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【トライアングル】

 【トライアングル】

 タカシは配達伝票に書かれている野菜を愛チャリ・ライ号の荷台に載せると、前のかごに宿題を入れる。行き先は同級生の家で駅から少し離れたところにある喫茶店・トライアングルだ。

 「これでいいか」

 冷凍庫から取ってきたアイスキャンデーを口にくわえながら、店先のミカコに「いっへくる」と言った。それからぐっとペダルに乗せた足に力を入れ、ライ号を進ませる。愛チャリを走らせると前から後ろに風が吹き抜けて心地よく、汗ばんだ肌がすぅっと冷えていく。口にくわえたアイスで水分補給も完璧、内と外の両方から冷やしこんで夏を吹き飛ばす。

 ―――片道15分。とっとと行くか。

 麻島青果店は駅前のアーケード商店街からも、住宅街からも離れたところにある。1階が店舗で、2階は住居。よくある個人商店で、斗葉高校2年の麻島タカシとその母親のミカコの2人で切り盛りしている。

 「……あー、トライアングルかー」

 今更のようにタカシは配達先の店名をぶつぶつと呟く。その表情から、段々乗り気ではなくなってきたようだ。

 ―――せっかくの野菜が痛んじまう。

 喫茶・トライアングルはタカシの通う公立高校の同級生の女子生徒、朝来野(あきの)カナの家だ。シェフの彼女の父親が去年脱サラして始めたというその店の評判はなかなかで、元々料理人になりたかったという父親の執念という意地がきらりと光っている。

 「トマトにキュウリ、ナス、スイカ、オクラ、エダマメ、セロリ、カボチャ、ピーマン、スウィートコーン……夏野菜の目白押しだな」

 ビニルハウス栽培のある今では旬など関係なく野菜は手に入るようになったが、総じて旬のものの方が栄養価が高いとされている。夏野菜と言うが、この時期のトマトは少しはずれているが悪くはない。

 ―――…・…全部使う気か? これ。

 喫茶・トライアングルの自慢メニューは季節のシチューで、今夏は夏野菜たっぷりのトマトシチューらしい。暑い陽気にほどよく冷房の聞いた店内で熱々のそれを食べれば、不快な夏バテなんか一気に吹っ飛ぶとシェフ豪語している。実際、その季節のシチュー目当てに通う客も少なくなかった。

 「ま、流石にスイカをシチューには使わねーだろ」

 タカシは注文伝票を見ながらぶつぶつ言っている。その店が近づくほど、勢いづいていたペダルをこぐ力が弱くなっていく。既に食べ終えたアイスの棒を上下に揺らし、ついにタカシは愛チャリから降りて歩き始めた。

 「くそあちぃな、こら」

 そう言うくらいなら、愛チャリから降りずにさっさと配達先へ行けばいいのに、タカシの足取りはそれに反して段々遅くなっている。何か配達先に行きたくないような理由があるのだろうか。

 「……」

 暑さに耐えながら自転車をこいでいると、見覚えのある男の後姿が見えた。こぐ足を速め、その男を抜いてから、首を後ろに向けて顔を確かめる。タカシが声を出すより、相手の方が早かった。

 「おー、タカシ、配達ご苦労さん」

 「……やっぱミツルか。あいつは一緒じゃないのか」

 「んなこと言うな。噂をすれば何とやらって言うだろ。……今だけでいい。静かな時を過ごさせてくれ」

 同級生の甲藤(こうだ)ミツルがそう嘆願すると、タカシは黙って了承した。確かにこの暑い中で、更に熱いものをわざわざ呼ぶことはない。タカシはミツルの歩幅と速度に合わせて、横並びになって話す。

 「別に合わせなくたっていいぞ。暑いんだし、さっさと終わらせてくればいいだろ」

 「いーだろ、別に。それにアイスあっから平気だっつの」

 タカシが無愛想な顔が更にムスッとする。出かけにくわえたばかりのアイスも、もう棒しか残っていない。

 「それで、お前はどこに配達行くんだ?」

 「…………」

 「どうした。言いたくないのか」

 「……トライアングル」

 「朝来野の家か。なるほど、それでか」

 様子のおかしいタカシに心当たりがあるらしいミツルはにやりと笑うと、タカシは機関銃のように一気にまくしたてた。

 「べ、別にカナと会うのは、お得意さんの配達がいやで足取りが重くなってんじゃねーぞ。逆だ、ぎゃ違うってんだっ。た、ただ配達行くついでに宿題見せてもらえたらとか不純な動機で、カ……朝来野の部屋にあがれるかもなんてとかそーいう気持ちがだな」

 「わかったわかった。よーくわかってるから」

 うっかりぼろを出したとわかったタカシはぶつぶつと「そんなんじゃねーよ。ねーんだよ」とぼやいている。ここまで動揺してくれるなんて、やはり読みは正しかったとミツルは悟る。

 「ていうか、今更だろ。学校でも配達でも会ってんだから、クラスメイトや顔見知り以上じゃん」

 「うるせーよ」

 それでも、まだ友達と言える間柄でもなかった。それはタカシの普段の無愛想かつ不良的な態度が現れているからだろう、とミツルは思っていた。

 「ま、頑張れ」

 「……もうお前の宿題見せてくれや」

 ミツルがタカシの肩に手を置くと、そう返ってきた。

 「そうきたか。だが、俺の性格を考えればわかるだろ?」

 「自分の力でやれ、面白けりゃ何でもいいし、かよ。くっそ、わかったよ」

 ミツルににべなく断られ、タカシは黙るとちょうど分かれ道に差しかかった。

 「じゃ、俺はこっから図書館行くから。朝来野によろしくな」

 「……そーか。わかった」

 タカシはすぅっと大きく息を吸い、一気に声として吐き出した。

 「アンナァっ、ミツルは図書館に行くぞおぉおっ」

 ミツルはタカシに文句を言う前に走り出し、その場から逃げ出した。

 「なっ、お前、ふざけんな! 腹いせのつもりかっ」

 「おー、アンナによろしくなー」

 タカシは上機嫌で道を曲がると、走り去るミツルの姿はもう見えなくなっていた。それと同時に、背後から誰かの歓喜の叫びと悲痛な叫びが聞こえた。

 「20秒かかんねーのか。すげーな」

 それだけ言うと、背後を振り返ることなくタカシは再び愛チャリにまたがり漕ぎ出した。トライアングルまでもう5分もかからない。

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