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16歳の約束

――――――――

甘さ:☆☆☆☆☆

苦さ:★★★★★

長さ:★☆☆☆☆

絡み:☆☆☆☆☆

――――――――

 ビターな話です、苦手な方はお気を付け下さい。

 ただし、次の話に続きます。


 ――お姉ちゃん、私、お姉ちゃんと結婚する!――

 ――ナオ、私達女の子だよ? 結婚は出来ないの――

 ――する! するもん、お姉ちゃんが良いの――

 ――……私も、ナオと結婚するのも良いかもね――

 ――ホントっ!?――

 ――だから出来ないってば。……でも、そうね、


 ナオが16歳になってもそう言ってくれるなら、考えてあげよっかな――




 16歳。結婚の出来る歳。普段は意識なんてしないけれど、それでもそのことを思い出した時、少しだけ胸が高鳴り――そして、痛む。

 高校生になって、何が変わる訳でもなく。学校へ通い、家へ帰り、予習復習を軽く済ませ、姉のお下がりの曲を聴いたり、絵を描いたり、漫画を読んだり。何気無い日々を過ごしていた私だったけど、9月に誕生日を迎えた時は、嬉しいばかりでなく、お腹の中で何かが蠢いている様な、吐き気にも似た感情が浮かんでいた。耳の奥で聞こえる、お風呂場で反響していた、幼い姉の声。それよりも更に幼い私の声が駄々を捏ねると、姉が悪戯っぽい顔で呟いた言葉。

 きっと、忘れると思っていたんだろう。

 成長するにつれて、世間を知るにつれて、知識を増やすにつれて。家族という小さな枠に閉じられた世界でなく、広い世界を知る事で、女の子同士で姉妹であるということを知り、更に異性を知るだろう、と。

 成長した私はここにいる。16歳で、結婚も出来る。異性となら。

 小さな悪戯心と、そして私を宥める為の方便でそう呟いただろう過去の姉に、私の勝ち、と小さく呟く。

 けれど、それは胸の痛みを増すばかりだった。



 増えた知識は要らなかった。いっそ閉じた世界にいられれば良かった。姉より優れている人も沢山いるだろう。いや、見てきたことも有った筈だ。それでも、広い世界を見ても、私の見つめる先はやっぱり変わらなかった。

「ナオ、どうしたの? ぼーっとしてるけど」

「……ハル、ハルってさ、まだ15歳じゃん」

 灰色に曇り、更に窓まで微かに曇った外を眺めながら、入学時からの友人であるハルの言葉へ直接は答えずに、ぼんやりと言葉を発する。窓に映ったハルの輪郭が僅かに首を傾げ、次いで「そうだけど」と不思議そうな声がする。

「16歳になったら結婚できるんだよ」

「へ――――え?」

「ん……何でもない」

 異性となら。そう続けようとして止めた。それに今のこの状況では、ハルに勘違いされてしまうかも知れないし。

 あぁ、と心の中で溜め息を吐く。ひょっとすると、そんなことも有り得たかも知れない。ハルはどうか知らないけれど、姉のことを諦めていたら、私はきっとハルを好きになってた。

「……どしたの?」

 そう言って真剣な表情で顔を覗き込んでくるハルに、どうしてか胸が切なくなって、取り繕う笑顔が難しい。この優しい友人は、まだ一年と経っていないというのに、私の中で凄く大きな存在となっていた。誕生日を迎えた9月からは、精神的に不安定な時も有ったから……最近、距離が縮まったように感じる。

 だからだろうか。

「……好きって伝えたい、けど、断られるのが怖い」

 ぽろ、と本心が漏れた。

 突然だった私の言葉に、けどハルは驚いた様子もなく、真剣に頷く。それに後押しされるように、言葉を続ける。

「…………約束、したんだ。小さい頃、16歳になってもまだ好きって言ってくれるなら、結婚を考えてみる、って」

「結婚……」

 ぽつりと漏らしたハル。その表情は何か言いたげで、それに私は頷いてみせた。

「勿論、相手は本気じゃなかったよ。ただ、…………私が16歳になっても、まだ、好きなだけで」

 長い沈黙。簡単に言葉を返すなんてことはせずに、ハルはゆっくりと、私の言葉を噛み締めているようだった。けど、私はハルを待たずに窓の外の曇り空へ目を向ける。

 やがて、ぽつりと、「……そう、なんだ」とだけ。

 どこか悔しそうな声が、ハルの優しさを思わせた。



「ねぇナオ、新しいCD買ったけど、聴く?」

「あれ? もう今月分は行ってきたんじゃなかったっけ?」

 部屋のドアのところで1枚のCDを手にした姉に、既に机に置いてあるCD達を見ながら問い掛ける。姉は毎月一度だけCDショップへ行って、好きなアーティストの新作と、そして決まって全然知らないグループの曲を適当に選んで買ってくる。高校一年生になって突然高くなったお小遣いを思うと成る程、姉がCDを買うお金が有ったのもうなずける。けど、3年前に比べバイトも始めた姉は、最近CDの枚数が増えてきていた。

「うん、そうだけどさ。 でもクリスマスキャンペーンやってたし、ちょっと前に新作出たし」

「CD、聴く。 嬉しい、ありがと」

「良かった」

 習慣になったこのCDや、姉の入ってるバンドで使うお金はともかく置くとして、姉は基本的に無駄なお金を使わない。少しバツの悪そうな顔で言い訳する姉が昔のままで、胸が痛んだ。そして同時に、ふっ、と震える息を吐き出す。

 今日は、クリスマスイブ。

 姉は後でバンド仲間と出掛けると言っていた。夜遅くに帰ると言っていたから、ひょっとすると、そういうことも有るのかも知れない。けどこうやって私に、プレゼントをくれた。姉が手にしたCDアルバムは、お下がりのCD達で、初めて私が自分から「この人達の曲、もっとないかな?」と尋ねたもの。

 そして、CDと一緒に、機会をくれた姉に、私は緊張しながら、声を掛けた。

「……ねぇお姉ちゃん、ちょっと、話したいことがあるんだけど」

「…………」

 少し目を見開いて固まった姉は、ゆっくりと顔を縦に動かす。一瞬ためらって、それから中に入り、後ろ手でドアを閉める。いつの頃からか、私の部屋に入ることを遠慮する様になった姉は、どこか居心地が悪そうに見えた。私の机にCDを置いた後しばらく目を余所へ動かしていた姉は、ふと気付いたように私に笑顔を向け、「どうしたの?」と尋ねてきた。どこか、ぎこちない。感じ取っているのかも知れない、私が何を言うか。もしそうなら、私も同じく感じ取ってしまったことになる。姉の返事。そしてそれは姉にとっての私の話す内容と同じように、耳を塞いでしまいたい物だろう。気付かなかったフリをしていたいもの。

 そこまで考えて、けれど、私は止まれなかった。

「クリスマス、イブだね。 ……私、16歳になったんだ」

「……うん」

 姉らしくなくて、けれど予想通りの短い言葉に、私は舌がとても重くなったように感じた。持ち上げて、たった2文字を伝えるだけでも良いのに。口を半端に開けたまま、固まってしまう。けど、時間は優しく、或いは残酷に、私の舌を溶かしていく。

 震え声で、ゆっくりと。

「…………お姉ちゃん、昔私と約束したこと、覚えてる?」

「……………………」

 何も答えないまま押し黙った姉は、けど微かに顔色を青褪めさせた。それを見てまた麻痺しそうになる唇を無理矢理開いて、掠れ声を出す。

「私、今でも…………」

 最後まで言葉にならずに、掠れた声は空気に流されてしまう。姉は視線を下に向けたまま、酷い顔色になっている。私は小さく微笑むと、机の引き出しを開けた。つられるように視線が移った姉は、息を呑む。

 そこに有ったのは、小さな四角い箱。両親のように高級そうな物ではないけれど、それでも、机の中のそれは特別に見えた。

「クリスマス、プレゼント。 16歳の私から、お姉ちゃんに」

 箱を取って、震える手で、表面をそっとなぞる。

「お姉ちゃん、知ってるよね。 16歳になったら、結婚出来るんだよ」

 きっと変な顔になっている。無理矢理微笑んでみせた私は、ゆっくりと、姉にその箱を差し出した。

 硬く唇を結んだ姉は、どこか泣きそうにも見えた。


「好き、で…す……。 結婚してください、お姉ちゃん」


 掠れ声、小さな声。余韻は流され、けれど緊張は残ったまま。息が出来ない。差し出した手の感覚が無い。視界には姉だけ。姉の苦しそうな顔だけ。胸は痛く、痛くなっていく。受け取られない時間が長くなれば、なる程に。

 長い沈黙の後、姉は、私にそっくりの掠れた声を出した。


「結婚するには、異性で、他人、じゃなきゃ……駄目なんだよ、ナオ。 泣かないで」


 出した手を戻される感触が心に突き刺さる。姉の表情は見えないけれど、声を聴くにきっと泣いている筈だ。私と同じように。

 クリスマスイブの失恋は、分かっていたくせに、とても、とても、痛かった。

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