①地球で暮らす上
・基本ラブコメです。
・異星人を題材にしたSFですが、その部分がメインではないです。
・バトル等の要素は低いです。
「うっ……ほんとに転移してる……すごいな……」
初めて意識して経験した転移はエレベータより無感覚だった。
気がついたら自宅の部屋の真ん中に立っていた。
ここには面談する為に入ってきた時と同じゲートを潜って俺の部屋まで来た。
あのゲートはやっぱり転移のものだったのだ。
潜る前にそれを尋ねたら、最初の移動は了解を得たものとして扱われていたらしい。
次から転移する場合は必ず俺に了解を取ってくれることになった。
「これが地球人の部屋か……これは凄まじい!」
「そ、そうですか……掃除したんだけど……」
一緒に来たピョン・シュルは殺気でも感じ取ったように、首だけを動かして少し腰を落として用心深く周り見回す。
何が凄まじいのだろうか。
そんなに汚くはないはずだが、異星人の感想なのだからよく分からない。
「本気で俺の部屋に住むつもりですか?」
「問題ない……」
俺が言った無茶な提案、「見合いのようなものなら、地球とシンメトリー星のお互いの部屋に半月づつ居候して、日常生活する」が受け入れられてしまった結果だ。
ゴゴが途中で入って来てから、『カップリングテスト』が行われる場所について言ってみたら「名案です!」と褒めちぎられてしまった。
ピョン・シュルも渋々でなく、深く頷いて「合理的だ」と納得してしまった。
テストの内容を語る前に即決してしまってこっちが困惑している。
「あっ! 靴履いたままだ!」
「何だ!? 異常事態なのか!?」
俺達は転移して部屋の真ん中に現れたので、リビングのフローリングに靴のまま立っていた。
「あ、いやいや違うんです、部屋では靴、脱ぐんです……」
「それは失礼した!」
お辞儀をするとピョン・シュルの靴が音もなく消える。
異星人が靴を消せることを俺は知った。
多分服も消したり出したり出できるんだろう。
「あ、あの……靴は玄関に置く場所があります……」
俺は自分の靴を脱いで玄関に置いてみせる。
「そこが玄関か……入り口なのだな……」
ピョン・シュルの靴が玄関に置いた俺の靴の横に現れる。
(靴はどこにでも出せる、と)
「あの……消したり出したりは地球人はできないんですよ」
「そうか! 承知した!」
ピョン・シュルは深々と頭を下げる。
俺の住んでいる賃貸マンションは東京のとある街、駅から徒歩10分圏内。
3LDKの風呂ありで、六畳部屋が2つ。
その内の一部屋は自分の寝室。
もう一部屋は3ヶ月前まで友人の末延が居候として住んでいたが、今は客布団以外何も置いていない。
ちょっと広めのリビングには黒いラグを敷いて、その上にちょっと奮発したカナダ産ウォールナットの丸い木のちゃぶ台が置いてある。
壁際にはローボードとテレビ。
キッチンはカウンターキッチンになっていて、小さな背もたれがついた椅子がリビング側に2脚置いてある。
一人暮らしには広すぎるが、友人が居候として住んでいたから狭かったぐらいだ。
「どうぞ、ここに座ってください」
俺はラグの上に座布団を出す。
ピョン・シュルは小首を傾げて座布団を眺める。
「これは飾りではなく……座るものなのか? しかし……」
無地の座布団を飾るものとは不思議な感想だ。
座りにくそうに横座りしたピョン・シュルの生足が太ももまで見え、白くまぶしくて生々しい。
一気に頭に血が登ってしまい、足に目がいかないように努力する。
まさかこの部屋に女性と2人きりになるとは。
見ているだけでこちらが挙動不審になりそうな超絶美女と、半月一緒に暮らすのだ。
ここを出る前に、場合によっては今生の別れになるかもしれないと思って部屋を徹底的に綺麗にしておいてよかった。
しかもエロい物は全て捨ててあるから万全だ。
ピョン・シュルと向い合せに座ると、ちゃぶ台の真ん中に封筒を置いていたのに気づく。
「お、おっと! これ出しっぱなしだった!」
「ん……?」
封筒を握りつぶすようにズボンのポケットに押し込む。
その表には管理人様へと書いてある。
自分が帰ってこれなかった場合の遺書めいたものをちゃぶ台の上に置いていたのだ。
実は管理人には一ヶ月の留守以外は伝えていなかったのだ。
「覚悟をしていたのだな……」
「まさか、中身を、のぞき見しました?」
「悪かったのか?」
「えっと……地球で透視はよくないかもしれないですね……誰もできませんし……」
「閲覧制限がかかっていない書類だったのでいいものかと……申し訳ないことをした。以後透過して見ることはしない」
「いいんです。たいした内容でもなかったですし」
透過してなんでも見えるらしい。
普通に話しをしているが、やっぱり異星人だ。
言葉が通じていることで、何もかもシンメトリー人が理解できているように思っていたけど、そうではないようだ。
こっちが分かっていないように向こうも分かっていないのだ。
とりあえず俺は喉が渇いていたので何か飲みたい。
シンメトリー人は地球の飲み物を飲んでも大丈夫だろうか。
「地球の飲み物はいかがですか? 地球の物を食べたり飲んだりしても大丈夫ですか?」
「おそらく問題はない。味覚も問題ないはずだ。有害な毒物や細菌があれば除去される」
フグの卵巣を焼いて食べたりできるのかもしれない。
ちょっと面白そうだ。
「毒物も大丈夫とは便利ですね! それじゃあ、地球の飲み物を試してみますか?」
「興味はある。よろしく頼む」
俺は電気ケトルで湯を沸かし、フレーバーティーを淹れてみることにする。
「それは湯を沸かす装置……ケトルか? ガラス製のティーポットに乾燥させた植物……これが茶葉か?」
「ケトルはコンセントに挿せば電気でお湯が沸かせます。それと紅茶という茶葉に香りをつけてあります」
ガラスのポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐとほんのりチョコレートのような香りがする。
甘い香りのフレーバーティーは疲れた時に飲むと楽しい気分になるし、癒やされる。
「興味深い!なんと美しい装置だ。それにこの香りは……」
ピョン・シュルは興味深そうに俺が用意するのを眺める。
全くありふれた電気ケトルとガラスのティーポットポッドに、安物のティーカップだが、文化が違うものは珍しいのだろう。
シンメトリーはどういうものを使っているんだろうか。
ピョン・シュルは何かを探るようにティーポットから香る甘い香りを吸い込む。
「不思議な香りだ……私は植物に興味があるのだ……」
「それなら、これは楽しめますよ!」
植物に興味があるならシンメトリーの植物のことも聞けるかもしれない。
シンメトリーではお茶なんかはあるんだろうか。
ピョン・シュルは、潤んだような瞳でティーカップにお茶が注がれるのを不思議そうに見つめている。
「おお、爆発するように香りが……」
「はいどうぞ。熱いので、カップをこう持って少しづつ飲んでください」
俺が一口だけ先に飲んでみせると、ピョン・シュルは恐る恐るカップを薄い唇につける。
「ん……! これは! 不思議な香りが胸に広がる!」
ピョン・シュルは一口分、音をたてずに口に含むと、ふぅと息をついてティーカップを見つめる。
「複雑で素晴らしい味と香りだ。それに甘い……このティーカップもなんという凄まじいばかりの美しさ……」
「ティーカップはありふれたものですけど、フレーバーティーを気に入ってもらえてよかった」
「このティーカップがありふれたものだと!? うむ……地球は恐るべき場所だな……」
ピョン・シュルはティーカップを置いて、目を閉じる。
「気を取られすぎた……まず『ジャミングフィルター』の説明をせねばなるまいな……」
ピョン・シュルやゴゴから何度も口に出されている『ジャミングフィルター』の詳しい説明をまだ聞いていない。
それは地球人の容姿が関係しているらしいということもなんとなく分かってきた。
さっきからの会話でそれが隠し事の一つであり、大きい隔たりじゃないのかと見当をつけていた。
さっそく説明してもらえてこっちから切り出すことにならなくてよかった。
「それを聞く前に、まずは友人として親しくなるために、喋り方をお互いくだけた感じにしたいと思うのですが、どうでしょう?」
秘密を明かす前にまずはそこから。
このままで硬い話しを続けると仕事で交渉してるみたいになって直しにくくなる。
そもそも親密になる前提なのだから、早めに少し友達口調にしたかった。
「私は問題ない。 ただ、私は友人相手でもほとんど口調が変わらない。それでもいいのなら」
「名前も敬称無しで、前の部分だけで呼びあえればと思うんだけど……」
「敬称無し……よし、覚悟は決まった。前の部分で敬称無しもかまわん!」
「それはありがたい! それじゃ遠慮なくピョンと呼ばせてもらうよ。よろしく!」
「う、うむ……よ、よろ……しく……」
ピョン・シュルが少し目をしばたたかせる。
明らかに戸惑って目を泳がせている。
問題ないと言ってくれたんだから、慣れてもらいたいところだ。
「では……『ジャミングフィルター』はシンメトリー人が地球人を見る際のストレスを軽減している……」
「やっぱりそういうことか……」
思った通り、地球人の容姿が問題だったのだ。
恐れとまで言ったのだから予測はついていた。
「地球人の容姿とシンメトリー人の容姿は違って見えているよね?」
「うっ! そ、それは!」
醜いと恐れられているのかもしれないと覚悟はできている。
でも、そこを抜きにごまかして同じ空間で生活を続けるなんてできない。
俺に恐怖を感じるなら聞いておかなくては。
容姿をどう感じているのか話し合っておけば、落とし所を見つけられるかもしれない。
「それを私の口から言えと言うのか……」
「それじゃ、こちらからどう見えているか言った方がいいのかな?」
「わかった……言ってくれ。覚悟はできている」
「それじゃ俺から。俺から見たシンメトリー人の方はみな美男美女ばかりに見える。それも地球人と比べて格段に美しい。俺が今まで見た映像の全てのシンメトリー人が美しく見える」
「なんだと!? 地球で何か噂になっているのは分かっていたが、地球人が異星人との違いについて寛容なだけではないか!?」
「いやいや、寛容だからではなくて、ゴゴも美しく見えたよ」
「信じがたい……」
「ピョンはもっと……その、すごく綺麗で美人に見える……」
「そんなバカなっ!!」
ピョン・シュルは立ち上がって壁にぶつかりそうになり、見えない何かに支えられているかのよな不自然さで静かに座布団に降りてくる。
シンメトリーの技術を使って転倒を防止したようだ。
顔が真っ赤になっていれば照れになるんだろうけど、どちらかと言えば青ざめている。
「バカなことを言うのはやめてくれ……」
「こっちがそう見えているのに気がついてなかったのか。でも嘘は言ってないよ」
「しかし……」
「次はピョン・シュルの番だ。覚悟はできているから正直に言って欲しい。俺や地球人をシンメトリー人がどう感じるのか、何を『ジャミングフィルター』で抑制しているのか」
地球人は動物みたいに醜く見えて、精神的ショックを和らげるために『ジャミングフィルター』を使ってストレスを軽減して平常心を保っている。
野生動物を刺激して怒らせないような感覚で俺を怒らせないように反論しないようにもしている。
それが俺の予想だ。
それならそうと真実を語って欲しい。
「許容できるって言ってたけど、恐怖があるって言ったよね? 俺は何を言われても気分を悪くしたりはしないから正直に言ってもらいたい」
「わ、私からは……すごく……素晴らしく……感じる……」
「え? 素晴らしくって、どういうこと……?」
野生の熊や猪が生命に溢れて素晴らしいということだろうか。
それならまだ落とし所がある気がする。
醜く感じていないなら希望が出てくる。
「私から見た地球人は、許容できないほど、恐ろしいほど、とてつもなく美しく見えるのだ……」
「えっ!? 美しく……醜く見えてるんじゃないのか……」
「醜くなど! 私は自分に劣等感を抱くほど地球人が美しく見えているのだ……気が付かなかったのか?」
ピョン・シュルは目を伏せて時折チラチラと俺を見る。
蠱惑的な空色の瞳が長い金色のまつ毛に遮られ、儚げな表情を見せる。
意志が強くて知的さを感じさせるのに、女性らしい柔らかさを持っている。
その美しいピョン・シュルは、自分が劣等感を感じるほどに地球人が美しく見えていると言っている。
「醜美での優劣などは否定したいが……抵抗できないのだ……」
「それは……俺のことも美しく見えてるってこと?」
「そうだ……今は『ジャミングフィルター』で補正されて幾分違う顔に見えている。それでもそう見えるのだ……」
ピョン・シュルの説明では、シンメトリー人からは地球人が芸術品のように美しく見えているらしい。
老若男女どんな体型でも、不細工といわれる人であっても、恐ろしいほどに地球人はみんな美しく見えるという。
名画を見て感動するように、シンメトリー人は地球人を美しく感じている。
俺が醜く見えていたのではなく、美しすぎて『ジャミングフィルター』で顔をまともに見えなくしていたということだ。
「もし、『ジャミングフィルター』を外すか、補正を軽くして俺の姿を見てもらったらどうなるんだろう」
「どうしてもしてくれと言うのならばやってみるが……」
「どう見えているのか知っておいたほうがいいかと思って。無理がない程度で一度確認してみない?」
「分かった……補正をゼロにする……」
ピョン・シュルは目を閉じてから深く息を吸い込んでゆっくりと吐き、目を見開く。
「うっ! うわぁぁっ!」
ピョン・シュルは奇声を発して座ったまま仰け反って、目の前に腕をかざして俺を視線から遮る。
俺は多分すごく平均的な日本男子だと思う。
醜いんじゃなくて、美しい者への反応だとしたらどう受け取っていいか困る。
「危害を加えるつもりもないよ。目を見て話しをしてみない?」
「はっ、そうだな……話し? そうだ! 話しをしよう! しかし目を見るのは……うっ……」
ほとんど冗談と思えるぐらい過剰な反応だ。
たしかに『ジャミングフィルター』が必要なわけだ。
「わ、わかったよ。『ジャミングフィルター』を俺と分かる程度に調節して……」
「い、いや、これからそれを避けていたら『カップリングテスト』にはならない! 分かってはいたのだ! 私は目を見て話すぞ!」
「む、無理しなくても……」
ピョン・シュルは覚悟を決めたように、前のめりに真正面を見るように座り直し、ちゃぶ台ごしに顔と顔、目と目がまともに合う。
まばたきを我慢しているように、瞳がうるうると光をたたえて涙がこぼれ落ちそうになっている。
(やっぱり超絶美女だ……美女の涙にうろたえてるのはこっちだと言いたい)
「では……よ、よろしくぅぅぅぅぅっ頼むっ!」
ピョン・シュルは異常に上ずって1オクターブ高い声で、座ったまま深くお辞儀をする。
怒っているように見えるたは、単に耐えているだけのようだ。
俺が美男子すぎて怒ることで耐えているということか。
ペットぐらいの地位を覚悟していたけど、もう少しなんとかなりそうだ。
しかし、醜いよりは断然嬉しいが、このままでは大げさすぎる。
俺だって目の前にいるピョン・シュルの美しさに挙不審にならないよう、平常心でいることに精一杯努力している。
「どう考えても俺よりピョンのほうが生き物としては美しくて綺麗だと思うんだけどなぁ……」
「――やっ、やめろっ! そういう発言はやめてくれ……それもダメなのだ」
「え……? 発言?」
「容姿以外にもう一つ『ジャミングフィルター』で別のものに変換するように制御していたものがある。そちらはまだゼロにはしていない……」
ピョン・シュルは目をそらして俺を見ないようにして少し平静を取り戻して話す。
「え!? 匂いとか音とか?」
「地球人の会話と声に説得力や魅力を感じてしまって抵抗できなくなってしまうのだ……」
「まじか……」
「確証を得てはいないが、地球人は無意識でシンメトリー人を精神汚染している恐れがある」
「精神汚染!?」
「うむ……」
容姿が美しく見えるだけでなく、声自体も魅力あるように聴こているらしい。
声の魅力だけでなく、話す内容自体には説得力があるように聞こえてしまい、なにげない会話でも意味があるように感じてしまう。
もしシンメトリー人が、地球人に何か命令されたら抵抗するのが難しく、みずからすすんで従ってしまう。
これについての対策として、容姿と声を変質させて精神に与える影響を減退させる『ジャミングフィルター』が開発される。
『ジャミングフィルター』は実際の地球人で機能テストをしていなかったから完全ではなかった。
今現在同時に行われている『交流テスト』を元に『ジャミングフィルター』はリアルタイムで更新続けているので、機能は徐々に改善されていく過程らしい。
「『ジャミングフィルター』無しでは、まともに会話することが難しいのだ。私が志願した理由の一つはそれを調べるのが目的なのだ……」
「そうか……それで志願なのか……でも、そんなことを俺に言ってもいいの?」
「もう精神支配されているのかもしれないが、それを聞いても支配するつもりは無いのだろう?」
「もちろんだよ!」
「私は人を見る目があると自負している。嘘や偽りがある者は見抜けるつもりだ」
相変わらず俺とは目を合わせないが、この言葉には自信と信念が感じられる。
ピョン・シュルは曲がったことが嫌いで誠実で真面目な人だ。
隠し事だと思っていたことも打ち明けてくれた。
ここまで正直に言ってくれたんだから俺も何か協力できることがあったらしたい。
「他の『交流テスト』でもある程度は『ジャミングフィルター』については話されているだろう……」
「俺も協力することぐらいはできると思う」
科学力は圧倒的にシンメトリーが上なのかもしれないけど、これについては地球人の協力は不可欠なはずだ。
俺はちょっとした質問をしてテストすることを思いつく。
「試しに会話のほうの『ジャミングフィルター』を低くしてどんなことになるか試してみていいかな?」
「そうか……なるほど……テストだな……」
俺の言うことをなんでもきいてしまう。
それが本当なら普段口にしないようなことも聞き出せるんじゃないだろうか。
「もし、俺の意見に抵抗できないなら、軽く確認しておいたほうがいいかなって」
「そうだな。試す価値はある。もう調節したから何か言ってくれ」
「じゃあ、ピョンの好みの男性のタイプは?」
「ちょっと近寄るのはよせ…… そ、それはテストに必要なのか……であるなら言うが……しかし……」
これくらいではまだまともに話せているようだ。
少し抵抗しているけど押したら喋ってくれそうな感じがする。
低くしてこれならゼロならどうなるんだろう。
「ゼロにしてみたらどうなるのかな?」
「し、しかし……うむ、必要かもしれん。試してみよう。……んんっ……いいぞ」
やっぱり少し従順になっているみたいだ。意見が通りやすい。
「じゃあ、ゼロの状態で聞いてみるけど、ピョンの好みの男性についてもう一度聞かせて」
「う、うむ……ゼロなら言っても仕方ない。私は男性に少し興味があるのだが……実は……あえて言うなら経験不足で……何を私は……」
「わーーー待った待った! 言わなくていいよ!」
ピョン・シュルが言い終わる前に遮って止める。
女子にこんなことを全て聞き出したら今後がやりにくいし卑怯だ。
催眠術でパンツの色を聞いてるみたいに卑怯な気がする。
「俺の会話で抵抗できてないのかテストしてみただけだから……」
「き、聞いて欲しい……ぜひ聞いて欲しい。私は男性と親しくなった経験がないので……そのように迫られたら少々おかしく……はぁはぁ……」
ピョン・シュルの膝に置かれた手が震えている。
息は荒くなり、目が三白眼になり、口は引きつっている。
顔面全体が真っ赤になっている。
「わぁーーーーー! それ以上言ったらダメ!」
ピョン・シュルは耳まで赤くなっていた。
俺は卑怯な手段で彼女の情報を聞き出してしまった。
やばい、心臓がバクバクいっている。
『ジャミングフィルター』を低く設定していると否定的にはなれないし、ゼロはやばい。
俺の部屋で『カップリングテスト』をすることになったのも『ジャミングフィルター』がまだまともでなかった段階で話したからじゃないだろうか。
これはやばい気がする。
「ごめん!『ジャミングフィルター』戻して! ほんとに何でも喋ってしまいそうだ!」
「いや、大丈夫だ! 全て言うがままになるわけではない! 気を使わせてすまない! 慣れてみせる。これもテストの内だ。乗り越えてみせる……くっ!」
ピョン・シュルは強く拳を握り決意し、俺と目と目がを合わせてはそらすということを繰り返す。
顔は赤くなり窒息しそうな勢いだ。
「でも、ゼロは無理そうだね……」
「たのむ……失言は忘れて欲しい……」
俺のほうがを赤くして頷くことしかできなくなった。
これは俺に有利じゃなくて、むしろやばいんじゃないか。
自然な好意なんて育みづらい。
うっかりセクハラまがいなことをして従われたりしたら、シンメトリーとどうなるかわかったもんじゃない。
事前にカウンセリングをちゃんと受けておいてよかった。
シンメトリー人を傷つけたり、人権を侵害した場合、冗談ではなく地球存亡の危機になると念押しされている。
ピョン・シュルとは仲良くなれたら嬉しい。
まともに話しができたら嬉しい。
真面目で誠実で可愛いところがあるのが少し分かってきた。
そんな情報より、人としてもっと知りたい。
まずは友達からというところから始めたい。
「最強では全く違う顔、違う声になってるんだよね? 当面会話はある程度『ジャミングフィルター』入れておいたほうがいいようだね」
「たしかに最強にした場合、精神汚染に関して調べられない……当面会話は自動にするしかないか……」
「自動があるならそれがいいかも。もう変な質問はしないから、たまに低くしたりして試して効果をみたりすればデータも取れると思うし」
「容姿はゼロ……会話は自動でやってみる……ンッ……問題ない!」
容姿が無しでは俺の顔をまともに見られないんじゃなかったか。
心配そうに見ていると、それを察知したのか伏し目がちにピョン・シュルが俺の方を見る。
「だ、大丈夫だ……容姿については慣れる……」
視線は相変わらず時折合わせる程度で、基本俺の目は見られないらしい。
ちょっと寂しいが、ピョン・シュルはとりあえず平静を保っている。
「じゃあ、テストをしてみよう……ピョン、鼻の穴に指を入れてみて!」
「ふぅ……声を聞いても大丈夫だ。そんなことをさせたかったのか?」
「ちょっとした冗談です……」
「うむ。ジョークは知っている。ところで、このいい香りのフレーバーティの残りを飲んでもかまわないか?」
「あっ!冷めちゃったね。俺も喉乾いてたんだった」
一時はどうなるかと思ったけど、これでまずはなんとか一安心。
隠し事が減って共有した目的もできたし、いつのまにか沢山喋っている。
実は俺のほうも終始ドキドキしっぱなしだが、それは全く伝わっていないようだ。