【ここは平和と喧騒に満ち溢れ】
【ここは平和と喧騒に満ち溢れ】
タカシが部屋に戻ると、崩れた座布団の山に埋もれて魔王はすやすやと眠っていた。
―――不安も何もねぇじゃん。
あきれつつだるそうに、魔王のことを起こそうかと思ったがやめた。魔王のほほに触れる寸前で、気づいたからだ。その一筋の涙に、気づいたからだ。
「……」
何からくるものなのかは、まだタカシにはわからなかった。それでも、タカシは魔王を改めて認識した。そして、とりあえず夕飯の支度に邪魔だな―――と思った。
【どこか何かがとんでいる】
「おら、起きろ」
タカシが寝ている魔王を足で揺り起こす。ミカコがそれを見てタカシをたしなめた。
「む、むぅ」
魔王は眠たい目をこすり、きょろきょろと辺りを見回した。
「ここはどこじゃ」
「寝ぼけてんのか、おい」
そう言われ、魔王はむっときたようだ。
「そんなことはないぞ、そんなことは断じてないっ」
「あーそうかい。わぁーったわぁーった」
「ずぇーったいわかっておらぬっ」
くだらない言い争いにミカコは「何やってんだい」と間に入った。魔王は寝起きもあってか、まだ少々不機嫌な様子だ。
「なんじゃタカシか」
「夕飯の時間だ」
魔王がふと見れば山ほど積んだ座布団は片付けられ、部屋の中央にちょこんと丸テーブルが置いてある。もの珍しそうにそばに近寄る。
「なんじゃ、これは?」
「折りたたみ式のちゃぶ台だが文句あるか」
「ここで飯を食うのか?」
「まぁな」
台所から料理の載った大皿や炊飯器からわざわざ移し変えたおひつだとかを持ってくる辺り、近代化された平成の食卓には思えない。だが、なんだか魔王は嬉しそうだった。
「そういや、お前、普通の飯は食えるのか」
「うむ、食えるぞ。眷族とは違うからのぅ」
「そう、それなら魔王ちゃん、いっぱい食べてね」
ミカコはにっこりと微笑むと、魔王もにかっと笑って言った。
「もちろん、そのつもりじゃ。なにしろ、久し振りに食べる食事じゃからな」
「ちょっと待て。お前、そういえばいつからこっちに来たんだ?」
その間、いったいどうやって過ごしてきたのか。また魔王の力とやらで何とかしたのかと、タカシの問いに魔王はふんぞり返って答えた。
「おぼえておらぬ」
「は」
「次元を乗り越えるのはやはり難儀であっての。その前後の記憶がどうも曖昧なのじゃ。朝が来たと思えばすぐ夜になる辺り、記憶がたびたび飛んでおるのかもしれん」
ふんぞり返る魔王にタカシはため息を吐いた。もしかして、小石程度がぶつかって倒れたのもそのせいなのか。
「まぁ、大して気にしておらんがな」
「いや、そこは気にしとけ」
「漫才はいいから食べなさい」
2人のやり取りにあきれたミカコがそう言うと、魔王はふいっとタカシから顔をそらした。勝敗もつかぬまま終わるのはしゃくに障るのだろう。しかし、そらした視線の先でちゃぶ台に並べられている温かな食事を見ると心なしか魔王の表情が輝いた。




