夕暮れファンタジア
2月の風はまだ冷たく体にしみる。1月が終わりそして、2月が来る。そんな当たり前の事が不思議に思った今日この頃。俺はノートと筆記用具が入っただけのリュックをブラブラとぶら下げながら夕暮れ時の公園を歩いていた。連日降っていた雪もここ数日はすっかり止みそれと相まって暖かい日が続いたこともあり、あれだけ降り積もっていた雪は跡形もなく溶けてなくなっていた。
そう言えば今日は2月14日。バレンタインデー。俺のようなモテない男が悲しむ日である。どうせ誰からもチョコレートをもらえない。そんなことはわかっている。でも、心のどこかで「チョコレートをもらえる」という微かな希望をもっているのも事実なのであった。
「はぁ…。もう夕方かぁ。学校が終わりいつもの帰り道を通ってそしてこの公園。今年のバレンタインデーもチョコレートなしかぁ」
ため息混じりの独り言をつぶやく。べつに悲しくなんてない。いつもの日常じゃないか。そう自分に強く言い聞かせた。
「あ!?いたいた。探したのよ!」
滑り台を横切ろうとした時、後ろからそんな声がした。誰だろうと思い振り向いてみるとそこには同級生のハルカがいた。
「ダイゴ君、忘れてるよ?」
「忘れてる…?俺が?」
彼女はこんな具合でいつも突然だ。前に学校への近道で知り合った時もこんな感じだった。不意に現れ不意に居なくなる。天真爛漫と言えばそれで終わりだが、そんな彼女を何となく気になっているのもまた事実なのであった。それにしても俺は何を忘れてるのだろうか。今日1日を振り返っても特に思い当たる節がない。
「ハルカさん、俺何にも忘れてなんていませんよ」
「あなたそれ本気で言ってるの?目の前にいる私がヒントです!」
「ハルカさんがヒント…?」
いや、そう言われても分からない。
「はい、時間切れ!ダイゴ君、今日はなんの日?」
「今日ですか?今日はバレンタインデーですけど…」
「それは私が聞きたい答えではないわ。今日は私の誕生日です!」
「え!?すいません、初耳です!」
ハルカさんの誕生日を今日初めて知った俺なのであった。それにしてもバレンタインデーの日が誕生日ってなんだかとても羨ましい。
「あれ、ダイゴ君知らなかったの?でもいいじゃない。今、知ったんだし。プレゼント欲しいな…」
ニコニコしながら物欲しそうな顔で彼女は俺を見つめてくる。いや、そんな突然プレゼントと言われても…。もちろんすぐには用意できない。
「あれ?もしかしてプレゼントくれないの?なんか残念」
ヤバイ。無茶で急な要求ではあるが、身近にいる女性を悲しませるわけにはいかない。その時、俺は良い事を思いついた。
「あ!あります。プレゼント!ハルカさんまずはこの滑り台の上に登りましょう!」
「えっ!?本当に!?滑り台の上に何かあるの?」
「いいからいいから。早く来てください!」
彼女の肩を押しながら二人で滑り台の上に登る。
夕暮れに沈み行く町が一望できる。ゆっくりと動く雲。オレンジ色に光る太陽。そのすべてが絶妙に合わさりひとつの景色を形作っている。
「キレイ…。これが私達が住む町なんだ」
彼女は目を丸くしながら俺にそう言った。
「俺小学生の頃、よくこの滑り台で遊んでて…。そしてこの夕焼けを見てから家に帰ってたんですよ」
「ふ~ん。普段知ってる場所でも見方を変えるとこんな風に見えるんだね。なんだかとても新鮮」
「遅くなりましたが、ハルカさん18歳の誕生日おめでとうございます!」
「うん…。ダイゴ君ありがとう。景色のプレゼントいただきました。それにしてもあなたってとても気転がきくわね」
微笑みながら一言そう言った彼女の横顔がとても印象的だった。
***
「はい!これ!プレゼント返し」
帰り際、ハルカさんは通学カバンから綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出して俺に渡した。
「一応、言っとくけど義理チョコレートだから。べつにあなたに渡すために作った訳じゃないから。もう一度言うけど義理チョコレートだからね!」
照れながら俺にそう言ったそんな彼女の顔をずっと見ていたいと思ったある2月の一時なのであった。