自分勝手
前話の続きになります。
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甘さ:★★☆☆☆
苦さ:★★★☆☆
長さ:★★☆☆☆
絡み:★☆☆☆☆
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甘さも三くらいあるかもしれません。ナオ視点では有りません。
それでは、どうぞ。
一人で過ごしたイブの夜は、とても寂しかった。二人で過ごすクリスマスは、どうなるだろう。
「……というか、二人で過ごせるかな」
まだ早い時間帯。クリスマスといえど人はまばらで、耳を澄ませば枕元への贈り物に歓声を上げる子供の声が聞こえてきそう……だなんて、ちょっと気取ってみたり。ふと道脇のショーウィンドウに映った自分を見て、ポーズを取ってみた。どこもおかしくない筈。今日の為に取ってあった服は、店員さんの見立て通り、冬の街並みに良く合って、自分で言うのも何だけど可愛かった。少なくとも、持ってる服の中では一番に。これなら、ナオも可愛いと思ってくれるかも。
ナオは私の親友だ。……と言っても、まだ知り合って1年も経っていないので、私の一方的な思い込みかも。ナオは壁が凄く分かりやすいから、踏み込めない部分が未だに有るのが、少し悔しかったりもする。……冬休み前に悩んでいた時も、何て声を掛けて良いのか分からなかった。それどころか。
「……馬鹿」
鏡の自分に向かってそう言ったって、そう思ったこと……ううん、そう思ってることが変わるわけじゃない。
ナオは、好きな人に告白できない、と悩んでいた。相手はきっと本気じゃない、って。その話を聞いた時、ナオの話を真剣に聞くフリをして、友人想いの私を演じている下で、私は密かに落ち込み、そして嫉妬の炎を燃やしていた。
ナオがこのまま告白できなければ良いのに。ナオが、フラれてしまえば良いのに。
そんな思いが浮かんで……そして、今も消えてくれない。
友人の恋路を応援するには、ナオは、私にとって大事な存在過ぎた。
……一方的な物だけれど。この醜い感情に名前を付けても良いのなら、きっと、これは、恋なのだろう。
鏡の中の私は、思いっ切り顔を顰めていた。
「自分勝手」
それに何も言い返せずに、ナオの家へ足を急がせる。
「はい……あら、ええと、千川さん、だったわよね? おはよう、どうしたの? こんなに早い時間に」
玄関に出てきて私を出迎えたのは、ナオではなく彼女の母親。少しだけ残念に思うけれど、それって失礼な話だ。悟られないように、朝早くに来てごめんなさい、と心にも無い謝罪をする。自分勝手、と頭の中でまた呟かれた。うるさい、分かってる。
「ナオちゃんに会いたいんです。 ……約束してないから、もしかしたら、予定合わないかもしれませんけど」
「……ナオね、聞いてくるわ。 けど、何だか気分が悪そうだったから、もしかしたら会えないかもしれないけれど」
頷いて返すと、ナオの母親は私を招き入れ、リビングへと通した。冬の朝は寒い。ナオの家の中は適度に温まっていて、ほっと息を吐く。一度ナオの家に遊びにきたことがあるので、母親がナオの部屋に向かったのが分かった。2階にあるナオの部屋は、広々としていて、リビングを見ても分かる通り、生活水準が高いことが窺える。私の家ははっきり言って貧乏だ。だからナオのような生活には憧れるけど、それでもきょろきょろし過ぎるのは恥ずかしくて、手持無沙汰にじっと待った。
やがて、母親が降りてきて、次いで、ナオが降りてくる。
「……ハル、おはよ、いらっしゃい。 どしたの?」
いつも通りに声を掛けられて、気分が悪いと聞いていた私は一先ずほっと、しかけた。
けど、その目が赤く腫れていること、そして声が掠れていることに気付いて、おはようと返そうとした口を止める。
母親はリビングをそのまま出てくれて、残ったナオは、何も言えなくなっている私に苦笑した。
「……大丈夫だよ、一晩泣いたから、すっきりしたくらい」
「…………そっか。 おはよ、ナオ。 いきなり来てごめんね」
心の中で小さく期待が芽生えている私と、そんな私を責める私。呑み込んで、挨拶すると、ナオは一度優しく微笑んで、それから「部屋来る?」と尋ねたので、すぐに頷いて返した。
「それで、どしたの? ……って聞くのもヘンだね」
改めてそう口にしたナオは、けど直ぐに明るく笑って、メリークリスマス、と優しく言った。
「……うん、大した用はなくて、クリスマス、だし、その…………ナオと一緒に、いたかった、だけだから」
私としては結構勇気を出して言った、冒険のつもりだったのに、ナオはさらっと「そっか」と流してしまう。それが不満でぶすっとした私だったけど、気を遣われてしまったのだろうか。
「ありがと」
そう優しく微笑んだナオに、顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。途端上がるテンションに、自分でも単純な奴だと笑ってしまう。
「メリークリスマス、ナオ!」
……昨日の話から、ナオに何が有ったのかはある程度想像できた。親友なら歓迎できる物じゃないことは確かで、そしてそれを喜んでしまっている自分がいて。勢いに任せてナオに抱き着きながら、心の中だけでそっと呟く。
ごめんね、大好き。
「公園?」
「あ、うん、えっと……ショッピングとかした後、ね! ちょっと行きたいだけ。 良いところって、えっと……近所のおばあちゃんが言ってて」
大嘘だ。公園に行きたいと言った私に驚いた顔をしたナオに、慌てて手を振ってそう伝えた。都市開発でお洒落なお店が増えた通りと、その一つ隣の通りに昔からのお店が並んでいる。家族連れやカップルがウィンドウショッピングを楽しむ様に、私達も辺りを見渡しながら、手の届かない流行りの服などを眺めて歩いていた。
ナオの家に押し掛けた私は、そのままナオをショッピングに連れ出した。ナオの母親も快く承諾してくれて、ナオに少し多めの臨時小遣いを支給していた。こっそり耳打ちしてたのが聞こえて、「お友達にプレゼントでも買ってあげなさい」と言っていたから、ひょっとすると、ナオがこうしてクリスマスを誰かと過ごすというのは今まであまり無かったのかもしれない。
「公園…………うん、良いよ。ハル、近所の人と仲良いんだ」
「あ、あはは、たまに話すくらいだけど……」
余計なこと言わなければ良かった。実際には誰かが噂話をしてたのを小耳に挟んだだけだし……それに、ちょっとどころじゃなく、今日一番の目的地がそこだった。
「それにしても……」
と、きょろきょろと辺りを見回しながら、ナオが照れた顔をする。
「私、ちょっとヘンかもね。皆お洒落じゃん……ハルも、とっても可愛いし」
「そ、そんなこと無いよ!」
ナオが照れた理由とは真逆の意味で顔を真っ赤に染めた私は、ばたばたと大袈裟に手を振った。褒めて貰えた、良かった。けど、ナオが辺りを気にしたままなので、私は思わず笑ってしまう。
「や、やっぱりおかしい……?」
不安そうに腕で服を隠すようにするナオに、私は真面目な顔を作って深く頷いてみせる。
「う、うぅ……」
項垂れたナオに、にか、と笑いかけ。
「そんなに可愛いのに、気にする方がおかしい!」
「……え?」
目を丸くするナオは、二人で歩いているのを自慢したくなるくらい、可愛くて仕方が無かった。
「ほら、折角のクリスマスだし、手繋ご!」
強引に手を取ると、驚いた顔のまま抵抗もなく、ナオの手が私の手に収まる。すべすべして柔らかい手。逃げないようにぎゅっと握って、そのまま歩き出した。ナオは何か言いたそうだったけど、赤い頬を見られたくなくて、気付かないフリで前を歩く。実を言うと、ナオと手を繋いで歩くなんてこれが初めてで、恥ずかしさのあまり二人頬を赤くして歩いていたみたいだった。
指はまだ絡められない。けど、手の中のナオの温もりが、私に少しだけ勇気をくれた気がした。
「やっぱり、可愛いのは高いね……」
最近出来たアクセショップ。並んだ値段を見て、二人して頬を引き攣らせた。このアクセにあんな値段を付けて売る物なのだろうか。値段と合っていない気がするな……。
「どうしよ……」
「向こうの通りに行く?」
お洒落な店達はどこも同じような値段で、手が届かないということは無いけど、そんなに高い値段にする必要があるのかな、と思ってしまう物ばかり。勿論買う事は無い。
「……そうしよっか」
お店を出て、それから、不自然に強張ったナオの手を取った。外を歩く時は手を繋ぐという、変なルールが生まれてしまっていた。それが楽しくて、上機嫌で一つ隣の通りへ向かう。
すぐ隣の通りなのに、お店が昔からの物だからなのか、全然違う場所に見える。人もまばらで、私達のように若い子はあまり見当たらなかった。それでも並ぶ店は堂々としていて、シャッターの閉まった店は少ない。どこか上品にすら感じてしまうお店たちの一つに足を運ぶ。お互いにお互いのクリスマスプレゼントを買う事にしたのだ。
「失礼しまーす……」
そっとガラス戸を引いて、店内に入った。暖房はあまり効いていないようで、寒さはあまり変わらなかった。ナオの手を握ったまま店内を見渡し……途端、ぎょっとする。
お店の奥で、誰かがキスをしていた。
それだけならクリスマス、ということで良かったのだけど。
繋いだ手を二人同時にぱっと放した。
幸せそうにキスをする二人は、どっちも女の人だった。
「…………」
目が離せない。時々声を洩らす二人を、どうしてだろうか、羨望の目で見てしまう。抱き合っている、少しだけ身長差がある二人。どちらも社会人なのだろうか、或いは大学生か、慣れた様子の深いキス。頬が紅潮しているのが自分でも分かる。ナオが見ているんだ、こんな態度になってしまっては、変に思われてしまうかも――けど、それはチャンスなんじゃない? ナオに、私の気持ちに気付いて貰う、チャンス。…………どうせ今日、伝えるつもりなのだから。
じろじろ見過ぎたのだろう、二人はこちらに気付いたようで、弾かれたように体を離す。けれど糸を引いた唇と、まだ荒い息をした二人は、私達が女二人組だったからか、顔を見合わせて首を傾げた。戸惑った様子の二人に気まずくなってしまって、振り返ってナオの手を取る。
そして、驚きで目を見開いた。
「お邪魔しました……」
そう言う声は上の空になってしまった。お店の外へ出ても、まだナオの顔がまともに見られない。あからさまに顔を逸らしながら、「あ、あはは……次行こうか!」と無理矢理手を引いて次の店へ向かった。
ナオは、私と同じように、羨望の眼差しで二人を見ていたのだった。そして私と違って、どこか悲しそうな色を、その目に宿していた。
昨日、ナオは失恋したのだろう。私は勝手に男の人だと思っていたけれど、ひょっとすると……その、ナオの好きだった相手は、女の人だったんだろうか。だとすると。
また、自分勝手、と頭の中で言葉が聞こえてきて、知ってると口の中で返した。
「……無いね」
「そう、だね」
あれから何だかぎこちなくなってしまった会話。結局プレゼントも見つけられず、時間も無くなってきていた。私は溜め息を吐いて、それから力無く微笑む。
「プレゼントは、また今度でも大丈夫だよ。 それより私……公園に、行きたいかな」
「…………うん」
不自然な間。少しだけ、不安が胸の内を過る。ナオはひょっとすると、公園の噂を知ってるんじゃないだろうか。だとしたら、私の想いは、もう伝わってしまっているのかも……。
「行こっか」
けれどナオは、怯んだ私にそう明るい笑みを向けてくれた。少しほっとして、不安を吹き飛ばす。ばれていたからって、どうにかなる物じゃない。好きな物は好きだし、伝わる時間が少し早くなるだけの違いなのだから。
公園は通りからあまり離れていないところに有って、しばらく歩くだけで辿り着いてしまう。けれど手を繋げないその距離はやけに長く感じられた。
人の姿が少ないそこは、とてもじゃないけど理想のデートスポットとは言えそうになかった。大きい公園ではなく、木も葉を落としているから寂しく、掃除も適当なのだろう、ゴミも割と目立つ。下品な落書きが結構多くて、改めて近所のお祖母ちゃん説を恥じた。こんなところ、オススメする筈がない。
「ここで良いの?」
確かめるように問い掛けてくるナオに、それでも頷いて返す。一瞬で良い、こんなところ、長くいなくても良い。
私はここに、告白をしに来たのだから。
「……大きい木だね」
公園奥の一際大きく目立つ木。ナオはぽつりと何気無い風に洩らしたけれど、その言葉で何となく分かってしまった。ナオはきっと、噂を知ってる。その上で、知らないフリをして、私に付き合ってくれてる。
それに喜んで良いのか、それとも悲しんだら良いのかは、まだ分からない。
「行ってみよっか」
小さく息を吐く。そして、そっとナオの手を見た。
その手は、不自然に強張っていて。
繋いだ手を引いて歩き出すと、ナオは静かについて来てくれた。
公園の中は本当に人が少ない。
噂が有るものだから、もっとカップルとか、沢山来てると思ったのに。まぁでも、周りの目を気にしないで済むから良いかな。やっぱり噂を知ってる人達から見れば、私がこれから何をしようとしているか、一目瞭然だろうから。
小さな公園の中、その木だけが存在感を大きくしていて、私達は直ぐにその下に辿り着いてしまう。ナオは、少し顔色が悪いように見えた。息を整えて、震えながらも言葉を紡ごうとした途端。
「待って」
と、ナオに言葉を遮られてしまう。心臓が跳ねあがって思わず縋る様な目をしてしまったけれど、ナオはそのまま口を開いた。
「……昨日ね、私、失恋したんだ」
予想していた言葉。けどここで聞くと思わなかったので、驚いてしまう。ナオは小さく口の端を持ち上げて、自嘲の笑みを浮かべていた。
「悩んでるって言ったでしょ、好きって伝えたいけど、伝えるのが怖い、って」
「……うん」
きっと、伝えて、失恋してしまったのだ。それを喜んでしまった私だったけど、でも私はどうなのだろう。ナオに受け入れて貰える保証なんて無い。私も伝えたいけど伝えるのは怖い。その想いを伝えてしまったら、どうなるんだろう。
けど今更不安に思ったって、もう遅い。ナオはきっと、私の心を分かってしまってる。
だって、多分。
ナオが恋した相手も、女の子だから。
「あの言葉の相手、ね」
ナオはそこで一度息を吸って、涙を堪える様に目を閉じた。けど直ぐに目の端から流れていってしまう。また自嘲の笑みを浮かべたナオは、目を開けないまま、震える声で続けた。
「お姉ちゃん、だったんだ。 ……16年間も、実の姉に、恋してたんだ」
震える声。姉。お姉ちゃん。姉との仲が良いという話は聞いたこと有ったけど、そうだったのか。女の子、というだけじゃなくて、もう一つ、家族だという、大きな壁が二人の間には有った。
「でも、やっぱり、フラれちゃった」
涙声で明るく言おうとしたその言葉は、聞いてて辛かった。
ナオは息を整えると、目を開く。それから、綺麗な笑顔になって。
「ねぇ、ハル、知ってた?」
嫌な予感がした。
ナオは涙を流しながら、静かに言う。
「16歳になっても、結婚できるのは、異性の、他人だけなんだよ」
突き刺さる様な、言葉。ナオの笑顔が引き攣り、直ぐに泣き顔に変わる。私は、けれど、
「それが、どうしたの」
そう言って。
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「っ……」
目を見開いたナオ。呆然としたその顔に、私はきっぱりと告げた。
「私、ナオと結婚したいんじゃない」
「…………え?」
掠れ声で、戸惑った様に唇に手を当てたナオに、勢いに任せて言い放つ。
「私はナオが好きなだけ! 大好きだから、一緒にいたいだけ!! 誰かに認めて貰わなくても、ナオが良いならそれで良いの!!」
そして、一呼吸おいて、
「大好きですっ!! ……私を、好きになって下さい!!!」
偽らない本心。誤魔化しようのない欲。私はナオが好きで、ナオにも、私を好きになって欲しい。
自分勝手、と自分自身で、小さく呟いた。そして頭の中から、それでも良いよ、と声がする。
ナオはしばらく目を丸くして、呆然と固まっていたけれど……。
「……っ、う………」
泣き出したナオの背中を、優しく撫でてあげていた。日が暮れるまで、私達二人は大きな木の下で抱き合っていた。
最後の最後でまいてしまいすみませんでした。
さっと終わってしまった感が凄く強いですね。
……はい、反省してます。
一応投稿作品の改稿も、短編なので作品の質を高めるという目的でやっていきます。なので、いつかに覗いて下されば、もっと話に厚みが出てるかもです。
クリスマス更新、ありがとうございました! こんな感じの百合短編が超不定期で更新されます、お気に召しましたらこれからもどうぞ宜しくお願いします。