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無味乾燥な人生を過ごすな

作者: 二本狐

 開いていただきありがとうございます。

 タイトルはフレーズとなっております。

 郷愁を感じる夕日に僕の目は、ほろ苦い液体を流す。

 滅ぶ世界。

 生まれる命。

 そんなどうでもいいことを大げさに考えてしまう人間はこの世界に本当に実在しえようか。

 きっといない。

 だけど、僕はきっと居ないという事実を考えることはする。

 ざっと十年。僕が育ってきた街を離れてそれぐらいなろうか。たったそれだけの時間の流れで、ふと戻った街並みは僕の目を通して全く違った景色を脳へ送り込む。

 小さい頃遊んだ公園はあと四年は工事中で、遊べる場所は限りなく狭い。木が一本立っている大きな花壇では、昔友達とよくその木の周りをぐるぐる回って遊んだものなのに、今その木の下で子どもたちがやっていることといえば携帯ゲームだ。まったく外でやるといえばゲーム。子供は風の子という言葉はすでに風化してしまい、死語となっているのかもしれない。外でゲームをして遊ぶのが遊びというのであれば、死語ではないのかもしれないが。

 生まれ育った街にきまぐれで行こうと思っただけ。それだけの自分になにも言えまい。大学に進学して少しずつ視野を広げた僕は、時間の流れなんかあっという間なのだと、歩いてきた(みち)を振り返って思ったわけだ。

 駅から自転車で飛ばしてきたが、今はキコキコとゆっくりと走らせている。

 公園から少し通りまで行くと、自然と昔澄んでいたマンションが見える。

 こんなにも小さかっただろうか。昔はあんなに大きく感じて、それこそ疲れるまで駐車場やマンションの周りを走り回った。縄跳びをして、鬼ごっこをして、語らった場所。なんとも言えない、悲しさが胸を突く。昔からここに住んでいる住人はもうほとんど居ないだろう。それこそ、人生の分岐。それぞれの生き方があるのだから。

 全てが小さく見える通りを渡り、通っていた小学校を横目に通る。ここでも、いろいろあった。でも、ほとんど思い出せない。思い出は色褪せるものだ。色褪せた思い出は、きっとパソコンのように脳のどこかで保存されている。

 小学校を振り切るように一気にそこから離れると、公園が見える。夕日に照らされた公園は昔からなんとも言えない郷愁が胸を襲う。涙が出そうになる。

 暗くなるから、というものではない。昔からそういう作用があるのだと、僕は思っている。朝日と違って夕日は『来る』のではなく『去る』。その行為と公園はなんとも似ているからかもしれない。朝日が来るように学校に入り、夕日が去っていくかのように僕らは公園を去る。その日が終わったらはいさよなら。そんな関係で、二度とその日が来る事のないように、眩かった昔にさよならをする。

 ふと、公園のベンチに座っている人と目があった。女性だ。その女性がいたく僕と同じ心境でいるのがわかってしまう。同じ日に、同じ心境の者と出会ったことは、運が良いのでもなんでもない、不運なのだろう。

「……あの」

 どこでも聞き覚えがある女性の声。でも、ひとりひとり独特な声質を持つ。その声が明らかに公園を突っ切ろうとしていた僕に話しかけてきた。

「君は寂しくないのですか?」

「寂しい?」

 何が、というまでもなく彼女は立ち上がって僕との距離を縮めて口を開く。

「この町に活気はありました。この学区には楽しいという感情が溢れていました。喜怒哀楽、全てを感じ取れた……。でも、今はこんなにもさびれて、こんなにも人が居ません」

 確かに、と僕は心の中で同意する。

 この公園は大きい方だ。サッカーのハーフコートもあるのだから、午後五時である今も、そろそろ帰ろうか悩む時間帯である。実際僕らの時はそうだった。かえろうか、残ろうか。僕はよく残ってもう一時間ほど残ったはずだと、うろおぼえながらそう覚えている。

 だからといって、この人の言ったことをまるまる全て受け止められるというわけでもない。

「この街に人がいないのは、ただの時代の流れだろ」

「いいえ」

 たった一つの否定の言葉で僕の発言は霧散する。

「子供には子供の時間があり、大人には大人の時間。子供から大人へと変わっていくことに関しては急速ですが、子どもと大人の分けられた時間はそれこそほとんど動くことのない箱の中のお話です。ですのに、この貴方が消えた十年でこれほどまでに変わってしまいました」

 何を言っているんだ。なぜ、初めてあった人間に僕が居なかった時間を当てられたんだ? ファンタジーな世界観、っていうのならばまだわかる。でも、この世界には信じられている神様は八百万やらキリストやらだ。信憑性がない。

「もし、そうだとしたら僕に原因があるというのか?」

 少しいらいらしながらそう言うと、

「そうです」

 と簡単に返された。それだけで僕はなにも言えなくなる。いや、反論しようと思えばできるだろう。それはいいがかりだの、全く関係ないだの、いろいろできる。でも、この人の黒い瞳でじっと見つめられると、なにも言い返せなくなる。

「……貴方は人生を、この街から出て行ってしまってからの貴方は過去を美化しました。だから、余計に久々に立ち寄ったこの街が余計に寂しく見えた、はずです」

「違う」

 短く否定せざるをえない。

「こんななにもない寂れた所が、あまりにも哀れに見えたから――」

「それこそ違います」

 否定を否定で返される。唇を噛んで反論しようとした口が無理矢理塞がれる。

 心中穏やかとはいえない。それは否定ばかりされるから、と無理やり誤魔化す事はもうできなくなってきている。この人の言葉が僕の心を激しく揺さぶるから。この人はなんでも知っていて、全てお見通しだと言わんばかりに僕の瞳を覗く。

 顔を上に逸らして夕日が最後の力を振り絞るかのように照らす、赤く染まった空を見上げる。

「『無味乾燥な人生を過ごすな』……貴方の母親が言った言葉です」

「なっ!?」

 慌てて女性に視線を戻す。

 しかし、もうそこには誰も居なかった。

 ただ一人、僕だけが公園に取り残され、寂しげに一台の車のエンジン音が耳に入るだけ。ザクッ、ザクッ、と歩く音も聞こえず、楽しげな声も聞こえない。

「……なんで、なんであの人があの言葉を知っているんだよ……」

 その場に立ち尽くしてどうしても泣いてしまいたくなる。だから上を向いて夕日を睨んだ。目に焼きついて涙を流せば、それは夕日のせいになるから。

 …………本当は、今日どうしてこの町に足を向けたのか。

 そんなの決まってる。

 母さんが死んだから。

 だから、母さんの影を追い求めていたんだ。

 小さな公園は母さんによく連れて行ってもらったから。でも、その面影は塗りつぶすように工事で消されようとしていた。それに、よく遅くまで遊んでいると迎えに来てくれた。その時繋いだ手のぬくもりは、とても暖かかった。

 家で母さんの料理を食べるのは当然であって、普通のことであって、当然のことだと思っていた。美味しいから。母さんだから。そんな思いは砕かれた。

 この公園は母さんと一緒に遊んだ。父さんは仕事だから、代わりに母さんに遊んでもらった。母さんは運動神経が良かったわけではないし、僕も同じだ。でも、二人でそれすらも楽しんで遊んだ。

 母さんの死因は、デパートの階段からちょっとしたはずみで押されて転落。打ちどころが悪かった。事故だ。他殺かもしれない。でも、どっちでも良かった。

 母さんが最後に意識を取り戻して、パニックを起こした僕の頬を撫でたのが、子供の頃に感じたぬくもりよりも冷えていて、表情は辛そうだった。なのに、必死で笑顔を浮かべようとしていた。笑顔を絶やそうとしなかった母さんだ。最後まで笑顔でいたかったのかもしれない。

 ――――無味乾燥な人生を過ごすな。

 たどたどしく言われた言葉を最後に意識を失った。

 すぐに救急車きて、父さんも仕事を投げ出して来てくれたけど、結局そのまま逝ってしまった。

 それが……まだ二週間も前のことだ。

 たった二週間。されど二週間。いまだぼんやりとしていた。蓋をしようとしていた。でも、無意識にここへ来てしまった。

「母さん……」

 涙を流す。

 無味乾燥な人生を過ごすな。

 この言葉は心に響いて、響かせながらも無視しようとしていた。母さんの死に目に会えたのに、どうしてもそのことを意識したくなかった。

 ――ウジウジしないのっ!

 風が吹いた時、そう聞こえた気がする。同時に夕日が沈んだ。

「母さん……ごめん」

 無味乾燥な人生を過ごすな、とは僕がこうなることを見越してことだったのかもしれない。

 すぐに心の整理ができるわけがない。でも、つけなくてはいけない。

 だから、その最初を、この公園で踏もう。

 母さんの好きだった笑顔を、無理矢理浮かべて。

「ありがとう、母さん」


 ――――さよなら。


 お読みいただきありがとうございます。


 

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