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いつも一緒  作者: 夏帆
7/12

キミのいない生活

早いもので、あれからもう一年と少し経つ。季節は冬。一ヶ月弱でクリスマスがやってくる。まぁ、バイトばかりの俺にはそんなイベント事も関係ない。夏実に彼氏ができて(しばら)くは女と付き合っては別れるという事を繰り返し、最終的に諦めて俺はがむしゃらにバイトに邁進した。学校が終わったらすぐに駅前のコンビニでレジをやる。夜の十一時までやって家に帰り、すぐ寝る。そんな生活。心の傷を隠し、日常に溶け込むには丁度良かった。

「愁ってさ、ルックス良いし歌上手いし、俺らのバンドに入らない?」

誘われたのは、冬休み間近のコンビニの控え室。細面でインテリ系の一つ上の先輩からの誘いだった。彼の名前は山本紘一という。高校の先輩であり、県内の有名私立の理工学部に通う大学一年生だ。最初は、冗談か何かだと思った。大体、俺はギターを弾いた事も無ければピアノを習っていた記憶も無い。学校の音楽の成績は三。絶対におかしい。確かにカラオケは友達とよく行っていたし、下手な方ではない。けれど、自分がバンドだなんて。

「無理っすよ。俺、音楽とか全然だし」

「何言ってんだよ。俺の目は正しいんだから、一回、俺らが使っているライブハウスに来いよ」

なんて、結局押し切られた。

そのわりにはメンバーに馴染み、ボーカルをやってる辺り、意外に俺って器用なんだと思う。バンド名は『THIRST(サースト)』。意味は『渇望する』。夏実を渇望して今も忘れられない俺にとって、お誂え向きな言葉である。これも何かの運命なのかもしれない。

俺らの曲は山本先輩が大抵作っていた。歌詞の内容は幅広く、恋愛物から始まり、啓発の物もある。かと思えば夢を追いかける若者の歌だったり。本当に才能溢れる人間なのだと思う。想いがそのまま言葉になるだなんて、俺には羨ましくて仕方ない。もしも、気持ちを言葉にできていたら、あの日・・・。考えたらまた視界が滲んできた。

「愁。お前、何かあった?」

ある日。泣きそうな顔をして、眉を顰めていた俺を見かねたメンバーの朝樹(あさき)さんが声をかけてきた。彼は俺より1つ上の私大生だ。綺麗に染まった金髪と涼しげな顔立ち、耳朶にぶら下がる大きなピアスが印象的だ。身長は俺より十㎝くらい低いが、まぁ平均くらいなのだろう。パンクな格好ばかりしているので最初は近寄り難かったけれど、今はそうでもない。寧ろ、穏やかな口調と人情味溢れる人柄が好きで、結構一緒にいる。

「いや・・・幼馴染を思い出してて」

「あぁ、例の勘違いで突っ走る美少女の事?」

「そうです。未練たらしいんですけど、今でも・・・すっげぇ好きなんですよね。あいつには彼氏がいて、幸せそうなのに」

零れた言葉に溜息が混じってしまった。心配かけまいと、できるだけ明るく振る舞ったのに。

朝樹さんは、俺の隣に座り空を見上げた。排気ガスで汚れた都会の空にも星が瞬いている。しかし、そのどれもが濁って見えるのは自分の心の霧が晴れないからだろうか。

「そうだよなぁ。マジで好きだったりすると忘れられないもんな・・・。たとえ彼氏がいたって、気持ちを伝えられないまま終わったんだもんな。複雑だ」

「・・・気持ちだけでも伝えられたら良いのに。もう遅いんですよね」

「ん~・・・・・・。そうだなぁ」


「じゃあ、愁。お前、作詞してみるか?」


「「え?」」

突然の声に二人で後ろを振り向けば、いつからいたのか、そこには笑顔の山本先輩がいた。眼鏡の奥で揺れる柔和な双眸が、俺を包み込む。

「お前の想いをそのまま言葉にしてみろよ。そしたら俺が、それを曲にしてやる」

「でも・・・俺、作詞なんか」

「とりあえず、書いてみろって」

子供を諭すような口調で先輩は言葉を紡ぐ。隣では、その手があったか。なんて朝樹さんが手を打った。


夏実への想いを言葉にする・・・。


そんな事ができるのだろうか。けれど、このまま何もせずにいても、未練は断ち切れない。

「絶対、下手ですよ?」

俺は言ってみる。

山本先輩は胸を叩いて笑った。

「お前の気持ち、俺がちゃんとした曲にしてやる」

自信に溢れた言葉が俺の胸を、大きく震わせた。












君への想いって何なのだろう。

離れて深まるこの気持ち。

愛しさが訳もなく零れ出す。

会いたいよ。

ほんの少しでも良い。

君を感じていたい。

心臓が鼓動を止めるその瞬間(とき)まで。

ただの我が儘。

分かってるよ。

それでも

君の全てを心が覚えているから。

忘れる事などできないから。

そっと一人見上げた星空に

淡い願いを託して。


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