メランコリックと告白
「小林・・・愁君、だよね?」
あれから一週間。何とかバザーの企画書を出し終えた俺は、教室でゆったりと昼のひと時を楽しんでいた。今の席は窓側の一番後ろ。日当たり良好の、この時期一番人気の場所である。日に当たっているだけで眠くなり、昼寝のベストスポットだと俺は勝手に思っている。
そんな陽だまりの猫の如く丸まった俺に、高くて脳に響く声が聞こえた。重たい瞼を僅かながらに持ち上げると、そこには見知らぬ女が立っていた。正直、誰?って感じだ。
「小林愁君でしょ?」
「そうだけど・・・・・君、俺の知り合い?」
「ん~・・・どうだろ。私は小林君をよく知ってるけど、小林君は私の事を知らないかも」
にこりと笑うと、唇から八重歯が覗いた。それが彼女を少し愛らしく見せる。
自分が可愛いことを理解しているんだろうな。上目遣いに見上げるその目には自信が映っている。・・・俺にとっての一番は夏実だから関係ないんだけど。
一人で品定めをしながらも、顔には出さずに起き上がる。
「そっか。君、名前は何て言うの?」
できるだけ優しく尋ねながら、試しに作った笑顔を向けてみた。と同時に彼女の顔が真っ赤になる。どうやら、俺もまだ捨てたもんじゃないらしい。ナルシストなつもりはないが、自惚れたって良いだろう。
「あ、え・・・えと。牧野彩葉です。あ~・・・今日の帰り、少しお時間取ってほしいのだけど・・・」
久々だな、この展開。まぁ、俺って顔はそうでもないと思うけど、意外にも告白されることは数回あったし。前もこういうシチュエーションだったもんな・・・って、違ったらヤバいか。もしかして映児への橋渡しか・・・?アイツはかなりモテるからなぁ。
本当にこんなの久し振りだから、見分ける勘も鈍ってきているみたいだ。
「いいよ。どこに行けば良いかな?」
あくまで紳士を気取らなければ。何も気付いてないような素振りで。
「あ・・・私、小林君のクラスの昇降口で待ってます」
「分かった。じゃあ、また帰りにね」
「はい!じゃあ・・・」
足早に帰っていった彼女を見送ると、俺は机に伏せた。眠気がまた襲ってきたのだ。背中を射す心地良い日差しのせいだろうか。もしかしたらそれだけではなく、彼女への興味の薄さがそうさせているのかもしれない。
「良かった!本当に来てくれたんだ」
靴を履いて外に出ると、彩葉が走ってきた。さっきは顔しか見ていなかったが、こうして見ると全体的にもバランスの摂れた子みたいだ。身長は夏実よりも十センチは高いだろう。結構背が高い。こんがりと焼けた肌を見るに、運動部に所属しているらしい。
「約束したからね」
「ありがとう!嬉しい!」
いかにも女の子、という感じの彼女は夏実と反対のタイプに思える。それが少し新鮮に感じた。
「で、俺に何か用事があったんだよね?頼み事?」
あくまで何も気付かない振りを通す。今までの態度を見たって、他の奴への橋渡しではなくて、俺に告白しに来ているんだと判る。しかし、こういう時は知らないという素振りをしていた方が楽だ。
「あの・・・私、ずっと小林君の事が好きでした。付き合ってくれませんか?」
ほらやっぱり。
冷静に考えながらも、顔だけは驚いた表情を作る。まさか、言われなくても分かってた。なんて言えないし。
「え・・・。あ~・・・気持ちはすごく嬉しいんだけど、付き合えない。ごめんね」
「彼女がいるんですか?」
「いないよ。でも、今は付き合うつもりがないんだ。本当にごめん」
「そう・・・・。でも、彼女がいないって事は私にもまだチャンスはあるね」
淋しそうに笑いながらも、彼女は前向きな発言をした。その健気さが心をくすぐる。
「俺、ずっと片想いしてる人がいるから。ずっとずっと好きで、なのに相手は気付かなくてさ。報われないんだけど、やっぱり諦められないんだよね」
どこかで夏実が聞いていたらバレるかもな、と思いつつ、俺は言葉を続ける。
「彼女、すごくモテる。いつか誰かに取られる日が来るかもしれない。それでも俺は、変わらず好きでいたい。一緒にいられる時間が大切で、彼女の事が誰よりも大事だから」
我ながらキザだな。って思ったが、言ってみると案外すっきりとした。自分の中での決意表明みたいな感じ。
彩葉は黙ってそれを聞いていたが、小さく息を漏らして笑顔を見せた。
「その、好きな人って古暮さんでしょ。結構有名な噂だったけど、まさか本当だったなんて。良いなぁ。小林君にこんなに愛されてる古暮さんが羨ましいよ」
「・・・そんなに有名なのか、それ・・・」
「まぁね。小林君が古暮さんにベタ惚れしてるって噂。学校中で知らない人がいないくらいよ」
・・・傍目にはそういう風に見えるのか。正しいんだけど、なんか悲しい。俺は自分の情けなさに頭を抱えたくなった。という事は・・・・
「夏実も、その噂・・・知ってたりする?」
「知らないわ。だって、小林君を狙ってる女の子、意外と多いんだもの。そんな事を知られて小林君を取られたら勝ち目ないから」
あっけらかんと言って退けた彼女は、少し涙を浮かべた目を細めていた。無理矢理に笑顔を作ろうとして、逆に険しい表情になってしまっている。それでも唇の端を吊り上げているのは、いじましくて愛らしい。
普通の男なら簡単に惚れちゃいそうだよな。
そんな事を思いつつも、自分の気持ちが夏実にバレていないという事実に胸を撫で下ろした。人伝に気持ちを知られて、それでも友達関係を続けられているとしたら、脈が無いのも良い所だろう。落ち込んで立ち直れない。
「これくらい、許して」
「え?」
物思いに耽っていた俺の耳に飛び込んできた言葉に、俺は目を瞬かせる。その間に、離れていた二人の顔が急激に近づいたかと思うと、右の頬に柔らかで少し冷たいものを感じた。それはすぐに無くなったが、顔を真っ赤にして俯いた彼女を見た時、何が起きたのか分かった。恥ずかしさと・・・少し切ないような複雑な思いが胸を渦巻く。
「今日はありがとう。それじゃあさよなら」
彩葉はぺこりと頭を下げると、明るくそう言って走っていった。
無意識に手が、唇の触れた部分に持っていかれる。彼女のキスがまだ残っているような気がした。
「初めてのほっぺチュー、だったんだけどな・・・」
好きでもない女の子からのキス。
そこまで純情でもないくせに、妙に心が重くなった。高揚感も嬉しさも、何も感じない。これが夏実からだったら、死ぬほど喜んでいるだろう。同じ行為なのに、相手次第で気持ちが変わるなんて本当に矛盾している。そう思うと少しだけ胸がきゅっと痛くなるのを感じた。
走り去る彼女の姿が消えるまで、俺はその場を動かなかった。