【折り合いは税込みの84円で決着】
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「帰ったのか」
「まーな」
魔王が声をかけた時、タカシは店の裏口から出て行く彼を見送っていた。振り返らず、タカシは愚痴った。
「ったく、よく来るもんだ」
「おかしなやつだったのぅ」
愉快そうに笑う魔王は、無様にはいつくばるタカシを思い出しているのかもしれない。ばつの悪そうな顔をして、タカシは首を少しだけ傾いだ。
「いじめられて、性格が変わるやつはいるけどな。アイツは特におかしいんだ」
彼の姿が見えなくなるとくるりと向きを変え、タカシは後ろ手で扉を閉めた。
―――フツーは構ってこねぇよ。
いじめられっこがいじめっこの怪我を気にして、何年も治しに通ってきてくれるなどありえない。彼はタカシに奇妙ながらも特別な友情、無理やりながらも治療する立場という優越感を抱いているのだろう。
「タカシ」
「んだよ」
「おぬし、そのひじが原因で野球をやめたのか」
ぴたりとタカシの動きが止まり、魔王の方をゆっくりと見た。真摯で真っ直ぐな目が、タカシをにらみつけている。
「……」
「黙秘は肯定とみるぞ」
腕組みをし、魔王は目を閉じた。まるですべてを悟ったかのように、静かながらも威厳を感じ取れた。
「んなようなもんだ」
適当に受け流そうとするタカシの返答に、魔王は眉ひとつ動かさず、再び聞いた。
「ひじは原因か理由か」
「んだと?」
「ひじが原因でやめたのか、ひじを理由にやめたのか」
「どっちも同じだろ」
バカバカしいと手のひらを返すタカシだが、魔王は一向に気にしない。
「若干異なる。原因なら仕方なし、理由ならば逃げじゃ」
「……おい」
荒いタカシの声をさえぎり、魔王の声は響く。
「タカシがやつに付き合ってやっているのも、ひじはまだ治っていないとしたいからじゃ」
魔王はタカシから背を向け、構うことなく言い続けた。
「でなければ、あんな思いあがったやつにタカシが言いようにやられるものか」
何も言わなくなったタカシを置いて、魔王は階段の方へ向かう。
「おぬしはひじを理由に野球をやめ、八百屋を理由に野球から逃げておるようにしか見えぬ」
とんとんとんとんと軽やかに魔王は階段をのぼっていく。それをタカシは足でも目でも追おうとはしなかった。
「何があったか知らぬ。じゃが、未練がましい言い訳などは聞きとうない。ワシは逃げるやつが嫌いじゃ」
そう言い捨ててタカシを1階で1人にさせ、魔王は2階にある自分の部屋のドアを開ける。
「自分も含めてな」
魔王は小さく、本当に小さな声でぽつりとつぶやいた。




