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本番でGO!

 「……こちら管制室、バレットー百八十七号、Tマイナス240でカウントダウン続行中。確認されたし」


 与圧ヘルメットの中に、管制官の声が響いてきます。


「こちらバレットー百八十七号、了解。」


 三年生の緑川先輩の男らしい声が答えました。


「亜樹ちゃん、緊張してる?」


 緑川先輩がヘルメット越しに私を覗き込みます。そうなんです。今日は私の打ち上げの日、き緊張しないほうがどうかしてます。


「ゴキュッ、だだだいじょうぶです」


 私は緊張しながら答えました。


 緑川先輩はニコッと笑い返してくれます。


「こちら管制室、本日二千二十五年九月十七日、午前十時現在の北岳上空の天気は、晴れ、風速十二メートル気温はマイナス十度。打ち上げに支障はありません」


「こちらバレットー百八十七号、了解」


 緑川先輩は、管制室に応答すると私に微笑みかけて言いました。


「僕はもう三回目の打ち上げだけど、やっぱりまだ緊張するからな~。でも心配ないよ、絶対に事故なんか起きないから」


「は、はい」


 私も無理に笑顔を作って答えました。


 緑川先輩は、私達の基準からすると身長が百六十センチもあって、とっても背が高いのです。下級生の女子の間ではアイドル的な存在で、密かに恋心を抱く人も多いと聞きます。

しかも生徒会長さんなんですよ。


「……こちら管制室、バレットー百八十七号、Tマイナス120でカウントダウン続行中。バレル内超伝導コイル始動、確認されたし」


「こちらバレットー百八十七号、確認しました」


 緑川先輩は、十一軸のジョイパッドコントローラーをチョイチョイと走査すると管制官に応答しました。

 私の手元にも同じジョイパッドがありますが、船長さんは先輩なのでわたしの起動LEDは点っていません。


 皆さんは、大昔のスペースシャトルとかの打ち上げシーンを想像していませんか? だとしたら、私達のコックピットはとても貧弱に見えるはずです。

 どう言ったらいいのかな~? そうそう、二人が並んで座れる洋式便所とそっくりですね。


 船の航法関係の計器類は、全て与圧服のバイザーに投影されるので、私達を取り囲むタマゴの中のような壁にはなーんにも付いていません。足元から膝上の辺りまでコードに繋がれたPS6のジョイパッドの様な(後で聞いたら本当にそうなんだそうです)コントローラーが突き出ているだけ。


「……こちら管制室、バレットー百八十七号、ただ今から『バレット』を『チェンバー』に装填します。準備よろしいですか?」


「こちらバレットー百八十七号、準備よろし」


 先輩はそう言って、私達の体とシートの間にウレタン・フォームを注入するボタンを操作しました。すると、私達は蓑虫のようにその泡に覆われて保護されます。

 私達の乗ったバレットは、吊り下げアームに吊るされて、強力な磁力フィールドに包まれたチェンバーの中に装填されました。


 泣いても笑っても、打ち上げ30秒前です。


「……こちら管制室、バレットー百八十七号、ヒャーハッ!宇宙の果てまで打ち出すぜ!」


 管制官の方が、突然陽気に叫びます。


「こちらバレットー百八十七号、ガンホー!舌かむんじゃねーぜ、野郎ども!」


 先輩もニヤッと笑ってそれに答えました。

 緑川先輩と管制官のやり取りに、私は唖然として一瞬緊張を忘れてしまいました。


 私達一年生の間では、打ち上げの時唱える秘密の呪文があるって聞いていましたが、これがそうなのですね?


「ぐえっ!」


 次の瞬間、体が背面のシートにいきなり押し付けられ、バレットが射出されたのが感じられました。体の上にお相撲さんが二人ぐらい乗っかったような気がします。


 ここ巨砲駅から、北岳山頂まで通じる真空のバレルは、約六十キロの長さがあります。ですが、射出口付近では時速一万二千六百キロまで加速しなければなりません。

 従って、体には毎秒八G近くの加速度がかかるのです。

 しかしそれもわずか2・7秒間のこと、一瞬加速がゼロになって、また4Gぐらいの加速が掛かり始めます。


 大気圏でメタンロケットに点火したのです。今度はお相撲さん一人分位。打ち上げの初体験を言葉で表したら、「ズドン、バァーン、グーン」って感じでしょうか?


 メタンロケットの加速も7秒位で終わりました。体が気密服の中でふわふわと浮き上がります。

 いままで何Gもの加速が掛かっていたので、エンジン停止と同時に体が果てしなく前方に落ちてゆくような感覚で、結構気持ち悪いです。


 バイザーには小さくなってゆく陸地とか海が映し出されてるので、尚更気持ち悪く感じます。

 ここは、もう既に宇宙空間なのです。


「亜樹ちゃん、大丈夫かい?」


 緑川先輩が心配して声を掛けてくれました。


「だ、だいじょぶ」


 自分でもぎょっとするような情けない声が出ました。


「こちら巨砲学園本校・管制部、バレットー百八十七号、そちらの船体位置を確認した。予定どうりのランデブー軌道を飛行中、応答願います」


 バイザーから女性管制官の声が聞こえます。

「こちらバレットー百八十七号、船長緑川五郎、搭乗員高城亜樹、共に異常ありません」


 緑川先輩が落ち着いて答えます。


「こちら巨砲学園本校・管制部、バレットー百八十七号は、約十五分後に学園本校にランデブーします。高城亜樹さん? 本校入学おめでとう。これであなたもキャノラーの仲間入りね」


 管制官の女性が優しく声をかけてくれました。


「あ、ありがとうございます」


 わたしはドギマギしながら答えました。


「では、十三分後、以上」


 通信は切れました。


「あ、あの~、先輩、質問してよろしいでしょうか?」


「ん?何だい?」


「キャノラーって何ですか?」


「ああ、キャノラーね?」


 先輩はそう言うとくすくすと笑いながら答えました。


「昔、もう五十年以上も前だけど、アメリカ大陸を横断する非公式なレースが盛んに行われた時期があってね。

 もちろんガソリン自動車で行われていたんだけど、そのレースに出場する選手は、『砲弾のように無鉄砲な奴ら=キャノン・ボウラー』って呼ばれてたんだ。

 僕らは、ほら、文字通り大砲で打ち上げられるから男の子の場合は『キャノン・ボウラー』、女の子の場合は可愛らしく『キャノラー』って、誰とも無く言うようになってね、まあジャクサとかNASAの宇宙飛行士は『アストロノーツ』とか呼ばれてるから言葉の響きだけでもカッコよくなりたいっていう気持ちの表れなんじゃないかな? ハッハッ」


 先輩は笑いながらいいました。


「私達、入学式のオリエンテーリングで、『ダンプの運ちゃん』て呼ばれましたよ?」


 私はちょっとむくれていいました。


「ダンプの運ちゃんか~、言いえて妙な感じだね」


 緑川先輩は微笑みながら言いました。


「ああ、そろそろウレタン・フォームが溶けて無くなるから、手足が動くようになるよ。」


 緑川先輩は、そう言ってコントローラーを忙しくいじり始めました。


 『キャノラー』か? 何とかパミュパミュよりは言いやすいけど、あんまり流行りそうも無いよね~~。


「こちら巨砲学園本校・管制部、バレットー百八十七号、応答せよ」


 私がボーっとしてる間にもう十三分も経ってしまったみたいです。


「こちらバレットー百八十七号、どうぞ」


「そちらはランデブーの最終アプローチラインに乗りました。船のコントロールを渡してください」


「バレットー百八十七号、了解。ユーハブ・コントロール」


「こちら管制部、アイハブ・コントロール」


 バイザーに映し出されていたフォア画面とバックグランド画面が入れ替わって、船の進行方向を映し始めました。とは言っても、巨砲学園は地球から見て常に太陽と反対側にあるので、ランデブー誘導灯しか見えません。


 ドライアイスは、太陽光に照らされるとすぐにガスになって消散してしまうので、巨砲学園は常に地球の陰になる『ミッドナイト軌道』(静止軌道の約四キロ下)という特殊な軌道にあるからです。


 真っ暗で見えないその形状はというと、授業で習った巨砲学園の完成図を思い浮かべれば、巨大な十二角柱(神社で引くおみくじ箱のようなもの)に巨大なお皿を被せたような格好をしているはずですが、建設が始まってまだ三ヶ月しか経っていないので骨組みだけでしょうね@@。

 そんなことをぼんやり考えている間に、バレットは学園とランデブーしてしまいました。


 小刻みに噴射される炭酸ガスジェットの「ブシュッ、バシュッ」という音の後に、「ガシガシガシガシ」という船体を固定するアレスティング・フックの音が船内に響き渡ったので、初めての私でもドッキングしたことが判りました。


「こちら管制室、バレットー百八十七号、学園到着おめでとうございます」


 管制官の声が改めて学園到着を教えてくれました。北岳から打ち上げられて、約三十分です。


「それじゃあ、亜樹ちゃん。ハーネスを外して、君の宇宙服のおへその辺りにある安全フックを僕の腰の後ろに引っ掛けてね?」


 私は先輩に言われたとおり無重力の船内でもがきながらもフックを先輩に掛ける事に成功しました。


 先輩は船外に繋がるエアロックを開けて、ハッチの外のナノカーボンワイヤーに捕まると真っ暗な宇宙空間へと出てゆきます。私は慌てて先輩に後ろからしがみつきました。

 先輩が掴んだワイヤーは、どこか上のほう(移動していく方向)からゆっくりと手繰り寄せられているようです。


 百メートル近く引っ張られたでしょうか、私達は明るく証明された二十メートル四方程のマジックテープ・デッキに「バリッ」と張り付いて止まりました。


 二人は「バリバリ」やりながら、やっとの事でそのデッキに立ってみると、目の前のエアロックに「私立巨砲学園・ミッドナイト本校校門」と書いてあります。

 私は先輩について「バリバリ」とエアロックの中に入ってゆきました。


「はあ、ご苦労さん、やっとヘルメットが取れるね」


 先輩はそう言って「ブシャッ」と与圧ヘルメットを取りました。気温が低いので先輩の首元や髪の毛から水蒸気がモワッと吹き上がります。私も自分の宇宙服の酸素バルブを閉めてヘルメットを脱ぎました。


「さて、学生課に到着の報告に行こうか?」


 先輩はニッコリと言いました。


「僕らは今日到着初日だから、デッキ・ワークは免除されるんだ」


「はあ、デッキ・ワークですか?」


 私は訳がわからなくて聞き返しました。


「ああ、ご免ごめん。亜樹ちゃんは本校初体験だったね。じゃあ、暫くはデッキ・ワークは無いよ。

 デッキ・ワークって言うのはさ、僕らが乗ってきた『バレット』を分解する作業のことさ。」


 先輩は通路をバリバリと歩きながら言いました。

 このマジック・テープのバリバリ歩きは、見た目よりも難しいんですよ?


「デッキ・ワークのやり方は、すぐに授業で習うから心配しなくていいよ」


 先輩はそう言って私の肩をポンッと叩きました。その時、私はハッと我に帰ったんです。

 国立で今でもアストロノーツになる訓練を受けている私のかつての同級生より早く、私は宇宙に来ちゃっています。


 子供の頃から宇宙に憧れ、やっとこさっとこ国立宇宙飛行士養成学校に入学しましたが、勉強エリートになれなくて子供の頃からの夢も木っ端微塵になったこんな私がですよ?

 そりゃあ、あっちは親方日の丸なんで月面基地建設や火星探検なんかの派手な催し物がありますが、そんな彼らより三年以上も早く宇宙空間に来ているんです。


 これって、凄い事ですよね? 私は改めて『キャノラー』って呼び名がとても誇らしくなりました。それと同時に、巨砲学園の校長先生を含め教師の方々に感謝の念が湧いてきます。


「えーっと、あったあったここが学生科だよ。

 地球に降りる時と、ここに上って来た時は、登録確認に来なくちゃいけないんだ」


 先輩は、通路が交差するちょっと広い場所の真ん中に設置された球体を指差して言いました。


「はあ」


 地上の学校のようなカウンター式の、事務のおっさんがいる学生科を想像していた私にはかなり変に見えます。まるで町の宝くじ売り場のような印象です。

 球体の上下は床と天井にめり込んでいて、表面は全て液晶パネルで覆われていて、授業の時間割やさっきのなんたらワークのスケジュールや教師の在籍表やら様々なものがびっしりと表示されています。


 唯一チカチカする表示が無い部分は、透明な窓のようになっています。

 そこにはバインバインの胸をタンクトップで包んだ若いおねいさんが座っていました。


「はーい、君達。私が学生科の猫山さゆりさんよ~ん。さっき、バレットー百八十七号で到着した三年生と一年生ね? クラスと名前を申告してねぇ」


 おねいさんが窓の前に近づいた私達に言いました。


「三年一組、緑川五郎です」


「一年一組、高城亜樹です」


「はーい、登録しました。ご苦労様、これでもういいわよ」


 って、私はいったい何をすればいいの?


「ハイハイハイ、おねいさん、私はこれからどうすればいいんですか?」


「ああ、亜樹ちゃんはここに来た初めての一年生だっけ? えーっと、そうそう生活手帳を渡さないとね」


 おねいさんがそう言うと窓の下のポケットがパカッと開いてUSB接続口が現れました。


「あなたのタブレット端末に生活手帳をアップロードするから、コンセルジュ機能に従って行動してね?」


 私は慌てて宇宙服のポケットからタブレットを取り出してアプリをアップロードしました。


「それじゃあ、がんばってね~」


 おねいさんは、ニコニコしながら言いました。放し飼いですね? これは放任主義なのですね?


「亜樹ちゃん、今日一日は僕がある程度教えてあげるよ。最初は大変だからね」


 緑川先輩が優しく声を掛けてくれました。

 なんと優しいお言葉。先輩の後頭部から後光が射しています。

 私はそんな先輩に蚤のように集りながら、宇宙生活の第一日を過ごしたのでした。

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