【知るも知らぬも幸せの道】
【知るも知らぬも幸せの道】
「……じゃが、ワシはあそこから追い出されたくなかった」
次元の壁を跳び越した先で初めて触れたぬくもりを、一度自らを受け入れてくれたぬくもりを、魔王はどうしても手放したくなかった。今ここでそれを逃がして、次にまた触れられるものとは限らない。
「君はまだ子供だ」
キミヤは魔王の心中を察したように、それをすくい上げるように言葉をつむいだ。
「大人に頼りなさい。もう一度すべて話せば、きっとわかってくれる」
ぽんと魔王の肩にキミヤは手を置くと、魔王が真っ直ぐな目でにらみつけてきた。
「おぬしはどうしてあそこから離れようとする?」
【愛妻子からひのき風呂や土地まで】
麻島青果店には今の世の中で思うように手に入れようとしても、なかなか手に入らないものばかりが置いてある。魔王でなくても、羨ましくもまぶしい。
「守るべき家族なんじゃろ」
キミヤは魔王の肩から手を離し、その目を見据える。
「ほぼ毎月、仕送りはしている。自動的に送金してもらえるようにしている」
あくまで淡々と、感情を露にせず答えた。
「でなければ、あの店はやっていけないだろうから」
「ミカコはその金に一切手をつけておらぬぞ」
ケーキショップ猪熊で危うく口を滑らせかけたが、魔王は一度だけ魔王の力を駆使したハッキングで麻島家の貯金総額などを調べたことがあった。
「……そうか。やっぱりか」
「おぬしのやっていることは自己満足にしか過ぎぬ」
魔王は昨日の、ミツルとその両親のことを思い出した。
「金を与えればいいというものではあるまい」
「そうだな」
キミヤの視線は見据えていた魔王の目の後ろを、遠くの方へと移ってていた。
「それでも、離れなければならぬ理由とはなんじゃ」
すっと魔王から視線をはずし、キミヤは流れる川を見た。
「俺の祖父、雨矢を捜してるんだ」




