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たまちゃん!

四月の長野はまだ寒い。飯田市を取り巻く山々は、真っ白に雪衣に包まれやっと麓の里の根雪が解け始めた頃です。


 この私立巨砲学園のある辺りは、里より標高が高い為まだ五十センチほどの雪に覆われて見るからに寒々としています。


 私=高城亜樹は、もうぐったりとして机に突っ伏していたのでした。

 私のクラスメート達も似たり寄ったりの状態です。

 織田先生のお話は一時間ほど続き、お昼前ようやく私達は開放されたのでした。


「・・・あの、高城さん?」


 HPゼロの私に話しかけてくる人がいます。

 重たい目蓋を持ち上げてそちらを見ると、一ツ橋珠樹さんが話していたのでした。


「は、はい」


 だらしないとこ見られちゃったかな?


「さっき織田先生から配られた寮の部屋割りなんだけど、私と高城さんが同室みたいなの」


 一ツ橋さんが?えぇ~~!


「私、一ツ橋珠樹よろしくね」


 一ツ橋さんが、にっこりと微笑んでおります。


「た、た、高城亜樹です。国立東京宇宙飛行士学校出身、十六歳、好きな事はスイーツの食べ歩きであります!」


 びっくりしてオーバー・アクションになってしまいました。

 一ツ橋珠樹さんは、くっくっくっと笑っておられます。


「あ、失礼。国立名古屋宇宙飛行士学校出身、一ツ橋珠樹です。趣味は読書かな?宜しくお願いします」


 な、なんということでしょう?おそらく私の百倍は頭がよいと思われる一ツ橋さんが、よりによって私のボーイフレンド(もとい@@ルームメイトですた)なんて。


「たまちゃん、私のことはあきって呼んでください。たまちゃん……って呼んでもいいよね?」


「OKよ、あきちゃん。それじゃ、さっそく行きましょうか?」


「え?どこへ?」


「もちろん、業者さんが待ってる体育館よ」


 何の話だろうかとウンウン唸って考えてる私にたまちゃんは「織田先生が言ってたでしょう? 授業で使う体操着や文房具を体育館で購入するようにって」と教えてくれました。


「お、おおう、そうでしたって、言いたいですが@@あの打ち上げミッション参加の話の後、わたしゃまったく記憶が無いのでございます@@」


「ええ、そうよね~~。あの話には、本当にビックリさせられたわ。あの後、株式会社キャノンの仮契約社員の書類にサインさせられたんですものね」


「えぇ~~!そんなのあった?」


 二度ビックリ@@


「あれ?覚えてないの?」


「うんうん」


 まるで催眠術から目覚めたみたいです。


「そういえば、なんか殆んどの人が虚ろな表情でサインしてたけど、あれってみんなショック状態だったのかしら?」


 ギャー、やられました@@あんのう織田華子のやつめ~~。


「ちぇ、覚えとけよ華子のやつめ@@」


 こうやって地団駄を踏んでももう後の祭りです。


「さあさあ、過ぎた事で悩まない。行きましょう」


 たまちゃんは、さばさばと言って私の頭をなでなでしてくれました。

 私達はおんぼろ校舎の廊下を体育館があると検討をつけた方向に連れ立って歩き始めました。


 この学校は元々廃校になった中学校だったそうです。後でわかったことですが、この学校は、主に新入生の受け入れだけの為に存在するのだそうです。宇宙空間にある本校に打ち上げられるまで仮に存在するだけのまあオリエンテーリング専用施設ってとこでしょうか?


 体育館の中は、制服を着たチビッコ達でいっぱいでした。あちらこちらにダンボールの山があり、その前にプラカードを持ったお兄さんやお姉さんがいます。

 ここで売っているものは、現金で買う必要が無いそうなのです。後で両親に請求が行くのだとたまちゃんが教えてくれました。


 やっぱり持つものは、あったまがいい友達だよね~と私は改めて思いました。


「あきちゃん、こっちこっち」


 たまちゃんが私の手を取りずんずんと人ごみの中を進んでいきます。最初にたどり着いたのは体育館の一番奥の宇宙服売り場でした。


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、ゲネオインダストリー製の無重量船外活動着だよ」


「みなさーん、四葉レーヨンの宇宙服いかがですか?」


「シュタルゲオン製スペーツスーツはいかが?」


 世界の有名どころの宇宙服メーカー三社がブースを出して激しい呼び込み合戦をしています。


 国立では個人用の宇宙服は在りませんでした。学校の備品で大体サイズが合っていれば不特定多数が着まわししていました。国立生は、それを着て宇宙に行くわけでなかったから、そんなもんで十分だったのでしょう。


 でも、この学校では半年後に実際にそれを着て宇宙に行くのだから、選ぶ生徒のほうも真剣になります。


「たまちゃん?」


「なに?」


「素朴な疑問をばしてよろしいですか?」


「いいわよ」


「なんで、宇宙服が三種類も売ってるの?」


 たまちゃんはちょっと困った顔をしましたが、教えてくれました。


「この学校は私立だから、国立みたいに選定業者みたいなものは指名しないのよ。だから、個人個人の財力に応じて、各メーカーの製品を選べるようになってると思うわ」


「ほうほう、で、お値段はいかほどでしょうか?」


「え~と、パンフレットを見る限り、三百万~五百万円の間ね。」


「な、な、五百万ですと~~@@」


 知らなかったのは私だけ?


「でも、九十五%は国と学園の補助があるから、実質十五万円~二十五万円の間ね」


 ほっとしました。そんなもんですか、良かったです。ですが、タマちゃんの様子が少し変です。「はあ」とため息ばかりついてます。


「補助金がいっぱい出るんだから、一番高い奴にしようよ」


「あきちゃんは、高い奴買ったらいいよ。あたしは、そんなに高機能な物はいらないから一番安いのでいいわ」


 たまちゃんは、少し寂しそうに微笑んで言いました。

 後から知った事なんですが、たまちゃんのお家は、両親が事故で亡くなり、お爺ちゃんとお婆ちゃんに育てられていた為、年金暮らしでとても裕福とは言えない家庭事情だったのです。

 そんな事を露も知らない私は、「どうせ両親が払うんだから」と無神経な事を考えていたのをすっごく後悔しました。


「え~と、あきは、ゲネオインダストリー製のNSね?」


 タマちゃんはそういって私をゲネオインダストリーのブースに連れて行ってくれました。


 ブースにはスチールの長机に受付のお姉さんが3人並んで注文に対応しています。その前には、学生の並ぶ列ができていて、「あきちゃんが並んで、私はその間にあっちで別の宇宙服買って来るわ」と有無を言わせず並ばされてしまいました。


 人間の体は、千差万別です。宇宙服は真空から身を守り、時にはスペースデブリからも体を守ってくれます。日進月歩の現代では、宇宙服も数年で時代遅れになるのです。


 パンフレットを見ると、このゲネオインダストリー製の宇宙服は今年発売されたばかりのニューモデルで、スーパー衝撃吸収ジェルがどうたらナノカーボン繊維がどうたらと説明書きがあり、すごくいいもののような気がします。


 一方たまちゃんが買いに言った宇宙服は、五年前に発売されたモデルで、あんまり人気がありません。ですが、チラシの中にその宇宙服を購入すると宇宙服の下に着るインナー二着が無料で付いてくるとありました。「ははあ、さてはたまちゃんお目当てはそれですね?このお買い物上手」などと、その時の私は罰当たりにも考えていたのです。


 列が進み、私の番になりました。


「本日は、ゲネオインダストリー製の無重量船外活動着NSシリーズをお買い上げくださりありがとうございます。失礼ですが、出席番号とお名前をどうぞ?」

 と受付のお姉さんが言いました。


「出席番号一一七番、高城亜樹です」


「えーっと、はい高城亜樹様、お買い上げありがとうございます。こちらの売買契約書にご署名いただきまして、あちらの採寸機に進んでいただきます。ご承知だと思いますが、高城様の無重量船外活動着のお仕立てには2ヶ月ほどのお時間を頂いておりますので、お手元への到着は七月初旬ごろを予定しております」


 私は契約書にへたくそな字でサインすると、お姉さんが指し示した採寸機の方に目をやった。う~ん、なんか立ち上がったでっかい鯛焼き機みたいだ。鯛の形の部分が、人間の形になってる@@


 私はお姉さんに促されるまま、採寸機の前に立ちました。


 すると採寸機がバフンッと音を立てて、私をサンドイッチにしました。内側の鯛焼きの型の部分には、ゴム風船みたいなものが付いていて、私の全身を見動きできないほどにギュウギュウと押し付けてきます。ついでに息もできません。グッグルジ~@@

 窒息状態はそんなに長く続きませんでした。次の瞬間、鯛焼き機がガバッと開いて私はペッっと吐き出されたのです。


「ご苦労様でした。あ、これは高城様の契約書の写しです」


 お姉さんに慇懃に送り出され、私は「一丁あがり」です。

 そんな私をたまちゃんはニコニコして待っててくれてました。


「それじゃあ、回転上げて全部 片付けちゃおうか?」


 たまちゃんはそう言うと私を風になびく洗濯物のように引っ張って、体操着、作業服、教科書兼筆記用具の新型ノートパッド(耐水対真空仕様)などを買い漁って、体育館を出る頃には、三袋も紙袋を両手に下げた状態でした。


「たまひゃん……おなか減った」


 私はこの激戦に疲れ、正直な身体状況を告白します。


「そう、もう午後二時ね。学食やってるかしら?」


「学食?あるんですか?」


 私は例によって、説明書をまったく読まない体質なので、この学園に学食が在った事さえ知りません。


「うん、あるよ。確かこっち。」


 私はたまちゃんとずんずん進みます。すると、体育館と反対の棟にすんごいお洒落なカフェテリアのような設備があるではないですか。それを目にした瞬間、今度は私がたまちゃんを引っ張ってずんずん歩き始めました。


 学食? (カフェテリア?)は三百人程が収容できるようなフードコートの様な造りです。

 和食コーナー・洋食コーナー・宇宙食コーナー(???)・カフェコーナーの四つがあります。私は脱兎のごとく洋食コーナーの列にたまちゃんを引きずりながら並びました。


 列の入り口でトレイを受け取り手すりのようなレールに滑らしながら、展示ケースの中の食べ物を取っていく形式です。パスタやハンバーグなどイタリアンとアメリカンな料理が並んでいます。

 私はスパゲティ・カルボナーラとチョップド・ラムステーキにシーザーズサラダ、カットアウトしたバジルピザにマンゴーゼリーとイングリッシュ・マフィン二個、それとプーアール茶などをトレイに詰め込んで幸せな気分でお会計。


 たまちゃんはスクランブルエッグとフレンチ・マフィン、それにトマトジュース? ダイエットでもしてるのかなって、私は思っていました。


 後になって、それは節約していると言う事を知りますが、たまちゃんから「そんな事で気を使ったら絶交ですからね」ときつーくお叱りを受けたのでした。

 あ~ダメダメですね@@私はこと食事になるとまったく節操がなくなります。身長百二十八センチの体のどこにそんな食料を格納するスペースがあるかと思わせる食べっぷりです。


 私達はカフェテリア(?)の窓際の四人がけの席で食べ始めました。

 たまちゃんはそんな私の食べっぷりを目を皿のようにして見ていました。


「あきちゃん、うらやまし~な。そんなに食べて太らないんだ!」


「わひゃしは、ねんっぶふっぴ、わるいのだわよ」


 お口の中に食べ物いっぱいで発音がハムスターのようです。

 たまちゃんはというと、ナイフとフォークを上手に使って、スクランブルエッグをたべているではないですか。何という差でしょう。

 私は殆んどたまちゃんと同じくらいに食べ終わって一息つきました。


「あーおいしかった。ごちそうさま」


「ごちそうさま」


 ふたりは向かい合って、お互いを見詰め笑いあいました。

 入学式から続いた怒涛のような一日がやっと終わって私はほっとしています。寮に戻ったら届いている私物を片付けなきゃいけませんが、今はそれを頭の隅に追いやります。


 こうして改めて一ツ橋珠樹ちゃんを観察すると、大変な美形である事を改めて痛感します。私は一人っ子で育ったので、お姉さんとかお兄さんとかに憧れていて、たまちゃんはそんな私のハートを鷲づかみにしてくれるのです。


「おなかいっぱいで、まだ動けませぬゆえ、お互いの事でも披露し合いましょうか?」


 私はプーアル茶をすすりながら、たまちゃんに提案しました。


「いいわよ? どんな事?」


 たまちゃんは、清らかに笑いながら返事をします。


「最初はあきちゃんから、好きな教科とか?」


 さすが、たまちゃん。真面目です@@


「きょ、教科ですか? それは、あんた、聞いちゃいけません@@不肖高城亜樹、この学校に入学できたのが奇跡だと思っております」


「あきちゃんの話し方おもしろいね~」


「そうかな~、自分では自覚症状ないんですけど。たぶんあれだわ、頭が悪いので話し方も変になっちゃってるのだわです」


 たまちゃんは面白そうにコロコロと笑いました。


「それじゃ、たまちゃんは?」


「あたし?そうだな~、やっぱり宇宙工学かな?」


「って言うか、たまちゃんは相当頭が良い人だと私の野生のセンサーが告げているんですけど、苦手な教科なんてあるの?」


「も、もちろんあるわよ。私は国語系が苦手だわ。この巨砲学園に入学したのだって、宇宙飛行士学校から普通高校に針路変更しても大学受かりそうもなかったから、ここに来たのよ?」


「え~、またまた? 姉さん、ネタは上がってるんですぜ?」


 私はTVの刑事ドラマのマネをして、おふざけで言ったつもりなんですが、たまちゃんはちょっと困ったように視線を逸らしました。


「あ、ああ、御免なさい。これから同じ部屋で生活する人に隠し事しちゃだめよね?」


 たまちゃんは、すまなそうに私を見ながら言いました?

 えぇ~?そうなんですか~~?


「そ、そうよ、素直に吐いちまえですわよ」


 私は動揺しながらも、刑事さんのマネを続けました。


「えぇっと、どこから話そうかしら? そうね、私が一番恥ずかしいと思うことから話さなければだめね?」

 たまちゃんはそう言うと、意を決したように話し始めた。

「私の家は貧乏なの。さっき宇宙服を選ぶ時、一番安いものにしたでしょう? あれは、そうしなければならなかったから、安いものにしたの。」


「え? で、でも差額なんてたった十万円だったよ?」


「そう、信じられないわよね? でも、私の家庭は両親が亡くなって、年金暮らしの祖父母に養ってもらってるの」


「あ、そうなんだ……」


「恥ずかしいから、どれぐらい貧乏かなんて説明しないけど、十万円の差額が払えなかったり、昼食にこんな物しか食べられなかったりする位お金が無いの」


「ご、御免なさい」


 私は赤くなって、さっきたまちゃんに無造作に投げかけた心無い言葉を謝りました。


「あ、あきちゃんは素直な人だと思うから、そんなこと謝らなくていいのよ。ずるいのは私なんだから」


 な、なんて健気な人なんでしょう(涙)


「私のお家が貧乏だって事は、私がずるをした原因なの」


「……は、はい?」


「私が国立名古屋宇宙飛行士学校の三年生の時、丁度国立高等専門宇宙飛行士学校の試験の一週間前に、私の二つ上の先輩からこの私立巨砲学園の秘密を聞いたの。」


「え? ひ、秘密?」


「そう、織田先生がオリエンテーリングで言ってたでしょう? 九月頃には全員が宇宙に行けるって? あれよ」


「ん~~、で、だから何なのですか? あきの頭では、わっかりませ~ん@@」


「それでね……それで、受験の時一教科の答案用紙に『名前』をワザと書かなかったのよ……」


 たまちゃんはそう言って俯いてしまいました。

 ん? てことは、その答案は『0点』だった訳で…………エーーーー!


「も、もしかして、ワザと試験に落ちたとですか@@?」


「そ……う…なんです……御免なさい」


「な、なんちゅう子や! どんだけ頭いいんじゃい?」


「い、いや、そこの突っ込みは違うでしょ?」


 たまちゃんは、困った顔で一応ボケをやってくれました。


「え~~と、あきは頭悪いので、未だにたまちゃんの衝撃的な告白の意味がわかりませぬが??」

「国立に行けば、宇宙飛行士になるまで、あと八年かかるから、この学校に来たかったのよ。ウヮーン、あきちゃんに最後まで言わされたぁ、グスグス……」


 たまちゃんは、本当に少し涙ぐんでいました。

 この人『天然』なんだ。と、私は思いました。


「は、早く働きたかったの……お爺ちゃんとお婆ちゃんに……楽させて上げたかったの……だってこの学校……お給料がでるんだもん」


 ドヒャー! そうなのかい??


「たまちゃん、それは初耳だぞ@@」


「え? だって織田先生に渡した契約書に書いてあったわよ?」


 んんん、なんてしっかりした娘なんだ。私は改めてたまちゃんを友達にできたことを幸運だと思いました。


 これが、私がたまちゃんをゲットした顛末だったのです。

細かい部分を修正しました。

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