第三話「穢れを運ぶ者」
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処刑を偽装し、聖女を「死体」として運び出した三男。
しかし、王都を出るためには、最後の関門を突破しなければなりません。
裏路地を歩く。
肩に担いだ死体袋は、思ったより重かった。
いや、重さは変わらないはずだ。
ただ、中身が「生きている」と知っているから、そう感じるだけだ。
「……っ」
袋の中で、微かな身じろぎ。
彼女の意識が戻り始めている。
「まだ動くな」
俺は小声で囁いた。
「門を越えるまで、死んでいろ」
一瞬の沈黙。
そして、聞こえるか聞こえないかの声で。
「……わかった」
その返事を聞いて、俺は足を速めた。
【穢れた特権】
裏路地から大通りへ出ると、人々が露骨に避けていく。
「処刑人だ……」
「近寄るな、穢れが移る」
「死体を運んでるぞ。気味が悪い……」
囁き声と、怯えた視線。
普段なら、この扱いは俺の心を重くする。
でも、今日だけは違う。
(避けてくれ。道を開けてくれ)
誰も俺に近づかない。誰も袋の中身を確認しようとしない。
処刑人一族が背負う「穢れ」という烙印が、今は俺たちを守る盾になっていた。
王都の正門が見えてきた。
巨大な石造りの門。その前に、二人の門番が立っている。
最後の関門だ。
【門番】
俺が近づくと、門番たちの顔が歪んだ。
「……ヴェルデ家の処刑人か」
年配の門番が、嫌悪を隠さずに言う。
「聖女の死体を穢れ捨て場に運ぶんだろう。さっさと行け」
もう一人の、若い門番が顎で門の外を示した。
このまま通れる。そう思った瞬間。
「待て」
年配の門番が、俺を呼び止めた。
「……なんだ」
「袋の中を確認させろ」
心臓が跳ねた。
「……確認?」
「最近、王都から持ち出し禁止の品が流出している。死体袋に隠して運び出す輩がいるとの報告があった」
門番が袋に手を伸ばす。
俺の背中を、冷たい汗が伝った。
【処刑人の眼】
「……触るのか?」
俺は一歩、前に出た。
声を低く落とす。
親父が罪人を前にした時の、あの声色を真似て。
「聖女の死体だ。神に背いた、穢れた魂の抜け殻だぞ」
門番の手が止まる。
俺は目を細めた。
処刑人一族が「死」を扱う者として放つ、独特の威圧感。
人を殺したことのない俺でも、その「眼」だけは身についていた。
「触れば、呪いが移る。……それでもいいなら、どうぞ」
年配の門番の顔が、みるみる青ざめていく。
「お前の家族に、災いが降りかからなければいいがな」
若い門番が、先輩の袖を引いた。
「や、やめましょう先輩。穢れが移ったら……」
「……っ」
年配の門番は、忌々しげに舌打ちをした。
「いい。行け。さっさと行け!」
俺は無言で頷き、門をくぐった。
背後で、重い石の扉が軋む音が聞こえた。
ゴゴゴ……と、王都が俺を吐き出すような音。
心臓の鼓動が、耳の奥でいつまでも鳴り止まない。
足が震えていた。
でも、振り返らなかった。
【森の奥】
王都の門を抜け、街道を外れ、獣道を辿る。
人気のない森の奥まで来て、俺はようやく足を止めた。
周囲に誰もいないことを確認する。
鳥の声と、風の音だけが聞こえる。
俺は袋を地面に降ろし、紐を解いた。
「……出ろ」
袋の口が開き、中から銀髪の少女が這い出てくる。
彼女は四つん這いのまま、顔を上げた。
最初に見たのは、木々の隙間から差し込む陽光。
そして、どこまでも広がる青い空。
「……あ」
聖女の目から、涙が零れ落ちた。
「空……」
震える声で、彼女は呟いた。
「檻のない、空……」
俺は何も言えなかった。
彼女の白い衣に、死体袋の黒い繊維がこびりついていた。
俺は無意識に手を伸ばし、それを払ってやった。
「……汚れてる」
「いいの。もう、慣れたわ」
彼女がどれだけの間、あの薄暗い牢獄に閉じ込められていたのか。
どれだけの間、この空を見ることを許されなかったのか。
俺には、想像することしかできない。
【最初の言葉】
聖女は空を見上げたまま、しばらく泣いていた。
俺はただ、黙ってそれを見ていた。
やがて、彼女が俺の方を向いた。
涙で濡れた頬。でも、その目はもう震えていなかった。
「ありがとう」
聖女が言った。
「……処刑人さん」
「……礼を言うのは早い」
俺は目を逸らした。
「まだ追手が来る。死体がないと分かれば、一族が動く」
聖女は小さく頷いた。
「それでも」
彼女は俺を真っ直ぐに見た。
「あなたは、私を助けてくれた。……初めてよ。誰かが、私のために何かをしてくれたのは」
その言葉に、俺は眉を顰めた。
「……お前、聖女だろ。人々を救ってきたんじゃないのか」
「救ってきたわ。でも、誰も私を救おうとはしなかった」
聖女は寂しそうに微笑んだ。
「私は『聖女』という道具だったの。人を癒す機能。祈りを捧げる装置。……誰も、『私』を見てはくれなかった」
俺は何も言えなかった。
【長い旅の始まり】
俺は彼女に手を差し出した。
「……立てるか」
聖女は俺の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
その手は、驚くほど冷たかった。
仮死の薬の影響が、まだ残っているのだろう。
でも、確かに生きている。
脈が打っている。血が流れている。
「行くぞ」
俺は森の奥を指差した。
「ここからが本当の逃亡だ。追手が来る前に、できるだけ距離を稼ぐ」
「……どこへ行くの?」
「分からない。でも、ここにはいられない」
俺は歩き出した。
聖女が、その後ろをついてくる。
背後には、俺が裏切った王都。
前には、どこまでも続く見知らぬ道。
「……ねえ、処刑人さん」
聖女の声が、背中にかかる。
「なんだ」
「いつか、名前を教えてくれる?」
俺は足を止めなかった。
「……その内な」
これが、処刑人の息子と聖女の、長い旅の始まりだった。
王都脱出、成功です。
三男は「穢れ」という烙印を、自分たちを守る盾として使いました。
そして聖女は初めて、「聖女」ではなく「私」として、誰かに手を差し伸べてもらった。
二人の旅は始まったばかり。
でも、追手はすぐそこまで迫っています。
次回、初めての野営。
そして、聖女が「生きている」ことの喜びを知ります。
「脱出シーン緊張した!」「二人の関係が気になる!」と思っていただけたら、
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