第二十六話「処刑人の掟」
お読みいただきありがとうございます。
父と子の剣が、ついに交わります。
そして、地上ではセスが限界を迎えつつあります。
二つの戦いが、同時にクライマックスへ。
封印の間の前。
ギルバートの剣が、閃いた。
「くっ……!」
カインは咄嗟に身を捩ったが、腕を浅く切られた。
速い。
父の剣は、想像以上に速く、重かった。
「その程度か、三男」
ギルバートが剣を構え直す。
「お前の【逆縫】とやら、俺には届かない」
【剛剣】
カインは距離を取りながら、父を観察した。
ギルバートの剣は、完璧だった。
無駄のない軌道。最短距離で急所を狙う。
四十年の経験が凝縮された、「殺す」ための究極の技術。
カインの針は届かない。
【逆縫】の動きを試みても、父の剣速がそれを許さない。
「アベルとは、比べものにならない……」
カインは歯を食いしばった。
アベルは「完璧な処刑人」だった。
だが、父はその上を行く。「処刑人の極致」だ。
「お前の技は、俺が教えたものの延長だ」
ギルバートが言った。
「俺を超えるには、まだ足りない」
剣が、再び閃いた。
カインは防御したが、衝撃で吹き飛ばされた。
【地上】
同じ頃、大聖堂の前。
セスは、限界に近づいていた。
体中の傷から血が流れ、視界がぼやけている。
片膝をつき、剣を杖代わりにして立っている。
「……まだ、立つのか」
アベルが、淡々と言った。
「もう、勝負はついている」
「そうだな……」
セスが笑った。
血まみれの顔で、笑っていた。
「でも、まだ死んでない」
「……」
「死んでない限り、俺は立ち続ける」
アベルは黙っていた。
セスの目を見ていた。
死を目前にしながら、恐怖がない。
いや、恐怖はあるのだろう。
だが、それを超えた何かがある。
「なぜだ」
アベルが問いかけた。
「なぜ、死を恐れない」
【執念】
セスは、血を吐きながら答えた。
「恐れてるさ。……死ぬのは、怖い」
「なら、なぜ」
「でも、逃げるのはもっと嫌だ」
セスが剣を構え直した。
「俺は、ずっと逃げてきた。アベル、お前から。親父から。……自分自身から」
「……」
「でも、もう逃げない。……ここで逃げたら、俺は一生『無味』のままだ」
アベルは、その言葉を聞いていた。
理解できない。
……理解できないはずなのに。
セスの目には、何かがあった。
恐怖を超えた、覚悟のようなもの。
それは、アベルが削ぎ落としたはずの感情と、どこか似ていた。
「……お前は」
アベルが呟いた。
「俺とは、違う道を選んだのか」
「ああ」
セスが笑った。
「俺は、不完全なまま生きる。……お前みたいに、完璧になんかならない」
アベルの双剣が、微かに揺れた。
カチリ、と音がした。
左右の刃が、初めて触れ合った。
完璧な制御を誇っていたはずの双剣が、微細な震えを見せていた。
アベルは、自分の手を見た。
……何だ、これは。
【悲鳴】
封印の間の前。
カインは、何度も父に斬りつけられながら、立ち続けていた。
「まだ立つか」
ギルバートが言った。
「お前も、セスと同じだな。……愚かだ」
「……親父」
カインは、父の剣を見つめた。
何かがおかしい。
父の剣は完璧だ。
完璧すぎるほどに。
……だからこそ、分かる。
その完璧さの中に、微かな「揺れ」がある。
「親父の剣……」
カインが呟いた。
「悲鳴を、上げてる」
ギルバートの目が、わずかに見開かれた。
「何だと」
「親父は、俺を殺そうとしてる。……でも、本当は殺したくないんだろ」
「……」
「剣に、迷いがある。……殺したいと、殺したくないが、同居してる」
カインは立ち上がった。
「親父。あんたは、ずっと苦しんでたんだな」
【四十年】
ギルバートは黙っていた。
息子の言葉が、胸に突き刺さっていた。
四十年間、隠し続けてきたものを、この子は見抜いた。
マルタを逃がした夜から、ずっと苦しんでいた。
処刑人として生きながら、処刑人を辞めたかった。
世界を守りながら、世界の仕組みを壊したかった。
その矛盾が、剣に現れていた。
「……そうだ」
ギルバートが、低く呟いた。
「俺は、四十年間……逃げ続けてきた」
「逃げる……?」
「マルタを逃がした後、俺は変わった。心を凍らせ、処刑人として生きることを選んだ」
ギルバートが続けた。
「だが、それは逃げだった。……本当の問題から、目を逸らし続けていただけだ」
「……」
「お前は違う。逃げずに、ここまで来た」
ギルバートがカインを見た。
「だから、俺を試している。……お前に、俺を超える力があるかどうかを」
【殺意を縫う】
カインは、父の言葉を聞いていた。
そして、理解した。
父は、自分を止めてほしいのだ。
四十年間の苦しみを、終わらせてほしいのだ。
「……分かった」
カインが針を構えた。
「俺は、親父を超える。……でも、殺さない」
「殺さない、だと?」
「親父の剣には、迷いがある。……その迷いを、俺は縫い止める」
カインの目が、変わった。
相手の体を縫うのではない。
相手の「心」を縫う。
父の殺意の中にある「迷い」を突く。
父が本当は望んでいない「死」を、与えないための動き。
それが、【逆縫】の新たな境地だった。
ギルバートの剣が、振り下ろされる。
カインは、その軌道を見た。
完璧な剣筋。
だが、その中に「揺れ」がある。
……そこだ。
カインは、その「揺れ」に向かって針を放った。
ギルバートの腕が、止まった。
「……何」
「これが、俺の【逆縫】だ」
カインが言った。
「殺さない。……でも、止める」
ギルバートは、止められた自分の腕を見つめた。
驚愕。
そして、その奥に……微かな何かが浮かんだ。
(……ああ、そうか)
ギルバートは思った。
(お前は、俺が見つけられなかった答えを見つけたのか)
その顔に、一瞬だけ安堵のような表情が浮かんだ。
息子には、見えなかったかもしれない。
だが、確かにそこにあった。
第26話、「処刑人の掟」でした。
カインは父の剣の中に「悲鳴」を見つけました。
四十年間、苦しみ続けてきた父の心を。
そして、【逆縫】が新たな境地に達しました。
体を縫うのではなく、「心」を縫う。
殺意の中の迷いを突き、父の剣を止めることに成功しました。
一方、地上ではセスがアベルに「違う道」を示しました。
アベルの中で、何かが揺れ始めています。
次回、父との対話。そして、アベル戦の決着へ。
「父の悲鳴が切ない!」「逆縫の進化がヤバい!」と思っていただけたら、
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