1 『第一次』
県立南成高校の新一年生である天馬は吹奏楽部に所属することにした。
その発端は、部活動紹介――の後の出来事である。
南成高校では入学式の数日後、五・六限目を使って部活動紹介が行われる。
今年もその流れにのっとり行われ、運動部が簡易的な練習に解説を入れたり、どこで培ったのか分からない団結力で場の雰囲気を盛り上げた。
しかし文化部は静かな発表が多い。絵を見せたり、これまでの賞を発表したり等々で見ている生徒は飽きてしまう。
そんな中、部活動紹介の取りを務める吹奏楽部の順番が回ってきた。
一人の女子生徒が舞台脇から登場し、男子生徒の視線が一挙に集まる。
「みなさんこんにちは!」
『―――。』
「ありゃ、こ・ん・に・ち・は!」
『――こんにちは。』
突然の挨拶、そして部長と思わしき人物の高すぎるテンション。
さらには、その人物の群を抜いた可愛さ。
それらが相まって見ている男子生徒のテンションが静かに急上昇する、
「吹奏楽部では…。って知ってるよね。今から演奏をするので聞いてください!
みんなが知ってる曲を練習してきました!」
その短い言葉の後、女子生徒は新一年生に背を向け腕を上げる。
「ワン、ツ。」
静かな声と共に上げた腕を下ろす。
すると演奏が始まり、有名な音楽が体育館中に響く。ロック調のそれはその場に居る人、全員のテンションを高めた。
その演奏の途中でまた女子生徒が振り返り、新一年生の方を見る。
「こんなかっこいい演奏もできる吹奏楽部に入ってみませんか?楽器が出来なくても大丈夫。私たちがちゃんと教えます。
女子だけでなく、男子も入部して欲しいです。取りあえずは見学だけでも来てください!」
堂々とした態度で言葉を紡ぎ終えると同時に演奏が終わり、大きな拍手が送られる。
女子生徒は礼をして逃げるように舞台脇へと戻っていった。
吹奏楽部の演奏もあり、部活動紹介は成功に終わった。
各々が自分の教室へと戻り、担任から連絡事項を聞き放課後となる。
その時に、ヤツと出会った。
天馬はまず文化部を一通り見てから運動部を見ようと校舎の中をうろうろしていた。
複数ある候補の中にもちろん吹奏楽部もある。しかし、男一人で行くのはどうかと判断に悩んでいた。
「やっほ。一人?」
「え?って、うわ。」
突然肩を叩かれ、女子生徒に話しかけられる。
しかもその女子生徒はあの――
「吹部のヤバイ人じゃないですか。」
「え。そんな事言われてんの?私。」
「一年の中でもなかなか言われてますよ。」
「ほんと?えぇ。そんなに変だったかなぁ。どうしよう…。」
話しかけてきた女子生徒は思いのほか動揺し、可愛い顔を赤らめている。それを隠すように両手を顔に当てているが全く隠せていない。
意外と世間体を気にするタイプなのかもしれないと天馬は彼女にフォローを入れる。
「いやまぁ、印象には残ってるので良かったと思いますけど。」
「そ、そう!?良かった!」
安堵した表情を見せる彼女だったが、容赦なく天馬は『感情の起伏が激しい人』という判断を下す。
それをよそに彼女が一度深呼吸し、天馬の方を見る。
「ねぇねぇ、吹奏楽入らない?楽しいよ!」
「い、いや、楽器とかは…。」
「大丈夫、大丈夫!私も高校入ってから楽器始めたからさ。」
「でも、ちょっと…。」
決して吹奏楽部に入りたくないわけではない。だが、何か決め手に欠けているのである。
そんな中、彼女は薄い唇に人差し指を当て、上目遣いでじっと天馬を見る。
そんなあざとい動きが天馬の心を蝕む。それなりに女子とは喋った事がある天馬だが、こんなに押してくるタイプは初めてでドキドキする。
「ね、見てみるだけだから!」
「――じゃ、じゃあ見るだけで…。」
「よっしゃ!」
そんな彼女に折れてしまった天馬の言葉だったが彼女は左腕で大きくガッツポーズを決め、右手を天馬の前に出してきた
太陽のような笑みを天馬に向けながら言葉を紡ぐ。
「私、日野って言います。宜しくね!えっと…。」
「あ、天馬です。」
「よし、天馬!宜しく!」
彼女の出した手は握手を求めており何度も縦に小さく揺れている。
それを見た天馬は渋々、彼女の――日野の手を取る。
その手は柔らかく、指は細い。華奢な手であった。
そして日野は天馬に気づかれないよう静かにニヤリと笑んだ。
「よ、よろしくお願いします…。」
「――行くぞ!天馬!」
「え?どこに?」
「音楽室!」
日野の宣言の直後、繋いだ手を乱暴に引っ張られ校舎の中を走っていく。
いくつもの教室を通り過ぎ、角を曲がる。
階段を駆け上がり、また駆け一つの教室の前に立つ。
「ここだよ。」
日野の言う通り、扉の上には音楽室と書いてある板が壁に付いている。
そして中からはクラシック音楽が聞こえ演奏中の様だった。
その演奏を邪魔しないように日野は静かに扉を開いた。
静かに二人は教室に入り、演奏を聴く。
「凄いですね。」
「うん。」
演奏中、天馬は日野の方を何度か見た。
その時の日野はどこか誇らしいような表情をしていた。
演奏が終わり拍手をする。
その後、天馬は口を開いた。
「一つ質問してもいいですか?」
「いいよ。何?」
「―――部活に入って良かった事はありましたか?」
この質問には理由があった。
限られた高校生活で本当に時間を使うに値するのか、と天馬が思っているからである。
右頬に手を当てながら考える日野だったが、一つの回答を出した。
「うーんとね、ちょっと恥ずかしいな…。――耳貸して。」
そう言いながら日野は天馬の左肩に右手を乗せ天馬の左半身の高さを落とさせる。そして左手で口元が他人に見られないように隠しながら耳元で囁く。
一気に距離の詰められた天馬は動く事も出来ず綺麗な声を聴いた。
「あのね、仲間で一つのモノ創ることを知った事かな。」
そう言って天馬から離れる。
その言葉を聞いたとき天馬は思考を走らせた。ただの文字としてではなく、彼女の声に乗せられた感情を理解するために。
この声の中には悲しみがあった。悔しさがあった。
しかし、喜びもあった。達成感もあった。
それはこれまでの大会で賞を貰えなかった事もあるだろうし、部内での衝突もあると思う。それでも、それ以上に部活に対してひたむきに向き合う彼女と、彼女の周りの人間の熱量を感じ取る。
「――そうですか。分かりました。」
ここまでの熱量を秘めているような部活はまずない。
それは十分すぎるほどの後押しとなり、天馬は吹奏楽部に入部した。
そして天馬がその熱量を感じ取った以外にも日野からは『何か』を感じた。言葉として表現できない『何か』を。
それが自分の行動を左右させるとも知らずに―――