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彼は有頂天になっていた。
付き合いで浴びるほどお酒を飲んだ辰夫は千鳥足で
自宅の書斎に戻ってきて、いつもの書斎の机の椅子に
深々と腰掛け、ふぅ~と息を吐き、書斎の天井を
見上げながら一休みをした。
だが、すぐに辰夫はいつもと様子が違うのに気が付いた。
書斎には辰夫しか、いないのだが何処からか
辰夫のことを見詰める視線を感じる。
『だれだ!』
辰夫は飛び起き、その視線の主を探した。
だが、書斎にはやはり、辰夫以外には誰もいなかった。
『気のせいか?……』
辰夫はまだ感じる視線を必死で否定しながら、
気分を変えるために新作の小説の執筆をすることにした。
だが、執筆に集中する辰夫はやはり、その視線を感じる。
始めはただ辰夫を監視しているだけの視線と辰夫は
思っていたが…… それは段々と違っていた。
まるで辰夫を殺すかのような刺すような視線に変わっていた。
担当編集者の神前が帰った後、書斎でそんな原稿を読んでいる
辰夫も自分を見詰める視線を感じた。
『だれだ?……』
一旦、原稿を読むのをやめ、辰夫は書斎を見回し、
自分を見詰める視線の主を探した。
だが、原稿の内容と同じようにその視線は
書斎の何処にもなかった。
『おかしいな~……』
気を取り直し、辰夫が原稿の続きを読もうとしたが
その視線はやはり、感じる。
「だれだ!」
辰夫は大声で叫んだ。
突然の辰夫の声に驚いたのか、その視線は突如、
辰夫の書斎から消え去った。
『やはり、気のせいか?……』
辰夫は気を取り直し、原稿の続きを読んだ。
原稿の中の辰夫も自分に向けられている視線に
苦しんでいた。
辰夫はノイローゼになりそうだった。
「先生、先生。大丈夫ですか?」
いつもと様子がおかしい辰夫を気にし、
辰夫に声を掛けるが
「わぁ!……」
大げさすぎるほど辰夫は驚いた。
大げさすぎるほどの辰夫の驚き方に
「ほ、本当に大丈夫ですか?…… 先生」
神前はただただ、怯える辰夫に声を掛けた。
その状況は今、原稿読んでいる辰夫にも
徐々に及ぼうとしている。
書斎で続きの原稿をいると辰夫は自分の書斎へと
近付いてくる足音に気が付いた。
『あれ? こんな時間にだれだ?……
神前くんが戻ってきたのかな?……』
だが、その足音はいつもの担当編集者の神前とは
違っていた。
はっきりしたことはいえないが……
明らかに辰夫の書斎に近付いてくるのは
女性の足音の気がする。
『あれ? だれだ?……』
まだ独り者の辰夫の自宅にしかも辰夫と担当編集者の
神前しか、書斎のことを知らない近づくものなんて
いるはずもない。
辰夫は恐怖が込みあがって来た。