話を最後に着信拒否をした。


 あれから数年経っても、年に1、2回彼からメールが届いていたわ。

 私は未読のままゴミ箱に移動させる事もできず、今でもそのままにしているの。


 今でも街を歩く時にあの香水の匂いがしたり、ピアノバーの近くに行くと心臓が止まりそうになるわ。


 ____


「これがママの初恋の話よ」


 私が彼と出会った頃と同じ年齢になった娘は、意味が分からないという顔をしている。


「……メール読まないの?ていうか、パパはその話知ってるの?」


 娘は私が話した内容を理解しようと怪訝な顔をしたまま私に問いかける。


「読まないし、パパは知らないわ」


 私は今朝焼いたシフォンケーキを娘に取り分けながら答える。


「ふ〜ん。大人の恋愛ってそういうもんなのかな〜。

 うん!!ママのケーキはやっぱり美味ひい!」


 難しい顔をしていたと思えば、シフォンケーキを口いっぱいに頬張って幸せそうな顔に変わる娘を見て笑みが零れる。


「ふふ、ありがとう。

 きっとあれは子供の恋愛だったのよ」


「後悔してないの?」


 私の言葉に間髪入れずに心配そうに質問してくる娘の顔を見ていると、この子にも好きな男の子がいるのだろうと察せられた。


「後悔してないと言うと嘘になるけど、これで良かったと納得もしてるわよ」


「そっか〜。ママも色々あったんだね〜」


 そう言ってケーキのおかわりを求めてお皿を渡してくる娘の顔は、何かを決意したように見えた。

物書きの知人に提案されて連載小説の息抜きにと書いてみましたが、思った以上に楽しく書けました。

こういう書き方もアリなのか?という試みも兼ねていましたが、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間関係は色々と難しいです。
2019/08/07 12:07 退会済み
管理
[良い点] ほろ苦風味の恋の思い出がリアリティを持って描かれているところが良かったです。
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