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いつも一緒  作者: 夏帆
9/12

想いを言葉に

バンドやバイトに明け暮れている俺。実は受験生だったりする。自分で言うのもなんだが、もともと勉強しなくとも良い成績を取ってきた天才型の人間だ。だから、こんなにぎりぎりまで受験勉強なるものをしなかった。

今、俺が手にしているのは校外模試の成績。志望校である県外の難関私立大の名前の隣に印刷された「D」の文字。これは一体どういう事だ。

俺は何度も、A4サイズの紙を見直す。当然、結果は変わる訳もなく。勉強不足のせいで成績が落ちた事実を受け止めざるをえなかった。まぁ・・・これまで食い繋いできたストックが切れたのだろう。自覚できるくらいに、ここ半年以上は勉強してこなかった。夏実と話せなくなっても半年は、それなりに参考書くらいは開いていた。けれど夏実との「K大へ行く」って約束、もう守る理由がない。そう気付いてしまってから、努力は一切やめた。どうでも良かったんだ、何もかもが。自分の将来だって興味を持てなかった。

教室内にはクラスメイトの声が飛び交い、結果について話していた。どうも結果が良かった人間が多いらしい。受験大学のランクを上げるかどうか、なんて言葉が聞こえてくる。

「やべ・・・勉強しなきゃな」

勉強って正直、嫌いなんだけど。ひたすら問題を解いて、とりあえず難関の大学を目指すとか・・・有り得ないし。でも、親がうるさいし。

「愁。成績どうだった?」

目の前にあったはずの紙が取り上げられて、見えたのは濃紺のブレザー。顔を上げると、見慣れた友人の目と合った。硬派の友人は、その整った顔を僅かに歪めた。

「勝手に人のを見るなよ」

俺は成績の書かれたそれを映児の手から引っ手繰る。

「お前・・・大丈夫かよ」

「別に」

「去年まで学年上位で、難関のK大だって余裕でA判定が出てたのに・・・。これ、何だ?」

まじまじと顔を覗き込まれて俺は目を反らした。何か、痛々しいものを見るような視線に耐えられなかった。

「古暮のせい、か?」

「違ぇよ」

「でも、あいつとお前が一緒にいなくなってから・・・愁、おかしい」

「だから、関係ねぇ」

映児の言った事は図星だ。けれど、夏実の事には触れられたくなかった。まだ、心の傷は塞がらないまま。寧ろ、だんだん広がっていた。名前を聞くだけで、ずごく胸が痛い。何かに八つ当たりをしたい程に、苛立つ。時間が全てを解決するって言うが、そんな事はない。忘れられない想いは消える事もなく自分の中で生き続け、事ある度に心を傷つけていく。

「俺ら、友達だろ?愚痴くらい、いくらでも聞いてやるから。無理するな」

憐れみを含んだ言葉は俺に刺さる。優しさが痛かった。何もかもが痛みを生んで、俺を壊す。

「本当に何でもないから」

遣り場の無い気持ちが溢れてしまわないように、ゆっくりと告げた。

「分かった。でも」

「何」

「俺の事、もっと頼れよ」

薄く微笑んだ映児の顔が少し滲んだ。

「さんきゅ」

自分を心配してくれる人がいる。その事実に救われた気がした。今は痛いだけの優しさが、いつか素直に受け入れられるようになったら。その時は「ありがとう」って、ちゃんと言おう。ドロドロした想いも、夏実への慕情も全てを話そう。そして、とりあえず・・・勉強しよう。そう思った。

冬の冷たい風が春の匂いをいつか連れてきてくれる事を、俺は切に願った。








猛勉強し出すと、突然思い浮かぶって・・・どういう人間だ。

「君がいない世界は色褪せている」

その言葉を皮切りに、頭の中にはメロディーとともに歌詞が浮かび上がる。それは今まで隠してきた想いと、離れた日々が綴られていて。まるで自分が書いているとは思えないくらいに進んでいく。クリスマスまであと一週間。街は赤と緑で華やかに彩られ、軽快な音楽が店からは響いている。恋人たちは肩を寄せ合いショーウィンドウを眺め、子供たちは浮ついた雰囲気に呑まれて喜んでいた。とある日の風景。それが輝いて見えるのは何故だろう。歌詞を書き終え、山本先輩にそれを渡した俺は、小さく笑みを零した。

ライブハウスの中はクリスマスショーに向けた準備で慌ただしい。しかし、それが煩わしいと思う事はない。

「愁。読ませてもらったよ」

「どうでした?」

「良いと思うよ。若いって感じで。新鮮だな」

「ありがとうございます」

俺は頭を下げた。そんな姿を朝樹さんや(こう)さんが微笑ましそうに見つめている。

山本先輩は「もうピアノで曲付けてみたけど、聞くか?」と、にやりとした。

こくこくと頷く俺を手招きし、先輩はピアノの前に座った。細くてしなやかな指が鍵盤の上を踊り出す。

奏でられる音は優しくて少し切ない。いつも歌っている曲とは全然違う、しっとりとしたバラードは俺の心を静かに包み込む。哀しい恋の歌じゃなく、静かな祈りの歌。クリスマスが織り成す1つの物語が、先輩の手によって、声によって紡ぎ出されていく・・・。

頬を一筋の涙が伝った。

最後の音を弾き終わった親指が、ゆっくりと鍵盤を離れた。と同時に部屋に響く拍手の音。俺も手が麻痺するくらい叩いた。形さえなかった想いが、今こうして先輩の力を借りて歌になった。感動って言葉で括りつけたくない。もっと深い・・・そう、感謝が身体を動かしていた。

「どう?」

「最高です。ありがとうございます!」

俺は涙を拭って笑った。寄って来た朝樹さんにからかわれながらも、晴れ晴れとしていた。ささやかな幸せが、ここにある。

「この曲、駅前で歌おうな」

そう言って、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた先輩の手は優しかった。


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