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【蛙】

 【蛙】

 「さて、タカシの友人とやら。協力してもらうぞ」

 「その前に、俺の名前は甲藤ミツルだって」

 「そうか。平民は個々に名があったのぅ。では、ミツルじゃな」

 魔王がそう呼び捨てると、今まで部屋の隅でぷるぷるぷるぷるぷるぷる震えていたアンナが飛びかかってきた。

 「ミツルゥウウウゥゥウウウウゥゥウウウウッッッ! 浮気しないって約束したろぉおおおおおおぉぉぉぉおおおおっっっ!」

 今まで黙っていた反動か、物凄い雄叫(おたけ)び……いや雌叫(めたけ)びだ。

 「アンナ! こら、大声出すな!」

 「うわぁあぁあぁぁぁあぁああぁぁあぁああぁぁんっっっ! ミツルの浮気者ぉぉおおおおぉぉおおおおおぉおおおぉおおおっっっ!」

 ミツルが必死でアンナをなぐさめようとするが、(えり)を締め上げられ、がくがくと身体を揺らしていては出来るものも出来ない。このままでは確実に三途の川を渡る。

 「ぐ……うぅ」

 「魔王ぉぉぉおおぉぉぉおおぉっ!!! ミツルを呼び捨てにしていいのは私だけなんだぁぁぁああぁぁああぁぁぁあああぁっっっ!!」

 アンナの必死な嘆願(たんがん)に、ミツルもどうにか目で訴えている。

 「うぅ、わかった。わかったから、頼む、静かにしてくれぇ……」

 魔王は素直にそう聞き入れると、へたりと床に座り込んでしまった。どうやら、アンナの声量に相当参ったらしい。

 「……ア、ンナ……ぎぶぎぶ」

 「っっっ! だ、大丈夫かぁああぁぁぁぁミツルゥゥウウゥゥウウゥッッッ!」

 アンナがはっと我に返り、ミツルをつかんでいた手を離した。解放されたミツルはげほげほと咳き込み、何とか呼吸を回復させる。

 「こうらッ、何勝手に入っとる!」

 騒ぎを聞きつけ、とうとう教師が応接室にやって来たようだ。がちゃがちゃと扉を開けようとしている。

 「やばい。見つかったっ」

 ミツル達がとっさに物陰に隠れたと同時に教師がばたんと扉を開けた。

 「隠れてないで出て来いっ」

 「誰が隠れると?」

 魔王は堂々とソファーに寝そべり、悠々(ゆうゆう)と教師を見ている。隠れたミツルとアンナは絶句している。

 「……ほぅ、逃げ出さないとはいい度胸をしている」

 「何故、魔王が平民から逃げねばならぬ」

 自ら名乗ってしまうとは、流石にミツルも予想外だ。

 「開き直りか。それで許されると思うな」

 「許す? 何を馬鹿な。許しを請うのはお前の方じゃ」

 教師はその女子生徒の態度に口元をぴくぴくとさせている。これ以上刺激するな、とミツルは必死に伝えようとした。

 「この応接室で最も偉い者が座るのはどこか。知っておろうな」

 「知ってるも何も、今、お前が座っているところだっ!」

 教師がソファーを占拠する魔王につかみかかろうとするのを見て、仕方ないかとミツルとアンナが飛び出そうとする。

 「つまり、この応接室はワシが支配している。お前は反逆罪じゃ」

 「な……」

 ミツル達が飛び出す前に、教師がずしんと床に崩れ落ちた。身動きひとつせず、ただ蛙のように這いつくばっている。

 「魔王の温情じゃ。少しばかりいじらせてもらう」

 ぐりぐりと教師の後頭部を踏みつけた後、飛び出そうとしたポーズで固まっていたミツル達を見た。

 「ほれ、何をしておる。もうこの応接室には用はないのじゃろう」

 「あ、あぁ……」

 正直、ミツルは魔王の言動に逆らえずにいた。これが場を支配した魔王の行使する絶対的に他を見下す力―――。

 「案ずるな。こやつは、今見た聞いたことを他に口にする気はもう起きぬ」

 「何でだよ」

 そう訊くミツルに対する魔王の答えはシンプルだった。

 「そうしたからのぅ」

 ミツルはこの小さな少女が異次元の魔王であることを認識させられた。その目は明らかに今までとは別人、支配者のものだった。

 「魔王ぉおっ! 先生足蹴にしちゃ駄目だろぉおっ!」

 当たり前のことを注意して、ずびしっとアンナが魔王の頭に手刀を入れる。その光景にミツルは物凄いショックを受けた。それはサンタクロースやスーパーマンのような、長い間信じ続けたことが嘘偽りだったと知ることに似たものだ。

 「うぅ……何をするかぁ」

 「先生に謝れぇえっ!」

 「……アンナ、もういい。行こう」

 ミツルはアンナを止め、応接室の外へ出るように促した。魔王は打たれた頭を抑えながら、その後をすたすたとついていく。その間も、這いつくばっている教師は死んだように動かない。

 「さて、早速タカシの想い人のおる教室へ案内してもらおうかの」

 3人が応接室を出ると今までの出来事が無かったかのように、魔王はにっこりと微笑んだ。その笑顔を、ミツルはまともに見ることが出来なかった。

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