②咬み合わない会話
・基本ラブコメです。
・異星人を題材にしたSFですが、その部分がメインではないです。
・バトル等の要素は低いです。
「失礼します!」
隣の部屋に入る。
置かれているものは黒いソファー2つと木のテーブルで、ゴゴがいた部屋と全く同じ。
俺の希望した人物が無表情で背筋を伸ばして立っていた。
(まじか! 彼女になったのか!)
最初に渡されたシンメトリーからのテスト参加者のリストの写真を見た時、俺の心臓は高鳴った。
彼女の写真があった。
彼女はこのテストに参加していたのだ。
地球にシンメトリーから最初に送られた映像に映っていた2人の女性と1人の男性は、ネットでファンサイトが沢山出来ている。
後から公開された他の映像で彼女達は写ってなかったが、その美しさのインパクトは大きかった。
俺が一目惚れした彼女は、今や地球の誰もが知っている有名人かつ、最も人気のある女性だった。
『交流テスト』での彼女の競争率は間違いなく最も高かったはずだ。
その競争に勝ち抜いて、映像でしか見ることのできなかった彼女が目の前にいる。
1メートル程の至近距離で彼女を初めて見て俺の頭は真っ白になってしまった。
(あまりに美しすぎる!!)
「私はシンメトリー星のとある機関に所属するピョン・シュルだ。平たく言うと軍人のようなものだ。まずはテストの説明の前に確認をさせてもらう」
ピョン・シュルは俺と視線を合わさずに少し下を見て話す。
金属のような光沢のある金髪。
反射してキラキラ光る空色の瞳。
引き締まった身体でありながら柔らかそうで、くびれた腰の上にはボリュームのある胸。
知的で強い意志を持ちつつも、女性らしい柔らかさを兼ね備えた超絶美女。
そして、その背筋の伸びた立ち姿の美しさには、教養や生き方までにじませているようだった。
俺は、話しかけられているのに突っ立ったまま言葉を発せられず、そのオーラのようなものにやられて茫然自失となってしまっていた。
(この美しい異星人は息をして動いてる……人形じゃない……)
ピョン・シュルが返事をしない俺に不信を抱いたのか、視線を下をから上げていき、ピョン・シュルの顔を凝視していた俺の顔あたりで目と目が合ってしまう。
「あっ! すみません……」
「――な、なんだと!?」
ピョン・シュルは眉間に皺をよせて目を見開いて肩をいからせ、冗談かと思うぐらい身体をのけぞらせる。
(え!? 何をそんなに驚く!?)
「し、失礼!」
彼女は視線を外して着衣の乱れを正し、大きく息を吸い込んで俺をもう一度見直す。
どうも俺の顔を見て驚いていた気がする。
ゴゴは地球人の容姿がシンメトリー人と違うと言っていた。
シンメトリー人にしてみたら地球人の顔は何か違うのかもしれない。
「私の口調は少し硬いかもしれない。それは元々の性格ゆえだ。できれば許して欲しいのだが……」
口調はたしかにちょっと硬いかもしれないが嫌味は無い。
それよりも耳に心地いいよく通る美しい声。
声まで美しいとは、シンメトリー人は完璧すぎるんじゃないか。
「あ……あの……」
喉にはりついてまだ言葉が出てこない。
ダメ元で彼女を希望していた。
芸能人並みにテレビで何度も見ていた憧れの一目惚れした相手が目の前にいる。
映像で見ていたどころではない知性を持った超絶美女に圧倒されている。
「どうかしたか? 先程から返答がないが、地球の流儀なのか?」
「あ……い、いえ……ちょっと見とれて……軍人さんなんですね。あなたの口調は聞き取りやすくて心地いいぐらいです。俺は地球の一般人代表でケンジ・山田といいます」
常識範囲外な超絶美女のピョン・シュルと目を合わせながらもなんとか挨拶できた。
人と話すのは男性であれ女性であれ苦手な方ではなかったはずだが、心臓がバクバクと高鳴って、過度に抑制した低い声になってしまう。
「失礼! 『ジャミングフィルター』のレベルを調整させてもらう!」
俺の動揺をよそに、ピョン・シュルは目を見開いたまま硬直し、あらぬ方向をみて身体をびくりと一度震わせる。
「実物は手強いな……」
ピョン・シュルは姿勢を正してから聞き取れないぐらい小さめの声でつぶやいた。
「な、何ですか? ジャミングって?」
「シンメトリー人と地球人との円滑なコミュニケーションを図るための処置だ。後々説明はさせてもらう。まずは座って欲しい」
ピョン・シュルと対面しているソファーに座る。
会話の為のものだろうか。
ジャミングなんとかは、まともに会話をするためにはやっぱりややこしい調整が必要なんだろうか。
俺はただ日本語を喋っているだけだが、会話が普通にできるだけで凄まじいことだ。
これは科学が相当進んでいるということだなんだろう。
ソファーの間に置かれた低い木製テーブルが小さいせいもあり、お互いの距離が近くなる。
おかげでピョン・シュルの長いまつ毛の色まではっきり確認できてしまう。
空色の瞳に映った室内の光が反射して揺れる様があまりに綺麗で、瞳を凝視してしまう。
(瞳が透き通って水滴みたいだ……まつ毛の色が金色で長いな……)
凝視していたらピョン・シュルと目と目が合ってしまう。
「うっ! 失礼。フィルターの調整をする」
俺の目線に気づいたピョン・シュルが、また中空を見て身体を硬直させる。
(う、見てたのバレた!)
「ああっ! すみません! 目を凝視してしまいました!」
「――んっ! よし! もう問題ない!」
(うわっ、すごい不快そうな顔してる……怖がられてる……?)
「まず最初に確認事項の一つとして、聞きたい。私の容姿については許容できるのであろうな?」
ピョン・シュルは、一瞬だけ目を合わせるが、すぐ目線をそらして険しい顔をする。
「あ、その、はい、あなたは綺麗だと思います!」
「……どういうつもりなのだ!? 私は許容できるかできないかを尋ねたのだ!」
ピョン・シュルはイライラしたのか、より一層険しい顔になり、押し殺した声で問いただす。
「あ! す、すみません! 他意はありません、許容できます!」
「いや、それならばいい。許容できるならかまわない」
綺麗と言ったのは余計だったかもしれない。
仕事では女性に言ったらセクハラに取られたりもするから注意してるのに、つい本音を漏らしてしまった。
いきなりの失態をしたかもしれない。
でも、地球人の容姿はどう映っているんだろう。
こっちが綺麗と思っていたら向こうはどう感じているのか。
「それではこちらの容姿についてはどうですか?」
「問題ない……」
「そ、そうですか……」
問題ないというニュアンスは微妙だ。
些細な問題か、大きな問題か、容姿に関しては何か問題があるんじゃないだろうか。
せめて大きな問題でなければいいんだけど……。
「ではテストの間よろしくお願いします。地球とシンメトリーとの友好の為にできるだけいい結果に導ければと思っています」
俺は笑顔で答える。
いつも仕事でもできるだけ嘘はつかない方針だ。
お互いウインウインの関係を心がけている。
綺麗事ではなく、こっちが得をしたら相手もよかったなと思ってもらわないと。
一方的にこっちだけが利を得る関係は長続きはしない。
「いい結果とはなんだ……」
ピョン・シュルは、不審そうに尋ね返してくる。
聞き返されるほど難しいことは言ってないはずだが。
「いや、最終的にどんな形になるにせよ、少なくともあなたといい友人となれたらと思っています」
「いい友人にか。それは本気で言っているのか?」
テストが終わったらどうなっているのか分からない。
しかし、それぐらいは思わないとわざわざこんなところまで来たりはしない。
「もちろん本気です! でないと志願しませんよ」
「それならば私もできるだけ許容する努力はしよう」
彼女は明らかに気落ちしたような表情を見せる。
こっちの容姿をできるだけ許容する努力をさせるとは先が思いやられる。
「では内容についてだが――」
「あの……テストの内容の前に私から質問をさせてもらいたいんですが……いいですか?」
「ん……なんだ?」
俺は『交流テスト』を行う過程でいくつか違和感あって、気にかかっていたのだ。
まず一つ目の違和感は、一般人の志願枠は、たしか50人だと聞いていたはずだったけど、ピョン・シュルを選んだ時に見せてもらった資料のシンメトリー人の写真の数が20人だったことだ。
ピョン・シュルの写真があったことで舞い上がっていたから、その時は特に聞いたりはしなかった。
しかし、後になってどういう理由で20人まで絞られたのか疑問が湧いてきた。
単に先着順にしたら、現在地球で一番人気のピョン・シュルが残っていたのはおかしい。
もう一つは、もし俺がテストに参加する前に辞退した場合に、人員の補充は行わない――とシンメトリー側が言っていることを地球側でのカウンセリングの時に聞いたことだ。
単に参加者全員にそう言っていて、再選考はしないだけなのかもしれない。
しかし、200ときりのいい数が199とか170とかになってもデータとしてはいいんだろうか。
もう一つは、さっきゴゴと一緒に面談した部屋を出て振り返って扉をみたら201と書いてあった。
『交流テスト』は200組ではなかったのか。
201だったら俺が辞退しても200になる。
恐らくシンメトリーでも重要人物であるピョン・シュルがここにいることを考えれば、これが他の『交流』テストと同じでは無いのでは。
それならこれは何なんだろう。
「かまわない、言ってくれ」
「このテストは200組で行われる『交流テスト』で合ってるんですよね? 扉には201と書かれていたし、どもう違う気がして……」
「やはり! 知らされていなかったのか! それで私を希望したということか……なるほど」
ピョン・シュルは腕を組み、口角を上げて不敵な笑みになる。
「やっぱり他の目的があったのか……」
「詳しい事実を知らされていないのであったなら、異星の要人に興味を持って私を指名した理由に得心がいく!」
「え!? どういうことですか?」
「あなたが受けるテストは『交流テスト』と同時に行われる『カップリングテスト』だ」
「カップリング……? それはいったい……」
「『交流テスト』の200組とは別口に201組目として行うテストだ。地球人とシンメトリー人の男女が一ヶ月間で友人以上にどこまで親しくなれるか、『見合い』をしてどういう感情が生まれるか等のテストを行う」
「見合い? な、なんだって!?」
「伝えていたら辞退される恐れがあるからだろう……こちらの不手際を謝罪する」
ピョン・シュルは深々と頭を下げる。
「事前にシンメトリーの志願者の中から20人の選抜された適合者の写真を見たであろう。あれは全て『カップリングテスト』の志願者だ」
俺は20人の写真は流し見しかしていなかった。
第3候補まで希望を書ける書類になにも書かなかった。
指名を1人に搾ったら第1候補のピョン・シュルにしてくれるんじゃないかと思ったからだ。
彼女以外なら希望は特にない。
誰でもいいと思っていた。
「他の候補としてあなたが誰も指名しなかったのは、要人として映像で露出していた私をどうしても指名したかったというところであろう」
ピョン・シュルの無感情な瞳が俺を貫くように射抜いていた。
努めて平静を装って感情を読めなくしている公の顔。
俺はピョン・シュル鋭い視線の中に、気のせいかもしれないが、失望のようなものを感じていた。
俺に対しての失望か、自分か自分達の失態への失望か。
「『交流テスト』の枠での希望ならば私以外の別の者を選んでくれ。201組としても組み直せるよう言っておく。隣の部屋にいるシンメトリー人のゴゴ・グドグレミシに言うといい」
そう言うとピョン・シュルはそそくさと部屋から出ようとする。
「――ちょっと待って!その『カップリングテスト』受けます!」
『交流テスト』に志願した最大の理由はピョン・シュルに一目惚れしたことだ。
実際にピョン・シュルに会ってみて、美しいのに驚いたが、内面も魅力ある女性に感じる。
実直ではきはきして誠実な人に感じる。
もっと少し知り合ってどういう人なのか知りたい。
友人となって、あわよくばもっと親しくなりたい。
『カップリングテスト』が見合いに近いなら、願ってもないチャンスというのが正直な気持ちだ。
この尋常でない美しいピョン・シュルが、何を考えてどんな人なのかをもっと知りたいと思った。
「そうか。ならば、ゴゴが『カップリングテスト』用の資料を持っている。選び直してくれ」
「その必要はありません。『カップリングテスト』はあなたでお願いします!」
「なんだと!?」
「私は一般人なので、要人とか軍人の部分に惹かれたんでは無いですよ! もとも個人としてのあなたに興味を持ちました」
「私に興味!? 意味が全く理解できないのだが」
「あなたに直接お会いして、誠実な人だと感じました。できればもっと知り合って話がしたい」
「誠実? 何を言っている……」
ピョン・シュルは目を見開いて一言で言えば、『絶望』のような表情になる。
容姿に違和感があるか、醜いと思っている地球人に見初められたことが恐ろしいのか。
でも、それならなぜピョン・シュルはこの『カップリングテスト』に志願したのか。
「『ジャミングフィルター』を素通りしているのか……?」
ピョン・シュルはまた『ジャミングフィルター』というのを調節しているらしい。
会話を調節するものではなく、衝撃的なことがあったら調整するのだろうか。
「あなたがここにいるということは、この『カップリングテスト』に同意はしているんですよね?」
「シンメトリーの一般人も志願しているのだ。軍人の私が恐れて見ないふりなどできない……」
(恐れてって言ったぞ……)
「つまり、自ら地球人との交流を望んでと言うより、他のシンメトリー人が犠牲にならないように志願したってことですか?」
「いや、自ら交流を望んでの志願だ。それは間違いない」
言えば言うほど犠牲的精神で志願したように聞こえてくる。
そこまで悲壮にされるとピョン・シュルを強引に指名するのが可哀想な気がしてきた。
この勢いでは、今更ピョン・シュルが降りることは無いだろうけど、選択の自由はあると言っておこう。
「もし、どうしても無理なら、こちらから変更をお願いする形でもいいですよ……」
「私の意思で変更することはない。だが、あなたが私に嫌悪を覚えるなら他の者を選べばいい」
(け、嫌悪? そこで俺が嫌悪? 恐れてって言ったのはそっちだよね……)
「嫌悪なんて無いですよ! それよりあなたは私に対して恐怖心みたいなのは無いですか? 正直に言ってください」
「恐怖はある。だが問題ない。あなたの容姿は私ならば許容できる。私はそのようなことで人の価値を測りは……しないのだ……」
(恐れは容姿の問題だったのか! 俺の異星人への恋は終わったのか?)
あまりに整った美しすぎるシンメトリー人達から見たら地球人は猿ぐらいなのかもしれない。
しかし、猿ならまだいいが、不気味なクリーチャーに見えていたら目も当てられない。
でも、容姿に問題はあるが、なんとか努力すると言ってくれているんだから、ネガティブになっても仕方ない。
めげていたら志願した意味が無い。
『交流テスト』では地球とシンメトリーが友好的な関係にというのが最も重要な使命だったけど
これは見合いのような『カップリングテスト』だ。
俺としてはピョン・シュルと仲良くなるために攻めでいこう。
恋は終わっていたとしても、テスト終了後に、友人ということで話ぐらいできる関係になれるかもしれない。
「わかりました。ピョン・シュルさん。問題ないのでしたら、カップリングテストはあなたを希望します」
例え恐れられていても、相手に好意を持っていることをなんとなくでも伝えるのだ。
自分の意思は伝えなくては何も始まらない。
「うっ……私の名前をその口から……」
ピョン・シュルの顔から血の気が引いて真っ青になっていた。
(うわー……)
俺から名前を呼ばれるのも嫌なのか。
これは地球人全般への嫌悪なんだろうか
シンメトリーと地球の友好はかなりやばいのかもしれない。
いや、だからこそ、そこは前向きにいかないと。
「あの……名前を呼ぶというのがシンメトリーで一般的ではないのでしたら他に何とお呼びしたら」
「名前でかまわない……すまない……あなたの口から私の名前を聞いて動揺しただけだ」
「そ、そうなんですか? ではピョン・シュルさん、とりあずこれから一ヶ月毎日話すことになるのですから、無理なく少しづつでいいのでお互いを分かり合いましょう!」
「――う、うぐっ! ま、毎日……承知した」
(今「うぐっ」って言ったよね。そんなの言う人初めて聞いた……)
ピョン・シュルの額やこめかみから汗がどっと噴き出している。
汗をかいているけれど暑そうには見えない。
これは冷や汗なんだろうか。
青ざめた顔色が心配になり、近寄らない程度にうつむいているピョン・シュルを下から覗きこむ。
「だ、大丈夫ですか!」
「な、何をする! すまないがしばらく失礼する!」
ピョン・シュルが勢い良く立ち上がって部屋から出て行く。
そんなにまで耐えられないのだろうか。
容姿に問題はあるにせよ、それだけじゃない隠し事をされている気がする。
◇
隣の部屋でピョン・シュルは壁にもたれて肩で息をしていた。
「これだけ音を変えてもジャミングを飛び越えてくるとは。それにしてもまさか本当にケンジ・山田になるとはな。他の者なら面談だけで辞退しようと思っていたのだが……」
ピョン・シュルは顔を壁に持たれて腕を組み、ぶつぶつと独り言を言う。
「私の感覚を試されているようだ。しかし屈してはならん……」