第二十五話「父子の境界」
お読みいただきありがとうございます。
父と子が、ついに対峙します。
そして、地上ではセスがアベルと死闘を繰り広げています。
二つの戦いが、同時に進行する。
最終決戦の、第二幕です。
封印の間の前。
カインは、父と向き合っていた。
「なぜ戻った」
ギルバートの声は、冷たかった。
「……リーリアを救うためだ」
「その女のために、世界を滅ぼす気か」
カインは眉を顰めた。
「世界を滅ぼす?」
「お前は何も分かっていない」
ギルバートが一歩、前に出た。
「封印が解ければ、この世界は終わる。『原初の闇』は、全てを呑み込む」
「……」
「俺は四十年間、この封印を守ってきた。聖女を犠牲にし、罪人を処刑し、全てを捨てて」
ギルバートの目が、カインを射抜いた。
「それをお前は、たった一人の女のために壊そうとしている」
【地上】
同じ頃、大聖堂の前。
セスとアベルの戦いが続いていた。
アベルの双剣が、閃く。
神速。人間の反応速度を超えた動き。
セスは辛うじてそれを防いだが、腕を浅く切られた。
「くっ……!」
「遅い」
アベルが淡々と言った。
「お前の動きは、全て予測できる。……無駄だ」
「黙れ……!」
セスが剣を振るう。
だが、アベルは軽々とそれを避けた。
「お前は、俺に勝てない」
「勝てなくてもいい……!」
セスが叫んだ。
「俺の役目は、お前を倒すことじゃない! ……時間を稼ぐことだ!」
「時間?」
アベルの目が、微かに細まった。
「三男が何かを企んでいるのか。……まあいい。どうせ無駄だ」
アベルが再び双剣を構えた。
「お前を殺してから、地下に向かう」
【問い】
封印の間の前。
ギルバートが、カインに問いかけた。
「お前に問う、三男」
その声は、低く、重かった。
「一人の命と、世界の命。どちらが重い」
カインは黙っていた。
「答えられないか。それが、お前の限界だ」
「……違う」
カインが顔を上げた。
「答えは決まってる」
「何だと?」
「どちらも、同じ重さだ」
ギルバートの目が、わずかに見開かれた。
「同じ……?」
「一人の命を犠牲にしなければ守れない世界なら、その世界は間違ってる」
カインが続けた。
「俺は、リーリアを救う。……そして、世界も救う」
「できると思っているのか」
「できる」
カインは真っ直ぐに父を見た。
「リーリアには、『浄化』の力がある。災厄を消滅させる力が」
「……」
「犠牲なしで、世界を救う方法がある。……親父は、それを知っていたはずだ」
ギルバートは黙っていた。
その目の奥で、何かが揺れていた。
【痛み】
大聖堂の前。
セスは、満身創痍だった。
体中に傷を負い、血が滴り落ちている。
だが、まだ立っていた。
「……なぜ、立っている」
アベルが問いかけた。
「普通なら、とっくに倒れている傷だ」
「そうだな……」
セスが笑った。
「痛いよ。……すごく、痛い」
「痛み?」
アベルが首を傾げた。
「お前は、痛覚を消していないのか」
「消すわけないだろ」
セスが剣を構え直した。
「痛みは、人間の証だ。……お前みたいに、それを捨てたら、何も残らない」
「……」
「俺は、痛みを感じながら戦う。傷つきながら、立ち続ける。……それが、『不完全』な俺の戦い方だ」
アベルは黙っていた。
痛み。
自分が削ぎ落としたもの。
それを、セスは「強さ」だと言っている。
理解できない。
……理解できないはずなのに。
削ぎ落としたはずの感情の残滓が、古傷のように疼いた。
それは不快だった。
いや、「不快」という感情すら、もう持っていないはずなのに。
アベルの思考に、微かなノイズが走った。
【共鳴】
封印の間の前。
突然、リーリアが膝をついた。
「リーリア!」
カインが駆け寄る。
「大丈夫か!」
「カイン……何か、来る……」
リーリアの体が、淡く光り始めた。
「これは……」
クロウが息を呑んだ。
「聖女の力が……暴走してるのか?」
「違う」
ギルバートが呟いた。
「暴走じゃない。……『共鳴』だ」
「共鳴……?」
「封印の向こうにある『災厄』と、聖女の力が呼応している」
ギルバートがリーリアを見つめた。
「始祖聖女の直系……。やはり、本物か」
リーリアの光が、どんどん強くなっていく。
封印の扉が、微かに震え始めた。
「まずい……!」
クロウが叫んだ。
「このままじゃ、封印が……!」
「落ち着け」
ギルバートが手を上げた。
「まだ、解けていない。……だが」
ギルバートがカインを見た。
「お前の聖女が、鍵を握っている」
「鍵……?」
「聖女の力が『災厄』と完全に共鳴した時、二つの道が開かれる」
ギルバートが続けた。
「一つは、『生贄』として力を注ぎ込み、封印を強化する道」
「……」
「もう一つは、『浄化』として災厄そのものを消滅させる道」
「浄化……」
「だが、浄化には危険が伴う。失敗すれば、封印は解け、世界は滅ぶ」
ギルバートがカインを見据えた。
「お前は、その賭けをする覚悟があるか」
【選択】
カインは、リーリアを見た。
彼女は苦しそうに光を放ちながら、それでもカインを見つめていた。
「カイン……」
「リーリア。お前は、どうしたい」
「私は……」
リーリアが立ち上がろうとした。
「私は、生贄になんかならない。……浄化する。この災厄を、終わらせる」
「危険だぞ」
「分かってる」
リーリアが微笑んだ。
「でも、あなたがそばにいてくれるなら、怖くない」
カインは頷いた。
そして、父を見た。
「親父。俺たちは、浄化を選ぶ」
ギルバートは黙っていた。
その目の奥で、何かが変わった。
「……そうか」
ギルバートが、低く呟いた。
「ならば、俺を倒してから行け」
「何……?」
「この扉の向こうに行くには、俺を倒す必要がある。……それが、処刑人の掟だ」
ギルバートが、処刑剣を抜いた。
その刃は、数多の命を吸ってきた鈍い光を放っていた。
剣が鞘から抜かれた瞬間、まるで大聖堂そのものが唸りを上げたかのような重低音が響いた。
四十年間、死を司り続けてきた男の、全てがその一振りに込められている。
「来い、カイン。……お前の覚悟を、俺に見せろ」
第25話、「父子の境界」でした。
二つの戦いが同時進行。
セスはアベルに対し、「痛み」こそが人間の証だと叫びました。
そして、カインは父に宣言しました。
「一人の命と世界の命、どちらも同じ重さだ」
リーリアの力が「災厄」と共鳴し、選択の時が迫ります。
浄化か、生贄か。
次回、父子対決の開幕。
そして、アベルの中に走る「ノイズ」の正体とは。
「セスの痛みが熱い!」「父との対決が始まる!」と思っていただけたら、
下にある【☆☆☆☆☆】マークで応援をお願いします!




