私立巨砲学園
「国家的落ちこぼれ諸君! 私立巨砲学園に入学おめでとう!」
飯田市市民会館の講堂には、やる気のない若者たち五百人あまりが集まっていた。演壇に立っているのは、作業服を着た普通の中年のおっさんに間違いないのだが、胸には校長って書いてある。彼の背後には「祝二〇二五年度 私立巨砲学園御入学」という横断幕が掲げられていた。
「私はこの学園の校長、湊勇太・四十歳独身である。国立のアストロノーツ養成学校が設立されてから五年になるが、本学園は国立の養成学校から落ちこぼれた学生の受け皿として三年前に設立された。君たちはすでに国立校で三年教育を受けたわけだが、残念ながら残り三年の本科生になれなかった生徒だ。つまり、落ちこぼれである!」
高城亜樹は生徒席の一番前で小さな胸を更に小さくしてため息をついた。
「落ちこぼれ落ちこぼれって、何回も言わなくたっていいのに……」
「だが、私はそんな君たちだからこそ、期待してしまう。華々しい国家特待生より、何が何でも宇宙に行きたいと願う君たちのほうが余程見込みがあると思っているからだ」
亜樹ははっとして顔を上げた。
「……なんか……校長先生かっこいいかも……」
中年校長の頭の後ろから七色の後光が射しているみたいだ。「うふふ……」
私もここにいる他のみんなも、親方日の丸の国家公務員『宇宙飛行士』に成りたくて国立のアストロノーツ養成学校に通ってたんだけど、現実はきびしーのよね。国家公務員職で唯一体力を使うお仕事だと思ったんだけど、亜樹の脳力じゃ無理だったみたい、テヘッ。
校長先生のお話も終わって、私達はぞろぞろと市民会館から外にでました。これからバスに乗って、『北岳』の山裾にある巨砲学園へと向かいます。
知ってますか? 『北岳』って日本で二番目に高い山なんですよ? 私もさっき知ったばかりですが。
これから教室でオリエンテーリングです。ちょっぴりの不安と沢山の出会いにワックワクです。
この学園の生徒はみんなチビすけさんです。
アストロノーツは基本的におでぶさんではなれないのだけど、国立にいたころに身長が伸びすぎて挫折したり、体重が増えすぎて学校をやめざるおえなかった人たちがいっぱいいました。
だけど、この学園の生徒はその中でもとびきりのおチビさんばっかりです。平均身長は百四十センチぐらい、あたしは中でも小さくて百二十九センチしかありません。
「私が一年一組担当の織田華子です。みなさんは中学二年から国立に編入して、三年間過ごした訳ですから今は十六歳、親の承諾があれば結婚することができる年齢です。だからといって、この学園では乱れた関係はご法度よ」
華子先生はすごく色っぽい、ピチピチのボディスーツでブラウスの胸はバインバイン、大人の女性って感じ。
「皆さんは全国五千人の候補生から本科生になれなかった四千九百五十人の中の五百人です」
先生は生徒の顔を見まわしながら言った。
「国立の本科生になった人たちと、それほど倍率に差はありません。ただ、この学園の生徒は、国立の学生と決定的な違いがあります」
先生はまるで悪巧みをするサラ金の女社長のような歪んだ笑みを浮かべて再びみんなを見回した。
「おい!倉山満、その違いが何なのか答えてみろ」
どひゃー@@いきなり後ろのほうの男子生徒が指差されちゃった。汗あせアセ……
「は……はい……えーっとせ……設備がボロいことです」
生徒の間から爆笑が上がった。
何それ、本当の事でも言っちゃだめです。先生が拳を握り締めてます。私は先生と視線を合わせない様に下を向きました。
「次!一ツ橋珠樹、答えてみろ」
今度は、私の隣の女の子が指されました。さっき席に着くときに挨拶を交わしただけですが、とても聡明そうなかっこいい女の子です。
「はい、ジャクサ主導の月面基地建設や、火星探検などの国際プロジェクトに参加できないことです」
すご~い、スラスラと答えてる、尊敬しちゃう。
「ふむ、正解だ」
一ツ橋さんは何事もなかったかのように席に座りました。私はそんな彼女をチラ見して顔を赤くしてしまいました。
「いま一ツ橋が、国立の生徒と我々の違いの一つを説明してくれた。しかし、もっと決定的な違いがある!」
先生はにんまりと笑いながら続けた。
「それはな、お国の学生とは違い、我が校の生徒は全員宇宙に行けるということだ!」
「エー!」
「マジっすか?」
「キャー!」
「ほんとにー?」
教室のあちらこちらからどよめきと悲鳴と嬌声が聞こえてきました。かく言う私もだらしなくあんぐりと口を開けて先生を凝視しちゃいました。
「ふふふ~ん、驚いたか?」
もしかして、先生ってお調子者?すっごく得意げに話ししてる。
「先生!あふれる様なその自信はどこから湧いてくるのですか?」
クラスメートの中からそんな声が上がった。
「それはな~、この私立巨砲学園の卒業者は全員WCOP(国際温暖化ガス排出量規制機構)に就職するからだ」
先生はどうだまいったかというようなジェスチャーで教室の後ろの壁を大げさに指差して悦にいっているみたいだった様ですけど、生徒は一人も理解してないみたい。
「ねェねェ……WCOPってな~に?」
「温暖化って宇宙であるの?」
「なんか俺達就職きまっちゃってる?」
教室中が、ざわざわ・ヒソヒソ……。私は先生の額に青筋十字マークがゆっくりと現れるのを見てしまいました。
「このド阿呆どもが~!年々質が下がりやがって、今年は解る奴がひとりも居ないのかい、なさけない」
先生はそう言って大きなため息をつきました。
「仕方がない、バカにも解るように説明してやるか……WCOPてのは五年前に、地球温暖化を防ぐ為に取り交わされた国際条約だ。お前らも知ってるだろう、去年温暖化によってバングラデッシュの国土が半分失われ、バハマ諸島は海水面の上昇で住民が住めなくなった。これは一九九〇年頃から約三十年間に地球の平均気温が三度近く上昇したために起こった現象だ。その為にWCOPでは加盟国に温暖化ガスの排出規制をもうけたが、どの国もそれを守ろうとしやしない。そこで考えられたのが、炭酸ガスを宇宙に捨てちゃおうという計画『マスドライバー計画』だ」
「えェ!そんなの初耳だ!」
「どうやって?」
「そんなの不可能でしょ!」
「ポイ捨てするゴミにパイロット乗っけるの??」
「一体いくら金かかるんだ?」
先生の説明に、教室の中は騒然となりました。
「まあよく聞け、順に説明してやる。
まず第一の問題は資金とコストだ。資金は条約加盟各国から徴収する罰金だ。現在の温室効果ガス削減目標は二〇一五年を基準にして、総量の三十%と決められている。加盟国は現在百ヶ国、多分来年の国連総会で全世界全ての国や地域が批准するだろう。すると温室効果ガスの削減量は、年間約百五十億トンになる。現在その殆んどが達成されてない状況だ。罰金は二酸化炭素一トン当たり円換算で一万円だから年間百五十兆円、すでに五年分キャリーオーバーされてるから七五〇兆円の資金プールがある。現在アメリカのNASAの予算が十兆円だから毎年その十五倍の予算が使える計算だ。
次の問題はコストだが、現在化学ロケットで一トンのペイロードを静止軌道に打ち上げる為には二億円前後の費用がかかるから現実的にその方法はまったく使えない。だが、日本国の極秘プロジェクトで低コストに投棄する技術が完成した。まあ、軍事用のレールガンの技術にJRの持つ超伝導リニア技術を組み合わせたものなんだがな。ちなみに実用の超伝導リニア技術を持っているのは日本だけなんだぞ……」
「先生、質問してもよろしいでしょうか?」
ボーッと先生の話を聞いていた私は、はっとして隣の席の一ツ橋さんを振り返りました。すごい、手を上げて質問なんかしてる。
「つまり、巨大なレールガンでドライアイスの砲弾を打ち上げる訳ですね?」
「その通りだ、一ツ橋」
「ですが、宇宙に投棄するといっても地球の重力圏を出る為には最低でも秒速三十キロメートルの脱出速度が必要です。大気による摩擦抵抗を考えると砲弾・・・いえ、投射体の初速は秒速五十キロメートルを超えてしまいます。それでは大気圏中で燃え尽きてしまうのではありませんか?」
一ツ橋さんの顔はちょっと青ざめていました。燃えちゃうって言ったよね? え~~燃えちゃうの?
「ふむ、秒速五十キロメートルだったら燃えちゃうな」
先生のお顔にはアルカイックなスマイルが張り付いて……きゃー@@こ…怖い……。
「まあ、安心しろ。現在予定されている初速は秒速三・五キロメートルだ」
私はちょっとホッとしました。燃えないかもしれません。
「でも、それでは地球の低周回軌道にも乗れないです」
「一ツ橋、お前ちょっとせっかちだな。今黒板に書いて説明してやる」
先生はにやりと笑って黒板を振り返って説明を始めました。
「投射体の大きさは、全長二五〇メートル直径六〇メートルの弾丸状だ。我々はこれをその見た目通り弾丸「バレット」と呼んでいる。弾丸とはいっても内部には推進剤、尾部にはロケットモーターがついていて砲口から射出後そのモーターに点火し、最終的に静止軌道まで打ち上げるんだ。推進剤にはメタン、酸化剤には地上で二酸化炭素を分解し酸素を取り出してそれを利用する。宇宙に投棄できる二酸化炭素は約二万トンだが地上で分解した二酸化炭素が一万トン、推進剤のメタンは強力な温暖化ガスなので二酸化炭素の一〇倍の換算率で五万トン、一回の打ち上げで合計八万トンの温室効果ガスを宇宙に投棄するわけだ」
ほ~っ……なるほど~……クラスメートの皆さんの間から感嘆の声が漏れ聞こえてきます。私もなんか弾丸が打ち出される光景を想像すると胸がドキドキしてきました。
「宇宙開発は、月面基地やら火星探検やら派手な話題ばかりが取りざたされるのは仕方がないが、私は君たちには地球を守り本当の意味で宇宙を開拓するアストロノーツになってもらいたいと思っている。
WCOPの『マスドライバー計画』は、二酸化炭素を宇宙投棄するだけの計画だが、事業としての採算性を高める為、静止軌道に備蓄した二酸化炭素を分解して酸化剤の酸素を生産して国際宇宙開発機構に販売する。また、副産物の炭素から炭素素材を作り出し、それも宇宙建造物の骨材として販売する。また、ドライアイスの投射体を覆うチタンも宇宙で精錬し直して宇宙船の材料として売りつける。
それやこれや全てをひっくるめて、宇宙空間で資材を生産する会社を日本政府の肝いりで設立する事になったのだ」
先生はとっても涼しげな目で私たちを見詰めていらっしゃいます。なんか私ジーンとして目に涙がにじんできちゃいました。
「そこでだ! 急遽その二酸化炭素を大量に運搬する為のパイロットが大量に必要になったのだ。きさまらは落ちこぼれとはいえ国立校で三年の基礎訓練を受けてきている。これは、本学園にとっては教育コストが切り詰められるという大変すばらしい事実なのだ。
しかも、入学時に極力チビで体重の軽い経済的な人間を人選した。これは打ち上げのペイロードを増加させるのに有利だし、他にも宇宙服が安く作れるとか、宇宙での酸素消費が少なく済むなど、諸々の利点がある。
おまえらも既に薄々感じている通り、本学園の女子生徒が全体の七十五%を占めるのは、宇宙放射線の被爆に女性が強い為でもある」
え~~、なんか始めのりっぱなお話とは違って、結構けち臭い話になっちゃってるんですけど@@。
「まあ、世の中とはそうしたもので、事業に必要な人材は、それぞれの会社によって違うのだよ。ジャクサなどの公の機関は派手好きだから、どうしても優等生を必要とする。だが、我々のような民間の宇宙開発会社は、ダンプの運ちゃんが必要なのだよ。ふふん」
先生はそういってにんまりと笑いました。
ダッダンプの運ちゃんですか~~@@
「この計画による最初の打ち上げは約半年後になるが、最初は静止軌道上に二酸化炭素貯蔵基地を建設する為に来年度までに五百回のミッションを予定している」
「ごっ五百回ですか?」
教室中からどひゃーとかうひゃーとかいう声が聞こえてきます。え~と、ちょっと計算しても、180日で割ると……一日平均3回ですか~~@@
「そんなもんで驚くんじゃない。来年度は千五百回その次は三千回以上のミッションが予定されている」
先生の言葉にクラスメート全員の体が凍りつきました。
「……せっ先生、素朴な疑問なんですが、もしかして私たちも在学中にそのミッションに参加するんでしょうか?」
水を打ったような静寂の中、一ツ橋さんがおそるおそる質問する声が聞こえました。
「何をバカな事を言ってるんだ、一ツ橋。巨砲学園の本校舎は、地球の軌道上に建設されるんだから貴様らは本年度中に全員打ち上げられるにきまってるだろう?」
げげげー、聞いてないよー(涙目)教室はシーンとしてしまって物音一つしなくなっちゃいました。
「一期生は百人、二期生は二百五十人しかいないんだから、先輩達だけじゃ基本的に数が足りないじゃないか」
先生の微笑みは、それはそれは恐ろしく優しい微笑みでございました。先生のお言葉に、たじろぐクラスメートの方々のお顔。
え~ん(涙)こうして私たちの学園生活は始まったのでございます。
句読点処理や鍵カッコ終端処理など細かい部分を修正いたしました。