1,「この夏の始まり」
とある夏の日。
ーー翔くん
周りには緑の草原が少し広がり、大海原を眺めることができる丘で、柔らかい風が幼い二人を包み込むようにして優しく吹き抜ける。
ーーこの夏にまた、巡り会おうね
そう言うと、彼女はスゥと風とともに姿を消した。
とても心地よく温かい風に一人たそがれる。彼女が消えてからもただジッと待つように立っていた。
ーーあの風とともに彼女が帰ってくることを信じて。
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ジリジリと照りつける太陽。真夏日ということもあって温度計は四十度と示している。太陽の熱をもろに受けている家の中は正に灼熱地獄で、家中の窓が全開になっている。
ミーン、ミーンミンミーン、ミーン
蝉たちの大合唱も衰えるというものを知らないのか、夏休みに入ってから一度も鳴り止んだ日がない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
翔は扇風機と向き合っていた。この家にはエアコンもないため、夏を凌ぐには扇風機とうちわは必須アイテムだ。
扇風機から直に風を受けているにもかかわらず、やはり真夏の太陽には勝てるわけもなく、額からは汗が滲み出ていた。
「こんな夏早く終わんねえかな」
夏休みに入ったのは1週間くらい前のことで、やっと8月に突入した。高校二年生の夏は、課題さえやれば、特にすることもない。だらだらと毎日を過ごせば気づけば夏休みも終わるだろう。とそう思っていた。
しかし、今年の日本の天候は明らかにおかしい。半年前は、〝記録的積雪量〟と世間が騒いでいた。しかし今は、〝記録的猛暑日〟としてまたもや世間は騒いでいる。
「暑い、暑すぎる。もうダメだ、ガマンできねえ」
翔は立ち上がり、冷蔵庫からキンキンに冷えたバリバリ君を持ってくると、袋を開けすぐさま頬張る。
「やっぱ夏はこれだよなー‼︎」
一人満足げにアイスを頬張る翔。暑さを少しでも紛らわすために一口、また一口と食べ進める。
ーーバタンッ
「はぁ〜、冷えたー。」
アイスのおかげで冷えた体を床に倒した。
身体中を駆け巡っていた熱も今は収まり、夏の暑さを感じさせなかった。
ふと、今日の夢を思い出す。
小さい頃の夢だった。その夢は大切な思い出だが、とても悲しい思い出。思い出すたびに胸が締め付けられるような感覚に陥る。
ー彼女は今何しているのだろうか。
首を横に振って、今のセリフを打ち消す。
あれから10年、過去に囚われた己の感情を助ける手段は今だにわからない。ただ分かっているのは、もう一度彼女に会いたいと願っている気持ちがあるということだけ。
「嫌なこと思い出したな...」
夏初っ端にこんなことを思い出すなんて、俺ってツイてないな。
そんなことを思いながら、さっき食べたバリバリ君の棒をゴミ箱に入れるため構える。ゴミ箱に確実に入れるためのコースを入念に確認して、投げるスタンバイをする。棒をよく見ると何かが書いてあった。
普段、バリバリ君を食べたらすぐ捨ててしまうのであまり気にも止めていなかったがそこには、『当たり』と掘られていた。
翔は思わず微笑んだ。
「こんな夏も悪くねえかもな」