第七話「処刑人の息子」
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灰の隠れ里で目覚めた三男を待っていたのは、
父に処刑されかけた男、ナギでした。
三男は、自分の血が背負う「罪」と向き合うことになります。
「お前が、ヴェルデ家の三男か」
朝の冷たい空気の中、男の声が響いた。
首に刻まれた醜い傷跡。
赤紫色の溝が、喉元を一直線に横切っている。
処刑人の剣が通った痕。生き延びた証。
「……ああ」
俺は否定しなかった。
「お前は」
「ナギだ」
男は俺を睨みつけたまま、一歩近づいた。
「五年前、お前の親父に処刑されかけた。……この傷が、その証拠だ」
【過去の罪】
俺は黙って、ナギの首の傷を見つめた。
あれは間違いなく、処刑剣の傷だ。
首を刎ねようとして、しかし骨までは届かなかった。
逃げたのか、あるいは誰かに助けられたのか。
どちらにせよ、ナギは生き延びた。
俺の父が殺そうとした命が、今、俺の目の前にある。
「……何があった」
「俺は無実だった」
ナギが吐き捨てるように言う。
「教会に目を付けられた。理由は知らない。ただ、ある日突然『異端』のレッテルを貼られた」
「……」
「裁判なんてなかった。弁明の機会もなかった。……お前の親父は、何も訊かずに剣を振り下ろした」
ナギの目に、燃えるような憎悪が宿る。
「『処刑人は理由を問わない』。……そうだろう? ヴェルデ家の家訓だ」
俺は何も言えなかった。
否定できない。
それは、俺が幼い頃から聞かされてきた言葉だ。
「殺せないから優しいだと?」
ナギが俺の胸ぐらを掴んだ。
「お前の親父に首を切られた俺の前で、同じことが言えるのか!」
【言えない】
「……言えない」
俺は、ナギの手を払わなかった。
「俺の親父がやったことは、俺には償えない」
「当たり前だ」
「お前の怒りは正しい。……俺がここにいることで、お前が苦しむなら」
俺はナギの目を見た。
「出て行く」
「……何?」
「俺たちはここに長居するつもりはない。傷が癒えたら、出て行く」
ナギは俺を睨んだまま、手を離した。
「それがいい。ヴェルデの血がいるだけで、俺は吐き気がする」
【聖女の声】
「待って」
背後から、聖女の声がした。
「何の騒ぎなの?」
彼女は俺とナギの間に割って入った。
「あなたは……?」
「この男は、俺の親父に殺されかけた」
俺が説明する前に、ナギが吐き捨てた。
「処刑人ヴェルデの息子だ。……あんたを助けたことで、英雄気取りかもしれないがな」
聖女が俺を見る。
俺は小さく頷いた。
「……彼は私を救ってくれた人なの」
聖女がナギに向き直る。
「あなたが苦しんだことは、きっと本当だと思う。でも、彼は……」
「聖女様には関係ない」
ナギが遮った。
「これは俺と、こいつの問題だ」
緊張が高まる。
周囲に、里の住人たちが集まり始めていた。
【悲鳴】
その時だった。
「助けて!」
里の奥から、悲鳴が響いた。
「ミラが! ミラが落ちた!」
俺たちは同時にそちらを向いた。
一人の女が、泣きながら走ってくる。
「坑道の穴に落ちたの! 頭から血を流して……動かないの!」
「何だと!」
ナギの顔色が変わった。
マルタ婆が杖をつきながら現れる。
「誰か、怪我を診られる者は!」
里の住人たちが顔を見合わせる。
誰も動けない。
医者がいない。治療の技術を持つ者がいない。
「俺が行く」
気がつくと、俺は走り出していた。
【処刑人の技術】
「おい、どこに行く!」
ナギの声が背中にかかる。
「俺は処刑人の息子だ」
俺は振り返らずに答えた。
「でも、人を死なせない技術は持ってる」
坑道の奥に、大きな穴が開いていた。
採掘時代の換気口か。
深さは三メートルほど。
穴の底に、小さな影が倒れていた。
「ミラ!」
「俺が降りる。縄を寄越せ」
住人の一人が持ってきた縄を腰に巻き、俺は穴の中に降りた。
底に着くと、すぐに少女の容態を確認する。
七、八歳くらいか。
頭から血を流し、意識がない。
俺は少女の首筋に指を当てた。
脈はある。呼吸もしている。
処刑対象の急所を熟知しているこの手が、今は少女の命の脈動を探っている。
皮肉な話だ。
「生きてる」
次に、頭の傷を確認する。
頭皮が裂けて、かなりの出血。でも、頭蓋骨は砕けていない。
手足を触診する。
骨折の感触はない。
「骨は折れてない。でも、頭を打ってる。止血しないと」
俺は懐から道具を取り出した。
縫合用の針と糸。消毒用のアルコール。包帯。
逃亡中も手放さなかった、処刑人の道具だ。
「まず、止血だ」
傷口を洗浄し、素早く縫合していく。
処刑人は、死刑囚が処刑前に死なないように、傷の手当てをすることがある。
皮肉な話だが、その技術が今、役に立っている。
【二人の連携】
「私も降りる」
上から聖女の声がした。
「危ないぞ!」
「大丈夫。……少しなら、まだ力が残ってる」
縄を伝って、聖女が穴の底に降りてきた。
「縫合は終わった。でも、内出血があるかもしれない」
「任せて」
聖女が少女の頭に手を当てた。
淡い光が、傷口を包み込む。
「……ッ」
聖女の顔が苦しげに歪む。
まだ完全には回復していない。それでも、力を振り絞っている。
「無理するな」
「大丈夫……もう少しだけ」
光が消えた時、少女の顔色は明らかに良くなっていた。
傷の腫れも引いている。
「……ん」
少女が微かに声を上げた。
「ミラ! 目を覚ましたか!」
「まだ意識は朦朧としてる。でも、峠は越えた」
俺は少女を抱き上げた。
「引き上げてくれ」
【沈黙】
穴から引き上げられると、少女の母親が泣きながら駆け寄ってきた。
「ミラ! ミラ!」
「大丈夫だ。傷は塞いだ。しばらく安静にしていれば、治る」
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
母親が俺の手を握り、何度も頭を下げた。
周囲の住人たちも、驚いたように俺を見ている。
異端者の子。処刑人の息子。
そんな俺が、一人の命を救った。
俺はナギの方を見た。
彼は少し離れた場所に立ち、黙って俺を見ていた。
さっきまでの射るような憎悪は消え、戸惑いを含んだ暗い沈黙がその目に宿っていた。
「……俺の親父がお前にしたことは、償えない」
俺はナギに向かって言った。
「許してほしいとも言わない」
「……」
「でも、俺は親父とは違う道を選んだ」
俺は自分の手を見た。
血に汚れた手。でも、今回は誰かを殺すためじゃない。
「それだけだ」
ナギは何も言わなかった。
ただ、背を向けて去っていった。
許されたわけじゃない。
許してほしいとも思わない。
ただ、俺にできることをする。
それだけだ。
【マルタ婆の呼び出し】
「……ありがとう、処刑人さん」
聖女の声に、俺は小さく頷いた。
「お前こそ。……無理しただろう」
「少しだけ」
彼女は疲れた笑顔を見せた。
「でも、二人で助けられて、よかった」
「……ああ」
その時、しわがれた声が響いた。
「三男、ちょっと来な」
マルタ婆だった。
彼女は俺を手招きしている。
「お前に、話しておきたいことがある」
「……何を」
マルタ婆の目が、深い影を帯びた。
「お前の親父と、この里の因縁についてな」
第7話、ナギとの対峙と、最初の「救命」でした。
三男は父の罪を償うことはできません。
でも、自分にできることをする。それだけを選びました。
「言葉」ではなく「行動」で示す。
それが、彼なりの誠実さなのかもしれません。
そして、マルタ婆が語ろうとする「因縁」とは?
物語は、さらに深い闇へと進んでいきます。
「ナギとの関係が気になる!」「マルタ婆の過去って?」と思っていただけたら、
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