第九話「死なせない技術」
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灰の隠れ里での日々。
三男は「処刑人の息子」ではなく「癒し手」として、
少しずつ住人たちに受け入れられていきます。
灰の隠れ里での生活は、思っていたより穏やかだった。
毎朝、マルタ婆の小屋で薬草の仕分けを手伝う。
昼は怪我人や病人の手当て。
夜は聖女と二人で、与えられた小さな部屋で過ごす。
追われている身だということを、時々忘れそうになる。
【癒し手】
「三男さん、また来たよ」
坑道の入り口から、子供の声が響いた。
振り返ると、包帯を巻いた腕を抱えた少年が立っている。
昨日、採掘場で転んで擦りむいた子だ。
「見せてみろ」
俺は少年の腕を取り、包帯を解いた。
傷口は綺麗に塞がりつつある。
昨日塗った軟膏が効いているようだ。
「うん、順調だ。もう包帯は要らない」
「本当? やったあ!」
少年が笑顔で駆けていく。
「ありがとう、三男さん!」
その背中を見送りながら、俺は不思議な気分になった。
「三男さん」。
最初は「処刑人の息子」と呼ばれていた。
でも、いつの間にか「三男さん」になっていた。
【変わる視線】
里に来て、十日ほどが経った。
最初、住人たちの目は冷たかった。
当然だ。処刑人の一族は、彼らの多くにとって「敵」だ。
家族を奪い、仲間を殺した、憎むべき存在。
でも、俺が怪我人を治療し、病人に薬を調合するうちに、少しずつ変わっていった。
「三男さん、うちの婆さんの咳が止まらなくて……」
「三男さん、この傷、縫ってもらえるか?」
「三男さん、子供が熱を出して……」
俺は頼まれるままに、治療を続けた。
処刑人の技術。
死体を検分するための解剖学。
処刑前の囚人を生かすための医療知識。
苦しませずに殺すための毒薬の調合。
それらが、全部役に立った。
皮肉な話だ。
人を殺すために磨かれた技術が、ここでは人を救っている。
【ナギ】
ある日の昼下がり。
俺が薬草を砕いていると、影が差した。
顔を上げると、ナギが立っていた。
「……何か用か」
「別に」
ナギは俺の隣に座り込んだ。
あの日以来、俺たちはほとんど話していない。
彼は俺を避けているし、俺も無理に近づこうとはしなかった。
「……ミラの具合はどうだ」
「え?」
「お前が助けたガキだ」
「ああ」
俺は薬草を砕く手を止めた。
「もう元気に走り回ってる。後遺症もない」
「そうか」
ナギは何かを言いかけて、口を閉じた。
沈黙が流れる。
「……俺はお前を許したわけじゃない」
やがて、ナギが言った。
「お前の親父にされたことは、一生忘れない」
「分かってる」
「でも」
ナギが俺を見た。
あの日のような、燃えるような憎悪はない。
代わりに、複雑な何かが浮かんでいた。
「お前は、親父とは違うみたいだな」
それだけ言って、ナギは立ち上がった。
「……ミラの母親が、お前に礼を言いたがってた。暇があったら顔を出してやれ」
ナギは背を向けて歩いていった。
許されたわけじゃない。
でも、何かが変わった気がした。
【居場所】
夕暮れ時。
俺は坑道の入り口に座り、沈む夕日を眺めていた。
「ここにいたの」
聖女が隣に座った。
「今日も忙しかったわね」
「ああ。……でも、悪くない」
俺は自分の手を見た。
傷だらけで、薬草の匂いが染みついた手。
「不思議だな。こんな場所で、こんな暮らしをするとは思わなかった」
「……嫌?」
「いや」
俺は首を振った。
「初めてかもしれない。……誰かに必要とされてるって、感じるのは」
聖女が俺を見た。
「ヴェルデ家では、俺は『出来損ない』だった。人を殺せない、役立たず」
「……」
「でもここでは、『殺せない』ことが武器になってる」
俺は苦笑した。
「皮肉な話だ」
「皮肉なんかじゃないわ」
聖女が言った。
「あなたは最初から、そういう人だったのよ。……殺すんじゃなくて、救う人」
「……そうか?」
「そうよ」
彼女が微笑んだ。
「私を救ってくれたでしょう?」
俺は何も言えなかった。
夕日が沈んでいく。
坑道の奥から、夕食の準備をする音が聞こえてくる。
子供たちの笑い声。大人たちの話し声。
ここは、社会から弾き出された者たちの集まりだ。
俺たちと同じ、居場所を失った人々。
でも、今は。
「……悪くないな」
俺は呟いた。
「こういうのも」
聖女が俺の肩にそっと頭を預けた。
「ええ。……悪くないわ」
【仮初めの平穏】
その夜、俺たちは里の住人たちと一緒に食事をした。
粗末なスープと、硬いパン。
でも、みんなで囲む食卓は温かかった。
「三男さん、もっと食べな」
隣に座った女が、俺の皿にパンを乗せた。
「あんた、痩せすぎだよ」
「……ありがとう」
「聖女様も、遠慮しないでね」
聖女が困ったように微笑む。
「聖女様って呼ばないでください。……私、もうそんな大層なものじゃ」
「じゃあ、なんて呼べばいいんだい?」
聖女が俺を見た。
俺も彼女を見た。
「……銀髪のお嬢さん、でいいか」
女が笑った。
「変な呼び方だね。まあ、いいけどさ」
聖女が小さく笑った。
俺も、少しだけ笑った。
これは仮初めの平穏だ。
いつまでも続くわけがない。
追手は必ず来る。
でも、今だけは。
この温かさを、味わっていたかった。
第9話、灰の隠れ里での穏やかな日々でした。
三男は「処刑人の息子」から「癒し手」へと、
少しずつ自分の居場所を見つけ始めています。
ナギとの関係にも、微かな変化が。
そして、聖女との距離も、確実に縮まっています。
次回、二人の間に、大きな一歩が訪れます。
「日常回ほっこりした!」「二人の関係が尊い!」と思っていただけたら、
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