3. 「夏祭りまで残り3日」
体は妙に汗ばんでいる。真夏に朝も夜も関係なく、常に全力全開で暑い日差しを地上に送り込んでいた。
扇風機をつけているが、もはや熱風を送り込んでいる。うちわなんて仰げば仰ぐほど風は送られるが、それより仰ぐことに使うエネルギーの方が多すぎて余計に汗をかいてしまう。
いっそ冷蔵庫の中に入ってしまいたいと思えてしまうくらいだ。
ーーッ!!
翔は勢いよく起き上がり、首に滴る汗を拭いながら庭と面している広間に向かう。広間の窓は全開で、夏野菜を植えている庭を一望できる。うちでは、左からナス、トマト、ピーマンを育てている。
翔は、縁側においてあるサンダルを履く。地面に落ちているホースを握り、近くの蛇口を捻って水を出す。ホースから出る水は、先っちょを少し摘んでいるため勢いよく出ている。夏野菜に水を与えながら、ホースを上向きにしたりして、自分も冷たい水を浴びる。
「気持ちいい〜」
普段から野菜に水をあげているわけではないが、自分だけ水を浴びるのはなんだか気が引けず、今こうやって野菜にも水をあげている。
この夏のこの気温だ、さすがに野菜もバテるだろ。
全体的に野菜に水をやり、自分も浴びたところで蛇口をひねって水を止め、ホースをあった場所に片付ける。
古くから暑い時は水を撒いて涼しくすると言うが、確かにその通りだと翔は感じた。撒いた水によって地面の熱は吸収され、一時的にその空間には、太陽の熱はなくなり冷気が漂う。
この庭は今、その冷気とやらで満たされていた。
翔が横になっている縁側は、先ほどまでの真夏の暑さがまるで嘘かのように涼しく快適な場所になっている。
翔は空を眺めながら、目を細める。
ーーもうすぐ夏祭りか。
今日から三日後は、近くの神社でやるお祭りがあるのだ。その祭りの規模は、他の祭りと比べても少し大きく、屋台なんかも多い。目玉は何と言ってもラストの打ち上げ花火だろう。毎年最後は打ち上げ花火を上げる。鮮やかで迫力のある四尺玉を打ち上げてこの祭りを締めるのが伝統になっている。
昔はよく屋台とかも見に行ってたが、この歳になると微かに聞こえる賑やかな声を聞きながら、縁側で寝ているのもいい気がしている。我が家の縁側は花火を見るには打って付けの場所だ。
ここの特等席は誰にも邪魔させない。
小さい頃、よくここでちひろと二人並んで花火を見上げたものだ。二人で一緒に屋台を回り、親からもらったお小遣いでお互い大好きなたこ焼きとりんご飴を買って来てここで一緒に食べていた。
たこ焼きもりんご飴も、どちらも同じ味のはずなのに交換こしたり、どちらが早くりんご飴の飴を舐め切れるか勝負したりした。
ーー懐かしいな。
心の声がふと口に出てしまい、翔は少し驚きを隠せず口に手を当てた。あまり過去のことは思い出さないと決めているのに。この夏が訪れてからか、それともあの夢を見てからなのか。ふいに、思い出してしまう。
もう何年も祭りに行っていない。いや、行くのをやめていた。あの頃の記憶を思い出すのが怖いからだ。思い出してしまったら翔自身、どうなるかわからない。
なのに、何故だろう。今年はいつもと違う気持ちが翔の心にはあった。
「今年は...行ってみようかな」
ーー祭り当日まで、残り3日か。