【9月7日】
【9月7日】
ダンダンダンダンと遠くの方から、何かの音がした。
「……むむぅ、むにゃむにゃ」
これは何の音か。古き良き朝の家庭の音、ネギを刻む音なのか。それのおかげで魔王は目が覚めてきたようだ。
「良き朝じゃ。なんと清々しい」
寝起きの魔王が伸びをして、網戸を開けた。せっかく昇った陽や月を何かで遮るのは無粋であろう、というのが理由だった。
「さて、今日も一日やってやるかのぅ」
「何をやるんだ」
魔王が振り返ると、またタカシが扉を開けてそこに立っていた。再びタカシに魔王の力がのしかかる。
「おぬしも懲りぬ男じゃの。流石ロリコン。ミカコに言いつけるぞ。いや、もう言いつける」
「誰がだ!」
「ノックぐらいせんか。魔王であるワシとて女じゃからのぅ」
「ノックならし……たぞ」
言い訳をするタカシに魔王は更にその力を強めるが、相手はそれを堪えてくれる。
「いつ、じゃ」
「ず……っとだよ。お……前、それで起きれ……たんだろ。感謝さ……れてもいーん……だぞ」
これ以上は力の浪費と思ったか、魔王がその力をといた。解放されたタカシは腕を回すと、ごきごきと骨が鳴った。
「……あれはネギを刻む音ではないのか?」
「台所は1階だ。聞こえるわけねーだろ。何をとち狂ったこと言ってんだっ」
タカシはあきれていると、魔王はまだぼけーっとしている。どうやら寝ぼけと時差ボケのようだ。
「あぁ、もう置いてくぞ!」
「いや、待ってくれ。ワシもすぐ行く。下で待っておれ」
頭が突然冴えたのか、魔王がいきなりシャンとした。だが、タカシの姿はもうない。
「薄情者めっ」
魔王がそう毒づき、ばたばたと慌ただしく準備を整え、飛ぶように階下へ降りた。いや、本当にジャンプして降りた。
「ぐがッ」
「……おぉ、タカシ、ついにワシの下についたか」
「早くどけ」
階段の真下にタカシがいたのだ。魔王が飛んで、そのまま踏み潰したらしい。死にかけているタカシの手には何か包みがあった。
「なんじゃ、これは」
「……お前の弁当」
ようやくどいてもらい、げほげほと咳き込んだ。魔王はちょこんと手に乗せられたそれを凝視している。
「何故じゃ」
「お前、ほっておくと甘いものしか食わんだろ。八百屋に居候して栄養偏りましたって広まったら困るんでな」
「素直じゃないのぅ」
「いらねぇならおれが貰うぞ」
タカシが魔王の手から弁当を取り上げようとするが、魔王はふいっとその手から逃れた。
「いや、貰っておく。下々の者からの献上品は魔王であるワシが一番に得るものと相場が決まっておる」
「……お前も素直じゃねぇよなぁ。ほれ、遅れるぞ」
「ぬ。それは困る」
魔王がタカシの足を踏みつけ、ミカコに「行ってくるぞ」と声かけ麻島青果店を飛び出す。それを怒号を上げ、タカシがミカコに「行ってくる」と声をかけて追いかけるのだった。
「やれやれ……なんだかねぇ、あの子達は」
まるで兄妹のようだ、とミカコは笑うしかなかった。こんなことを2人に言ったら、同時に否定するだろうことを思ってまた笑った。




