【乗り越えた壁】
【乗り越えた壁】
魔王は嘆いた。己の無力さをかみしめ、嘆き苦しんだ。もがき、転げまわった。
―――おぬしらの死はもう決まっておるのじゃ。ワシは何も出来ないのじゃ。
謝り続けた。魔王は決して届くことのない謝罪の言葉を、のどが枯れ果てるまで叫び続けた。
「すまぬ。すまぬすまぬすまぬすまぬすまぬすまぬすまぬすまぬ。ワシは、賢くない。賢くない賢くない賢くない賢くない賢くない賢くない賢くない」
どれだけ知恵を絞っても、どれほど魔王の力を酷使してもなしえない生と死の操作。それは限りしかなく、二度目は無い。
―――それでもワシは、ワシだけ生き延びる。
どうすることも出来ない生と死の操作。特別な魔王という存在だけが生き残り、他のすべての命が死に絶える現実。
―――ワシは何の為に生き残るのかっ!
すべての命が絶え果てたこの次元に、支配者として生きるしかない存在に何の意味を見いだせというのか。
「怖い……ワシは怖い……」
ひとつ、またひとつと消えていく命の囁き声。ァルデピマジュムィダのすべてから聞こえてくるそれらは、魔王にとって恐怖でしかなかった。しかし、歴代の魔王達はこの消えていく命の声を長い寿命が尽きるまで毎日のように聞いていたのだ。
―――気が、狂いそうじゃ。
それでも、歴代の魔王達は同時に新たに生まれる命の、喜びの声も聞いていた。だが、魔王はそれを聞くことはなかった。
「……ワシが、何をしたと言うのじゃぁ……」
涙も声も枯れ果てた魔王が倒れ、つぶやいた。
「ワシを殺せ。ワシを殺せ、勇者よ」
生涯現役であり続ける魔王は自ら命を絶つことが出来ない。すべてを負う生に苦しみ、すべてを受け入れる生に疲れ、すぐに死ねる平民を疎み、魔王はそれを妬んで蔑ろにする。自発的に悪政を執ることで、この次元に魔王を倒せる勇者を平民のなかから生みださせる。
―――じゃが、ワシは…………おらぬ。平民がおらぬ。
ようやく理解出来たこの次元・ァルデピマジュムィダのサイクル。同時にその寿命尽きるまで良き支配者であり続けることを貫いた祖父を、賢魔王の偉大さを改めて知った。
「…………うぅっ」
知ったと同時に、魔王のなかで何かが変わり始めた。こぶしに力がこもり、歯を食いしばる。
「なんて、小っぽけなやつじゃろうか」
くっくと魔王は自らのぶざまな格好に冷笑した。腹の底に、少しずつ活力が戻ってきた気がした。
「これで終わりか。ワシはこれで終わるタマで、器であったか」
この次元に平民も、眷族もいなくなった。だから、すべてを諦めるのか。もう何もかも廃人のように、すべてを諦める道しか本当に残されていないのか。
―――受け継いだ魔王の力はそんなものか。数々の眷族よりたった1人だけ選ばれる魔王とはその程度のものか。
魔王は自らの、今までのふがいなさに笑うしかなかった。平民と眷属、支配するべきところに魔王は存在する。存在する意味を持つ。
「ワシは魔王じゃ」
気力を振り絞り、魔王は立ち上がった。目の前の何も無い空間に両手をかざし、その想いと力をすべてぶちまけた。
「ワシは魔王である!」
空間がねじれ、ゆがみ、きしみ、はじける。
―――ならば、ワシは旅立とうぞ。
支配することの出来ない、存在意味のない次元にいつまでも留まることはない。魔王に支配されるべき平民がいる別の次元へと、その壁を自らの力で乗り越える。それはわずかのかけらもない、ありえない可能性を信じての行為に他ならなかった。
【何もかもぶちまけるような凄まじい波動が次元を揺らした】
そして、魔王はァルデピマジュムィダという次元から永劫に姿を消した。




