③ピョン・シュル
・基本ラブコメです。
・異星人を題材にしたSFですが、その部分がメインではないです。
・バトル等の要素は低いです。
シンメトリー星は地球から15万光年離れた場所にあり、ほぼ地球と同じ大きさの惑星である。
北の巨大大陸、アガウ・レス大陸の中央にそびえるウスガーン山脈の山頂の上空に、50メートル大の不可視の球体があった。
そこがピョン・シュル直轄の機関、ピョン・シュル防衛監視研究機関である。
ピョン・シュルと、後継者であるルルゥ・レリィは、5メートル大の半透明の球体の中央で並んで直立したまま浮遊し、前方を見つめていた。
半透明の球体の中からは、音は遮蔽されていたが、吹きすさぶ吹雪とウスガーン山脈の麓が見えている。
寒風吹きすさぶ絶景を見下ろしながら、二人はワームホールとシンメトリー星で起こる多岐に渡る異常事態を常に監視していた。
「ピョン・シュル様、エリア内立ち入りをグループのみに変更しました」
「ルルゥ・レリィ、オーナー権限で5人をエリアへ入れるようにグループに入れておけ」
「研究エリアのみピョン・シュルグループ管理、権限は一般で、オブジェクト制作のみで」
「うむ……では後はルルゥ・レリィにまかせる。しばらく休憩しろ」
シンメトリーにとって重要機関であるピョン・シュル防衛監視研究機関には、ピョン・シュルとルルゥ・レリィと訓練期間の研究員5人が常駐していた。
中でもルルゥ・レリィは後継者としてピョン・シュルから高く評価されていた。
ツインテールにしたピンク色の髪は可愛らしかったが、金色の目からは人を寄せ付けない猛禽類を思い起こさせる鋭い殺気のようなものを常に放っていた。
「明日は他の者にもオーナー権限を理解させろ」
「承知しました。全員ができるまで眠らせません。では、休憩の前に私が行った旧世代のローリングリスタートの予測を確認願います」
ピョン・シュルの視覚には黒い結晶に文字が書かれた物が数万とひしめき合って色が変わったり回ったりして絶えず動いていた。
モニター等では無く、全てが自分の視覚だけに浮いたように見えている。
黒い結晶で作られた花の動くさまは生命を持っているようだ。
シンメトリーの自然を愛するピョン・シュルは、監視対象をシンメトリー特有の結晶植物のように視覚化して見ていた。
異常事態があればその花が違ったものに見えてくるようにしている。
ピョン・シュルは動く結晶花の文字達を四角い結晶の花一つに変えて左隅に追いやってルルゥ・レリィの視覚化された地図の分布予測を見る。
「ふむ……予測は問題ないようだな。よく対応出できている!」
「ありがとうございます!」
ピョン・シュルは視線を室内に戻し、なにもない空間に腰を下ろす。
腰を下ろすと同時に薄ピンク色をした半透明の球体が現れ、背もたれと座面の部分が凹んでピョン・シュルの身体ふんわりとを支える。
同時にルルゥ・レリィは球体の部屋の中央を水平に横切る形で存在する床らしき場所に降り立ち、ピョン・シュルが座っている場所の横に立つ。
「研究員達には睡眠をもう少しとらせろ。お前は厳しすぎるのだ」
「承知しました。しかしいまだに能力の低い者は不眠で取り組むべきです。一刻も早くピョン・シュル様のお手伝いをできるようにならねば!」
ルルゥ・レリィはピョン・シュルを尊敬し、心酔しきっていた。
後継者としての能力を持つようになった今でも、いまだに追いつくことができないピョン・シュルへの畏敬の念は強くなるばかりであった。
「惑星全ては私でも不可能です。鍛錬が足りません。研究員には覚悟が足りません」
ルルゥ・レリィはピョン・シュルが止めなければ何日でも不眠で自己鍛錬を行ってしまう。
他の部屋で訓練を行っているいまだに能力が追いつかない研究員へのルルゥ・レリィの指導は苛烈そのものであった。
「ピョン・シュル様、ルルゥ・レリィ様、口頭で失礼します! 研究員代表レシ・レシ入ります! お時間です!」
ピョン・シュル達がいる部屋に、栗色で長髪の女性研究員代表のレシ・レシが緊張た表情で入ってくる。
スレンダーなモデル体型をしていて、薄幸そうな細面で、シンメトリー人としては平均値である容姿だが、地球人から見たら絶世の美少女ということになる。
研究員はルルゥ・レリィよりは劣るが、特別な才能の持ち主ばかりで、いわゆる天才達であった。
「私は休む。レシ・レシ 全て手動だ。スクリプトは使うな。別の方法を探せ。指示は後で見ろ」
ルルゥ・レリィはレシ・レシに冷たいまでの無感情で抑揚のない声で指示を出す。
「は、はいっ! 承知しました! 研究員全員、全て手動で確認しています!」
「ふむ……レシ・レシ、こちらに来い……」
二人の会話を黙って聞いていたピョン・シュルがレシ・レシに声をかけ、近くまで呼び寄せる。
「あっ……ピョン・シュル様……」
ピョン・シュルがレシ・レシの頬に手を当て、顔を近づけて目を覗き込む。
「顔色は悪くない……肌も荒れていないな。レシ・レシ……ルルゥ・レリィはな、期待しているから厳しいのだ。私もお前たちを頼もしく思うぞ」
「は! はい! ルルゥ・レリィ様のご指導感謝しています! ピョン・シュル様のお言葉胸に刻みます!」
レシ・レシは頬と耳を真っ赤に染めてピョン・シュルに見とれてしまうが、ルルゥ・レリィもチラチラと横目で窺っている。
ピョン・シュルはシンメトリーを救った知らない者はいない存在であり、研究員達にとっては崇拝に近い憧れの存在であった。
ルルゥ・レリィに関しても、自己鍛錬の厳しさも含めて自分達の姿勢を正す手本として尊敬していた。
「あ、あの……ルルゥ・レリィ様……お休みの時間です……お供は……」
「今日はいい! レシ・レシ、感謝の言葉ではなく結果で示せ。研究室へ戻れ」
ルルゥ・レリィは無表情に首を少し動かしてレシ・レシに退出を促す。
「あっ……はい! 申し訳ありません! 失礼しました! 戻ります!」
レシ・レシは一瞬落胆するように肩を落としたが、すぐに研究員としての目に戻り、姿勢を正して退出する。
ルルゥ・レリィは、自分に対しての感謝や尊敬の言葉に意味を感じていなかった。
能力至上主義のルルゥ・レリィにとっては鍛錬こそが意味のあることだと考えていたし、尊敬する相手には能力でその意を示すべきだと考えていた。
ピョン・シュルが自分や研究員に時折無防備に行うスキンシップに、慰めを求めないように努めて軽く流すようにしていた。
「研究員達はお前同様、私が見つけた者たちで才能がある。お前も分かっているだろう? あせらなくてもいい……」
「ピョン・シュル様は甘すぎるのです! 才能ある者は鍛錬のみ!」
それはピョン・シュルへ近づく為に日々鍛錬する自分への戒めとしての言葉でもあった。
ルルゥ・レリィは猛禽類のような金色の目から鋭い眼光を放つ。
「ふふふ……その目だ、ルルゥ・レリィ。お前がなにより頼もしい。まかせたぞ。導く者としても期待している」
ルルゥ・レリィの肩にピョン・シュルの手が置かれる。
何の気なしに置かれた手がするりと肩を撫でるように滑り、すっと離される。
「は、はい……ご期待に添えるように……」
ピョン・シュルの全てを見透かすような笑みと、肩に置かれた手の一瞬の愛撫で、ルルゥ・レリィの武人のような鋭さが解きほぐされてしまう。
凝り固まっていたつきものが落ち、ルルゥ・レリィの思考が晴れるように澄み渡る。
「少々焦りがあるのかもしれません……」
「ほぐれたか? 少しは私を頼れ。研ぎ澄ますのはいいがな」
「は、はい……ピョン・シュル様を見習ってたまには研究員と交流もしています……」
「ふむ……それはいいことだ」
ルルゥ・レリィがピョン・シュルを真似るように、時折研究員に行う内容が過剰になってきているが、ピョン・シュルの知るところではない。
「では、これをどう思われますか? 例の地球人の新たな資料です」
ルルゥ・レリィは「これ」といってピョン・シュルに空中で可視化された半透明の箱を見せる。
ピョン・シュルの好みを熟知したルルゥ・レリィが箱に結晶花のレリーフを刻んである。
「また公開されている地球の映像か……任せてあったものだな。これは私の案件では無いと判断したはずだが」
「公開資料は十分検閲されています。仮想実験も行っています。ガス生命体のようなことにはなりません」
「私がさせん。当然だ」
数年前にワームホールが原因でシンメトリーで起こったガス生命体の侵略はシンメトリー最大の脅威だった。
ピョン・シュルがいち早く市民の精神を切り離して避難させるという荒業を行わなければ、シンメトリー人の8割が生ける屍のようになっていたのだ。
それ以降ピョン・シュルにはあらゆる特権が与えられ、この機関が設立されたのだった。
「私は接触に反対なのだ。これだけ我々の精神に食い込む地球人は危険だ。ワームホールを一刻も早く閉じることを進言するつもりだ」
「しかし、それにしては地球はあまりに特異です。地球人の姿をどう感じますか?」
地球の存在がシンメトリーで公にされ、シンメトリーでは地球ブームが巻き起こっていた。
その熱狂ぶりは地球がシンメトリーのメッセージを受け取った際のパニックや騒動の比ではなかった。
シンメトリー人が地球の人類を見て驚愕したのは、シンメトリーとは違う科学や文化等ではなくその容姿だ。
地球人が自分達と同じような生命体でありながら特異な存在であることにシンメトリー人は衝撃を受けていたのだった。
「要人の幾人かは見たが、確かにシンメトリーの多くの者の感情は否定はしない。だが、お前のような者が私に勧める事自体が異常だ」
「異性としての男性についてとう思いますか?」
「なんだ唐突に。肉体的な能力に関して女性との差異はあって当然だ。また交配に関しても男性抜きでは不可能だ」
「ピョン・シュル様であれば、地球人を見ても影響はないかもしれません」
「精神汚染か……」
「そうとも言い切れません。彼の資料はシンメトリー全てに公開されています。私の案件ですが、ピョン・シュル様も一度見てください」
「一般市民ケンジだな」
「今は彼の話題で持ちきりです」
「たしかに影響は無視できんな。気が緩んでいたのかもしれん。ルルゥ・レリィの進言受け入れよう。見ておく……」
「いえ! 本来私が終わらせるべきことです!」
「この花のレリーフは美しいな」
「はっ!? はいっ! 美的感覚が磨けずに……鍛錬が足りず……」
ルルゥ・レリィが恐縮しつつ退室した後、ピョン・シュルは半透明のベッドに横になって、結晶花のレリーフが刻まれている閲覧制限マークがついたブロックに視線を落とす。
それはルルゥ・レリィがまとめた地球人の一般市民としてケンジが会話をしている資料映像のリンクだった。
(これが噂になっている映像か……見てみるか)
映像を見るには見ると思うだけで再生される。
今ピョン・シュルが見ようとしている映像は、全シンメトリー人に公開されているものなので再生するための認証等もない。
(これは……なんなのだ……これが公開されていたのか?)
ピョン・シュルは映像を見てすぐにその特異さに絶句する。
それはケンジが取引先の女性に紙詰まりをおこしたコピー機の紙を取り除く方法を説明している映像だった。
オフィスのセキュリティ対策で付けられているカメラで撮られた映像で、比較的高画質で表情まではっきり確認することが出できた。
「えっとですね、ここです。このカバーを開けて、上まで開けて止めて、詰まった紙を取り除くわけです」
「ほほう……なるほど! 意外と簡単そうですね!」
「そうですね、ここに巻き込んだ場合もこのように可動部分が上がるようになっているので」
(機械の操作説明をしているのか……!?)
「どうです!」
ケンジが笑顔で腰をトントンと叩いて伸びをする。
コピー機が動き出して紙がトレイに出てくる。
「ああ! 出てきました! 直りましたね! 山田さんすごい!」
「まーご自分でできると思いますけど、トラブルの時は事務所も近いですし、いつでも呼んでください、手が空いていれば駆けつけます!」
「助かります―ありがとうございます」
「いえいえ、いつでも! 俺は女性には優しいんです!」
「あははは……」
女性が棒読みのような笑いで返す。
「その笑い……ひどくないですか?」
「冗談ですよ~本気でありがたいです!」
「んじゃ、またいつでも! 俺はこのへんで!」
「どうもです!助かりました!」
動画はここで終わっていた。
会話の無い部分はカットされている。
地球人が見たらありふれすぎていて、特に感想もない退屈な映像だ。
だが、なぜかこの映像が地球の映像としてシンメトリーで評判になって広く知られている映像だった。
(これで終わりか? 先はないのか……? なんなのだこの男は!)
ピョン・シュルは起き上ってベッドの縁に座り、肘を膝につけて、軽く握った右手に顎を置き考えこむ。
(この男がもし、仮に私に何かを……いや、大体この女は恐ろしく……しかし、このケンジを恐れもしていない)
「他の映像も確認する必要があるな。これは一般には閲覧不可のものか……」
ピョン・シュルはシンメトリー星の防衛において迅速に行動を行えるよう、上位の情報を自由に閲覧する最上位権限を持っていた。
情報を閲覧した際の履歴等も残らない。
ピョン・シュル防衛監視研究機関のオーナー権限を持つピョン・シュルの代行者であるルルゥ・レリィに関しても、ピョン・シュルが許可したものという条件付きではあるが閲覧制限は無い。
「こちらはまだ不完全だが『ジャミングフィルター』を手動で調整しながら見る必要があるな……」
ピョン・シュルが閲覧制限の掛かっているブロツクの一つに視線を向ける。
(会食映像か……それぐらいなら問題あるまい)
それは浜辺でケンジが男友達とバーベキューをしている映像だった。
カメラはまず、脚付きバーベキュー用のコンロの上では肉やとうもろこしが焼かれている所を映し出す。
(これが地球の食べ物なのか……奇異だな)
続いてカメラが引いて男二人が海パンでコンロの横に立っている映像になる。
(うっ! なんだ!?)
「はーい、ケン、末っち、俺の3人でバーベキューin河原! 女子はなし!」
カメラを持っている人物のナレーションが入る。
「撮ってるの? じゃ、はーい末っちあーんしてあーん、熱々だよ~うまいよ~」
鉄串に刺された輪切りのとうもろこしを、ケンジが末っちと呼ばれる男にの口に無理やり押し付けようとする。
「えっ! あ、あーん、あっ! あ、熱ぅぅぅぅぅ!」
末っちは、とうもろこしが口に付いた瞬間、あまりの熱さに砂地の地面に転がる。
「「あはははははっ!」」
ケンジとカメラを撮影している人物の笑いが重なる。
「ケンジやめてって! 熱くて軍手いるような物をあーんとか芸人違うわっ!」
「ちょー、カメラ切る。俺も肉食べる!」
カメラを撮っている人物がそう言うと映像が切れる。
これはSNSに投稿された低解像度の動画だった。
(この者達は何をしているのだ! 私達と同じだとはとても思えない!)
ケンジは青と黒の海パンだけで上には何も身につけていない。
末っちと呼ばれるケンジの友人末延は上半身は黄色いパーカーで下半身はグレーの海パン。
身長は160センチぐらいで小太りの猫背、鼻が低くて目は一重で口は大きい。
地球の感覚でいうと「モテナイ」類の顔だち。
(この男達に隣に立たれたら、私は精神汚染から身を守る術はあるのだろうか)
ピョン・シュルは映像を見るのをやめて軽く握った手に顎を置いた姿勢のまましばらく考える。
(閲覧制限がかかっているはずだ。こんなものが公にされたら……)
「容姿なのか……?」
ピョン・シュルの容姿はシンメトリーで美しいとされていたが、それは客観的評価であり内面とは関係ないことだと思っていた。
英雄のように言われることに関しては、シンメトリー人を救ったことに誇りをもっているので受け入れている。
人は人格や能力で判断されるべきで、容姿の醜美で人の価値を判断するのは愚かなことだと思っていた。
植物等、自然界の醜美は人間の価値観とはかけ離れたところにあり、人の醜美感は自然界とは違ってしまっている。
それ故にルルゥ・レリィの能力を第一に考える苛烈な性格も好ましく感じていた。
「汚染されてゆくようだがもう一度確認だ」
ぶつぶつつぶやいて、ピョン・シュルはもう一度映像を再生する。
(この映像は見るに耐えないと感じてしまう……彼らは特異すぎる……)
「私が醜美で人を価値判断しているのか……彼らは自然界に存在する生物だ。しかし……」
ピョン・シュルはベッドに寝転がり、仰向けになって目を閉じる。
シンメトリーの監視は常時意識してするものではない。
自分の思考を邪魔されることなど無い。
(末っちなる人物もそうだが、ケンジ・山田は特異だと言わざるをえない。それにあの声)
ピョン・シュルは振り払うために目を閉じるが、一度受けた映像の衝撃を振り払えない。
(映像が頭から離れない……この感覚は精神汚染だ……)
「これを理由にワームホールを閉じても何も解決はしない……」
シンメトリーの英雄、ピョン・シュルが『カップリングテスト』に志願したことはシンメトリーで騒ぎとなる。
公の場でピョン・シュルだけが『カップリングテスト』に参加することを公表され、他の志願者19名はあくまで匿名で行われることとなった。
そして、公の場でのピョン・シュルの声明が出される。
「シンメトリー人として最も危険な地球人との『カップリングテスト』は私が受けなければならない!」
(私の感覚は私が直接調べるべきだ……正体を暴いてやるぞ)