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れいれいはNEANDERTHAL?

作者: 蘭香

れいれいはNEANDERTHAL?



登場人物

藤宮れいか・・・・主人公。目黒川女学館3年生。就職希望。生来のサル顔をバカにされたため

に暴力沙汰を起こし停学になる。その原因となったネアンデルタール人の謎を探るため、ジブ

ラルタルへ趣く。

星野みやび・・・・れいかのクラスメート。大学文学部希望。豊富な文学面の知識と想像力で、

れいかのネアンデルタール人の謎解明を助ける。

木村咲苗・・・・れいかのクラスメート。優等生で、吹奏楽部でトランペットを担当。些細なこと

で、れいかに殴られてしまう。

川原せりな・・・・3年生。れいかとは別のクラス。吹奏楽部の部長。指揮を執るが、フルートも

担当。豊富な音楽面の知識で、れいかの謎解きを助ける。

星宮彩乃・・・・メディア・フォトグラファーなる画像アーティスト。SNSでれいかの容姿に着目し、

自費でジブラルタルへ撮影旅行へ連れ出す。

川上渚・・・・アイドルユニット「ちぇりどる」のメンバー。インストライブで偶然、れいかと知り合

い、アイドルとして、その謎解きを助ける。

塩屋さくら・・・・れいかのクラスメート。

吉川るう・・・・れいかのクラスメート。


Umi・・・・目黒川女学館の英語教師。同校のOGでもある。

Riku・・・・目黒川女学館の数学兼体育教師。同校のOGでもある。







A1 目黒川女学館・グラウンド

勢いよくサッカーのボールを追いかけていく女の子の足。

少しカメラを引くと、それが女子生徒のサッカーの練習だと分かる。

生徒の塩屋さくらがドリブルしている。

それを吉川るうが追う。

さくら、ボールをとられそうになって、

さくら「れいれい!」

と近くに立っている藤宮れいかに蹴る。

れいか、ぼーっと突っ立っていたが、ボールが来たので、あわてて動くが、すぐに、さくらにとら

れてしまう。

さくら、蹴る。

ボール、ゴールのネットを揺らす。

体育教師のRiku、「何やってだ」の表情でれいかを見る。

れいか、ぼーっと突っ立っている。



A2 同・職員室

Riku入ってきて、ペットボトルのスポーツ飲料を口にする。

Umi「(座っていて)ご機嫌斜めね」

Riku「(飲み終わって)藤宮はどうしようもないな。まるで運動神経がない。就職希望のようだ

が、あれだと身体測定で落ちるぞ。主要教科もダメなんだろう?」

Umi「英語は単元のSからやり直さないとダメな子。せめて基礎単語だけでも、と補習を受けさ

せているけどダメね。このままだと夏休みに合宿補講が必要だわ」

Riku「神奈川県教育委員会からの特別推薦らしいけど、本来だったら高校行ける頭じゃないだ

ろう?よくウチも受け入れたな」

Umi「仕方ないでしょう。ウチは2011年の東日本大震災の直後に、一旦、閉校して、2014年

に目黒区立校として再出発するときに、隣接三県からも貧困や学力の問題で、高校進学が難

しい生徒を女子に限って受け入れることで、東京都の認可と助成を受けられることになってい

るんだから」

Riku「隣接三県というけど、今じゃ静岡県の浜松市からも新幹線で通学している生徒がいるくら

いだからな。リニアが開通して、新幹線の定期が名古屋まで認められたら、今度は名古屋から

も受け入れろ、と愛知県の教育委員会がいい出しているんだから、どうなっちまうことか」

Umi「貧困家庭の子を受け入れるのも目黒川女学館の伝統よ。明治40年代に入学者が激減

したときも、大正初年に貧しい家庭の子を、当時の東京市の協力の下、大勢受け入れたことで

学校が存続できたのだから。このときは、昼食が持参できない子、家で満足に食事が摂れな

い子のために、おにぎりやパンを出したそうよ」

Riku「今だって、ウチの学校は、通学定期の無償支給、就学支援チケットによる学用品の支

給、ランチの学食での無料提供をやってるよ。ウチらが通っていた時代とは様変わりだね」

Umi「(手元の英語教材をパタっと閉じて)震災で卒業式ができなくて、5月にやった私たちとは

違うのよ。いつまでも名門女子校のつもりでいるのは大間違いよ(と立ち上がる)」



A3同・廊下

教材を持ったUmiが授業に向かうために歩いている。

窓から目黒川の桜並木が見える。

Umi、立ち止まって窓から桜並木を見る。

学校の敷地内から桜を見ているれいかの姿が見える。

Umi、最初ほほえんで見ているが、何かおかしくなって声を上げて笑う。

教室から、生徒の木村咲苗が出てくる。

咲苗「先生、どうかしたんですか?」

Umi「(笑いながら)いえ、ね。今、外で藤宮さんが桜を見ているようなんだけど、その姿がまる

でサルが花見してるようでね」

咲苗、けげんそうに外を見る。



A4 同・敷地内

タイトル・テーマ曲入ってー。

桜を見ているれいかの姿を真正面から写してー。



1同・校舎外観

目黒川の桜並木越しに望んだ構図。



T「目黒川女学館物語」



2同・教室

Umiの英語の授業を受けているれいか、咲苗たち。

れいか、アップで写して。


T「れいれいはNEANDERTHAL?」


タイトル・テーマ曲、終わる。



3西郷山公園・外観

桜が満開の公園風景。



4同・広場

赤い毛氈が敷かれた上で、20名ほどの袴姿の女子生徒が草餅を載せた盆が古式ゆかしく受

け渡されていく。

袴姿の咲苗、盆を押し頂き、それを毛氈に置き、同じく袴姿の吉川るうが懐から紙をとりだし、

丁寧な手つきで草餅を紙に載せ、それをつつんで、お辞儀して下がる。

すぐに塩屋さくらが出てきて同じようにする。

大勢の見物人が見ている。

スーパー「草餅の節会・・・・明治26年10月13日の開校時、当時の海軍大臣・西郷西郷従道

の私邸庭園において、草餅を取り交わして開校を祝した故事から、草餅の主な材料であるよも

ぎの季節である早春に目黒川女学館が行っている行事である。毎年、桜の満開日に合わせて

開催されている。今年も3月下旬の開催となった」



5目黒川女学館・調理実習室

体操着姿の生徒たちが草餅の製造をしている。

草餅を蒸している蒸籠の前の生徒の星野みやび、出来具合を見ているが、

Rikuの声「藤宮、何やってんだ!危ないだろう!」

ビクッとして、みやびが振り向く。

餡子を煮ている大釜の前で、スポーツウェア姿のRikuがれいかを叱っている。

Riku「今、蓋とったら、中の小豆が飛び散って、他の子が火傷するだろう。よく考えて行動しろ

よ」

れいか、うなだれて聞いている。

Riku「おまえがやることが全部危なっかしいんだよ」

みやび「先生、後は私がやりますから」

Riku「星野、頼んだぞ。藤宮は調理からはずせ」

と立ち去る。

みやび、れいかの寄り添い、

みやび「れいれい、ここはいいから更衣室行って、袴付けてきて」



6同・更衣室

れいか、少し泣きながら、すでに着物は着ていて、袴の紐をぎゅっと締める。



7同・廊下

ちょっと怒ったRikuがぐいぐいと歩いてくる。

前から袴姿のUmiが歩いてきて。

Umi「あら、袴に着替えなくていいの?」

Riku「なんで教員まで袴つける必要があるんだ?」

Umi「いいじゃない。私たちも本校のOGなんだから。在校中は袴つけたでしょ」

Riku「私はこの齢になって、制服を着るようでイヤだ」

Umi「そう、じゃ、ご勝手に」

とすれ違うように歩き去る。



8同・教室の前

歩くUmiからの視点で、袴姿のれいかが教室に入ろうとするのが見える。

Umiの声「藤宮さん」

れいか、立ち止まる。

Umi、近づいてきて。

Umi「Rikuのこと気にしないでね。あれで、結構、女子力高いのよ。手作りチョイコをハート型

にしたりね」

と笑って教室へ入っていく。

ぼーっと聞いていたれいかだが、すぐ我にかえって続く。



9同・教室

袴姿の女子生徒たちが着席している。

咲苗、さくら、るうが、それぞれ箱を持って、机の上の和紙に草餅を二個ずつ置いていく。

咲苗、れいかの前に来て、少し気に入らないような顔つきで、だが、丁寧に草餅を置いていく。

草餅を分け終わって、咲苗らが着席する。

Umi「(教壇に立っていて)みなさん。この草餅の節会は、当校が開校して以来続いているもの

で、2014年に目黒区立として再開した後も、東京都の特別の配慮により、別枠で予算をつけ

ていただいているものです」

れいか、分かってるような分からないような感じで聞いている。

Umi「当校が開校したとき、創立の尽力された方々の中に、カナダから来た宣教師夫妻がい

たために、キリスト教の学校になるのではないかと地元の住民から反対があり、一時は開校が

危ぶまれましたが、ある策によって、無事、開校します。その後も大正初年の入学者激減、太

平洋戦争中の事実上の閉鎖、そして21世紀に入ってからの閉校の危機を乗り越えて、今に

至っています。そのことによく想いを馳せて、伝統の草餅をいただきましょう」

咲苗「いただきます」

続いて生徒全員が「いただきます」と唱和して喫食にかかる。

れいかも草餅を手にとる。

隣の席のみやび、れいかを見て。

みやび「どうしたの?食べないの?」

れいか「食べられないわけじゃないけど・・・・なんとなく」

みやび「じゃあ、持ち帰ったら?紙につつんで」

いわれて、れいか、不器用な手つきで草餅をつつむ。

それを草餅を食べながら見ているみやび。



10目黒川沿いの道

満開の桜並木。

その中をれいか、みやびが制服に着替えて歩いている。

少し、明るい音楽入ってー。

みやび「来月から3年だね。れいれいはやっぱり就職希望?」

れいか「みやちゅーは進学だよね。やっぱり希望は文学部?」

みやび「希望はそうなんだけど、文学だと就職につながるのか気になって。それで印刷関係の

DTP技術が学べる大学がいいかなとも考えている」

れいか「でも、それだと大学のレベルが下がるよね。みやちゅー、到達度テストでMSARCHク

ラスはA判定でしょ。勿体ないよ」

みやび「私も神奈川の県立が全部ダメで、家計の事情でここに入ったけど、学力再生プログラ

ムのおかげで、大学進学を狙えるところまで来たわ。せっかく、ここまでになったから、できれ

ば相応の大学に行って、北村透谷の研究をしたいんだけどね」

れいか「私、4月から仮進級なんだぁ。このままだと卒業するために、毎日19時まで補習、土

曜日も補講のため休めないみたい」

みやび「頑張るしかないよ。他の学校は容赦なく退学させるけど、ウチの学校は、絶対に高校

卒業資格とらせることが目的だから」

れいか、黙って、歩く。



11目黒川女学館・外観

葉桜となった桜並木から望むアングルで。



12同・教室

「3年桃組」の表札。

休み時間で、直前の世界史の授業で書かれた黒板が、まだ消されずにいる。

内容は「人類の誕生と始代の農業革命について」。

れいかとみやび、また隣同士で座っていて。

机の上に広げられたままの世界史の教科書。

みやび「(教科書を指差して)ねえ、これって、れいれいに似てない?」

れいか、いわれて教科書を見る。

みやび「このネアンデルタール人の女の子、れいれいに似てるんだけど」

れいか、チラ見して「ふーん」といって目をそむける。

みやび「怒った?」

れいか「(笑って)別にいいんじゃない」

咲苗の声「本当にサル顔が似てるね」

れいか、顔を上げる。

咲苗「(前の席に座っていて、最初、前を見ていて)顔だけじゃなく、頭もね。(振り向いて)なん

で、到達度テストも受けてないような子が、世界史選択してるわけ?世界史は、文系の史学部

や宗教系学部を推薦で受ける子が選択するもの。なんで就職組の藤宮さんが受けるわけ?」

れいか、聞いていて。

みやび「(立ち上がって)3年になったら、日本史・世界史・政治経済・総合地理のいずれかを

選択しなくちゃいけないのは分かってるでしょう?れいれいは、世界史を選んだわけ。それだけ

よ」

咲苗「選んだって、それは星野さんが世界史選択したからでしょう。藤宮さんは自分でどれやっ

てもダメだから、星野さんにくっついただけ」

れいか、聞いている。

咲苗「大体、総合社会が赤点で2年の単位がとれてなくて、他の英語とかもとれてなくて仮進級

なのに、世界史選択なんてありえないでしょう。ただでさえ、ウチは就職組が多くて、到達度テ

ストのレベルが受験者の頭数の問題で上がらなくて指定校の枠が増えてないんだから」

みやび「そういう言い方はないでしょう。高校新卒の採用数が少ない今の時代に、就職をめざ

すのは大学進学以上に難しいんだから」

咲苗「今の藤宮さんが就職できるのかな?ウチもハローワーク経由で就職活動してるけど、も

う今の時点でアウトじゃないかしら?毎年出ている進路未定者に入るんじゃない?」

れいか、怒りに震えている。

みやび「(れいかを見ていて)木村さん、もうやめて!」

咲苗「結局、サルはサルよ。この教科書に載ってるネアンデルタール人と同じだわ。この藤宮

さんはね」

れいか、机を倒してしまう勢いで立ち上がる。

そして、物凄い勢いで咲苗に向かう。

みやび「れいれい、やめて!」

れいか、突進して、咲苗を殴る。

咲苗ふっとんで、その後ろの机も2、3個ふっとぶ。

倒れた咲苗、花血を出している。

さくら「(かけよる)木村さん、大丈夫?」

るうも来て、咲苗を抱き起こす。

その前に呆然と立つれいか。



14同・医務室

校医から手当てを受けている咲苗。

さくら、るうが付き添っている。

スーパー「目黒川女学館では保健室はなく医務室がある。医療保険が無い、医療費が無い、

などの貧困家庭の生徒のために週三回、医師が来校して、無料で生徒の診察・治療・投薬を

行う」

Rikuの声「停学処分にすべきです」



15同・会議室

理事長以下、教員たちがテーブルを囲んでいる。

Riku「木村にも問題はあったが、暴力でケガをさせた藤宮の罪は重い。女子とはいえ、校内

暴力を容認すると拡大するおそれがあります。ヘタをすれば、暴力的気分が蔓延するおそれ

がある」

Umi「でも、停学にすると、それだけ欠席日数が増えます。そうなると就職組には不利です。藤

宮さんは、本日まで無遅刻・無欠席ですから」

Riku「だからといって、正常に人間関係を営めない人間を放置することは」

Umi「(理事長を見て)どうでしょう。もうすぐゴールデンウィークです。28日の土曜日から5月9

日の日曜日までを停学期間とすれば、今年は曜日の並びがいいですから、実質5月1日の火

曜日と2日の水曜日の二日間だけの欠席で済みます。それでも停学日数は九日間に及びます

から処分としてはそれなりではないでしょうか?」

理事長「(少し考えて)いいでしょう。学校としても一人でも進路未定者を出したくない。それも就

職希望者となれば尚更だ。ここは学校の寛容さの見せ所というところですな(笑う)」



16同・図書室

れいか、本棚の本に指をかけている。

みやび「(来て)れいれい、明日から停学だって」

れいか、応えず本棚を見ている。

みやび「ごめんね、私が余計なことをいったばかりに」

れいか「(みやびを見て)いいよ。気にしてないから」

みやび「本探してたの?」

れいか「(再び本棚に向き直って)うん。停学期間中、読もうと思ったけど、やっぱり、私、みや

ちゅーと違うからムリだわ」

といってその場から離れる。

みやび、れいかを見送った後、本棚へ目をやる。

本棚にずれた本が一冊。

署名は「ネアンデルタール人」である。



17上空

全日空機が飛ぶ。

ヨーロピアンな音楽、短く入ってー。



18全日空機内

れいか、通路側に座っている。

彩乃「(窓際に座っていて)飛行機は初めて?」

れいか「あっ、ハイ。選択旅行行ってなかったもんで。もし沖縄組で行ってたら、飛行機に乗っ

てたとは思うんですが」

スーパー「目黒川女学館では修学旅行はなく、同様の旅行に行きたい生徒は、高校二年生の

秋に設けられた試験休みの期間を利用して、行き先が違う複数のコースのいずれかを選択す

ることができる。経済的事情、行事が嫌い、などの理由での不参加もOKだが、旅費が工面で

きない生徒には、東京都が事実上、全額負担する就学援助制度がある」

彩乃「どうして参加しなかったの?」

れいか「去年の秋、留年するかもって話だったんで。それで行っても、また来年―つm、あり今

年なんですけど、ちょっと面倒くさいことになりかな、と」

彩乃「もう一度、旅行に行くかもしれないと?」

れいか「ええっ、まあ」

彩乃「それでも、もう1回、旅行にいくはめになっても留年は受け入れるつもりだった」

れいか「勿論です!高校卒業資格はあきらめませんから。目黒川女学館の生徒は、みんな、

そのつもりのはずです」

彩乃「(感心して笑う)」

れいか「星宮さん。ムリ行って連れてきてもらってありがとうございます」

彩乃「いえ、いいのよ。前から、私がれいれいに頼んでいたんだから」

れいか「いや、SNSで私のことなんか・・・・天下のmedia photographerの星宮彩乃さんに

モデルになってほしいなんて。それも海外で」

彩乃「いいのよ、れいれい(とれいかをだきしめる)撮らせてくれれば」

れいか「あっ、いえ、その・・・・」

彩乃「(だきよせながら、れいかの顔を近づけ)でも、どうして、ジブラルタルにしたの?撮影場

所」

れいか「あっ、いえ・・・・その、なんか、いいな、と思って・・・・」

彩乃「不思議ちゃんね!(と強くれいかをだきしめる)」



19ジブラルタル・空撮

所謂、「ジブラルタルの岩」を眺め回すように写す。

現地を表すような音楽入ってー。



20ジブラルタル空港・滑走路

背後に飛行機が見える中を、れいか、彩乃が歩いてくる。

遮断機が上がって、待っていた歩行者が一斉に滑走路を横切るように歩き出す。

れいか「凄い。滑走路のど真ん中を渡っていくんですね」

とかいってるが、彩乃に促されて人波に紛れて歩いていく。



21ジブラルタル市内・広場

ジョン・マッキントッシュ・スクエアと呼ばれるところ。

そこに設けられたオープンカフェのテーブルに着いているれいか。

彩乃が料理を持って歩いてくる。

彩乃「(料理のトレーを置いて)どうぞ、英国風のフィッシュ・アンド・チップスよ」

れいか「へー、英国風・・・・」

彩乃「ジブラルタルはイギリスの海外領土なのよ。知らなかった?」

れいか「あっ、ハイ。今初めて知りました」

彩乃「そんなことも知らなくてジブラルタルに来たわけ?」

れいか「ええっ、スミマセン」

彩乃「(あきれる)」

そこから見える「ジブラルタルの岩」の威容―。

彩乃「ジブラルタルの岩―ザ・ロックともいわれてるわ」

れいか「(ロック山を見ていて)あそこに行きたいんです」

彩乃「ザ・ロックに?」

れいか「あそこに行くために、ここに来たんです」



22目黒川女学館・理事長室

理事長のデスクの前に、Rikuが立っている。

Riku「停学中なのに、海外旅行なんてどうかしてますよ」

理事長「よいではありませんか。停学中とはいえゴールデンウィーク期間中なんですから」

Riku「本来であれば自宅で反省すべき時期ですし、Umiが用意した英語のレポートも停学期

間中の課題として取り組まなければならないはずです。それなのに」

理事長「旅が彼女を大人にしてくれるでしょう」

と卓上の地球儀を見て

理事長「明治時代、本校の生徒で、株で儲けたお金で80日間世界一周をした者がおりまし

た。お金、お金、で、正直、入学金を積んでファッション感覚でウチに入ってきた生徒でしたが、

日露戦争中にもかかわらず海外旅行をしたおかげで、本当の幸せをつかみました。得たもの

は、生涯の伴侶と埼玉県川越市内の生家へ戻って暮らすという選択です」

Riku「(別のテーブルに飾ってある軍艦の模型を見て)このフネもそのエピソードに関係してる

んですよね」

展示されている軍艦模型―巡洋艦アブローラを少し長く写して。



23巡洋艦「アブローラ」甲板

上記に出てくる明治時代の生徒が袴姿で歩いている。

ロケをするとすれば横須賀の記念館「三笠」か?

理事長の声「世界一周の最後の訪問国はフィリピンだったそうです。ちょうど、日本海海戦が

終わった直後で、日本の連合艦隊に敗れたバルチック艦隊の一隻が中立国であるマニラに落

ちのびてきたのに遭遇し、彼女は自ら敵国の巡洋艦に乗り込み、献身的に看護と慰問をした

そうで、ロシアの水兵から『オーロラの天使』と呼ばれたそうです」



22目黒川女学館・理事長室

再び理事長とRiku。

理事長「こういう伝説のヒロインには中々なれませんが、少しは大人になって、藤宮クンも帰っ

てくるでしょう。Riku先生ももうちょっと寛容になられてはいかがですか?」

Riku納得できない表情。

明るい音楽先行してー。



23 ケーブルカー

ジブラルタルのロック山へ上っていく。



24 同・車中

窓から見える、どんどん遠くなっていく麓の町並。

れいか、その風景に驚嘆している。



25 ロック山・頂上

歩いてくるれいか、彩乃。

岩の上にサルがいる。

れいか、近寄ってみる。

れいかとサルのツーショット。

彩乃の声「そっくりだね!」

れいか、ムカッとする。

音楽終わる。



26 同・展望台

れいか「うわーすごい」



27 地中海

展望台から望む風景として。

雄大な音楽入ってー。

青い地中海が広がる。

その向こうに、うっすらとアフリカ大陸が見える。



28 岩尾根

岩尾根を撫でる様に雲が流れていく。



29 展望台

彩乃、カメラを構えていて。

以下、

○海バック

○岩尾根バック

○下界の街バック

などのれいかの静止画写真が続く。



30 カレタホテル・外観(夕暮れ)



31 同・ツインルーム(夜)

れいか、ソファでクッションを抱いて座っている。

れいか「ヨーロッパのホテルってカラフルなんですね」

彩乃「(飲み物を持ってきて)楽しんでるようだけど、そろそろジブラルタルに来た目的教えて

(座る)今日行った山がお目当てじゃないでしょ?」

れいか「(クッションを離して)洞窟に行って見たいんです?」

彩乃「洞窟?鍾乳洞のこと?聖マイケル洞窟だったら、いってくれれば、今日見られたのに?」

れいか「違うんです。ネアンデルタール人がいた洞窟です」

彩乃「ネアンデルタール人?」

れいか「ちょっと興味があって」

彩乃「ちょっとって、ヨーロッパまで来て、ちょっとはないでしょ。相当の興味だと思ったわ」

れいか「まあ・・・・・」

彩乃「多分、ゴーラム洞窟のことね。このホテルから海岸沿いにすぐのところにあるわ。明日行

きましょう。その代わり、あさっては別のところにつきあってね」

れいか「どこです?」

彩乃「アフリカ大陸」



32浜辺(朝)

背後にホテルが見える。

歩くれいか、彩乃。

最初、二人が歩いてくるのを正面からとらえて。

れいか「彩乃さん、どうしてカメラマン、いやメディア・フォトグラファーになったんですか?」

彩乃「中野に住んでいた頃、ブロードウェイの展示で、色鉛筆で書いた凄い絵を見てね。まる

で、写真のようだった。絶対、私には書けないと思ったけど、もしかすると、写真をなぞれば、

私でも書けるかもしれないと思った。それで、パソコンでフォトショップとかで写真を加工するよ

うになって・・・・作ったものをSNSで公開してたら、あっというまに」

れいか「すごいですね」

彩乃「でも、まだ、あの中野で見た絵には到底及ばないな。一生書けないとも思っている」

れいか「そんな(ことないですよ)」

彩乃「でも、それでいいと思っている。もし書けたら、自分で思っていることに辿り着いてしまっ

たら、それで終わってしまうかもしれないから」



33ゴーラム洞窟・外観

波に現れるように、海岸ぎりぎりに入り口が見える。



34同・内部

暗い中を、海を背後にしつつ、れいか、彩乃が入ってくる。

たき火の跡、散らばった石器などの遺跡が見える。

彩乃「2万8千年前の遺跡だそうよ。今のところ、ここがネアンデルタール人が住んでいた最新

の痕跡がある場所といわれているわ」

れいか「ここがネアンデルタール人が住んでいた場所」

と感慨深く見渡す。

背後で人の声がするので、彩乃が出て行く。

れいか、岩壁の赤い手形を見る。

れいか「私たちと同じ手の形・・・・」

彩乃「(戻ってきて)今、近くの洞窟でネアンデルタール人の遺跡が見つかったらしいの。ここよ

りも新しい時代なんだって」



35海岸

危なっかしく、でも急いで歩くれいか、彩乃。



36別の洞窟・内部

やはり、ここも海を背景に、大勢の見物人、報道のカメラの放列。

上記に割り込むように、れいか、彩乃、入ってくる。

その前で調査をしている学者のリヒテンホーフと助手のミュラー。

彩乃「ベルリン総合大学のリヒテンホーフ教授とその助手の方。人類考古学では世界の権威

だそうよ」

れいか「何が新発見なんですか?」

彩乃「なんでも一万年くらい前の遺跡だそうで、もしそうだとすればネアンデルタール人が一万

年くらいまで生きてたことになるそうよ」

れいか「それが凄いことなんですか?」

彩乃「一万年前っていったら、もう殆ど私たちホモ・サピエンスの時代よ。その時期には、農業

も始まっていて、小さな街もできていたのよ。その時代までネアンデルタール人が生きてたら、

凄いなんてもんじゃないでしょう」

れいか「そうなんだ。でも生きてるってことは、ふつうなんだけどな。別に驚くことじゃない」

彩乃「えっ?」

リヒテンホーフ、ミュラー、調査を終わって立ち上がり、見物人たちの方へ向く。

その中のれいかを見て、リヒテンホーフ驚いて、しげしげと見る。

リヒテンホーフ「(ドイツ語で)君はどこから来た?」

れいか、彩乃と顔を見合わせて「私のこと?」みたいな表情をする。

彩乃「gogle先生」

れいか、いわれて、スマホを出して、wifiにつなぎ、gogleの翻訳機能画面でドイツ語を選択し

ていく。

れいか、ドイツ語で「日本です」と示したスマホ画面を見せる。

リヒテンホーフ「(ドイツ語で)驚いた。以前、復元した旧人の女の子のCG画像にそっくりだ」

リヒテンホーフ、名刺を出して、れいかに渡す。

彩乃「メアド教えてって」

れいか「あっ、はい」

とスマホのプロフィール画面を示す。

ミュラーがそれを素早くメモする。

彩乃「(自分も名刺を出して、英語で)これ、私の名刺です。メディア・フォトグラファーの星宮で

す。日本関係で知りたいことがあったら、よろしくです」

ミュラーは彩乃の名刺を受け取り、リヒテンホーフとともに洞窟を出て行く。

リヒテンホーフ「(ドイツ語で)不思議だ。まことに不思議だ」



37アラメダ庭園

木橋の上を渡るれいかと彩乃。

彩乃「(停学に至る事情を聞き終わって)そういうわけなんだ」

れいか「くだらないことでゴメンナサイ」

彩乃「いや、いいのよ。そういうことでしか、人は物事に興味を持たないから」

れいか「そうなんですか」

彩乃「でも、よく見ると、ネアンデルタール人にそっくりよ」

れいか「彩乃さんまで」

彩乃「(笑う)明日はアフリカよ」



38地中海

クルーズを思わせる音楽入ってー。

軽快に海をゆくフェリー。



39船内

待合室のような船内。

れいか、彩乃が入国手続きをしている。



40デッキ

彩乃が、れいかを撮影している。

○海バックのれいかの静止画

れいか、海を見ていて。

れいか「すごーい!」



41アビラ山の威容

船上から望むその山容―。



42タンジェの街並

白い家が多く建っているのが見える。



43旧市街

イスラム風の街。

れいか、彩乃が歩いていく。

以下、彩乃が撮影したれいかの静止画。

○石段バック

○城壁バック

○青い窓の家バック

○イスラムの伝統模様の壁バック



44じゅうたん屋

あざやかに織られたじゅうたんに目を見張るれいか。

彩乃、店主からじゅうたんについて説明を受けたりしている。



45タンジェ郊外

コルク樫の並木。

れいか、彩乃が歩いていく。



46乾燥した風景

緑のない牧草地や畑が延々と、しかし広大に見える。

その背後にー。



47壮大なアトラス山脈



48コルク並木の丘

彩乃、れいか、並んで立っていて。

れいか「あのジブラルタルの洞窟に住んでいたネアンデルタール人も、ここにきたのかな?」

彩乃「ネアンデルタール人は中東にもいたというから、私たちと同じルートで、ここに来て、北ア

フリカ経由で中東に出たのかもしれないわね」

れいか「もし、本当に一万年前までネアンデルタール人が生きてたのなら、今、私たちが見て

いるのと同じ風景を見ていたのかもしれないんですね」

そのれいかの前に広がる広大な乾燥地と壮大なるアトラス山脈。



49ジブラルタル空港・実景



50同・滑走路

駐機しているブリティッシュ・エアライン機の前に一人立っている彩乃。

彩乃「あっ、来た来た」

向こうかられいかが走ってくる。

れいか「ゴイメンナサイ!お土産買ってたら遅くなっちゃって」

彩乃「お土産だったら、昨日、市内の免税店でいっぱい買ったでしょう。今日は何買って来た

の?」

れいか「これ」

と土産物を見せる。

物は陶器製の笛。

英語で「ネアンデルタール人の笛」と書いてある。

51機内

れいか、彩乃、既にシートベルトを締めて座っている。

彩乃「何かで読んだことあるわ。スロベニアの洞窟で4万3千年前に、ネアンデルタール人が作

った笛が見つかったって」

れいか「(離陸前なので、実物は持っていない)ネアンデルタール人て音楽もやっていたんです

ね」

彩乃「アナグマの骨で作ったそうだけど、けっこう、現代の曲でもいろいろ吹けるそうよ」



52同・滑走路

飛行機が離陸する。



53機内

窓からロック山が見える。

れいか名残り惜しそうに見ている。



54ヒースロー空港・実景

スーパー「ロンドン・ヒースロー空港」



55ターミナル・ロビー

座って待っているれいか、彩乃。

彩乃「19時発の全日空便まで時間がないから、ここに座っていよう」

れいか、少し離れた場所を見ている。

彩乃、つられて見る。

その場所に数人からなる楽団がいて、即興の演奏をしている。

彩乃「あれはリバプールの市民楽団よ」

れいか「リバプール?」

彩乃「リバプールはビートルズの出身地」

れいか「ビートルズ?」

彩乃「1960年代に活躍したロック・ミュージシャンのグループよ。今のJ-POPSの源流を作

ったグループと考えればいいわ」

れいか、立ち上がって、楽団の方へ行く。

楽団に近づくにつれて、演奏する音楽が大きくなってくる。

曲はアイリッシュである。

演奏する楽団。

その前で聴いているれいか。

演奏終わって。

周囲の乗客から拍手。

れいか、土産物のネアンデルタール人の笛を示す。

楽団の一人が「吹いて見せろ」の手振り。

れいか、自信なさげだが、笑って笛を口に当てる。

ピッと鈍い音。

楽団員、乗客が笑う。

れいか、照れる。

楽団の別の一人がリコーダー出して、それを吹く。

れいか、真似して吹く。

前より良い音。

楽団員、教えるように吹く。

れいか、見よう見真似で姿勢を正し、静かに息を吹き込み、吹く。

ちょっとまともな音が出る。

なおも練習のやりとりが続く様子を写してー。



56夜空

飛行機が行く。



57機内

暗い機内。

乗客たちが眠っている。

れいかと彩乃、毛布をそれぞれかぶって、隣同士の席で小声で話している。

彩乃「もう乗り遅れるかと思った」

れいか「でも、少しは吹けるようになった」

と笛を出す。

彩乃「(あわてて)ここで吹かないで」

れいか「大丈夫、大丈夫(吹かないから、の意味)」



58目黒川女学館・外観

目黒川の桜は新緑。



59同・教室

Umiが教壇に立って、れいから生徒たちに説明している。

Umi「大学に進学を希望する人は、今月中に奨学金の申し込みを忘れないように。併せて、国

の教育ローン、労働金庫への申し込みも忘れないように。AO入試と指定校推薦組には、合格

時、秋から入学納付金が必要になりますので」



60同・ラウンジ

れいか、みやび、さくらが同じテーブルで語らっている。

れいか「さあちゃん、看護学校に行くんだ」

さくら「東京都の奨学金を受けることにしたの。国家資格取得後、5年間、指定された病院へ行

けば返還しなくても良いから」

れいか「でも、5年間縛られるのはキツイよね」

さくら「でも就職が保障されているんだからいいわ」

みやび「そういうれいれいは、就職はどうするの?」

れいか「来週、敷島製パンの見学会に行くことにしてるの」

みやび「自動車の整備士なんて、どう?さあちゃんの看護士と同じで、整備士資格取得後、就

職してくれるんだったら、トヨタやデンソーが出資している返済無用の奨学金制度があるわよ」

れいか「いろいろ見て回って考えてみる。みやちゅーは、もう大学決めたの?」

みやび「巣鴨大学のオープンキャンパスに行ってみようかと思っている。ちょっと興味がある学

部があるので」

と手元に大仏次郎の「天皇の世紀」が置いてあるが、ここでは長く見せない。

れいか「そうか。二人とも頑張って(と立ち上がる)」

さくら「どこへ行くの?」

れいか「吹奏楽部(と行ってしまう)」

さくら「吹奏楽部(と思い当たることあって)れいれい、ちょっと待って」



61音楽室

吹奏楽部が練習している。

れいかが入ってくる。

咲苗が座ってトランペットを手入れしていて、れいかを見て「うっ」となるが無視して、暫くは背景

となる。

れいか、フルートを手にしている川原せりなのところに行き、

れいか「あのう、部長で桜組の川原さんですよね。桃組の藤宮ですけど、この笛の吹き方教え

ていただきたいんですが」

と例の笛を出す。

せりな「(見て)これはリコーダーね?物は陶器?(触ってみて)これは骨ね」

れいか「えっ、本当に骨なんですか?」

せりな「まちがいない。私は企業研修で、品川の食肉市場に行ってたので、実物は見てきたか

ら」

れいか「そうだったらいいです。これは昔の笛のレプリカですけど、オリジナルはアナグマの骨

だったそうですから」

せりな「たぶん、牛とか豚とかだとは思うけど」

れいか「どうやったら吹けるのでしょうか?」

せりな「穴が四つあるから、3オクターブはいけそうね」

れいか、笛を差し出す。

せりな「あっ、いえ、藤宮さんが吹いてみて」

れいか「だから、吹けないんですけど」

せりな「息だけ吹き込んでみてってこと」

いわれて、れいか、穴は押さえず、口にくわえて息を吹き込む。

音が鳴る。

せりな「上手ね。かなり練習したようね。次は運指表を作りましょう。私がするように穴を押さえ

ていって」

せりな、空で指で押さえる真似をして、れいか、それに倣って、笛を吹いていく。

画面に笛のイラストと音階表が出て、せりなの指示とれいかの演奏に合わせて、ドレミの運指

が表示されていく。

終わって、せりな、バッと紙を示す。

運指表ができあがっている。

せりな「この通り練習して指使いを覚えてね。具体的な曲はその後にしましょう」

れいか「川原さんが教えてくれるんですか?」

せりな「私は忙しいので、そこの木村さんに教えてもらって。同じ桃組でしょう」

背景だった咲苗、ここではじめて顔を上げる。

れいか「(ちょっととまどって)ありがとうございました。とりあえずドレミ、吹けるようにします」

と一礼して出て行く。

咲苗「せりり、なんで私にれいれいの世話を?」

せりな「部活に関する校則にあるでしょう。部員でなくとも、その部の内容に興味がある生徒が

希望したら一通り教えなくちゃいけないって」

咲苗「でも、私とれいれいは」

せりな「藤宮さんが、なぜ、リコーダーを吹きたいと思ったのか、ふしぎでしょう?」

咲苗「ええっ、まあ」

せりな「おそらく、あなたとのことに関係があると思うの。だから、木村さんが面倒見てあげて。

ねっ」

咲苗「(とまどう表情)」



62隣接する神社・境内

御堂の前。

あじさいが映えている。

季節はもう梅雨である。

れいか、運指の練習。

近くにみやびがいる。

みやび「そうなの。ネアンデルタール人の秘密を知りたいんだ」

れいか「(手を止めて)ジブラルタルに行ったら、なんだか愛着が出てね。ネアンデルタール人

がどういうものか知りたくなっちゃった」

みやび「会ってみたくなった?」

れいか「えっ?」

みやび「会えないけど、その人たちが使っていた笛が吹ければ、会ったのと同じことになるかも

と(思ったの?)」

れいか「分からないけど、その人たちのことを知ることができれば、自分のことも何か分かるよ

うな気がして」

みやび「私もこの神社に同じこと感じていたことがある」

れいか「一年のときだね。あのとき、ここが取り壊されて売却されそうになったとき、ここの清掃

係だったみやちゅうが必死に守った」

みやび「どうして、あんなに必死に守ったのか分からない」

れいか「きっと何か見つけたかったんだよ」

みやび「(笑って)その笛、何に使ったんだろうね?」

れいか「音楽を楽しむ?聴きながら踊った?」

みやび「私、れいれいが見てた本、れいれいがジブラルタルへ行っている間に、実は読んでい

たの」

とネアンデルタール人の本を示す。

れいか「えーっ、ちょっとずるい」

みやび「この本によると、ネアンデルタール人は、石器を作るとか、洞窟をそれなりに改造して

生活空間を作るとか、そういう技術面ではすぐれていたようだけど、あまり芸術とかには興味

がなかったようで、アルタミラの見事な壁画を残したクロマニヨン人とは、そのあたりが違って

いたそうよ。だから音楽を楽しむ習慣はなかったのかも」

れいか「じゃあ、なんで笛を作ったわけ?なんで笛が必要だったわけ?」

みやび「実用品を好む人たちだったから、なにか実用的な目的があったんじゃない?」

れいか「みやちゅう、生徒会の巫女さんが来たよ」

巫女装束をした生徒会の一年生が来て、お辞儀をする。

れいか、みやび、お辞儀を返す。



63目黒川女学館・PCルーム

パソコン実習の授業。

だが、咲苗、るう、さくら、一台のパソコンに見入っていて。

画面には、ジブラルタルで撮影されたれいかの写真が見える。

るう「れいれい、凄い。ビューが30万回だよ、UP一ヶ月で」

さくら「れいれい、カワイイ。やっぱり星宮さん、うまいよね」

咲苗「こんなネアンデルタール人のような女のどこがいいのかね」

といって、しまったという顔で、前の方の席のれいかを見る。

れいか、EXELの関数を打ち込んでいるが、手を止めて、すくっと立ち上がる。

咲苗「(向かってくるれいかを見て)な、何よ」

れいか「(咲苗たちの前に来て)ネアンデルタール人といっていただいて、ありがとう」

咲苗「はあ?」

れいか「光栄だわ」

といって元の席に戻る。

ポカーン、とする咲苗たち。



64あるスタジオ

少女モデルがメーク直しをしている。

それを背景に、彩乃がスマホで通話している。

彩乃「そうなの。リヒテンホーフ教授が、れいれいの写真をたくさん欲しいっていってるんだけど

いいかな?(ちょっと話した感じで)あっ、そう。ありがとう。送っとくね」



65あるショッピングモール

れいか、通話終えて、スマホをはずす。

私服である。

みやび「(隣にいて)星宮さんから?」

れいか「そうなの。ジブラルタルで会ったドイツ人の学者が、私の写真が欲しいんで送っていい

かどうかって聞かれたの。送っていいかもなにも、もう星宮さんのサイトで全世界に公開されて

るから、いいですっていった」

そこへケルト風の音楽が聴こえてくる。

れいか、聴こえてくる方向を見る。



66同・ステージ

買い物客らが観ている。

ステージでアイドルらしい女の子が歌っている。

れいか、みやび、後ろの方で観ている。

「アイドルユニットちぇりどる 川上渚」

のポスターが貼ってある。

歌う渚。

聴いているれいか。

歌終わってー。

れいか、物販の方へ行く。

そして、あわててCDを買う。

みやび「どうしたの?」

れいか、握手会の列に並ぶ。

れいかの順番がくる。

渚「ありがとう!女の子のファンて嬉しい」

れいか「あのう・・・・歌ってた曲って、どういうジャンルの曲なんですか?」

渚「どういうって・・・・・アイリッシュだけど」

れいか「アイリッシュ?」

渚「アイルランド民謡のこと。作曲してる先生が好きでね。それで、ちぇりどるの曲、みんなそれ

風なんだ」

時間が来て、れいか、スタッフに引き離される。



67同ストリート

ちょっと人通り多い中を、れいか、みやびが歩いている。

みやび「れいれいがアイドルヲタだったとは」

れいか「違うよ」

と背後から、

渚「さっきはどうも」

れいか「あっ、川上さん」

渚「曲に興味持ってくれてる人初めてだったんで、ちょっといい?」



68あるカラオケ店・外観



69同・一室

れいか、みやび、渚の三人がいる。

れいか、笛を吹く。

渚「(聴いて)たしかに、それアイリッシュ向きだわ。あなた鋭いね」

れいか「(吹き終わって)私はこの笛で、どういう曲が吹けるのか、当時のネアンデルタール人

は、どんな曲を吹いていたのか、それを知りたいんです」

渚「実は、ちぇりどるの曲は全部、私が作っているの。元々、音大で作曲専攻していて、アイリ

ッシュ音楽の研究をしているから」

れいか「そうですか」

渚「アイリッシュ音楽は素朴さが売り物だけど、その素朴さは旋律によって、人間の感情を表し

ているの。それは紀元前からのケルト人の時代から変わらないので、あなたがいうネアンデル

タール人の音楽にも近いものがあるかもね」

みやび「可能性はあると思います。ちょうど、れいれいたちがジブラルタルに行ったとき、ネアン

デルタール人が一万一千年前まで生きていた痕跡が発見されたんです」

渚「へー、そうなの。だったら、ほんの数千年の差だから、双方の音楽に共通の音階とか進行

とかがあるのかもしれないね」

れいか「私はそれが知りたいんです」

渚「分かった。私が教えてあげる。アイリッシュの表現パターンを。怒り・喜び・悲しみ、などを表

すメロディーがどのようなものなのか。少し練習してみよう」

れいか「ハイ!」

以下、渚が自分のスマホで楽譜データーを示す。

それを見ながら、れいかが笛を吹く。

その様子を交互に写しながら、なぜか、最後は楽しげな三人のカラオケ大会。



70ベルリン総合大学・研究室

リヒテンホーフ、パソコンに向かっている。

リヒテンホーフ「(ドイツ語で)彼女はまさしくイブだ」

目の前のパソコン画面、れいかとネアンデルタール人の骨格などの比較3Dを展開している。



71目黒川女学館・グラウンド

生徒たちが体操着で交通誘導の訓練をしている。

スーパー「目黒川女学館では、体育の授業の一環として、警備員が行う交通誘導の訓練も職

業教育のひとつという名目で取り入れている」

れいか、横断歩道に見立てた白線の上を歩いていく。

そこへ「ピーっ」とホイッスルに音。

れいか、びくっと止まる。

自転車に乗ったRikuが吹いている。

れいか、何かに気づいたように。

Riku「藤宮、気づくのが遅いんだよ」

れいか、Rikuのところへ突進するかのように走ってくる。

Riku「な、なんだよ」

れいか「(来て)Riku先生、交通誘導のパターン一通り教えてください」

Riku「えっ?」

れいかとRikuの訓練の模様を写す。

Rikuが鳴らすホイッスルで、れいか、様々な動きをする。



72同・廊下

だるそうに、さくら、るうが体操着で歩いている。

さくら「交通誘導のアルバイトなんかするつもりないのにな」

といってると、後ろから猛ダッシュで、れいかが来て、二人の間を駆け抜けていく。

るう「な、なに?」



73同・階段

これも猛ダッシュで駆け上がっていく、れいか。



74同・屋上

れいかが勢いよく飛び出していく。

ぎらつく夏の太陽が立ちはだかる。

れいか、最初、まぶしそうにしているが、すぐに笛とスマホを出す。

スマホの画面「アイリッシュの表現パターン楽譜」。

れいか、それを見ながら、いろいろ吹いているが、警笛のように短く演奏していく。

被るように、トランペットの音色。

れいかが見ると、制服姿の咲苗がトランペットを吹いている。

曲は「チュニジアの夜」。

咲苗「(吹き終わって)お邪魔だったかな?」

れいか、咲苗を見て。

咲苗、れいかに近づいて。

咲苗「(スマホを見て)アイリッシュね。これを吹いて、何を知ろうというの?」

れいか「ネアンデルタール人が何を伝えようとしていたのか、それを知りたくて」

咲苗、れいかを見ている。

れいか「きっと、ネアンデルタール人は、この笛で何かを伝えたかったんだと思う。危険・天気・

愛・喜び・悲しみ、など」

咲苗、スマホをしばらく眺めて。

咲苗「これくらいだったら、見なくても私が吹けるわ。一通り、私が吹いてみせるから、ちゃんと

聴いていてよ」

咲苗、トランペットを構え、

咲苗「最初は喜び」

と演奏し、

咲苗「次は悲しみ」「怒り」「危険」「愛」と続けて吹いていく。

れいか「(聴いていて)まちがいない。ネアンデルタール人は、その音でいろいろなことを伝えて

いたんだ。でも、どうして、そんな手段が必要だったんだろうか?彼らも話せたはずなのに」

みやびの声「それは彼らの喉の構造に理由があったの」

制服姿のみやびが歩いてくる。

「天皇の世紀」を持っている。

れいか、咲苗、歩いてくるみやびを見る。

みやび「ネアンデルタール人は、喉の構造の問題から、我々ホモ・サピエンスと違って、あまり

よくしゃべれなかったの。具体的には、母音のア、ウ、とかが不得意だったの。だから言葉で伝

えられる内容には限りがあった。それでも彼らの高度に発達した技術は、もっと多くの物事を

伝える必要性に迫られて、その結果、笛が生まれたの」

咲苗「よく思いついたわね。さすがは文学少女でならす星野さんね」

みやび「詳しいことはカフェテリアで話すわ。れいれいも着替えていらっしゃい」



75同カフェテリア

れいか、咲苗、みやびの三人が同じテーブルに着いている。

みやび「私が話を始めるのは、一万一千年前のジブラルタル」



76ジブラルタルの大地

ローズマリーの花が咲き乱れる草原。

そこに藤宮れいか扮するネアンデルタール人のフレイラがいる。

みやびの声「当時、そこはローズマリーの花が咲き乱れる大地で、フレイラというネアンデルタ

ール人の女の子が住んでいたの」



77同洞窟

炉に火が起きており、その周囲で家族が毛皮や肉を加工している。

フレイラも手伝っている。

大家族のイメージ。

みやびの声「ネアンデルタール人は大家族で住んでいたの。フレイラはその中で、すくすくと育

ったわ」

その中に高齢者が横たわっている。

かいがいしく介護するフレイラ。

みやびの声「当時の狩りは荒々しくて、もう働くこともできないほどの障害者になってしまう人も

いたの」



78同洞窟の外

洞窟から先ほどの高齢者を介添えして、フレイラが出てくる。

目の前に地中海が広がっている。

みやびの声「そういう人たちでも、ネアンデルタール人は生涯面倒を看た」



79カフェテリア

れいか「今の日本よりも高齢者や障害者に手厚かったみたいね」

咲苗「ウチも父・母・祖母・妹それに母の弟のおじさんいるけど、いざ、そういう人が出たら面倒

看る気ないな」

れいか「みやちゅう。先に結論を聞きたいんだけど、フレイラがたぶんあの笛を使うんだろうけ

ど、どうして彼女が必要としたか?」

みやび「それはね、ちょうどその頃にジブラルタルに到達した私たちホモ・サピエンスが関係し

ているの」



80ジブラルタルの大地

屈強なホモ・サピエンスたちが弓をつがえている。

みやびの声「クロマニヨン人という人もいるけど、もう完全に私たち人類になっていたわね。彼

らは平均身長が2メートルほどで、狩りの技術も格段に違っていた」

ホモ・サピエンスたち、矢を離す。



81アンダルシアの平原

狩りを終えて、大量の獲物をかかえて歩くホモ・サピエンスたち。

それを遠めに見るネアンデルタール人。

みやびの声「このとき、すでに世界では、ホモ・サピエンスの天下が定まっていて、ネアンデル

タール人は、ごく少数になっていたの。彼らは世界の支配者になっていくホモ・サピエンスを黙

って見ているしかなかった」



82同森の中

フレイラとパレオが出会う。

みやびの声「でも、その中でフレイラは、パレオというホモ・サピエンスという若者と出会ってし

まったの」



83カフェテリア

咲苗「安っぽいラブストーリーはやめてよ」

みやび「いいから聞いて」



84アンダルシアの森の中

何事か必死で伝えようとするが、発生がうまくいかないフレイラ。

彼女の気持ちは分かっているが、詳細な言葉が聞き取れないパレオ。

このシーン、パントマイムで。

みやびの声「ここで、さっきいったネアンデルタール人が、その喉の構造でうまく発音できない

問題が出てくるの」



85洞窟の中

フレイラ、野牛の骨を削いだり、穴を開けたりして、中の骨髄を、取り出し、それを食べている。

みやびの声「二人のこれからを考えるときに、もっと多くのことを話さなくてはならない。それ

で、フレイラは悩んだわ。どうしたらよいかと。そのとき発見したの。パレオと離す方法を」

フレイラ、持っている骨の穴に注目し、口にくわえて息を吹き込む。

音が鳴る。

フレイラ、押さえる穴をかえて、違う音を次々と出していく。



86アンダルシアの森の中

大樹にもたれて、フレイラ、いろいろな音色をパレオに聴かせている。

みやびの声「時間はかかったけど、二人は将来について十分に話すことができるようになった

の。そして」



87ジブラルタル海峡

広がる海原。

みやびの声「二人は新天地へ向けて旅立ったの」

小さな舟で、一本ずつ櫂を持って二人で扱いでいるフレイラとパレオ。

みやびの声「人種が違うので、双方の家族から許されない恋愛だった二人は、ホモ・サピエン

スとネアンデルタール人が共存しているという中東の地をめざしたの」

パレオが扱ぐ櫂を固定している毛皮の帯が破れる。

すかさずフレイラ、自分の腰に巻いた帯を解いて、パレオの櫂に縛りつける。

みやびの声「当時のジブラルタル海峡は最後の氷期が終わった直後の温暖拡大期でね。極

北地方の氷床が溶けて、海水があふれて、とても波が高かったの。それでも二人は、それを乗

り越えてアフリカ大陸に渡った」



88アトラス山脈の麓

広大なアトラス山脈を背景に、二人が歩いていく。



89シリアの草原

フレイラとパレオが立つ。

みやびの声「一年ほどの旅の末、中東に着いた二人だったけど」



90集落

木や小枝で作られた円形住居。

在住者と話をしているフレイラとパレオ。

みやびの声「そこで知ったのは、もう一万年以上も前に、その地にいたネアンデルタール人は

絶滅してしまったこと」



91草原

他の女性たちと野生の麦を積むフレイラ。

ガゼルを他の男たちとともに追うパレオ。

みやびの声「先祖からの伝説を知っていたこの地の人々は、二人をあたたかく迎えたわ。そこ

でフレイラはネアンデルタール人としては大きな変革を迎えたの」



92ユーフラテス川の畔

獲った魚を焼いている。

人々がすすめるが、串で刺した焼き魚をけげんそうに見ているフレイラ。

みやびの声「それまで魚を食べる習慣がなかったネアンデルタール人としてははじめて」

フレイラ、思い切ってかぶりつく。

急いで咀嚼して、そのうまさにニンマリ。



93カフェテリア

テーブルの上に焼き魚。

れいかたち食べている。

咲苗「まさか魚食べてDHAで頭がよくなったっていわないよね?」

みやび「それだけじゃないわ。ユーフラテス川は毎年、大洪水を起こしていたの。そのたびに集

落が水に浸ったり流されたり」



95集落

人々の前で、巧みに魚を捌いているフレイラ。

みやびの声「それまでに魚を捌く技術を確立していたフレイラに、みんなが相談したわ。何かよ

い方法はないかと」



96ユーフラテス川の畔

濁々と流れる大河。

その前に立ちはだかるフレイラ。

みやびの声「芸術性には欠けるが技術レベルは高いネアンデルタール人は、すぐに解決策を

考えたわ」



97別の河畔

パレオたちが土を積んでいく。



98カフェテリア

咲苗「ちょっと待ってよ、それって、中国の夏王朝の始祖・兎の伝説じゃない?」

焼き魚料理は片付けられている。

みやび「似たような話はどこにでもあるということよ。特定の地域だけが進んでいるわけでもな

いわ」

れいか「大体分かってきたけど、そこまで聞くと、結局、フレイラは幸せになれたわけ?」

みやび「それをいう前に、どの時代でも人には苦労がつきまとうわ」



99シリアの大地

乾燥した大地。

みやびの声「ヤンガードリアス期という寒の戻りがあって、世界は再び急速に冷えた。その影

響で、中東の地は乾燥し、野性の麦や狩猟対象の動物が少なくなった。そのとき、フレイラは」

フレイラ、野性の麦を抜き、それを弱弱しくなった太陽にかざす。

みやびの声「野性の麦を植え直す、あるいはその種を撒くという事を発見したの」



100麦畑

不揃いで、荒々しいが、穂に豊かに実をつけた麦が一面に広がる。

それを収穫するフレイラ。

みやびの声「ここに農耕が始まった」



101カフェテリア

れいか「で、それで幸せになれたの?」

みやび「それは今の少子化の問題にも共通することで」



102円形住居の中

横たわっているフレイラ。

スーパー「今回はダメだったようだね」

スーパー「あの種族との間にはこどもはできにくいんだよ」



103シリアの大地

少し盛られた土。

あたり一面、人工的に植えられたと思われる花が咲いている。

その前に立ち尽くすフレイラ。



104カフェテリア

れいか「結局、子孫は残せなかったの?」

みやび「(かぶりを振って)目の前にいる(笑って)」

れいか「(笑う)」

隣のテーブルでノートにメモしている、るう。

れいか「るう、そこにいたのい?」

るう「面白い話だから、メモしといたよ。一応、これでも生徒会の書記だからね」

みやび「(メモをのぞき見て)後で見せてね。きちっと文章にまとめてみる」



105教室

黒板に「終業式の文字」。

生徒たち、一斉に帰り支度。

れいか、カバンを持ったところへ、

みやび「(来て)これまとめたの(手書きの原稿用紙を渡す)」

れいか「(受け取り)わあーすごい。後で読んで見るね」

みやび「帰る前に、川原さんとUmi先生のところに寄って」

れいか「えっ?」



106音楽室

せりな「(紙を渡して)あなたの笛で予想できる会話の音のパターン書いといたわ」

れいか、受け取って。

楽線紙に音階パターンが書いてある。

せりな「それを持ってUmi先生のところにいきなさい」



107職員室

Umi「(座っていて)これを全部、英語に訳してきなさい」

れいか「(立っていて)無理です」

Umi、机の上に「ビジネス文英用例集」の本を出して。

Umi「この本にある文例から似たようなものを探して、あてはまらない単語は辞書で引いて調

べて埋めるの。これが藤宮さんへの私からの宿題よ」

れいか「で、でも・・・・」

Umi「いいこと、インターネットやスマホのアプリの機械翻訳は使わないこと。自力で訳してきて

ね」



108カフェ

スタバのような店。

制服姿のれいか、辞書と「用例集」片手に、必死で翻訳作業している。



109目黒川女学館・廊下

始業式から戻ってきた生徒たち。



110職員室

Umi「(座っていて、レポート用紙を見ていて)いいわ。細かいところは、私が直しておく」

れいか、ほっとしたように一礼して辞去。

Umi、れいかが出たのを見届けてから携帯を取る。

Umi「(携帯をかけながら)あっ、彩乃。今、藤宮さんが例の英文レポート持ってきたから、手直

しして、今夜送るね」



111あるスタジオ(夜)

プリンターからFAXされたレポートが出てくる。

彩乃、それをとってスキャナーに取り込む。

パソコン画面に取り込まれた画像。

彩乃、それをPFDにする操作をする。

画面上で、そのPFDをメールに添付して送る手順が分かる。



112ベルリン総合大学・研究室

リヒテンホーフ、パソコンのメール画面を見て、驚く。



113目黒川女学館・正門

緑門が作られている。

「創立祭」の看板。

多くの人が出入りしている。



114同・廊下

文化祭らしく装飾された様子。

来校者で賑わっている。

その中を企業の人事担当者の一団が、塩屋さくらと吉川るうの案内で歩いていく。



115同・ラウンジ

生徒や来校者で満席。

その中に、れいか、みやび、咲苗がいる。

咲苗、トランペット持っている。

れいか「さなちゃん、ラ・ヴァルス頑張ってね」

咲苗「まかせといて。なんといっても第二・第三主題の主役だからね。ペットは」

みやび「ラ・ヴァルスはトランペットのアクセントがないとね」

れいか「みやちゅう。結局、巣鴨大学のAO入試にしたの?」

みやび「大仏次郎の『天皇の世紀』の評論を出すことにしたの。司馬遼太郎の『翔ぶが如く』と

の比較論でね。明治維新を評価する司馬とそれを否定する大仏との対比を主題にね」

れいか「なんか難しいね。でも、きっとうまくいくよ」

みやび「れいれいは、就職試験どうするの?」

れいか「敷島製パン受けたけど落ちちゃって。今、二社目をハローワークで探しているところ。

正直厳しいけど、卒業まで決まらなかったら、東京しごとセンターの高卒進路未定者向けの就

職支援プログラムを受けてみるつもり」

みやび「今日も企業の人事担当を多数招待してるけど、今回の創立祭見学で心象をよくしても

らっても、求人もらえるのは来年度からの分でしょう」

れいか「いいの。期待してないから。どうせJK見にきてるんでしょう」

咲苗「(立ち上がって)じゃあ、そろそろ始まるから」

れいか「あって、頑張って」

咲苗、急いで去る。



116同グラウンド

制服姿の総勢200名くらいの生徒が整列している。

咲苗たち吹奏楽部が位置に着いている。

来賓席に企業の人事担当者たちが座る。

せりな「(式壇に立ちマイクを持って)ご来光の皆様。この目黒川女学館1、2年生有志による

ダンスプログラム『La Valus』は、大正11年より創立祭で取り組まれているものです。当校は

大正3年に作曲直後のホルストの『惑星』の『火星』『金星』を英国から送られてきた楽譜を元

にピアノ演奏するなど、音楽面で先駆者であり続けようとしましたが、この『La Valus』もまた

作曲と初演の直後、フランスより取り寄せた楽譜を元に当校の楽団及びロシアからの亡命音

楽家小野アンナが振り付けしたダンスによって、世界に先駆けて上演されたものであります。

あの関東大震災の直後にも二回目の開催があり、未だ焼煙漂う当時の東京市の人々に勇気

を与えたものでもあります。このように伝統あります『La Valus』をどうぞ最後までご観覧くださ

いますようお願い申し上げます(と一礼後、吹奏楽団の方へ向き直って指揮棒を執る)」

静かに曲が奏でられはじめる。



117目黒川沿いの道

彩乃、駆けるように。

『La Valus』続く。



118グラウンド

踊る生徒たち。



119正門

緑門をくぐる彩乃。



120グラウンド

序盤の優雅なメロディーに踊る生徒たち。



121廊下

彩乃、急ぎ足



122グラウンド

正調ワルツに踊る生徒たち。



123ラウンジ

れいかとみやび、席を立つ。



123職員室

彩乃、せわしげにUmiに何事か話している。



124グラウンド

踊る生徒たち。

演奏する吹奏学部。



125廊下

れいかとみやび、歩く。

向こう側からUmiと彩乃が来る。

『La Valus』このあたりから前半のクライマックスにさしかかる。

4人、出くわす。

Umi「藤宮さん、あなたのネアンデルタール人のレポートが国際学術会議アカデミー賞とったわ

よ」

彩乃、海外紙を見せる。

英字新聞に英語で「日本人少女、ネアンデルタール人研究論文で受賞」の記事。

れいかの顔写真もある。

れいか、驚く。

 『La Valus』最高潮。



126グラウンド

後半のワルツが崩れるところのアクセント部分を咲苗がトランペットで吹く。

生徒たち踊る。

指揮するせりな、自分でフルート持ち、演奏。



127ラウンジ

『La Valus』続いていて。

れいか座って、マスコミからの取材を受けている。

そのシーンに、雑誌や新聞などの受賞記事が重なる。



128教室

冬服の生徒たちが、ヤングジャンプやスピリッツのような雑誌のグラビア記事を笑って見てい

る。グラビアのモデルはれいかである。



129北陸新幹線が走る

新聞記事「藤宮れいかさんを国立嶺北大学が優先入学で招聘」



130福井駅前

れいかとみやびが出てくる。

『La Valus』終わる。

ロータリーにハイエースが停まっている。

その前に、教授の横井、学生の橋本、三岡がいる。

横井「藤宮れいかさんですね」

れいか「そうです」

横井「嶺北大学の横井です」

橋本「学生の橋本です」

三岡「同じく三岡です」

横井「遠いところをようこそ」

れいか「本日はお招きいただきありがとうございます」

横井「まずは大学へ」

とれいか、みやびをハイエースへ誘う。



131嶺北大学・キャンパス

歩く五人。

横井「どうでしょうか?大学の雰囲気は?」

れいか「正直いってとまどっています。私、就職希望だったので。突然、大学に来てくれ、とい

われても」

横井「就職先が決まったのですか?」

れいか「いいえ、未定です」

横井「だったら進学に切り替えればいい」

れいか「でも、私、勉強できないんです」

橋本「そこは本学入学を決意していただければ、ぼくらが入学前、いや入学後もきちんとサポ

ートしますよ」

三岡「国立大学は研究のために双子を無試験で入学させているくらいですから」

れいか「(まだ迷っている表情)」

Rikuの声「国立大行っても、ヤツの学力じゃついていけないぞ」



132目黒川女学館・職員室

座っているUmiにRikuが詰め寄っている格好。

Riku「1、2年生は一般教養課程が入るんだ。そこで落ちこぼれるぞ」

Umi「そこは何とかするわ」

Riku「Umiが入学前に教えるのか?」

Umi「違うわ」

Riku「じゃあムリじゃないか?」

Umi「ウチの学校の進学率が上がればいいんじゃないの?それも国立大だったら」

Riku「それはそうだ。いつまでも、ここにいられるわけじゃない。公立でも早ければ40代で肩

が叩かれる。Umiも知ってるだろう。都立や県立の40代の教員が、早期退職を迫られて、予

備校の講師になっている例を。その予備校も50代になれば退職だ。教員として生き残るため

には、少しでも実績を上げるしかないんだよ」

Umi「それにしちゃ藤宮さんのこと考えてるじゃない。あなたも結局、めぐじょのOGだったわけ

よ」

Riku「別に私は」

Umi「再開された後のめぐじょが、ただの進学重点校だったら、私はここでの採用は希望しな

かった。でも、めぐじょはそうならなかったから、私は教師として、ここに戻ってきたの。めぐじょ

はどんな生徒でも受け入れて、必ず卒業後の道筋を示して旅立たせる。それが基本よ」

Riku「(聞いている)」

Umi「私たちは、閉校前の最後の卒業生として。いえ、あの大震災で、三月に卒業式ができず

に、五月に卒業式を迎えた世代として、今めぐじょに在る子たちに精一杯の未来を保障すべき

よ。分かるでしょう」

とその机の上に「中一英語を分かりやすく」などの数冊の参考書が積み上げられている。



133ホテル・屋上

福井市内が一望できる。

れいか、みやびがいる。

れいか「巣鴨大学受かったのに付き合ってくれてありがとう」

みやび「これも『天皇の世紀』のおかげだわ」

れいか「『天皇の世紀』てすごいんだね」

みやび「その『天皇の世紀』に 福井の夜 というのがあってね。坂本龍馬が横井小楠と三岡

八郎に会うくだりだけど、一度、打ち切りになったドラマ版の続きをやるときに、大仏次郎が半

ば遺言のような形で、この 福井の夜 からはじめてほしいといったのよ」

れいか「(福井市内を眺めて)」

みやび「なぜかといえば、それは、その夜に、はじめて明治政府―いや、明治国家の形という

ものが語られて、後の歴史が進行したのと同じものが話に出たのよ。つまり、明治政府は、こ

の夜に誕生したの」

福井市内の眺望。

みやび「それを読んで、人と人との出会いが歴史をつくる。そして、その大元が出会った人がそ

れぞれ持っている『考え』だと分かったわ。れいれい」

れいか「(呼ばれて、みやびを見る)」

みやび「あなたにも、きっと自分がそこに行きたい、という道があると思うの。だから、この福井

の旅でそれを探して頂戴。きっと見つかるから」

いわれて、れいか、再び福井市内へ目をやる。



134北陸自動車道

ハイエースが走る。

軽快な音楽入ってー。



135走る車中

車窓の風景を眺めているれいか。



136北陸自動車道

再び走るハイエース。



137手取川・河原

停まっているハイエース。

降りて休んでいる5人。

れいか、背伸びする。

みやび、手取川を見ていて

れいか「みやちゅう、この川も何かいわくがあるの?」

みやび「天正5年9月。ここで織田対上杉の戦いがあったの」



138北陸の古地図

みやびの声「当時、織田信長は越前を手中に収め、上杉謙信は能登に兵を進め、両者の衝

突は時間の問題と思われていた」



139柴田勝家の本陣

勝家を上座に、羽柴秀吉(藤宮れいかが演じる)、前田利家らが居並んでいる。

みやびの声「上杉謙信が加賀を征服するのは不都合と考えた織田信長は、越前在陣に柴田

勝家・前田利家ら3万2千に、中国地方で毛利家と対峙していた羽柴秀吉8千を急行させた

の。でも、ここで秀吉と勝家との間に意見も衝突が」

秀吉「今ここで上杉と戦っても、いたずらに兵を損なうのみ。ここはいったん越前まで兵を引く

のがよろしいかと」

勝家「しかし、それでは上杉軍を越前まで引き入れることにはなるまいか。越前まで入れば、も

はや京の都は指呼の間であるぞ」

秀吉「越前はおろか近江まで上杉軍が来れば、もっけの幸い。上方のお味方を総揃いさせて、

一挙に叩けばよろしかろう」

勝家「右大臣(信長)様のお膝元まで上杉軍を招くのか」

秀吉「ここは敵地。上杉も地の利は心得ておりましょう。しかも相手は日本一ともいわれる上杉

軍。一戦すれば、負けぬまでも完全な勝利は難しいかと」

勝家「お、おのれ、秀吉。この勝家が負けるというのか」

秀吉「このままであっても、いずれ関東の北条が騒ぎ、謙信公はそちらに兵を割かねばなりま

すまい。ここは一時引くのも兵法かと」

勝家「お主、足軽あがりのくせに、わしに兵法を説く気か」

秀吉「勝家様は、足軽あがりのこの秀吉の策が気に入らんと見える。よって、ここは逐電致す」

と床机を蹴って出て行く。

みやびの声「秀吉軍が離脱したことにより兵力は激減」



140手取川

渡河する勝家軍。

みやびの声「それでも勝家は進軍した」

渡河を終えた軍勢。

馬上の勝家。

目の前に堅陣を誇る上杉軍。

みやびの声「でも、そのとき上杉謙信は鉄壁の布陣で待ち構えていたの」

白頭巾の馬上の上杉謙信、軍配を振り下ろす。

勇壮な音楽入ってー。

勝家「引け、引け」

あわてて逃げ出す柴田軍。

手取川へ逃げ込む。

が、そこへ上杉軍の鉄砲隊の一斉射撃。

背後から撃たれた柴田軍、バタバタと倒れる。

みやびの声「柴田軍は溺死者も含めて2千名の戦死者を出して大敗北したわ」



141現代の手取川

みやび「この敗報を知った信長は、あわてて謙信に手紙を書き、謙信公入洛の折は、自分が

扇子一本持ってお出迎えに候と申し送ったほど狼狽したの」

れいか「そんなことがあったんだ。みやちゅう、いろいろ知ってるんだね」

みやび「れいれいも大学へ行けば、いろいろ知ることができるよ。さすがに4年間あれば、どの

ように過ごしてもね」

れいか、手取川を見る。



142手取断層

化石の発掘現場。

横井の説明をれいかたちが聞いている。

横井「この手取断層では白亜紀までの恐竜の化石が発掘されています」

れいか「とてもじゃないけど、恐竜まで手が回りません(笑う)」



143発掘体験コーナー

こどもたちにまじって、道具を持って発掘作業するれいか。

横井「こどもの相手がうまそうだな」

橋本「保育士に向くんじゃないですか」

横井「3年時の職業訓練には資格取得も視野に入れて、保育士コースを選択させたほうがい

いかもしれんな」

こどもたちにまじって、楽しそうなれいか。



144恐竜公園

恐竜のオブジェなど。

れいか、みやびがいる。

れいか「発掘現場でこどもにきいたんだけど、恐竜を現代によみがえらせることができおるか

もしれないんだって」

みやび「恐竜のDNAが解明されつつあるから」

れいか「でも、もし復活しても、それは、ここにあるオブジェみたいじゃなくて、でっかい鳥みたい

なんだって」

みやび「白亜紀末期、もっとも進化した恐竜は、ほとんど鳥と同じような姿だったらしいわね。

知能も霊長類並。つまちカラスくらいにはあったといわれてるわ。人類が霊長類から進化する

までに700万年かかったといわれているから、もし絶滅しなければ始新世の時代までに恐竜

人類が誕生していたかもしれない」

れいか「こうしてみると面白いんだね。大学って行ってみる価値があるように感じた」

みやび「じゃあ決めたの?」

れいか「(うなづく)入学前にもう一度努力が必要だけど」

みやび「れいれいが自分の道を見つけられて、私も嬉しい」

れいか「(笑う)」

そこへ恐竜が現れる。

れいか「恐竜!」

みやび「違うわよ。ノガンモドキよ」

よく見ると放し飼いにされたノガンモドキがいる。

れいか「なあーんだ、ビックリした」

みやび「爆笑!」

二人、ノガンモドキの前で大声で笑う。



145職員室

Umi座っていて、その前にれいかが立っている。

れいか、卒業証書を持っている。

Umi「大学受験の七割は英語で決まるといわれているの。逆にいえば英語を何とかすれば、

大学の一般教養課程は乗り越えられるわ。そのために」

机の上の参考書の山を手でさわって。

Umi「この参考書を持ってフィリピンのセブ島へ語学留学するの。春休みを利用した短期の

ね。そこでは先生は教えてくれないわ。教えてもらうよりも、あなたはこの参考書で勉強する

の。そのための環境を得るための留学よ」

れいか「(うなづく)」



146セブ島・ビーチ

青い海へ駆けていくれいか。



147パシフィック横浜・外観



148同大ホール

「国際学術会議」のタイトルがスクリーンに現れている。

演壇に内閣総理大臣が立っている。

総理大臣「ここに国際学術会議をわが日本に招聘できたことを光栄に思うしだいであります。

今、地球は過去の地質学区分におきまして新生代第四期といわれる時期を過ぎ、第五期とも

言うべき時代に突入しており、また我々人類もホモ・サピエンスと呼ばれる段階から次の世代

へと移ろうとしております。このような時期に本会議において、これからの地球と歴史を検証す

ることは、まことに有意義なことであることはいうまでもないことであります」

司会の女性「それでは本年度の国際学術会議アカデミー賞の授与を執り行います。受賞者は

ネアンデアルタール人のコミュニケーション手段を推理・検証した目黒川女学館高校三年生の

藤宮れいかさんです」

最前列で咲苗、見ているが、れいかが登場したと思えるタイミングで顔が見る見る驚きから笑

顔に変わっていく。

観客、一斉に総立ち。

スターウォーズの「王座の間」のような音楽入ってー。

ネアンデルタール人を思わせるノースリーブの毛皮の衣装を着たれいかが現れる。

場内、スタンディングオーベーション状態。

れいか、進んで、内閣総理大臣より記念の楯を受け取る。

れいか、それを持ってホールへ向かって立つ。

その姿を写して、ストップモーション。

以下、Edテーマ曲入ってー。

スタッフ・キャストのエンドロール。



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