俺様嫌いな佐々木梅ちゃんの努力の結果
「なんで貴様に指図されなきゃなんねーんだよおおおおおおお!!!!!」
ドゴォンッ!!
「もう嫌だ……俺様キャラは嫌だ……自分のことカッコ良いと思い込んで女子に上から目線で命令してくるクソナルシスト節穴ボーイなんて大嫌いだ…」
ある日の放課後、佐々木梅は涙を流さず、心で泣いていた。たった今クラスメイトの男子高校生を軽く殴ったその手をヒラヒラと外気で冷やしながら大泣きしていた。
「まだ足りないのか、まだ私の力が足りないのか。偏差値上げてもデザインコンペ優勝してもピアノコンクール金賞獲っても読モ務めても黒帯目前になってもまだ足りないのか……!!」
佐々木梅、現在高校2年生。彼女は大きな悩みを抱えていた。
「なんで毎回毎回俺様キャラが寄ってくんだよ……!」
どうやら彼女、昔から俺様キャラを引き寄せてしまう体質らしい。
幼稚園では「おまえはしょうらい、おれとけっこんするんだぞ」と言われ
小学校では「お前が俺のランドセル持つんなら、一緒に帰ってやっても良い」と言われ
中学校では「もし今度のテストで俺より良い点獲れたら付き合ってやる」と言われ
高校では「お前、俺の彼女にしてやるよ。拒否権なんて無いからな」と言われた。
「ふざっっっけんな!!!!!」
なぜ私がお前のこと意識してるの前提で話進めてんだよ!!お前がただ私のこと好きなだけだろ!!なに上から目線でもの言ってんだよ!!私より勉強ができたら私より偉いのか!?違うだろ!!だいたい好きなら私に気を使え!!なぜ私が指示に従って荷物持ったり我慢しなきゃならんのだ!!
俺様キャラは非常に厄介。少しでも相手より優れているところがあると自分が偉いと勘違いする。自分は相手に好かれていると信じて疑わず、さらには自分に従順だと信じて疑わない。逆らうとお仕置きと言ってセクハラを犯すのだ。良い病院紹介したいくらいである。
佐々木梅はこれらの俺様キャラに関わらないように、目をつけられないように、必死に生きてきた。
奴らは自分が1番だと思っている節があるので、下に見られないように、彼女自身が上に立てるよう努力してきた。
学校ではひたすら勉強し、常に学年トップをキープ。
美術や音楽といった芸術面も俺様キャラがねちっこくアピールしてくる分野の1つなので、習い事を増やしひたすら技術とセンスを磨いた。
見た目も元からそこそこ悪く無いのでスキンケアやらマッサージやら欠かさずこなし、化粧品店に通い詰め自分にあった化粧をひたすら研究。スカウトされることも多くなった。
何かの拍子に惚れられても困るので、俺様キャラが惚れやすい要素を徹底的に排除する。
まず多数派と同じように動かなければならない。少数派になり目立ってしまってはいけない。これはクラス内で地味な女の子として目立つのもアウト。さらに突飛な行動をとればたちまち奴らは「面白い」とかほざく。
次にギャップ萌え。奴らはギャップを見つけるとそのギャップを自分だけのものにしようと動き出す。相手を囲い、謎の取り決めを押し付け行動を制限しようとし、反抗されれば「お仕置きだ」などとほざく。
そして大切なのが自衛。
壁ドンならまだしも中には無理やり腕を掴んできたり胸に引き寄せたりする馬鹿者もいるので、武術だって死ぬ気で極めようとしているところだ。俺様キャラはぶん投げるものである。……しかしやり過ぎは禁物。
「本当は権力と財力も欲しいけど……私有名人になりたくないし、両親は楽しそうに平で働いてるし、何もできないんだよなぁ」
そんなわけで彼女が苦手なのが金持ち系俺様キャラ。俺様キャラとしてスタンダードでありながら、奴らから逃れるのは難しい。無理やり屋敷に連行された際に抗う術として法律書を読み込んでいるが、権力でもみ消されては意味がない。先ほど自衛についてやり過ぎは禁物だと言ったのもこのせいだ。心変わりした俺様が最強の弁護士を雇って傷害罪で訴えて来たらたまったもんじゃない。今の所は何も起きていないが、安心してはならないのだ。
「嫌だぁ〜俺様キャラが謎に雇ってる黒服に連行されるのはもう嫌だぁ〜」
登下校中に助手席から顔を出した奴に「乗れ」と言われ、黒服に外車に詰め込まれたこと十数回。外車の行き先が貸切された遊園地だったり映画館だったり水族館だったり、中にはさらに新幹線を乗り継いで県外に飛び出したこともあった。俺様キャラに金と行動力を与えてはいけない。
「少女漫画の世界だったら別に良いけどさ、現実はダメだっての。誘拐だよあんなもん。勝手に住所突き止めて迎えに来たり、帰省中婆ちゃん家に押しかけて来たこともあったなぁ……ふふ、私のプライバシーってどこにあるんだろう」
──ドンッ
ブツブツと文句を言いながら帰路を歩いていると、彼女は誰かにぶつかってしまった。
「わ、ごめんなさい!」
「いえいえっ!こちらこそ!」
彼女が顔を上げれば、眼鏡をかけ、眉を下げた少年の顔が見えた。怯えたような焦ったような表情でひたすら「すみません」と言っている。
なんか小動物みたい。
「…そのネクタイの色、もしかして1年生?」
「は、はい!あ、リボンの色……2年生、ですか?」
「うん。私、佐々木梅っていうの」
「あ、えと、僕、河上葵っていいます。って、あれ?もしかして佐々木梅先輩って、生徒会副会長の佐々木先輩ですか!?」
「そうだけど……?」
どうやら河上は彼女のことを知っているらしい。
いや、実のところ彼女はちょっとした有名人である。俺様キャラを近づけないために磨いた様々なスキル、その容姿、何人もの告白を断って来たという噂、生徒会副会長という役職……これだけ揃えば仕方のないことだ。
「うわぁ、なんだか光栄です。佐々木先輩に憧れてる女子、僕のクラスにたくさんいるから」
「そ、そうなんだ」
「生徒会長を振ったとかいう話が一番有名ですね!……本当なんですか?」
「あー……うん、まあ、はい」
俺様キャラあるある、生徒会長であること。
中学の時もそうであったが、彼女は1年生のときも生徒会長に告白された。そして2年生になってからも、現生徒会長に告白されたことがあったのだ。
『よし、お前を生徒会に入れてやる。俺の側に置いてやろう』
告白というより勧誘の言葉なのだが、この際同じもの。もちろん彼女は断ろうとしたのだが、大衆の前で言われてしまったので渋々従った。俺様キャラに逆らうと学校の居場所が奪われるのは定番である。
しかし彼女も負けたままではいられない。生徒会に入るなり各委員会との連携体制を見直し、予算案の検討やイベント進行についての会議などで出来る限り成果を出し、実質生徒会長より上の立場まで上り詰めた。その後生徒会長に自身の勧誘時の悪質さを指摘し反省させ、今では学年の壁を超えた友人となっている。
「男子も先輩のことが気になってる奴が多くて、えへへ、こうやって話してるのがバレたら怒られちゃうかもしれません」
「あはは、そこまではないでしょー」
「あ、僕忘れ物とりに戻るところだった。では先輩、失礼します。ぶつかってしまいすみませんでした」
そう言って河上は彼女と反対方向へ走り去って行った。
「ん?」
河上の去った後、彼が落としたと思われる生徒手帳が足元に転がっているのを見つけた。これは彼に届けてやらねば。彼女も河上を追うように走り出した。
「それにしても生徒手帳落とすって、結構なドジっ子?丸眼鏡に黒髪って結構な地味キャラ……ぶつかったときあわあわしてて可愛かったし、本当に小動物みたいで可愛かったなぁ…」
────このとき佐々木梅は思ったのだ。「面白い子だな」と。
「あれ、これって俺様キャラと同じ思考になってない?危ない危ない、私はあいつらみたいにはならないんだから!……いや、待てよ」
佐々木梅は校門の手前で立ち止まり、考えを巡らせる。そういえば考えたことがなかったな、と。
自分が恋人を作れば俺様キャラから恋愛対象に見られることはないのではないかということを。
「なーるほど、なるほどね」
佐々木梅は俺様キャラが嫌いであり、もちろん自身が俺様キャラになろうなんて思っていない。
しかし
「こういうの、何て言うんだっけ?女の子が俺様なやつ」
努力の結果『女王様』になる才能なら有り余っているのだ。
俺様キャラに負けない強い女の子が欲しくて書きました。お読みいただきありがとうございました。