家庭不和
「ただいま」
「おかえりなさい。ずいぶんお楽しみだったようね」
「おい。亭主が帰ってきたってのに、いきなりそれはないだろ。こっちだって、遊びで接待してるわけじゃないんだぞ。嫌々付き合わされて」
「へえ、そう。じゃあ、そのワイシャツについてる赤いキスマークは何かしら」
「な、こ、これは……ふらついた時に、ちょっと店の女の子にぶつかっちゃって……」
「それだけで、こうもはっきりとつくものかしらねえ。嫌々とか何とか言いながら、結構デレデレしちゃったりしてたんじゃないの。鼻の下なんて、ダラーッと伸ばしたりなんかしちゃって」
「何だその言い方は。さっきからおとなしく聞いてりゃいい気になりやがって。お前は、一体誰のお陰で飯が食えてると思ってるんだよ」
「あなたこそ、誰のお陰で家庭が支えられてると思ってるのよ。あなたはいつも仕事、仕事って。ろくに家族サービスの一つもしないくせに。子供の面倒は全部私に押しつけて、あなたは接待にかこつけて飲み歩き。こんなの理不尽よ」
「ふざけるのも大概にしろ。お前はな、働いていないからそんなことを言えるんだよ。俺が普段、どれだけ苦労をしてるかわかってるのか。上司におべっかを使いながら飲む酒がうまいとでも思ってるのか。あーあ、やってられるか。働いてもいない奴にここまで言われるはめになるとはな」
「何よそれ! 私が専業主婦になったのは、あなたが家庭に入ってくれってせがんだからでしょう? それなのに、あたかも私がぐうたら楽してるみたいに言っちゃったりして。主婦だって大変なのよ。それなのに、自分が偉いみたいに胸張っちゃって。嫌になっちゃうわ」
「ふん。現に偉いんだから仕方ないだろう。俺は、たった一人で家族を食わせてやってるんだからな」
「そうそう。それに、外で仲良くしてる女の子にも定期的にご飯をおごってあげているようだしね」
「なっ……何を言い出すんだ、お前は」
「この私が知らないとでも思ったの? 馬鹿な人。今日だって、本当はそうなんでしょ。家族をほったらかしにして、一人でいい夢見ちゃったりなんかして」
「ぐ、そ、それは、俺に振り向いてもらえないような、魅力の足りないお前がいけないんだ。結婚してからぶくぶく太りやがって。こんなのは詐欺だ。お前がこんな風になるのを知ってたら、プロポーズなんてしなかった」
「何ですって! 私だって、あなたがいつまでたっても出世しないような、よそに種をまくことしか能がないようなポンコツだって知ってたら結婚なんてしなかったわよ」
「何だと!」
「何よ!」
二人は互いを睨みつけ、視線の間に火花を散らす。そして、険悪な空気が限界を迎え……。
とある公園の一角から響き渡る声を、ベンチに腰かけながら聞いていた女二人は、顔を見合わせながらこんな話をしていた。
「最近のおままごとって、何だか生々しいわね」
「ええ。何でも、あの子達の両親の会話を参考にして話を考えたらああなったんですって」
「子供って、意外と観察力ってものが豊富よねえ」
「そうねえ」
小さなちゃぶ台がひっくり返り、おもちゃの包丁が宙を飛びかう。
遊びの中でくらい円満な家庭像を見てみたいと誰しもが思うことであるが、今の世知辛いご時世では難しくなりつつあるのかもしれない。