聖夜に
クリスマスの夜の駅前。俺たちは路上ライブをしていた。通り過ぎる人たちは忙しない。その中でも何組かのカップルたちが立ち止まり、日常の中にできた異質な空気に酔い痴れていた。
空はどんよりと雲が広がっている。もしかしたら今年はホワイトクリスマスになるかもしれない。そう思いながら、俺は一つ一つの曲を精一杯歌った。
「愁。次はお前の書いた歌だ」
山本先輩が声をかける。喋る度に口からは白い息が吐き出され、張り詰めた外気に溶けていった。俺はこくりと頷いて、目を閉じた。ずっと抑え付けてきた気持ちが、夏実に届くように。全てを込めて歌おう。そう心に誓う。
静かに響くギターの音に、俺は目を開けた。
些細な事で別れたけど
今も僕は忘れられず
日常にしがみ付いては
泣かないように生きている
君がいない世界がこんな
色褪せている事なんて
傍にいる時は知らなくて
もしも奇跡があるのなら
もう一度君と
会いたいよ
夢でも良い
君が隣にいるのなら
静かに降り行く雪よ
どうか一滴の光を
「勝手にしろ」なんて
言わなきゃ良かったって
悲しみが心を抉る
楽しい事に出会っても
何もかも苦しいだけ
耳の奥の君の声
繰り返し再生して
君を描く
会いたいよ
一瞬でいい
君の全てを焼きつけて
頬を刺す粉雪よ
どうか今宵、奇跡を
「愛してる」
言えなかった言葉が
今も胸を焦がして
零れた心は眩しくて
君が好きだと叫び出す
手を必死に伸ばして
苦しいほど祈ってる
もしも君が赦すのなら・・・
螺旋の中で見た夢は
苦くて切なくて
君で溢れていた
続けて、山本先輩の書いた曲が流れ始める。これは先輩が、俺の想いを聞いて、そして先輩自身の過去の恋愛経験をもとに書いてくれたものだ。実は俺の書いた曲と対になっている・・・らしい。「何と」対なのかは、先輩は笑うだけで教えてくれなかった。
山本先輩曰く、俺へのクリスマスプレゼントなんだとか。整った横顔がほんのり赤く染まっていたのを俺は覚えている。
緩やかな旋律に、小刻みなドラムの音。夏実と過ごした時間のように、ゆっくりと。そして、抑えることのできない鼓動をそのままに、サビの最初の音が弾かれる。
キミと出逢わなかったら
どんな未来があったのか
過去はあまりに遠すぎて
想像図は浮かばない
どこに行ってもキミがいて
それが当たり前になっていた
ささやかな幸せを今
静かに感じている
I miss you so much
ずっと昔から
離れた時間が
切なくて
I miss you so much
キミだけだよ
今すぐ会いたい
・・・好きなんだ
泳いだ指に触れたシーツ
冬の寒さを吸い込んで
独りぼっちの淋しさを
切々と掻き立てる
二人じゃれ合って笑った
無邪気な頃の僕らには
気付く事ができなかった
出逢いの先の別れを
I miss you so much
忘れられない
キミの元に
帰りたい
I miss you so much
キミは今も
昔のまま
僕が好き?
震える声を抑えながら
もう一度伝えるよ
「キミだけを愛してる」
それがエゴだとしても
I miss you so much
ずっと昔から
壊れた時間を
取り戻す
I miss you so much
忘れられない
キミがいる事
僕の全て
I miss you so much
maybe, forever・・・
いつしか降り始めた雪がライトに照らされて、淡く光っている。冷え切った身体はぎしぎしと音を立てながら、それでも動く。胸に広がるほろ苦さは溶けては積もって。
マイクを持つ手が震えた。
「夏実・・・愛してる」
曲の最後は、俺の告白で終わった。まばらに鳴る拍手が鼓膜を震わす。歌い終わった後も余韻が身体に残っていた。後悔と悲しみが静かに溜息へと変わる・・・。止まってしまっていた俺の中の時間が、緩やかに動き出した。押し込めていた気持ちが声となり空気を揺らして、絡みついた呪縛を解きゆく。
「雪か・・・・」
俺は空を見上げた。穢れを知らない妖精たちは軽やかに舞い降りて、艶やかな景色を清楚で厳格なものへとすり替えている。いつしか道は純白に包まれていた。
神に祝福されたこの一時。今なら、どんな奇跡だって起こせそうだ。それがたとえ、俺の気持ちが夏実に届くなんていう調子の良い事だとしても。
自然と歪む口元。揺れる視界。
「奇跡だって良いから、もう一度だけ会いたかったんだよ」
漏れた言葉に混じる嗚咽は、雑踏に掻き消されていく。止む事を知らない雪は一層激しさを増した。肌は張り付いたように動かなくなる。零れた涙は凍ったように頬を突き刺した。
「雪が酷くなってきたから今日は帰るぞ。楽器がダメになっちまう」
ギターを袋にしまい、大事に抱えた朝樹さんが声を張り上げた。その声は風の音で途切れ途切れにしか聞こえない。いや、音を遮断してしまっているのは俺か。
俺はふらりと立ち上がって歩き出した。どこに行く宛もない。ただ、身体が赴くのみだ。まともな思考は作動などしない。
視界は吹雪に遮られ、白い光が双眸を射る。
これが最後だから、夏実に会いたい。
ここまで一人の人間に執着する自分を、我ながら呆れてしまう。そういえば、いつか読んだ心理学の本に書いてあったな。男は片思いの相手を忘れられない生き物だって。本当にその通りだ。その本でいくと、女は終わった恋は過去のものだと割り切れるらしいが。当たっていたら、俺には最初から勝機なんて無かった事になる。輝いていた頃の幻影に魅せられて、見つめるべき未来を見失った。馬鹿だな、俺。
どれだけ歩いたんだろう。そういえば、ここはどこなんだろう。
ゆっくりと目を周りに向ける。どこかで見た景色。
「俺、やっぱ・・・馬鹿だ」
溜息が口を突いた。
目の前には、あの公園があった。




