今でも忘れられない
短いです。
正直、気持ちって言葉にならない。山本先輩の提案を受けてから一週間。俺は何も書けずにいた。学校のテスト前だって、こんなに机の前に座った事のない自分が、真剣にノートと睨めっこしているなんて・・・快挙というか、滑稽というか。
「はぁ・・・」
口にシャーペンを持っていきながら、出てくるのは溜息だけ。
俺ノートに書かれた言葉を見つめた。
「愛してる」
「会いたい」
「君がいないと淋しい」
いくら先輩でも、これじゃあ曲にできないだろう。今更ながら文才のない自分が情けなく思えた。せめてもう少し、俺にボキャブラリーなるものがあれば・・・。言ってみても始まらない事を考えてみる。しかし、ノートに歌詞が浮かぶ訳もなく。また口からは溜息が洩れた。堂々巡りも良い所である。
「夏実、今・・・何してるんだろう」
ふとそんな事を思った。連絡が途絶えてから、夏実とは会っていない。クラスが替わって離れてからは顔すら見ていないのだ。あの笑顔は今、彼氏が見ているのか。彼女の涙を誰が拭っているんだろう。
思うだけで胸が痛くなる。
どうして夏実の隣にいるのは俺じゃないのかな。こんなにも好きなのに。こんなにも大切なのに。あんなにも一緒にいたのに。
俺は机を叩いた。その衝撃でノートがふわりと浮き、コーヒーの入ったコップが倒れる。ノートや机には茶色の液体が広がり、我に返った俺は慌ててそれを拭いた。
『愁のバカ!』
耳の奥で夏実の声が聞こえた。脳裏には、まだ一緒にいて笑い合えた時間が鮮やかに蘇る。そういえば、夏実といればどんな事も楽しかったっけ。些細な出来事が輝いて見えてた日々。懐かしくて切なくて。俺は目頭を押さえた。男なのに泣くなんてみっともない。そう言い聞かせても頬を伝う熱いものは止まらない。
「どうして、こんな風になったんだろ・・・」
言葉が心を砕いていく。記憶が想いを描いていく。
俺は声を出さず、泣いた。この痛みがいつか癒える事を願って。